七日間逃げ切った佐藤さんには褒美が出される。しかし、王様は最初から褒美など考えても いないし、逃げ切れる人間は一人もいないと決めつけていた。王様は″佐藤〃を殺すことし か頭にない。大まかに言えば、これが全てだった。その後、王様はゲームをやっていく上で の細かいル 1 ルを説明し始めた。 まず最初に、期間は十一一月十八日から二十四日の七日間、夜の十一時から一時間、つまり 零時までが鬼ごっこの時間となる。鬼ごっこ開始の合図はサイレンで知らせ、無数のスピ 1 カーを全国に設置する。終わりはサイレンではなくべルで知らせ、それが鳴ればその日の鬼 ごっこは終了となる。 二つめは、鬼ごっこが開始されたら、基本的にどこに逃げようが隠れようがよしとする。 三つめは、逃げる時は必ず自分の足で逃げなければその時点で失格、見つかり次第鬼によ って抹殺される。十一時から十二時の間は乗り物の運行を全てストップさせる。車も全て通 行止め、もちろんバイクもだ。そして自転車も。その間、乗り物に乗っている者が発見され た場合、それは名字に関係なくただちに処刑するという滅茶苦茶なものだった。 鬼ごっこの時間外はどんな生活をしようとも許される。例えば社会人なら仕事に行かなく てもよいし、学生なら学校に行かなくてもよいとする。残された命の時間を自由に使うこと が可能であり、最も大切な人に最後の別れを告げに行こうと、身辺整理をしようと自由であ ほうび
なく、鬼の前から姿を消せる。しかし、そう上手くはいかなかった。 淀川周辺にかん高い警報が発せられた。少人数ではあったが、その場にいた無関係な人々 も動きを止めた。翼と洋は同時に振り返った。追いかけて来る。紛れもなく自分たちを捕ま えようと鬼が全速力で追いかけて来る。 「逃げろ ! 」 洋がそう叫ぶと同時に二人は駆け出した。 翼は逃げながら一瞬振り返った。今度の鬼は足も速かった。二人の足には及ばなかったが、 油断はできない。翼はこれまで以上に恐布に駆られた。それとは逆に洋は後ろを向くと、中 し力にもこの鬼ごっこを楽しんでいるようだ 指を立てて鬼を挑発したり、自分の尻を叩き、ゝゝ った。そんな洋の不可解な行動に、初めは驚いていた翼は、やれやれと苦笑いをした。 変わっていない。洋は昔と比べて何ら変わっていなかった。あの頃と同じ無邪気な洋を見 佐ているうちに、翼は何だか懐かしさを感じていた。嬉しかった。本当は恐布を感じているは プずなのに、この時だけは嬉しかった。そして、翼の脳裏にあの時の思い出が鮮明に蘇ってい た。そう、初めて一緒に逃げたあの日のことが。成り行きやシナリオはあの時とは全く違う が、全速力で二人一緒に逃げているのには変わりない。スリルを求めていたあの頃と何ら変
翼はジャージ姿のまま、べッドに入って仰向けになり、天井を見つめていた。もっと二人 の仲がよかったら。あの時、自分がもっと大人で二人を止めることができたら : : : 俺たち四 少なくとも母が事故で死ぬなんてことはなか 人は幸せな日々を送ったはずだったのに : ったはずだ。そう考えれば考えるほど、翼は寝付けなかった。過去にとらわれていても仕方 がない、今は自分のやるべきことだけを考えなければならないんだ。 毛布を深く被り、しばらく目を瞑っていたが、どうしても愛のことが頭から離れず、なか なか眠りに就くことができなかった。それでもさすがに体が疲れていたらしく、翼はいつの 尸にか眠りに落ちていた : 十二月二十日、水曜日 : ・ 午前中に、父の遺体は棺に入れられて再び自宅に戻ってきた。告げられた死因は急性心不 全だった。 真しかし、父が死に至るまでの経緯は、そんな単純なものではないと翼には分かっていた。 目死ぬほど必死に父は鬼から逃げたんだ。それも一人の鬼からではないだろう。逃げて逃げて 四逃げまくって、やっとの思いで鬼を振り切り、そして、安心した途端、急に心臓が苦しくな ったのだ。い くら昔陸上の選手だったとはいえ、歳には勝てなかった。心臓が苦しくなるの は当然で、あまりの苦しさにこの世を去ったんだ。相当、走り回ったに違いない
