気分 - みる会図書館


検索対象: ブランコのむこうで
26件見つかりました。

1. ブランコのむこうで

てない列車、新しいノート、そんなふうだった。なんにも夢を見なかったようだ。そ ういえば、はっきりはいえないけど、ここのところ、ちっとも夢を見なくなってしま ったようだ。そんなことが、このふしぎな気分のもとなのだろうか。ばくには、よく わからなかった。 「夢は見なかったよ」 ノハが一一一口った。 ばくが答えると、 で「よく顔を洗ったら気分がさつばりするよ。おっと、その前に手を洗うんだね」 む 。し」 の ばくはそうした。手と顔はさつばりしたが、気分はおんなじだった。まあ、 ン 学校へ行って友だちと話したり遊んだりすれば、変な気分なんか消えちゃうだろう。 学校を休もうかななんて言ったら、大さわぎになっちゃう。からだがだるくもなく執 ノやママがあわてると思うんだ。もしかしたら、む もなく、痛いとこもないんだ。。、。、 ずかしい名前の病気かもしれない、早く病院へ行ってみてもらったらいい、なんてね。 そうでなかったら、学校をなまけたいんでそんなこと一一一一口うんでしようと、怒られちゃ とっちかといえば、怒られるほうになりそうだな。 うかもしれない。、 「いってまいります」

2. ブランコのむこうで

くわしくいえば、ばくに似た少年だったというわけ。ばくのアルバムに、ばくのう しろ姿のうつっている写真はそんなにないけど、三枚ばかりはってある。それを見て るような感じさ。あ、もっと いいたとえを思いついた。いつだったか親類のおじさん カ ばくを小型のやつで映画にとってくれたことがあった。「映画なんだから、じっ としてないでもっと動け」なんて言われて、てれくさい気分で歩きまわったものだっ た。それをあとで映写して見せてもらった時、ばくの歩きかたってああなのかなあと、 変な気分だった。その時のような気分。 む三十メートルぐらい前を歩いているその少年、服も帽子もばくと似ていたし、から の だっきや背の高さもそっくりだった。少年はちょっと横をむく。横顔もばくと似てい ン るようだ。あんなやつを見るの、はじめてだ。ばくも鼈いたなあ。あいつ、どこに住 んでいるんだろう。このへんに住んでいるのなら、いままでに会っていていいはずな んだが : ばくはひとりつこだけど、もし兄か弟があったとしたら、あんな少年なのだろうな。 兄弟がほしいなあ、もしあったら : なんて考えはじめたけど、それはすぐやめてしまった。前を歩いている少年をよく 見ているうちに、かりに兄弟があったとしても、ああそっくりにはならないんじゃな

3. ブランコのむこうで

ったみたいだ。皇帝になってさんざんいばり、自分のきらいなやつを悪人にして、思 いきりやつつける。そうしないと気分がおさまらないんだね。 おばあさんは言った。 「あんたは気の毒な人だよ。だけど、いつまでもこんな生活をしてちゃ、つまんない じゃないかね。ほかの人たちが悪いにしても、人生をむだづかいしているようなもん ですよ。楽しいこともないでしよう : ・ : ・ で話は忠告になっていった。ショボクレオジサンはもじもじしはじめた。同情される 」のは好きだけど、忠告されるのは好きじゃないんだな。それに、おばあさんの退屈し コのぎの話し相手にされているようなところもあったしね。 プ「わかりました。がんばります」 適当なところでショボクレオジサンはあいさつをし、自分の部屋へ戻ってきた。わ かったとロでは言ったが、どの程度わかったのかなあ。しつかりすべきだとは思った ) ますぐしつかりする気にもならないようだ。そして、またお酒を飲ん んだろうか、し だ。どうにもしようがないって感じだね。ふてくされて寝ちゃおうってとこだ。ショ ボクレオジサンのまぶたが閉じられ、なにも見えなくなった。ばくは、夢の国のべッ ドの上で目を開いた。

