イヴシャム - みる会図書館


検索対象: アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1
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1. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

クインといいます。」 わたしはクイン 「おかけなさい、クインさん。」イヴシャムはいった。「こちらはリチャードⅱコンウェイ し きよう 卿、サタースウェイト氏、ポータル氏。わたしはイヴシャムです。」 しようかい 紹介がすむと、クイン氏は、イヴシャムが気をきかせて前によせてやったいすにすわっ こし ち よこいちもんじかげ た。腰をおろした位置のかげんか、ちょっとした炎の反射がその顔に横一文字の影を投げ いんしよう いっしゅん かけ、それが一瞬、黒い仮面をつけているような印象をあたえた。 まるた イヴシャムがさらに丸太を二、三本くべたした。 「一杯どうです ? 」 「ありがとう。 いただきます。」 イヴシャムはグラスを客のところへもってゆき、それをわたしながらきいた。 「このへんにはおくわしいんですか、クインさん ? 「何年かまえにもきたことがあります。」 「ほう、ほんとうですか ? 「ええ。そのころは、ここはケイベルというひとの家でした。」 「そう、そのとおりです。ーイヴシャムはいった。「気のどくなデレクⅱケイベル。あの男 きやく し かめん ほのおはんしゃ 120

2. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

「いや、ぜんぜんそうじゃないね。」イヴシャムがするどくいった。「そんな気配はまった おおあな だんげん コンウェイのいうとおりだよ。みごと大穴をあてながら、 くなかったと断言してもいい。 たいど こううん 自分の幸運にとまどっているギャンブラー。そういう態度だった。」 こんわくみ コンウェイが困惑の身ぶりを見せていった。 「ところがだー・ーーそのわすか十分後に : : : 」 ちんもく いちどう 沈黙が一同を支配した。それから、イヴシャムがこぶしでドンとテーブルをたたいた。 お だが、それはなんだろ 「その十分間に、なにかが起こったんだ。そうにちがいないー う ? もういちど、じっくりとあのときのことを考えなおしてみようじゃないか。われわ れは話をしていた。そのさいちゅうに、ケイベルがふいに立ちあがって、部屋をでていっ こ 「なぜです ? ーと、クイン氏がいった。 こしお 話の腰を折られて、イヴシャムはまごっいたようだった。 「なんといわれたかね ? ー 「こ。こ、 『なぜ ? 』とおたずねしただけですよ。」クイン氏はいった。 きおく イヴシャムは記憶をさぐろうとして顔をしかめた。 し = クインの事件簿 131

3. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

をごそんじでしたか ? 「ええ、知っていました。」 たいど へんか イヴシャムの態度がわずかに変化した。イギリス人というものの気質を研究したことの ないひとだったら、まず気づかなかったろう。それまでは、どことなくよそよそしさが あったのだが、いまではそれがすっかり消えてしまっている。クイン氏はデレクⅱケイベ ルを知っていた。したがってイヴシャムの友だちの友だちであり、それだけで全面的に人 ほしよう しんらい 物を保証され、信頼できる男ということになるのだ。 ちょうし じけん 「じっさいおどろくべき事件でしたよ、あれはと、イヴシャムはうちとけた調子で話し だした。「ちょうどいま、そのことを話していたところなんです。そりやね、わたしも正直 てきとう なところ、この屋敷を買うのは気がすすみませんでしたよ。ほかに適当なところがあれば事 ばんの じさっ よかったんですが、それがなくってね。ごそんじかどうか知らんが、あの男が自殺した晩、 わたしはこの家にいたんですーーーここにいるコンウェイもそうですが。そんなわけで、わ ば、つれい たしはいつも思っているんですよ いまにあの男の亡霊がでてきやせんかとね。」 くちょ、つ ようじん じけん ふかかい 「ひじように不可解な事件でしたな」と、クイン氏はゆっくりした用心ぶかい口調でいう せりふ と、ちょっと間をおいた。そのようすにはどこか、だいじなきっかけの台詞をいいおえた ぶつ やしき きしつけんきゅう ぜんめんてきじん しよ、つじき 121

4. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

せりふ サタースウェイト氏は、あたえられた台詞をいいおえた。 といき と、とっぜん、長い、おののくような吐息があたりをふるわせた。 、つ イヴシャムがおどろいて腰を浮かせた。 なんだ、いまのは ? 」 かいろう びつくりしなくともいし エリナーⅡポータルが二階の回廊にいるだけだ、そう教えて やることもできたが、せつかくの効果をぶちこわしにしたくはなかったので、サタース ウェイト氏はだまっていた。 クイン氏はほほえんでいた。 かんしゃ しゅうり 「そろそろ車の修理もおわったころでしよう。おもてなしを感謝します、イヴシャムさん。 じふ たしよ、つ やく これでわたしも、多少は友だちの役にたったのではないかと自負しておりますがね。」 いちどうほうぜん 一同は茫然として彼を見つめた。 じけん 「すると、まだ事件のその面に気づいておられない ? よろしいですかーーーケイベルはそ さつじん 彼女のためなら殺人さえいとわぬほどに。その罪の報いがきた、リ の女性を愛していました。 , いのちた もうのがれられない、あやまってそう思いこんだとき、彼はみずからの命を絶ちました。 ひなんやおもて しかしそのために、はからずも彼女を、ごうごうたる非難の矢面に立たせることになった じよせい し し めん こうか つみむく = クインの事件簿 145

5. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

きみよう クイン氏は笑った。それは奇妙な笑いだった。あざけるような、それでいて悲しけな笑 いちどう いだ。それは一同をぎくりとさせた。 「申しわけありません。」彼はいった。「しかし、イヴシャムさん、あなたはまだ過去に生 せんにゆうかん きておられる。まだ先入観にとらわれておいでになる。ですがわたしはーーー部外者であ じじっ り、とおりがかりの人間にすぎない。わたしはただーーー事実だけを見ます。」 じじっ 「事実を ? 」 「さようーー事実をです。」 「どういう意味です ? 」イヴシャムがいった じじっ 「みなさんの話された事実と事実をつなげると、全体がひとつづきのものとして見えてき 簿 ます。みなさんはその意味するものに気づいておられない。十年まえに立ちかえり、そこ事 の いけんかんしようさゆう ン に見えているものを見てごらんなさいーー個人的な意見や感傷に左右されない、あるがま イ ク まの事実を。 ちょうしん いちどう すがた クイン氏は立ちあがった。一同の目には、その姿がひじように長身に見えた。その背後 だんろ では、暖炉の火がちらちらおどっている。低い、おさえつけるような声で、クイン氏は話 しだした。 し わら し ひく こじんてき かな ぶがいしゃ 141

6. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

ほうこうにん 「とにかくわたしがでよう。奉公人はみんな寝てしまったから。」 そういってイヴシャムは戸口へいくと、やや手間どりつつ太いかんぬきをはずし、よう こおり ひろま やくとびらをおしあけた。氷のような風が、さっと広間に流れこんできた。 ちょうしん やせた長身の男の姿が、戸口に浮かびあがった。見まもっていたサタースウェイト氏に きみよう こうか は、とびらの上のステンド・グラスからさす奇妙な光の効果で、その男が虹の七色のまだ ら服をまとっているように見えたが、そのあと男が一歩すすみでたのを見ると、ごくあた りまえの、やせた髪の黒い男だとわかった。 「とっぜんおじゃまして申しわけありません。」その見知らぬ男は、おちついた気持ちの こしよう よい声でいった。「あいにく車が故障してしまいまして。たいした故障ではなく、いま運転 しゅしゅうり 手が修理しているんですが、まだ三十分かそこらはかかりそうですし、おまけに外はひど く寒くて さっ 彼は語尾をぼかしたが、イヴシャムはすぐに相手のいわんとするところを察した。 「そりやいけない。。 せひなかにはいって、一杯おやんなさい。車のほうで、なにかお手つ だいすることはありませんかなワ・」 「いえ、だいじようぶです。そちらのほうは運転手がうまくやりますから。ついでですが、 さむ かみ すがた うんてんしゅ ふと にじ うんてん 118

7. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

トル・タン 「時代がかわれば、風習もかわるさ」と、コンウェイがほほえみながらいった。 ふうぼう ちょうしん コンウェイはいかにも軍人らしい風貌の、長身の男だった。イヴシャムとは似たりよっ しようじき たりのタイプだーーー正直で、心がまっすぐで、親切で、そして自分でも頭がきれるなどと うぬぼれてはいない。 おおみそか オールド・ラング・ザイン 「あたくしの若いころには、大晦日にはみんなで手をつないで輪になって、〈蛍の光〉 こきゅうわす をうたったものですけどね」と、レディ ー・ローラはことばをつづけた。「『故旧忘れうべ かんどうてき きーーー』っていうあの歌詞、とても感動的ですわ。あたくし、いつもそう思ってますの。」 イヴシャムがおちつかなげに身動きした。 「おい、やめないか、ローラ。ここでそんな話をもちだすんじゃない ! 」 簿 ひろま よびでんとう そういって彼は、みんなのすわっている広間を横ぎってゆくと、予備の電灯のスイッチ事 の ン を入れた。 イ ク ばかなことをと、レ一アイ 「あたくしとしたことが、 ー・ローラは小声でいった。「もちろ んこの話を聞くと、あのひとはお気のどくなケイベルさんのことを思いだすんだわ。あら、 奥さん、暖炉の火が強すぎまして ? 」 エリナー日ポータルは、ややぶつきら。ほうな身ぶりをした。 おく オ だんろ わか オートル ・ムルス ぐんじん みう′」 しんせつ み わ に 111

8. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

のそみますわ。なにしろ、子どもというのはなにをしでかすかわからないんですもの。こ ういうときになると、すっかりはしゃいじゃいましてね。 ふきつよかん ー・ローラはしずしずと階段を いいたげに首をふりながら、レディ 不吉な予感がすると のぼっていった。 ふじんれん ご婦人連のいなくなったところで、あらためていすが、あかあかと丸太の燃えさかる大 きな炉ばたをかこんでひきよせられた。 おうよう 「どれくらいつぐか、し 、ってくれーと、イヴシャムが主人役らしく鷹揚にいって、ウイス キーのデキャンターをさしあげてみせた。 わだい めいめいに酒がゆきわたると、話題はしぜんに、それまでタブーとなっていたところへ もどっていった。 「あんた、。 テレクⅱケイベルは知ってるだろう ? ・ーと、コンウェイがサタースウェイト氏 に話しかけた。 「ああ いくらかね。」 「じゃあ、きみは、ポータル ? 」 「いや、会ったこともない。」 ろ さけ しゅじんやく まるた かいだん し = クインの事件簿 115

9. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

ふじんほうてい プルトン夫人は法廷にひきだされた。けつきよくは放免されたが、それは絶対的な無実の しようこ しようこふじゅうぶん 証拠があったためじゃなく、たんに証拠不十分というにすぎなかったんだ。いいかえれ うん しやくほう ば、運がよかったのさ。彼女がやったということはまずまちがいない。釈放されたあと、 どうなったんだったかな ? 」 「なんでもカナダにいったそうだ。いや、オーストラリアだったかな ? いずれにせよ、 おじき じじよう そこに伯父貴かなにかがいて、ひきとられたらしい。まあ事情が事青だから、それがいち ばんよかったんじゃないかな。」 し サタースウェイト氏は、グラスをにぎっているアレックポータルの右手に目をとめた。 なんとまあ、かたくにぎりしめているんだろうー ( 気をつけないと、そのうちそれをにぎりつぶしてしまうそ、きみ ) と、サタースウェイ ト氏は思った。 ( それにしても、こうも話がおもしろくなってくるとは。 ) イヴシャムが立ちあがって、自分のグラスに酒をついだ。 じさっ 「けつきよくのところ、気のどくなデレクⅱケイベルがなぜ自殺したのか、そこのところ きゅうめい の究明はあまりすすまなかったわけだ。彼はいった。「そうでしよう、クインさん、この しんもん 審問は、さほどの成果をあげなかったようですな ? ほうめん ぜったいてきむじっ 140

10. アガサ=クリスティ推理・探偵小説集 1

「いえ、けっこうです。いすをすこしうしろへずらしますから。」 なんていい声なんだろうーーー・例の低い、ささやくような、それでいて、いちど聞いたら きおく 彼女の顔はいまかげに いつまでも記憶にのこる声だ、そうサタースウェイト氏は思った。 , ざんねん なっている。残念しごくだ。 せき そのかげになった席から、彼女があらためてたずねた。 「その ケイベルさんとおっしやるのは ? 」 じさっ 「ええ。この家のもとのもちぬしでしてね。。ヒストル自殺をなさいましたの。ええ、ええ、 わかってますよ、トム。あなたがおいやなら、この話はやめることにしましよう。ほんと じけん に、トムにはひどいショックでしたわ。なにしろ、事件が起こったとき、この家にいあわ せたんですから。あなたも、でしたわね、リチャード卿 ? 「ええ、そうです。」 ゆかお どけい このとき、部屋のすみにおかれた大きな時代ものの箱入り床置き時計がうめきだし、ひ としきり、ぜんそく病みのようにぜいぜいうなったあげくに、おもむろに十二時を打った。 ちょうし 「新年おめでとう」と、イヴシャムがおざなりな調子でいった。 あみもの レディ ー・ローラはひざにひろげていた編物を、どこかわざとらしい手つきでゆっくり しんねん へや じだい きよう 112