周りを見回しながら愛に問いかけた。愛は優しい笑みを浮かべながら、 「ビックリしちゃったよ。急に倒れ込んで、そのままずっと眠ったままなんだもん」 愛は安心した表情を浮かべて続けた。 「でも、もう、大丈夫。意識もはっきりしているし、熱も引いたから」 愛を見つけた後に自分は倒れて熱を出し、そのまま愛の家に : 眠ったまま ? 翼は腕時計を確認して、叫び声をあげた。 「は、八時 ! ウソだろ ? 」 驚いて起き上がろうとしたが、体がいうことをきかなかった。 「いい匂いだな」 「え ? あ、ああ。そうでしょ ? 今ね、特製のお粥を作ってるからちょっと待ってて」 自虔げに言うと再び台所に立った。そんな愛の後ろ姿を翼はずっと眺めていた。 過「ん ? どうかした ? 」 「後で : : : 色々話があるんだ : ・ 互 重々しい口調で言った。愛は手を止めて、 コつん : : ・・」 かゆ 。ししかずっと
地面についたその両腕も今はガクガクと震えている。二人は苦悶の表情を浮かべて、激し い息遣いを繰り返していた。 今日の鬼ごっこは終わったというのに、街は静かだった。二人の激しい息遣いだけが聞こ えている。愛が苦しそうに聞いてきた。 「お兄ちゃん : ・・ : 大丈夫 ? 」 翼は言葉を詰まらせながら、 「だ、大丈夫」 故大きく息を吸って、 ま「お、お前は ? 」 愛は苦し紛れに微笑み、 「わ、私も、大丈夫 : ・・・・こんなの全然」 生まれ故郷
見せかけの笑みを浮かべて翼はごまかした。 「そうか ? ならええんやけど」 洋は続けた。 「それにしても、もうじきやろ ? 」 「あ、ああ、あと : ・・ : 二十分だ」 途端に洋は真剣な表情になり、 「翼、何が何でも捕まるな。愛ちゃんのためにもお前は捕まるわけにはいかんのやぞ」 真剣な眼差しで翼を見つめながらそう言った。 「あ、ああ。俺は大丈夫」 その言葉を聞いて安心したのか、洋は優しい顔に戻っていた。 「よし、それならええ」 ひょっとした 国翼はその時思い出していた。あの顔。そして、あの真剣で鋭い目つき : うら今夜 : それでもその思いは、なかなか心から離れる いや、まさか、考え過ぎか : れことがなかった。あとは、今夜の鬼ごっこを待つだけだった :
「ああ、あいっとは会社に入った当初からの一番の仲間だったよ」 翼は口元を丸めて頷いた。 「でもね、仲間といっても、仕事の上ではあいつにいつも先を越されていた」 「おやじに ? 」 あまりに意外だったので、ついおやじとロ走ってしまい、アッと口元を押さえた。その仕 草に森田は笑みを浮かべて、翼の質問に答えた。 「ああ、君にとっては意外かもしれないがね。あいつは重役でもあったんだ。大した男だよ、 あいつは」 と思わず声を上げた。 「あ、すみません。でも、本当なんですか ? 僕には信じられません : : : 」 真「ああ、本当だよ。部下には全く慕われていなかったようだがね。仕事はできるヤツだった。 目その実力はみんなも認めていたし、私もそうだ。それに、私にだけは全てを語ってくれたし 四ね」 「部下には慕われていなかったか : : : 納得です」 翼は口元を緩ませ、
興奮で王様の口調が早まる。しかし、じいは浮かない表情で俯いたままだった。 「どうした ? 何があったというのだ ? 」 王様をチラリと見ると、再びじいは俯いてしまった。 「どうしたというのだ ? 何でも申してみよ」 じいはようやく顔を上げ、重い口を開いた。 「じ、実は : ・ : ・一人だけ : それを聞くと、部屋の隅で俯きつばなしだった王子は顔を上げた。 「一人だけ : : : 逃げ切った者がおるというのか ? 」 声を潜めながら王様は言った。 ・ : 申し訳ございません。全データの中に一人の男だけが残りまして : : : 」 王様は信じられないといった表情を浮かべると、 「名前は ? 名前は何と申すのだ ? 」 佐藤 : : : 翼にございます。二十一歳の現在大学三年生。データにはそう記されてお りました」
