ると、居間から父の声が聞こえてくる。 いるのか ? 返事しろ ! 」 「翼 ! 翼 , 。翼は頭をボリポリかきながら、顰めつ面で階 次第に呼びかけが怒鳴り声に変わっていく 段を下りた。時刻は午後の二時半を回っていた。 居間に入ると父があぐらをかき、翼を見上げている。たまらず翼は父に聞いた。 しつの間に起きたんだよ。気がっかなかったぞ」 ゆが 口調がおばっかないのが自分でも分かった。途端に父の顔は歪み、 「何だ、起きてちゃまずいのか」 と不満そうに言ってきた。 「いや、そうじゃねーよー 心配してやってんだろ」 と言って父から視線を外した。 照れ隠しなのか父も鼻でフッと笑い、横を向いて、 「別に心配なんていらねーよ。第一、俺が捕まるとでも思っているのか ? 」 と大口を叩いた。自分の足に自信でもあるのだろうか。そんなことよりも、翼は真剣な眼 差しで父に聞いた。 「それより、昨日見たか ? 」 しか
、も、つ - しし 「、も , っしし ゝよ : : : 喋らなくて」 そんな翼の言葉を無視するかのように、父はなおも翼に何かを言おうとしている。自分に 先がないことを知って、何かを伝えようとしているのだ。 「あ ? あ、ああ、どうした ? 」 翼は父の顔を覗いた。その青ざめた表情がますます白くなっていく。支えている翼に伝わ る父の体も、何となく冷たく感じられた。気温のせいかもしれないが、それ以上に父の体は 冷たかった。 「お、お前に・ ・一つ、言っておかなければならないことがあるんだ : 父は力を振り絞り、それでも言葉を途切らせながら言った。その言葉が妙に引っかかった。 「言いたいこと ? 何 ? 」 真苦しそうな呼吸の後で、 の 目「益美と : : : 愛のことだが : : : じ、実はな : 四初めてだった。父の口から二人の話が出たのは。 それに驚いた翼はゴクリと唾を飲み、「実は ? 」と聞いてみる。 回「じ、実はな・ : ・ : 益美は : ・・ : 母さんはもう : ・・ : 死んだんだ」
108 せば最悪の父親だった。父との楽しかった思い出は一つも浮かんでこなかった。そう、ただ の一つも : でも、翼の脳裏に父の最後の言葉が浮かんできた。 「お前が愛を助けてやれ」 この言葉が耳に張りついて離れなかった。それは繰り返し聞こえていた。その言葉が翼の 胸を熱くさせた。死ぬまで本当に嫌いだった父のその一言で、父の全てを許せる気がした。 なぜだろう ? あれほどまでに苦しい生活を強いられてきたのに、何だか全身から父に対す ・ : 不思議な感じがする。 る憎しみが抜けていく : 翼の抱いていた怒りや憎しみは、次第に父を死に追いやった″鬼〃そして国王へと、移り 変わっていた。提案者である王様が憎くて憎くて仕方がなくて、でも、やつばり何もしてや れない自分に腹が立ってしようがなかった。しかし、今は腹を立てている場合ではない。 翼は慌ててジャージから携帯電話を取り出すと、すぐ一一九番に連絡し、救急車を呼んだ。 救急車が到着したのはそれからおよそ十分が経過した頃であろうか。激しいサイレンと共 に救急車は自宅前で止まった。夜中であるにもかかわらず、近くに住んでいる住人や、音に つられてやって来た野次馬が詰めかけてきた。二人の周りに人垣ができていた。 父の側に駆け寄り、脈を確認した隊員はすぐに心臓マッサージを始めた。翼は奇跡を信じ
。そ つ翼 し はや なた はや そ本 て 父じ ば眼 、の 絶か 翼 か球 思対 最お の いだ今軽 手呼 っ今 じた を 掴 揺 がカ 時な ・住 で : 所 しゝ た絞 た 父 う張 の 手 呼げ で は ロ 再そ びん モ 激な シ し呼 ヨ ン の よ う れは く は届 り と 地 面 どな 落 ち た う と ま ま 吸 ん止を ま つ と か た め 締 り 握 と ツ ギ を 手 の 翼 け だ 度 う ろ の た っ り 才辰 の 彳麦 に 当 父 お じ し っ か り し ろ く る り つ た は に も 。飛 び そ で カゞ く な り ロ め た ま る ろ カゝ は 父 の 体 を く ら し を り 、上 び カゝ け 父 の 。耳 て しゝ しゝ よ う お しゝ つ く つ そ の だ っ た 父 は ウ ッ と 呻 き だ し 谷 態 カゞ 急 変 し た そ愛翼 才甫 ま る お ら に教 え ら れ た 頭 の 中 何 回 も え て 頭 叩 き 込 ん だ 愛 は 三大け 定 区 の 新 里予 と い う 所 で 暮 ら し て る お が 愛 を 助 て や れ 」父 0 よ 、続か 阪て愛 市言が 106 し ) しゝ 。る 場 所 を お 目リ が 愛 を 助 け る だ
「仕方がないだろう : : : 王の命令だ。俺たち国民には何もできないんだよ」 「ああ、王にとってみたら俺たちはただのゴミだ。ただ無惨な最期を迎えるだけ : そこで言葉を切り、本題に入った。 「だから最後に教えてくれないか ? 」 真剣な眼差しで父に問う。 「最後 ? 何をだ ? 」 翼は一つ間を開けてから言った。 「母さんと : ・・ : 愛のことだ」 その言葉を聞いた父からは一気に醒めた様子が窺えた。興奮していたのか、翼は自分の気 持ちを抑えられなかった。 「知ってるんだろ ! それなら俺にも教えてくれ ! どこだ ? どこに二人は居るんだ ! 」 それでも父は黙り込んでいた。 「おやじ ! 」 ただ もう一度問い質し、しばらく父の様子を窺った。それでも父は黙していた。翼は俯いて首 を横に振り、呆れた様子で言った。 「そうかい、何も知らないってか。そうかい、分かったよ」
