足は自宅へ向いていた。十秒 : ・ この日の鬼ごっこは追いかけられたとはいえ、無事に終了しそうだ。他の佐藤さんたちは どうしているのだろうか。 五秒、四秒、三秒、二、 一 : : : 同時に終了のベルが鳴らされた。〃リアル鬼ごっこ〃二日 目 : : : 終了。 終了のベルを聞いて、白い息と共にホッと胸をなで下ろす。安心して自宅に帰れると思う と、途端に父に対する心配と、何も話してくれないことへの苛立ちが頭をもたげてきた。複 雑な心境に翼の心は揺れた。どちらの気持ちが勝っているのかも分からない。今いるこの場 所から自宅までは相当離れているが、気持ちの整理をつけるためにも、歩いて帰ることにし た。夜空を眺めながら歩くのも悪くはない。星は一つも輝いていないが : 穏やかさを取り戻した横浜の町を四十分ほど歩き続けると、見慣れた大きな坂が現れた。 突き当たりを左に曲がれば自宅はすぐ目の前だ。 この大きな坂には懐かしい思い出がある。中学二年の時に陸上部にスカウトされたが、最 初の頃は、それほど陸上に熱を入れていなかった。それが高校に入ると同時に少しずつタイ ムにこだわりだし、苦しい練習の後でも、必ずと言ってよいほどこの大きな坂を走って上り 下りして、足腰の鍛練を欠かさなかった。この坂の存在が、翼の足腰を鍛えていた。
287 ラスト鬼ごっこ 思わずうめき声が洩れていた。そして、その直後だった。目の前にいた鬼が″探知機ゴ 1 グル〃を外し、地面に落としたのだ。その不可解な行動に、 再び翼は声を洩らしていた。そして、それから数分後、終了の合図が王国中に響き渡った。 十二月二十四日、日曜日、″リアル鬼ごっこ〃全日程終了 :
幸運だったと言うべきか、それとも悪運が強いと言うべきか、この日も何とか、あと二、 三分で鬼ごっこが終了するところまでこぎ着けた。 あれから翼は警戒に警戒を重ねながら、住宅街を歩き回っていた。少しでも鬼が出没しな さそうなところで時間を稼いでいたのだ。悪いイメージがくつついて離れなかったので、表 通りには足を踏み入れなかった。二日間の経験から、人通りの激しい場所に鬼が出没する可 能性が高いことが分かった。なるべくなら表通りに足を踏み入れない方がいい 実「よし、あと一分・・・・ : もう少しだ」 の 今ならこの場で見つかったとしても、ほんの少し走ればこの日の鬼ごっこは終了する。多 目 四少、重圧が軽くなった。 十 「そろそろ家に戻るか」 そう言うと、もう一度時計を見直した。あと三十秒、二十秒 : : : 時計を確認しながらも、 十四年目の真実
「どこだ : 口にした途端、やはり嫌な予感が頭をかすめる。 「俺のせいだ、俺があの時・ : ・ : くそ ! 」 あの時もっと冷静だったらこんなことにはならなかった。自分の情けなさに腹が立った。 その一方で、今でも愛が追いかけられていることを想像すると、せつなさで胸がいつばいに なった。しかし、無情にも前方で警戒音が鳴り響いた。改めてこの鬼ごっこの厳しさを痛感 した。 「愛 ! 愛 ! 」 逃げながらそう叫ぶ。今はもう祈るしかなかった。愛が逃げ切ってくれていることを。し かし : 願いは虚しく、結局は何の変わりもないまま、終了の合図が夜空に響いた。その合図で翼 し力なかった。 像は生き残った数少ない佐藤の一人だと確定はしたものの、安心するわけにはゝゝ の愛のことが心配で仕方がなかった。現にこうして終了の合図が鳴らされた今となっては、 の愛が生き残っていることを願うしかない。翼はこれから自分が何をしたらよいのか、どこへ , 。。よいのかが、正直言って分からなかった。全ての道がふさがれたような心境で、ただ % 気持ちが焦るばかりだった。