翼は悲痛な声を上げ、 「、も一つしし 頼むからそんなこと言わないでくれ ! 一緒に逃げるんだ ! 」 涙ながらにそう言った。それでも洋は静かに首を振った。 「翼 : : : 必ず愛ちゃんを助けろよ。そして、一週間逃げ切れ」 「何を : : : 何言ってんだよ ! 」 声を張り上げ、翼は再び後ろを振り向いた。鬼は間近に迫っている。洋はもう逃げきれな いと分かると、 と呼んだ。そして、笑みを浮かべてこう言った。 「ありがとう。今まで一緒に居てくれてありがとう」 劇そして、再び後ろを確認すると、洋は最後の言葉をかけた。 逃「じゃな。ここでさよならや」 驂その途端、目を鋭くして翼に背を向けた。 「うわあああああ ! 」 そう絶叫しながら、無謀にも鬼たちに猛突進して行ったのだ。
302 だから翼はあの時から決めていた。犠牲になった佐藤さんたちの無念を晴らそうと : 倒れたままの翼の目には、既に息絶えた王様の横で立ち尽くしている、じいの姿が映って いた。翼は微かな笑みを浮かべると静かに目を閉じた。 こうして閉会式は誰もが予測すらしていなかった幕切れとなった。王様の計画は、一人の 〃佐藤〃のためにもろくも失敗に終わってしまった。 その後、実の弟である王子が国王に即位した。 新しい王様は国のことを、そして国民のことを第一に考え、政治を行うようになった。 ようやく王国は以前のような平和な国に戻っていった : こうして、人口約一億人、そのうちの五百万人以上が〃佐藤〃だったこの王国には、国王 を除いて誰一人、佐藤姓はいなくなった : ・
「さあ、立て ! 」 別の兵士が翼を立ち上がらせる。 翼は兵士に言われるがままに外へ出ると、そこには見たこともない派手な車が止まってい 「これに乗るんだ ! さあ ! 」 兵士が後ろのドアを開けて促した。翼が車内に乗り込もうとした時、後ろで大きな叫び声 か聞こえた。 「お 1 いー 翼 ! 翼 ! 」 それを聞いた翼は一旦動きを止めて、振り向いた。 「み、みんな : 向こうから大勢の部員たちが走りながら手を振り、翼の元へとやって来た。多少息を切ら せながら大介が安心した笑みを浮かべ、 「つ、翼 : : : さっき、ニュース見たよ。驚いた。まさか、その一人が翼だったなんて : : : 」 大介は興奮したように話した。 そんな大介とは対照的に翼は冷静だった。 「一人 : : : そうか :
応は合格なのであろう。コックたちは一様に安堵の表情を浮かべた。合格と分かった途端、 コックたちは部屋から立ち去った。 黙々と料理を食べ続け、朝食の時間もそろそろ終わりに近づこうとしている時だった。王 様の居る部屋にじいが現れた。 「王様 ! 王様 ! 」 じいは落ち着かない様子で駆け寄ってきた。王様の朝食を妨げる者は罪に問われることを 忘れているかのようだった。 王様はナイフとフォークを置いた。 「朝食中なのに騒々しいぞ。一体何があった ? 」 王様がそう穏やかに言うと、 「申し訳ありません : : : 実は″あること〃の報告が入りまして : : : 」 その時、王様の弟である王子は過敏に反応した。 故「あること ? 一体なんだ ? 」 ま「は ! 実は : : : 残りの " 佐藤。の数が分かりましたので、すぐさま報告に上がろうかと じいのその言葉に一同耳を傾けた。
204 と深く頷いた。その重い空気を振り払おうと、翼は話題を変えた。 「それより、楽しみだな。愛の料理」 「待ってて ! もうすぐできるから ! 」 愛は明るく言った。翼は優しい笑みを浮かべると、少しの間、目を閉じていた。 しばらくすると、愛は湯気の立つ小さい鍋をお盆に載せて運んできた。 「できたよ ! 」 愛の声は明るかった。その声に翼は、体を起こした。 愛はお盆を下に置くと、 ど , っぞ」 とニッコリ微笑んだ。 「あ一りかと一つ 。いただきます」 すく レンゲでお粥を掬い、ロに運ぶ。 愛は翼の顔を覗き込んで言った。翼は深く頷いた。 「よかった 5 」 まるで今まで一緒に暮らしていたかのように和やかな雰囲気だった。幸せすぎて怖かった