「愛は弟夫婦に、何不自由なく、本当の娘のように可愛がられていた。愛も幸せな日々を送 っていたに違いない」 そう言って父は翼を宥めた。 「」一つか : 翼は愛が幸せならそれでよいと思い留まり、安心した。しかし、何かが引っかかっている。 そう、鬼ごっこのことだ。翼の複雑な表情を見て、父は再び口を開いた。 「しかし、問題はここからだ。愛は養子になって、鈴木から〃佐藤〃に名字が戻ったんだ。 当然、弟の名字も″佐藤〃だからな」 「だとしたら : ・・ : 愛は」 「そうだ : 父は哀れむように言った。 真愛が鬼に追いかけられている姿を想像するだけで、自分は愛の力になれないと思うだけで の 目翼は悔しかった。居ても立ってもいられなかった。 四「くそ ! 俺はどうすれば : 何もできない自分に苛立ちを覚えた。そんな翼の気持ちを抑えるように父は重要な手掛か りを翼に伝えた。
父は自分の死を覚悟して全てを翼に話している。 「事故だったんだ。益美はトラックにひかれて、生死を彷徨い続けたあげく、結局は : : : 」 それ以上はロにしなかった。今でも父は相当辛いのだろう。 「ど、どうして : : : どうして、今まで黙っていたんだよ」 翼の目からこばれ落ちた涙が父の顔を濡らした。父は目を瞑りながら、 「すまん : : : すまなかった」 ただそれしか言わなかった。 「母さんが : : : 母さんが死んでいたなんて : : : 」 翼は深い憤りを感じていた。拳を握り、この悲しみ、この怒りをどう表現したらいいのか 分からず、ただ、涙がこばれるばかりであった。 真「母さん : ・・ : 」 目母と過ごした日々が脳裏をよぎった。翼は本当に母が大好きだった。母のことばかりが頭 四に浮かんだが、ふと、愛の存在が脳裏をかすめた。母が死んだ後の愛はどこでどうやって生 活しているのであろうか ? 「愛は ? 愛はどうしたんだよ。今、どこで暮らしているんだ ? 」
53 十四年の月日 た 翼は吐き捨てるように言った。 「でもな、俺は捜すぜ、俺は必ず二人を捜してみせる。そして、それからは三人で生活する んだ」 翼の挑発にも、父は肩を落としてただ俯いているだけであった。その表情は心なしか悲し げだった。そんな情けない父に、おやじ : : : あんたも老いたな、と翼は心の中で呟くと、居 間のドアに手をかけて静かに目を瞑る。翼は振り返り、今や腑抜け状態となった父に哀れみ のこもった声で、 「おやじ : : : 捕まるなよ」 と言って居間を後にした。父はそれにも返事をせず、ただ俯いたままだった。 もう、ここには酷い父親だった昔の輝彦はいなかった。翼の挑発的な発言にも乗ってこな いなんて。それともやつばり何か理由があるのだろうか ? 輝彦は翼が出て行くのを確認するとスッと顔を上げ、途端に真剣な表情へと変わっていっ ″リアル鬼ごっこ〃開始まで : : : 約二十七時間
Ⅱ 6 上目遣いで男の顔を覗き込むと彼の体は一瞬震え、翼に向き直って言った。 「あ、ああ、悪かったね。つい、佐藤との思い出が頭の中を駆け巡っていたものでね」 その男は何だか懐かしそうに言った。しかし、翼には訳が分からなかった。〃 佐藤との思 い出〃 ? 「あの : : 、父とはどんな ? 」 「あ、ああ、そうだね。翼君は僕のことを知らなくて当然だね」 その男は何度も頷き、笑みを浮かべながらも、なんとなく照れているようだった。 「何で僕の名前を ? 」 男はその質問に対して真面目な表情で、 「私は : : : 佐藤と同期の人間で、森田という者だ」 「同期 ? それは仕事での ? 」 森田は深く頷き、 「ああ、そうだよ。仕事仲間、と言った方が正しいかな」 「仕事仲間 ? 」 父の〃仲間 % その一一一口葉こそ父に一番似つかわしくないだろうと、森田のセリフを疑った。 しかし、森田は何の躊躇いもなく父とは仲間だったと言い切った。
ようやく長い坂を上りきった翼は一度立ち止まって辺りを見回した。静かだった。誰一人 歩いていなかった。住宅街だし時間も時間である。しかし、翼は妙な胸騒ぎを覚えた。一度 も感じたことのないこの不安。何だろう ? もう鬼が出るはずもないし : 。次第に動悸が 速まっていくのが分かる。 妙だな、と思いながら角を左に曲がると、自宅の前に一人の男性がうつぶせに倒れている のが目に入った。荒てて駆けつけた翼は目をみはった。 「お、おやじ : 父は異常なほどに呼吸を乱している。あまりの驚きに言葉が続かない。 翼はしやがみ込み、ゆっくりと父を仰向けにした。 「おい、おやじ ! しつかりしろ ! 」 叫び続ける翼に、父はうっすらと目を開いた。 実「つ、つ、翼か : : ・・」 もうろう 目朦朧としながらも、まだ意識はあるようだ。 四「あ、ああ : : : 俺だよ。おやじ : : : どうした ? 」 十 翼も必死に声をかけていた。 的父は呼吸を乱しながらも苦笑いを浮かべ、そして、苦しそうに言った。