小栗 - みる会図書館


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1. リング

態が発生してしまったのではないか。もちろん、この説明が全てを納得させるものではな いことぐらい、小栗はよく知っている。しかし、小栗はなんとか合理的な理屈をつけ、事 態に対処しなければならなかった。 以後、小栗編集長以下の編集部員は、送られてくる郵便物を開封することなく焼却炉に 運んだ。そして、世間に対してはまったくいつもとかわらない態度をとった。もちろん、 オカルトに関する内容はなんであれシャットアウト、無関心を決め込んだ。そのせいかど みぞう うか、未曾有の投稿熱は徐々に引いていく気配を見せた。そんな時、浅川は愚かにも、消 えかかった火に油を注ぐ行為に走りかけたのだ。小栗はまじまじと浅川の顔を見る。 ・ : 二年前の痛手をもう一度繰り返すつもりかい ? 「おまえさんねえ」 小栗はなんと言うべきか困ると、必ず相手のことをおまえさんと呼ぶ。 「編集長が何を考えているのか、僕にはよくわかりますよ」 「いや、まあ、おもしろいことはおもしろい。一体ここから何が飛び出すか、わからねえ もんな。でも、よお。飛び出すのが、また例の奴だったら、チト困るんじゃないかい 例の奴。二年前のオカルト。フームが人為的なものであったと、小栗はまだ信じている。 それと、憎しみ。多大な迷惑を被った故、オカルト的なもの全てに対する偏見を彼はまだ 持ち続けていた。 「ⅱ。こ、 ことさら神秘性に触れようとは思ってませんよ。こういった偶然はあり得ない、 やっ

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124 いします。わかるでしよ、僕の命がかかってるんです」 小栗は両目をかたく閉じていた。 「記事にするつもりかい ? 」 「これでも記者ですからねえ : 一応事実は書きとめておきます。僕と高山竜司の死に よって、すべてが闇に葬られるわけこよ、 冫をしかないでしよう。もちろん、載せる載せないの 決断は、編集長にお任せしますが」 小栗は大きくふたつうなずく。 「ま、いいだろう。トップインタビ = ーはヒラメに任せるとするか」 浅川は軽く頭を下げ、ビデオテープをブリーフケースに戻そうとしたが、しまい込む前 にちょっといたずら心を起こして、もう一度小栗の前にテープを差し出した。 「コレ、信じたんでしょ ? うな 小栗は「うーん」という長い唸り声を上げたまま、首を横に振るだけであった。信じる とも、信じないとも言い切れない、 まあ、そういったと とにかく一抹の不安がある : ころだろう。 「僕も編集長と同じ気分ですよー 浅川はそう言い残して立ち去った。小栗は後ろ姿を見ながら、もし彼が十月十八日を過 ぎても生きていたら、その時はこの目でビデオを見てやろうかと思う。しかし、その時が くれば、やはり体が拒否するかもしれない。「ひょっとしたら」という不安はいつまでた

3. リング

123 : 見ようと思えば今すぐにでも再生できる。おまえにはそれができるのだ。いつもの ように、くだらねえと笑い飛ばして、あそこのデッキにこいつを押し込めばいいじゃねえ か。やれよ、さあ、やってみろよ。 小栗の理性は自分の肉体に命令を下す、 : : : こんな馬鹿なことはあり得ないんだから、 さっさと見ちまえと。見ることは、ようするに浅川の言葉を信じないということだろうが。 冫ししか、よく考えてみろよ、見ることを拒めば、こいつのヨタ話を信じることにな 逆こ、 おび るんだぜ。だから、さっさと見てしまえ。おまえは現代科学の信奉者だろう。幽霊に怯え るガキじゃあるまいし。 実のところ、九十九パーセントまで、小栗はこの話を信じてはいなかった。しかし、心 の奥にほんの少し、ひょっとしたらという思いがあった。ひょっとして、本当だったら : 、世界にはまだ現代科学の及ばない領域があるのかもしれないと。その危険性がある限 いくら理性が働きかけたところで、肉体は拒否するに決まっている。現に、小栗は椅 や、動けなかったのだ。頭での理解以上に、体が 子に座ったまま、動こうともしない。い グ いうことをきかない。危険の可能性が少しでもある以上、肉体は正直に防衛本能を働かせ ンる。小栗は顔を上げ、乾ききった声で言った。 「で、どうしてもらいたいんだね、君は ? 」 ・ : 勝った、と浅川は確信した。 「今の仕事からはずしてください。このビデオに関して徹底的に究明したいんです。お願

