部屋 - みる会図書館


検索対象: ブランコのむこうで
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1. ブランコのむこうで

「あっ」と叫ぶ以外にどうしようもない光景だったん でばくはこう考えていた。いまばくがいるのは、どこ くっ むかの家の玄関。そこは靴をぬぐ場所。横には靴をしま コう戸棚かなんかがある。靴べらもおいてあるだろう。 ガスリッパをしまう、しゃれたいれものがあるかもしれない。壁には小さな絵が飾られ ているかもしれない。靴をぬいであがると、そこは廊下。廊下から部屋に入ることが でき、そこには椅子やテープルがあるだろう。お人形やテレビなんかがおいてあるか もしれない。部屋の一方には、縁側か窓があるはずだ。そこからそとへ出られるだろ う。内側からあかない窓なんて、ありえないものね。 ま並べあげたものな こんなふうに予想していたんだけど、まるでちがっていた。い オししち、床 んか、なにひとつなかったんだ。廊下もなかったし、部屋もなかった。、こ ) ゝ とだな 2 おじいさん

2. ブランコのむこうで

「おれが悪いんじゃない。上役のほうがいけなかったんだ」 「そういう場合もあるだろうけど、いつもいつもとなると、あんたのほうが悪いよう な印象を受けちゃうぜ。しつかりしなよ。あんたがそんな生活をつづけるんだったら、 このアパートから出てってもらうよ。あんたはひとり暮し、このアパ 1 トは古く、部 屋代もそう高いものじゃない。働く気になれば、やってけないはずはないよ : : : 」 管理人はばんばん言った。ショボクレオジサンはあやまる。 で「わかったよ、わかったよ」 むそして、自分の部屋に戻りはじめた。ばくはちょっとがっかりした。電話をかけさ の コせるのは、失敗に終わってしまった。うまくいきかけたのになあ。このショボクレオ 乃ジサン、性格が弱く、お酒のせいで頭がばんやりしていて、目がさめたてだった。だ からばくの念じたとおりに動いたのかもしれなし ゝ。ほかの人だったら、こうはいかな いかもしれない。そう思うと、ますます残念だった。 その時、となりの部屋の住人のおばあさんが声をかけてきた。 「お茶でも飲んでかない。あたし、退屈なんだよ」 ショボクレオジサンははいっていった。やはり同じような部屋だが、こっちはきち

3. ブランコのむこうで

王子さまは首をかしげたが、落ち着いていた。 「そうかい。お祭りなんて、このへんにはないはずだがな。まあ、 しいや。ゆっくり していっておくれ。ずっと前から、だれかたずねてこないかなと祈っていたんだ。だ れか来た時のために、名前まで用意して待ってたんだ。メルって名だよ。ここにいる あいだ、きみのことをそう呼ぶことにするよ」 「なぜ名前なんかを用意しておいたんですか」 で「わかんないかなあ、メルくん。いつお客さんが来て、お城にとまるかもしれない。 むそのための部屋があるんだ。そして、それには名前がいるんだよ。メルくんの部屋と コしておけば、それですぐ通じるわけだろう。便利じゃないか」 「そういうものかもしれませんね」 ばくはそれ以上は聞かなかった。あんまり聞くと、ばかにされそうだった。ここに はここのやりかたがあるんだろう。よそから来たばくが、それに従うべきなんだ。王 子さまはいっこ。 「ばくはピロ王子っていうんだ。だけど、呼ぶ時はピロくんでいいよ」 「じゃあ、そうしますよ、ピロくん。でも、ここはどこなんですか」 「どこって、きまってるじゃないか。ピロ王国だよ」

4. ブランコのむこうで

扉がしまって、その前に二人の兵士が立った。つぎに、さっき左右に開いた壁がしま り、その前にも兵士が立った。 つまり、皇帝の寝室は何重にも警戒しまもられているということなんだ。裏切り者 の出現や、暗殺されるのが心配なのだろうか。それとも、こういう大げさなことが好 きなんだろうか。 こうし ばくは小さな部屋に案内された。机や椅子があり、べッドもある。窓には格子がっ でいていて、そとにはとなりのビルの外側が見えるだけだった。兵士は言った。 む 「ここがおまえの部屋だ。ここにいろ」 の 「でも、ばくはそとを散歩したいんです。見物に出てもいいでしよう。どんなところ ン なのか知りたいんですよ」 「いかん。勝手な行動は許されていない」 「じゃあ、そこのべッドで眠る以外にすることがないじゃないの。そうするから、ば くをひとりにして下さい」 「だめだ。わたしがそばで見張っていることになってるのだ」 ドアもあけたままなんだ。ま 冫くがなにか変なことをやるのじゃないかと警戒してい 117 るみたいだった。この国では、人間というものをあまり信用してないようだ。子供の

