こう・ しやしよう 「だいじようぶです。いつでも十六号を、車掌があけておくのです。さあ、でかけま 2 しよう。」 ふた ごうかれっしゃ 駅には『イスタンブ ] ル↓トリエステ↓カレ】』と書いた札をつけた豪華な列車が ちゃいろせいふく まっていた。茶色の制服をきた車掌が、ていちょうにブークをむかえた。 「いらっしゃいませ。ブークさまのお部屋は、一号でございます。」 まんいん しんゅう 「そうか、今夜は満員だそうだね。このかたはわたしの親友だ。とっておきの十六号 へご案内してくれ。」 「それが、今日にかぎって、十六号もふさがっておりますので : とくべつだんたい 「なんだと ? そんなばかなことがあるかね。特別な団体でもきたのか ? 」 ブークは、声をあららげていった。 . なっとく かお 車掌は、納得がいかない顔でこたえた。 「それが、そうでもないようなのです。まったくの偶然なのでございます。」 にとうしんだい ひとばん 「こまったものだな。二等寝台はあいていないかね ? 今夜一晩だけがまんしていた だけば、あすの夕方には、ベオグラードで新しい車両がつながれる。」 えき あんない しやりよう ぐうぜん
ごう 「だいじようぶです。いつでも十六号を、車掌があけておくのです。さあ、でかけま 2 しよう。」 ごうかれっしゃ ふた えき 駅には『イスタンブール↓トリエステ↓カレー』と書いた札をつけた豪華な列車が ちゃいろせいふく まっていた。茶色の制服をきた車掌が、ていちょうにブークをむかえた。 へや 「いらっしゃいませ。ブークさまのお部屋は、一号でございます。」 しんゅう まんいん 「そうか、今夜は満員だそうだね。このかたはわたしの親友だ。とっておきの十六号 へご案内してくれ。」 「それが、今日にかぎって、十六号もふさがっておりますので : : : 」 「なんだと ? そんなばかなことがあるかね。特別な団体でもきたのか ? 」 、、フークは、声をあららげていった。 なっとく かお 車掌は、納得がいかない顔でこたえた。 「それが、そうでもないようなのです。まったくの偶然なのでございます。」 ひとばん にとうしんだい 「こまったものだな。二等寝台はあいていないかね ? 今夜一晩だけがまんしていた だけば、あすの夕方には、ベオグラードで新しい車両がつながれる。」 あんない しやしよう とくべつだんたい しやりよう ぐうぜん
じん ドアはうごかない。 がねもぬいてみたが、、 「このドアは、わたしたちが、むこうからしめたじゃありませんか。犯人はこのドア たんけん をとおって逃げるとき、そのかばんに気づいて短剣をなげこんでいった。っしつまが あうではありませんか。」 「そうにはちがいないが、どうもおかしい。」 、こよやく気をとりもどしたハバー ふたたびボワ口が首をかしげたとき、いがし冫。 人がもどってきた。 ころ 「どんなことがあっても、こんやは部屋をかえてください。殺されたひとのとなりな ひとばんしゅうつうろ んて、まっぴらだわ。どうしても部屋がないのなら、わたし、一晩中通路に立って いてもかまわないわ。」 「わかりました。あなたの荷物は、すぐはこばせましよう。」 れっしゃ やくそく ボワ口がキ」っぱりといった。リ ド夫人 歹車のことを、ボワ口が約束したので、 かお 。しがいそうな顔をした。すると、すかさすブークがいた 「ベオグラードでつないだとなりの車両はあいています。ミシェル、おくさまの荷物 に、もっ しやりよう はんにん 1 42
「ほんのひとこと、おくさまにもおききしたいのですが。」 つま 「妻にあっても、ぼく以上のことはききだせませんよ。」 「かたちだけでいいのです。」 「それなら、どうそ。」 アンドレニは、しぶしぶでていった。 こうし はくしやく カナカ ボワロは、公使のパスポートをとりあげた。公使の名前と伯爵の肩書きがあり、そ のあとに、 どうはん 〔同伴する妻の名・エレーナ・マリア、二十歳。父の姓・ゴ ] ルデンバー とあり、名前の上に小さな油のしみがついている。 力いこうかん 「外交官のパスポ】トですね。外交官をあいてにするときは、注意しないといけませ んよ。おこらせると、やっかいだからね。」 よこからブークがのそきこんでいった。 「だいじようぶ。こころえているよ。」 と、ボワ口がいったとき、アンドレニ伯爵夫人がはいってきた。若くて目を見はるほ 、じよう あふら はくしやくふじん ちゅう わか 107
「そうですよ。ぶあいそうなやつで、話しかけてもろくに返事もしないんです。ぼく 4 じようだん は上段だったので、さっさと上にあがって、タバコをすいながら本を読んでいました。 くすり 下のイギリス人は、歯いたにだいぶなやまされていたようです。つよいにおいの、薬 をつかっていました。」 「あなたのタバコは、紙まきタバコですか、パイ。フですか ? 」 「パイ。フはつかいません。」 「シカゴにいったことはありますか ? 」 「はい、あります。いい町ですよ。でも、ほくはニューヨ ] クやデトロイトのほうがく わしいのです。」 ほんせきち 「では、これにサインし、本籍地を書いてください。」 イタリア人は、はでな文字で書いた。 イタリア人がでていくと、ブ】クはいっこ。 「どうもあいつは、虫がすかん。イタリア人はナイフをつかうしね。」 じけん たんじゅん 「いや、あの男には証拠もないし、この事件はそんなに単純なものではないよ。じっ しようこ へんじ