4. ブランコのむこうで

「あれ : : : 」 ばくは叫んじゃった。ばくにいくらかは似ていたけど、ばくを夢の国に送りこんだ あの少年のように、そっくりではなかったんだ。人ちがいをしてしまったようだ。あ やまらなくちゃいけないのか、もっと怒るべきなのか、それをたしかめるために聞い てみた。 「きみはだれなんだい。なんて名なの」 で「ばくはマリオっていうんです」 むそいつが答えた。そうだったのか、これがマリオくんだったのか。つかまえている コばくの手の力は抜けていった。勝手にそうだと思いこんでしまうと、人ちがいをして 乃しまうことってあるんだなあ。マリオくんのママもばくをまちがえ、ばくもおんなじ ようなまちがいをしてしまった。ここの夢の世界はうす暗いので、人ちがいをしやす くなっているみたいだ。 ばくはまちがえたことをあやまろうかと思ったけど、文句を言いたい気分はまだ残 っていた。このマリオくんがかくれているおかげで、ばくが困った立場になっている んだ。 「なぜ逃げたりしたんだい。なぜかくれていて、出てこなかったんだい」 101

5. ブランコのむこうで

てるのなら、その場所がなくちゃならないでしよ」 「その説明はむずかしいな。みんなが暮しているところの、前でも、うしろでも、横 でも、上でも下でもない。そういうところなんだよ」 「つまり、ちがう次元の世界なんだね」 と、ばくは言った。次元という一一一一口葉、ほんとの意味はばくもよく知らないんだ。し かし、読み物のなかによく出てきたり、友だちとの話のなかで使ったりするんで、次 で元というとなんとなくわかったような気分になってしまうんだ。そういえば、言葉っ むていうもの、みんなそんなような気もしてくるな。社会とか、神とか、愛とか、幸福 の コとか、わからないながらも使っているうちに、だんだんとわかってくるみたいだもの おじいさんは言った。 「まあ、そういったものだね。マンモスはいるのか、いないのか。い まの世界にはい ないが、むかしという次元の世界には存在してるんだ。しかし、この夢の世界は、過 去でも未来でもないのだよ。どこにもないか、どこにもある。これぐらいで説明はカ んべんしておくれ。おじいさんは、しゃべるのにくたびれてしまったよ。理屈をこね るよりも、自分で見たほうが :

6. ブランコのむこうで

「そのうちにわかるよ : : : 」 ドアのそとからは、おんなじような返事がくりかえされるばかり。面白がってるよ うな、楽しげな口調。その声は少しずつ小さくなってゆく。そとの少年が、ドアから 遠ざかってゆくようだった。呼びとめなくちゃあだめだ。ばくはありったけの声を出 した。 こんなことってない 「ねえ、ひどいじゃないか。ちっともわけを教えてくれない。 むしかし、答えてはくれなかった。ばくは大声でくりかえし、耳をすませた。やはり の トアに耳を押しつけてみる。そとにいるけはいもなかった。あいつは行 答えはない。、 ン 方ってしまったんだ。 ばくは力が抜けたような気分になり、ドアに両手と顔をつけ、うずくまった。困っ たなあ。だれの家かわからないところへ、閉じこめられてしまったんだ。心細くなり、 泣きたくなった。 ドアにすがりつくような姿勢でしやがみ、ばくはしばらく目をつぶって、じっとし ていた。疲れていた。さっきからのことをずっと考えなおしてみるうちに、なにか恐 ろしいワナにかけられたように思え、からだがふるえた。

7. ブランコのむこうで

になんにもないんだ。生も死もないんだろう : ひと目みて、ばくはすぐにまた目を閉じちゃった。いろんなことを考えてから目を 閉じたような気もする。どれくらいの時間かはわからない。そこには変化も時間もな かったんだから。 ばくは目を閉じて、思いきり叫んだ。 で「こんなところはいやだよ : ・・ : 」 こ む完全になんにもない世界だなんて、説明のしようもないぐらいいやなとこなんだ。 の 大声で叫びつづけていると、まぶたの裏にうつる催眠術師が、こっちにむかって言っ ン 「いま、なにかおっしゃいましたか。ご気分はいかがです」 「なんだか、すごい耳鳴りがするんです。大きな声がどなりつづけているような。そ れに、心のどこかになにかがひっかかっているみたいなんですが : その答えを聞いて、催眠術師は首をかしげながら言った。 「そうですか。そんなはずはないんですけど、おかしいことですね。では、もう一回 やりなおしてみましよう。現在に戻す、目をさまさせる時の経過を急ぎすぎたせいか