5. ブランコのむこうで

があらわれて、電話を切っちゃった。ショボクレオジサンの手から不意に受話器を取 りあげて、もとへ戻してしまったのだ。その人は言っていた。 「電話なんか、かけさせないよ。あんた、このごろ部屋代をちっとも払ってくれない じゃないか。そのうえ、電話もただでかけようとする。どこへかけるつもりだったん オし」 「いや、なんとなく電話をかけてみようかなって気になってね : : : 」 で ショボクレオジサンはばそばそ答えていた。自分でもなぜそんな気になったのか、 こ むわからないみたいだ。ばくが祈ってそうさせたのだとは、気がっかないんだろうな。 の 相手の人、アパートの管理人らしい五十歳ぐらいの男は、強い口調で言っていた。 ン 「しつかりしなさいよ。ねばけて夢遊病みたいになっちゃってさ。あんた、性格が弱 すぎるよ。 しいとしをして、お酒ばかり飲んで、一日中ばんやりしている。そんなこ とじゃ、だめだよ。いや、飲むなと言ってるんじゃないよ。ちゃんと働いて、部屋代 を払い、そのうえで飲むのならいいけどさ」 「働く気はあるんだがね : : : 」 「あんた、しんばうがたりないよ。っとめてしばらくすると、上役とけんかをしてく びになっちゃうんだから。だめだねえ」 121

6. ブランコのむこうで

好きな皇帝かもしれないけど、あまりいごこちのいいところとは思えないなあ。 べつな夢の世界へ移ったほうがいいかもしれなし ゝ。ばくはそう思って部屋のなかを とだな 見まわしたが、戸棚とか箱といったものはなかった。、 べつな夢の世界への出口になり そうなものがなかったんだ。ここに戸棚がないのは、外からしのびこんだあやしいや つが、そんなとこに身をかくす心配があるからなんだろうな。 と ばくが逃げ出そうとしたら、そばの兵士はすぐ飛びかかってくるにちがいない。 でんでもないところに来てしまった。家へ帰れるのが、またおそくなりそうだ。 む というわけで、そこのべッドに横たわって目でもつぶる以外にすることはなかった。 の コまた、あの皇帝の日常がどんなのか、それを知りたいとも思ったしね。 目をつぶっていると、まぶたの裏に光景がうつってきた。前にも言ったけど、この 夢の世界の持ち主である人の目がテレビカメラで、それで送られてくる画像がばくの まぶたの裏にうつる。そんなしかけになってるってわけだよ。想像もしなかった眺め が見えてきた。 小さくてよごれた部屋が見えた。畳も古いし、壁もきたない。ほとんど掃除をして いないみたいだ。ごみがいつばいちらかっている。灰皿にはタバコの吸いがらがたく 118

7. ブランコのむこうで

「そうだとも。みなできめたことなんだ」 「広場のなかにいた、ばんざいを叫ばなかった人が、さっき銃でうたれましたね」 「そうだよ。そうすることにきまっているんだ。悪に同青するやつは、悪が好きなん だ。悪人の味方なんだ。そういうやつをほっておいては、悪がはびこり、正義と平和 が乱れるばかりだ。わたしは正義と平和の味方なんだよ」 皇帝は楽しそうに大笑いした。その笑い声で空気がふるえ、シャンデリヤがチリン でチリンとガラスの音をたてるんじゃないかと思えるほどだった。ばくはなんだかいや むな気持ちがした。むちゃな皇帝だ。だけど、それなら悪人を許してやるほうがいいの の かとなると、それにも賛成できない。 どう考えたらいいのか、わからなかった。それ ン 方にしても、あした処刑されるというあの悪人、いったいどんな悪いことをしたんだろ 、つ それを質問してみようかなと思った時、兵士がやってきて、ばくを引っぱった。 「皇帝はまもなくおやすみになられる。おまえはさがりなさい」 ばくはおじぎをし、テープルのそばをはなれ、部屋のはじのほうにさがって立った。 見ていると、皇帝のすわっていたうしろの壁が、左右に開いた。皇帝が歩いてゆくと、 つぎの部屋の大きな扉が開く。そこが皇帝の寝室らしかった。皇帝がそこに入ると、