「ラチェットさんに肉親はいますか ? 」 「きいたことがありません。それにラチェットというのも、本名じゃないんじゃない しゅう かと思います。だれかの目をのがれて、逃げてきたのではないのでしようか ? 二週 かん きようは / 、じよう 間ほどまえまでは、うまく逃げていたようですが、脅迫状がくるようになりました。」 「その手紙はありますか ? 「二通ほどとってあります。おもちしましよう。」 マックイーンは、部屋からきたない手紙を二通もってきた。 さいしょの手紙にはこう書いてあった。 〈うまくだまして、逃げおおせたと思っているのか。そうはさせないそ。われわれは ころ おまえを殺しに出発した。かならずやつつけてやる。〉 署名はない。 : ホワロはだまってつぎの手紙をとりあげた。 〈ラチェット、まもなくおまえを、列車のなかでバラしてやる。かくごしておけ。〉 ふんしよう 「てまがかかっているわりには、かんたんな文章だ。これはひとりで書いたのではな 4 しよめい しゆっぱっ にくしん れっしゃ ほんみよう
・こう しやしよう 「だいしようぶです。いつでも十六号を、車掌があけておくのです。さあ、でかけま 2 っ乙 しよう。」 ふた ごうかれっしゃ 駅には『イスタンブール↓トリエステ↓カレー』と書いた札をつけた豪華な列車が ちゃいろせいふく まっていた。茶色の制服をきた車掌が、ていちょうにブークをむかえた。 「いらっしゃいませ。ブークさまのお部屋は、一号でございます。」 まんいん しんゅう 「そうか、今夜は満員だそうだね。このかたはわたしの親友だ。とっておきの十六号 へご案内してくれ。」 「それが、今日にかぎって、十六号もふさがっておりますので : とくべつだんたい 「なんだと ? そんなばかなことがあるかね。特別な団体でもきたのか ? 」 ブークは、声をあららげていった。 、なっと ~ 、 かお 車掌は、納得がいかない顔でこたえた。 「それが、そうでもないようなのです。まったくの偶然なのでございます。」 にとうしんだい ひとばん 「こまったものだな。二等寝台はあいていないかね ? 今夜一晩だけがまんしていた だけば、あすの夕方には、ベオグラードで新しい車両がつながれる。」 えぎ あんない しやりよう ぐ う
ど美しい。ボワロは、立ちあがってあいさっした。 じけんかんけ 「ゆうべの事件に関のありそうなことを、見るかきくかなさ 0 ているのではないか と思いました。」 「よくねむっていましたので、なにもそんしません。」 ふじん 「おとなりのご婦人が、夜中にベルをなんどもならしたようなこともですか ? 」 すいみんやく 「はい、あたくし、睡眠薬をのんでいましたので、朝までぐっすりねむっていました。」 「そうでしたね、どうもお手数をかけました。」 夫人がたちあがりかけると、ボワロはあわててひきとめた。 「あ、ここに書いてあるお名前などに、まちがいはございませんか ? 」 「ええ、ございません。」 ぎろく 「もうしわけありませんが、この記録にサインをねがえませんか。」 ふじん 〃エレーナ・アンドレニと、夫人は、エレガントなサインをした。 しゅじん 「ご主人といっしょに、アメリカにいらしたことはありますか ? 」 しいえ、まだそのころは、結婚しておりませんでした。」 うつく けっこん 108
しやしよう 「なるほどね。つまり犯人は、車掌がとなりへいっていた十分ほどのあいだに、ラ ころ つう チェットを刺し殺し、なかから部屋のかぎをかけ、 】ド夫人の部屋を通って、通 路にでて、どこかにかくれた、というわけか。」 さつじん はかせ 「そうかんたんにいく殺人じゃないよ。コンスタンチン博士もおなし意見だと思う。」 ブークは、二人の車掌をかえらせた。 こうしやくふじん ボワロは、しぶるブークをおさえて、つぎに、ドラゴミロフ公爵夫人をよびにいか せた。 しんばい きがるしよくどうしゃ ブークは心配したが、公爵夫人は気軽に食堂車まできた。 さつじんじけん 「いいんですよ。殺人事件があったとききました。だれでもみんな、調べなければな りませんよ。」 しんせつ 「ご親切に、ありがとうございます。」 ぎむ 「いえ、とうぜんの義務です。なにをお話ししましようか。」 しゅうしょ 「ます、ここに、住所とお名前を、お書きくださいませんか ? 公爵夫人は、ボワ口がさしだした紙とえんびつをはらいのけるようにした。 はんにん ふじん しら いけん
す。メイドが男を見たのは、事実でしよう。でも、それはすっとまえ、列車がビンコ 4 、、フチについたときのことでした。」 こうしやくふじん 公爵夫人は、かるく頭をさげた。 かんしん 「なにから、なにまで、考えていらっしやるのね、感心しました。」 しゃない しす はかせ 車内がシ】ンと静まりかえったが、やにわに、コンスタンチン博士がテ、フルをた たいていった。 「それはちがう、むしゅんだらけの解釈だ。そのまちがいは、ボワ口さんがいちばん よく知っているはすです。」 かお ボワロは、みような顔をして医師を見た。 「そうかもしれません。でも、この解釈もすてないでください。あとで、こっちのほ うが正しいということになるかもしれませんので。」 ボワロはあらためて、一同の顔を見まわした。 じけん 「こんどの事件について考えられるもうひとつの解釈をこれからお話しいたします。 しようげん みなさんの証言をきいたあと、わたしは目をつぶって、しっと考えてみました。そ あたま しじっ 力いしやく れっしゃ