暗闇の中、自分の部屋のべッドに座っていた翼は、精神を統一するため、静かに呼吸をし、 目を瞑っていた。今は時計の針の音しか聞こえない。そして、心の準備ができたのか翼は目 を大きく開いた。 『午後十時半』 部屋の時計が狂っていなければ三十分後、リアル鬼ごっこが開始されるのだ。名前の響き ーししか、やろうとしているのは単なる〃虐殺〃だ。一体いっからこんな国になってしまっ たのだろう。 今となってはもう、考えても仕方がない。とにかく逃げて逃げて逃げまくる。それしか生 き残る道はない。翼はべッドから立ち上がった。できるだけ身軽なジャージに着替えると、 愛と一緒に写っている写真が入った財布をポケットに押し込み、ポンポンと軽く叩いた。そ して、階段を下りて居間へ向かった。 鬼ごっこ始動
なかった。そうなのだ。翼の目にははっきりと映っていた。自分の遥か後方で首を左右に振 っているモノ。〃探知機〃が微かに反応しているのだろうか。翼の目にははっきりと、″鬼〃 が映っていた。 鬼は段々、翼の方へ近寄って来る。百メートル近く離れてはいるが、見つかる前に逃げな ければ。その前にどこか遠くへ逃げてしまえば捕まらずに済む。ましてや、自分の足なら、 軽く鬼との距離を離せるだろう。早く ! 見つかる前に早く ! 翼は心の中で自分に強く命 令する。逃げろ ! 早く逃げろ ! あれ ? おい : ウソだろ ? 動かない、足がまったく 動かない・ 。焦れば焦るほど翼の頭の中は真っ白になってしまい、混乱状態に陥っていた。 試合でも一度も感じたことのないほどの緊張感。あまりの恐怖に翼の足は固まってしまい 動かなくなってしまったのだろう。まるで、強盗に包丁を突き付けられたあの感じ。あの感 じって、そんな経験したことないだろ ! どうして、人間は、こんな状況に立たされた時に 限って妙なことを考えるのかな : : : 。俺は何を考えているんだ ! そんなこと、どうでもい こ サいじゃないか ! それより、まだ間に合うから : : : 早く それでも言うことを聞いてくれない自分の両足を翼は恨めしく思っていた。唇を噛み締め 追 ながら、翼はもう一度、鬼を見た。鬼もすでに、翼の周りにいる大勢の人々に興味を示し始 めている様子だった。
184 声がうわずる。翼の怯えた様子に、洋はゆっくり鬼の方を振り向いた。その瞬間、 と銃声が響いた。更にもう一発。そして最後の一発で洋の呻き声が聞こえた。体が回転し、 翼と洋は向き合った。 ″お前も佐藤なんだ : : : 俺は佐藤洋。よろしくな ! 〃 〃ほれ、お前もやってみろよー ″おいやるぞ。よく見ておけよ〃 ″逃げろ ! 逃げるぞー 〃はつはつは ! お前足速いな〃 ″お前に出会えてほんまに良かったわ〃 「翼 ! 逃げろ ! 」 最後の力を振り絞って洋が叫ぶ声を聞き、翼は現実に引き戻された。洋に視線を戻すと、 ちまみ 血塗れになりながらも、翼に向かって来ようとしている鬼の足にしがみついている。もう一 人の鬼はまだ倒れている。鬼がどんなにもがいても洋は足を離そうとはしなかった。翼は涙 を浮かべながら、 言葉を失っていた翼の口からその言葉だけが洩れた。