8. ブランコのむこうで

ったみたいだ。皇帝になってさんざんいばり、自分のきらいなやつを悪人にして、思 いきりやつつける。そうしないと気分がおさまらないんだね。 おばあさんは言った。 「あんたは気の毒な人だよ。だけど、いつまでもこんな生活をしてちゃ、つまんない じゃないかね。ほかの人たちが悪いにしても、人生をむだづかいしているようなもん ですよ。楽しいこともないでしよう : ・ : ・ で話は忠告になっていった。ショボクレオジサンはもじもじしはじめた。同情される 」のは好きだけど、忠告されるのは好きじゃないんだな。それに、おばあさんの退屈し コのぎの話し相手にされているようなところもあったしね。 プ「わかりました。がんばります」 適当なところでショボクレオジサンはあいさつをし、自分の部屋へ戻ってきた。わ かったとロでは言ったが、どの程度わかったのかなあ。しつかりすべきだとは思った ) ますぐしつかりする気にもならないようだ。そして、またお酒を飲ん んだろうか、し だ。どうにもしようがないって感じだね。ふてくされて寝ちゃおうってとこだ。ショ ボクレオジサンのまぶたが閉じられ、なにも見えなくなった。ばくは、夢の国のべッ ドの上で目を開いた。

9. ブランコのむこうで

くの味方のいるわけがない。しかし、その声はくりかえされ、ばくはだれが言ってる のか知ろうと、首を動かした。 建物の、地面から二メートルぐらいのところに窓があり、そこから二十歳ぐらいの 青年が顔を出し、ばくに呼びかけているのだった。ばくは小さな声で聞いた。 「そんなことしていいの : : : 」 「いまは、そんなことを考えてる場合じゃないよ。このままだったら、やられちゃう。 でさあ、ここから入れよ。手を貸してあげる」 む青年はばくに手をさしのべた。ばくは考えることもなく、それにつかまって飛びあ の がり、窓からなかへ入った。小さな部屋だった。青年は窓をしめ、カーテンを引いて 一一一一口った。 「これで大丈夫だろう」 「どうもありがとう。だけど、ばくをかくしたことがわかったら、あなたもっかまっ て罰せられちゃうでしよ。そうなったら悪いな」 ばくはお礼を言いながらも、そのことが気がかりだった。青年は一一一一口う。 「しかし、逃げまわって助けを求めている人を見たら、ほっとくこともできないよ」 「あなたは、この街の人なんですか」

10. ブランコのむこうで

「あら、どうしたの、変なこと叫んで。ねばけたんでしよ」 それはばくのママだったのさ。それでも、ばくは聞いてみた。 「ここはどこなの」 「どこってことないでしよ。自分で見てごらんなさいよ」 ばくは身をおこし、まわりを見まわした。ばくの家の、ばくの部屋の、ばくの寝床 のなかだった。 で「ほんとだ、ばくの家だ」 むそう言いながらも、すぐには信じられなかった。ばくは寝床のなかで、また目をつ ぶった。まぶたの裏にはなんの光景もうつらない。ばくは目をつぶったまま考えた。 ン ここがほかの人の夢の世界でなく、現実の世界なら、ばくしか知らないはずの印があ るはずだ。たとえば、天井の一カ所についているよごれ。いつだったか、よごれたま まのボールをほうりあげたら、天井にぶつかってそのあとが残ってしまった。ばく以 外のだれも知らないことだ。それがあれば : 目を開く。それはちゃんとあった。ここは、たしかに現実の世界なんだ。もどれた んだ。生きるべき世界にもどれたとわかり、うれしかった。 だけど、なぜ帰れたんだろう。ワニに食べられ夢の世界で死んだからだろうか。赤 198