8. ブランコのむこうで

てこわいものだと感じ、こわがることをおばえるだけだろう。しかし、ばくはここに いる。この場面にいあわせて逃げたとなると、これはいけないんだ。 あとから来るものをかばい、助けてやる。そのつみ重ねで人類はいままで進んでき た。その歩調を乱してむちゃくちゃにしたら、リスにも劣ることになってしまう。さ つきからの、生命の流れをじかに感じている気分が、ばくにそんな決心をさせたのか もしれない。 ここへ来る前の夢の世界にいたおじいさんの、あとの人のために道の穴 でをなおすという話を、ちょっと思い出したせいかもしれない。 む いや、ほんとのところはね、ばくはやけくそになっていたのさ。どうやってみても、 の べつな夢へ、べつな夢へと、限りなく移り 現実の世界の自分の家に帰れそうもない。 ン つづけるだけなんだ。きりがない。あの無の世界もいやだったが、無限のくりかえし っていうのも、考えるとうんざりするものなんだ。どうせそうなら、ここで終わりに してしまえというのが、ばくの心にあったのだろうな。 よし。ここで赤ちゃんたちのために戦ってやるぞ。 「ばくがやつつけてあげるからね」 赤ちゃんたちにむかって、ばくは言った。言葉はわからないんだろうけど、赤ちゃ んたち、とてもうれしそうな顔をしていた。 195

9. ブランコのむこうで

188 また草原の世界に戻る。それにしても、変な夢の国だなあ。こんな夢の国で、いっ もなにをしているのだろう。猛獣狩りをやるのなら、アフリカの草原のような場所の ほうがいいんじゃないかな。といって、西部劇ごっこをやるような感じの草原でもな いんだ。この夢の持ち主、どうしてこんな世界を作ってしまったのだろう。こんな世 界で、おもしろいことができるんだろうか。 でそんなことを考えていると、どこからともなく声がしてきた。泣き声なんだ。赤ち 」やんの泣き声。しかも、大ぜいの赤ちゃんの泣き声なんだよ。ふしぎな気がした。現 コ実の世界の赤ちゃんたちの泣き声が、ここまで聞こえてくるのかと思って。 しいような気分だった。しかし、赤ちゃん なにが起ろうと、ばくはも一つ、どうでも ) プ の泣き声っていうのは、ほっとく気になれないものだね。そばへ行って、あやしてや らなくてはいけないような気にさせられてしまう。 だけど、赤ちゃんたちはどこで泣いているんだろう。声の感じから、そう遠くでは ないようだった。ばくは立ちあがって、岩山のすそをまわり、いままでいた場所の裏 側のほうへと歩いていった。 たくさんの赤ちゃん 信じられないような光景がそこにあった。岩山の下のほうに、

10. ブランコのむこうで

見物する人もいた。見物するだけじゃなく、いろんなことを言ったりもした。ほめて くれる人もあり、はげましてくれる人もあり、けなす人もあり、からかう人もある。 ほんとに、いろんなことを言われたな。ちらっと見て笑いながら通りすぎる人もあり、 そんなことはやめたほうがいい と忠告してゆく人もあった。また、ここはこうしたら しいんじゃないかと、意見を言ってくれる人もあった。それがわたしの考えとちがっ ていて、長い議論になったりすることもあった」 で「それでもつづけたんですね」 」「そうだよ。議論のあげく、その意見が正しいと思ったら、わたしはそれをとりいれ 「て作りなおした。何度も何度も作りなおした。ひとの意見を参考にし、目的に役立て プるのはい ) しことだ。作りなおすたびに、石はいくらか小さくなってゆくが、できはよ くなってゆくようだった。よくはなってくるんだが、これで満足できるという気分に は、なかなかなれない。その反対というべきだった。一応できあがった形と、心のな かで思っているものとのずれ。それをはっきり感じてしまうんだよ。できあがったと たんに、大きな欠点に気づいたりもする。がっかりしたり悲しくなったりしたものだ よ。しかし、こんな話、坊やにはつまんないんじゃないかい」 ばくはもっと先を聞きたかったので、首を振って言った。 176