翼は足を止めて、大声で呼び止めた。 「うわああああ ! 」 洋はそう叫びながら、右側に位置していた鬼の腹を思いっきり蹴り、そして、もう一人の 鬼の顔面を力いつばい殴りつけた。二人とも勢いよく吹っ飛んだ。洋は首だけを翼に向けて、 「翼 ! 逃げろ ! 後は俺に任せろ ! 」 「何やってんだよ ! 洋 ! 戻ってこい」 大声で叫んだ。しかし、洋は倒れた鬼たちに再び向かって行った。一人の鬼がおばっかな い足取りで立ち上がると、有無を言わさず洋は殴りかかった。 「何やってるんや ! 早く ! 早く逃げろ ! 」 腕を大きく押し出して逃げろと示す。しかし、翼はどうしても足を動かせずにもう一度洋 冫ロカけた。 「、も , っしし もういいから洋 ! 戻ってこい」 叫んだ翼の目に一人の鬼が立ち上がる姿が映った。 「洋 ! 後ろ ! 」 洋はハッと振り向き、鬼を殴りつけようとした。しかし、鬼もさすがにそう何度も同じ手
ていたが、目が合った。〃逃げろー / と翼が叫ぶ前に警戒音が鳴った。二人は再び全力で走 った。翼は生きた心地がしなかった。しかも、疲れはピークに達しようとしていた。 必死に逃げまどう二人は角を右に曲がった。翼が後ろを確認すると、鬼も既に曲がって来 ている。距離もそう遠くはなかった。洋も本当に辛そうだ。いかにスポーツ選手とはいえ、 走りつばなしはキツイ。そして、そういう翼自身も辛い表情を浮かべていた。それでも二人 は逃げ続けた。 限界が近づいてきた。息をすることすら、苦しく感じられる。洋は翼以上だろう。洋が突 然口を開いた。 「翼 : : : 俺・ : ・ : もう、あかんわ」 途切れ途切れに声を喉に詰まらせる。 ウソだろ ? 洋が弱音を吐くなんて : : : 。翼は耳を疑った。 劇「おい ! 何言ってるんだ ! 諦めるな ! 」 逃洋はカなく首を振った。 : 一人で逃げろ」 驂「翼 : : : お前・・ 翼を突き放すような言い方だった。 「おい それどういう意味だよ ! 」
はまだ追いかけて来る。大丈夫。息はまだまだ続く。洋は : : : よし、大丈夫だ。 二人は大きな道路をひたすら逃げ続けた。 「翼 ! そこ左曲がれ ! 」 後ろには距離があるとはい 左に曲がって、しばらく走ると、二人は住宅街に入っていた。 , え、二人の鬼が追いかけて来ている。 逃げ続ける二人は左右に分かれた道に突き当たった。左の道はかなり広く、右は細い抜け 道のようだった。どちらに行くべきか、洋は迷っていた。翼は後ろを気にしながら、 「洋 ! 早く ! 」 と急かすが、洋は慌てず何かを考えているようだ。鬼は段々と迫って来ている。 「おい ! 捕まるぞ ! 早く ! 」 鬼との距離は縮まってきている。翼が怒鳴りかけた時に洋は叫んだ。 「よし ! こっちゃ ! 」 右に曲がった途端に二人は猛ダッシュで駆け抜けた。先ほどのロスのせいで、鬼との距離 も近く、切羽詰まった状況で、翼はふと考えた。どうして洋は細い道を選んだのだろう ? : なんでだろう : 今はそんなことを言っている場合ではないけど : 二人は細い道を延々と逃げ続けた。必死に走りながらも、翼は不安に思うことがあった。
「ええか ? 俺はもう、あかん。お前一人で逃げろ」 明らかに洋の様子はおかしかった。 「何でだよ ! 俺たちいつも一緒だったろ ? 逃げる時も、そして、捕まる時も : : : 一緒 翼は悲しげに洋に言い聞かせた。しかし、洋は、 「あかん ! 」 と強く一一 = ロい放った。 「お前には守るべき人がおるやろ ! お前はまだ捕まるわけにはいかんのや ! 」 そう、強い口調で言った後、 「ええな ? 」 と静かに一一 = ロった。 「でも : 翼が振り向くと、鬼との距離が狭まっていた。このままでは確実に二人は捕まってしまう。 「翼 : : : 最後にお前に会うことができて、ほんまに嬉しかった。お前に出会えてほんまによ かったわ」 言葉にも力がなく、何だか洋は昔を思い出している様子だった。