閉会式での願い事 終了の合図が王国中に鳴り響いてから、十五分が経過していた。佐藤翼はいまだに地面に へたり込んでいた。翼は体をガタガタと震わせながら心の中で呟いた。何が : : : 何が起こっ たというのか ? あの時、鬼たちとの間に何が起こったというのだろうか ? それにどうし て俺は今この場にこうしていられるんだ ? どうして俺は生き延びているんだ ? 分からな : どうして ? 目の前にいた九人の鬼たちもすっかり姿を消している。先ほどとはまったく異なり、落ち 着いた雰囲気が漂っていた。そして、完全に呼吸が落ち着いた時、七日間続いた〃リアル鬼 ごっこ〃がようやく全日程を終えたことを実感した。 一方、王国では " リアル鬼ごっこ〃の集計結果が出ようとしていた。最終日に捕まった佐 藤さんたちのデータは消されていった。一晩かけて集計は全て終了し、その結果がじいの耳 に伝わった。その結果にじいは驚き、不安と焦りを感じていた。王様の反応が怖かったから
離し、銃をしまった。そして、鬼たちも静かに暗闇の中へと消えていった : 辺りが静けさを取り戻した時、翼は怒りも何も感じなかった。なぜだろう ? 心が空つほ で何も考えられなかった。 ただ、愛が鬼たちに引きずられて行く姿だけを繰り返し繰り返し、思い出していた。そし て、この時から翼の人生全てが崩れ去ろうとしていた。 認めなかった。認めたくなかった。しかし、最愛の妹である佐藤愛は鬼たちの手によって 捕まってしまった。十四年ぶりに再会した翼と愛にとってはあまりに悲しい、早すぎる別れ となってしまった : 翼は自分を責めていた。 自分のせいだ 愛が捕まってしまったのは自分の責任だ。 全て自分が、と : しばらくの間、翼はその状態のまま動こうとはしなかった。それ以後の記憶は全くなかっ 六日目の″リアル鬼ごっこ〃も終了し、残すところはあと一日。それで全ての日程が終了 する。そう、王国中を大きく騒がせたこの計画も明日で最後。明日、翼の運命が決まろうと
ろう。必死の思いで走り続けて、残り一分まで逃げ続けた。当然鬼も追「て来ている。明ら かに今の二人は鬼よりスピ 1 ドが遅かった。翼は残り六十秒を頭の中で数えていた。鬼も最 。五十秒。二人の呼吸も 後の力を振り絞って二人を追って来る。段々と距離が縮まっていく 恐ろしいほど激しくなっている。鬼との距離は既に四十メ 1 トルを切っていた。四十秒。三 十秒。三十メートルあるかないかの距離。二十秒。鬼との距離も既にない。慌てて翼は腕時 計を確かめた。十秒、九、八、七 : : : 早く早く早く ! 時計をせかす。五秒、四秒 : : : 。翼 がゼロとカウントすると同時に終了の合図が聞こえた。それを耳にすると二人は走るのをや めてその場に倒れ込んだ。 ″リアル鬼ごっこ〃五日目 : : : 終了。
257 あの時の映像 していた : 十二月二十三日、土曜日、〃リアル鬼ごっこ 〃亠ハ日目 : : : 終了。
「ほれ、立てや」 手を差し出し、翼を立たせた。 「とにかく、俺のアパートに一丁こう。な ? ・」 「ああ、何から何まで、すまないな」 「何を水くさいことを ! 俺ら、親友やろ ? 遠慮はいらんて」 洋は翼の肩に手を置きながらそう言った。 「まあ、着いたら昔話でもしようや ! 陸上でのお前の話も聞きたいしな」 「ああ ! 」 翼には分かっていた。洋は嫌なことを忘れさせてくれているのだと。これが洋の優しさな んだと : 「よし、行くで ! 」 なおも翼の肩に手を置いたまま元気よく言った。あまりの明るさに翼も苦笑いをした。こ 佐うして二人は、洋のアパートへ向かった。 〃リアル鬼ごっこ〃三日目 : : : 終了。 ダ
恭子はクルリと翼に背を向けて、言った。 「でも、本当の恐怖はこれから : : : 何事もなく終了するのは今日だけかもしれない」 と言って、再び翼に向き直った。 「これはそんなに甘くない」 恭子のその言葉は、翼の全身を貫いた。 「とにかく、同じところにいるのは危険よ。そろそろ私はこの場所から移ろうと思うんだけ 「そ、そうだな : いつまでもこの場所にいるわけにもいかないな : と言って翼は名残惜しそうに顔をしかめ、 「それじゃ、ここでお別れだね」 と言った。恭子は辛そうに頷き、 「翼さん、今日はありがとう。何だか生きる勇気がわきました。ほんの少しの間だったけど、 あなたのことは一生忘れません」 と感謝の言葉を口にした。その裏にはもう一つの意味が込められていそうな気がしてなら なかった。翼は頬を赤く染めて照れながら、 「別に、大したことは一言っていないよ」 と」