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122 小栗編集長の顔から、いつもの人をこばかにしたような笑いが消えていた。机に両肘を つき、目をせわしなく動かして、もう一度浅川の言った一一 = ロ葉を吟味する。 : 八月二十九日の夜、ビラ・ロッグキャビンにて間違いなくあるビデオを見たと思わ れる四人の男女が、ビデオの言葉通りちょうど一週間後に謎の死を遂げていゑそれ以後、 ビデオは管理人の目にとまって管理人室に持ち込まれ、この浅川に発見されるまでおとな しく眠っていた。ところが、浅川に発見され、こいつは見てしまったのだ。こいつが五日 後に死ぬ ? 信じられるか、そんなことが。しかし、四人の死は紛れもない事実、これを どう説明する ? 論理的な筋道は ? 小栗編集長を見降ろす浅川の顔には滅多に見られない優越感が漂っていた。経験上、 栗が今どんなことを考えているのかおおよその見当はつく。浅川は、ト / 栗の思考がデッド エンドに陥った頃を見計らって、ブリーフケースからビデオテープを取り出した。もった いぶった、ロイヤルストレートフラッシ = を開けるような手つきがいかにも芝居がかって 「もしよければ、コレ、ごらんになりますか ? 」 浅川は、窓際に置かれたソフアの横のテレビを目で示しながら、挑発と余裕の笑みを浮 のど かべて言った。ごくっとつばを飲み込む音が、小栗の喉の奥から聞こえる。小栗は窓際に は目もくれず、机の上に置かれた真っ黒なビデオテープを見つめたままだ。そして、正直 に自分の心に問うていた。 ひじ

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はある程度判読可能と自負していた小栗ではあるが、あの現象だけにはどうしても納得の みぞう いく答えを見つけることがでぎない。それほど、まさに常軌を逸して、投稿者は未曾有の 数に上った。誇張でもなんでもなく、一日に送られてくる郵便物は編集室を埋め尽くし、 しかも、その全てがオカルト的な内容のものであった。新聞社だけが投稿の的になった のではない。日本中の出版社という出版社は同時に嵐に巻き込まれ、理解の範囲を越えた 現象に苦しんだ。時間のロスを覚悟で調査した結果、投稿者は一人で幾通も出しているわ ′」と けではなく、当然の如く匿名がほとんどであった。ざっと概算しても、約一千万もの人間 がこの時期、どこかの出版社に手紙を送ったことになゑ一千万 ! この数字に出版界は 震えた。投稿の内容にそれ程恐いものはなかったが、この数字にだけは心底震えたのだ。 つまり、十人集まればそのうちの一人は投稿の経験者ということになるが、出版に携わる 人間やその家族、友人に当っても、だれ一人投稿の経験者を見つけることができないのだ。 一体、どうなっている ? 手紙の山はどこからやって来るんだ ? 編集者は皆首をひねっ た。そして、回答を見つけられないまま、波は引いていった。約半年に及ぶ異常事態の後、 夢であったかのように編集室は正常に戻り、この種の手紙は一通も届かなくなったのだ。 グ ン新聞社が発行する週刊誌として、この現象にどう対処するか、小栗は明確な態度でこれ よ、徹底した無視。ひょっとして、この現 に臨まなければならなかった。彼の下した結論を 象の火付け役を果たしたのは、小栗が常々クダラナイと評しているところの雑誌ではない だろうか。写真や経験談を掲載することによって読者の投稿熱をあおった結果、異常な事

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リング らねえ。 「ようするに個人差じゃねえのか。数学の問題が解けないで頭かきむしる奴もいれば、 煙草をふかす奴もいる。腹に手をあてる奴だっているかもしれねえ」 小栗は言いながら椅子を回転させた。 「とにかく、今の段階では、まだ何も言えねえじゃねえか。載せるスペースはないよ。わ かってるだろ、二年前のことがあるからな。こういった類のことにはうかつに手を出せね え。思い込みで書こうと思えば、書けてしまうものさ そうかもしれない。本当に編集長の言う通り、ただ単に偶然が重なっただけかもしれな 。しかし、どうだろう、最終的に医者は首をかしげるのみであった。心臓発作で頭の毛 、こ、医者は顔をしかめて「うー をごっそりと抜いてしまうことがあるのですかというし冫 うな んと唸っただけであった。その顔は告げている、少なくとも彼の診た患者にそういった 例がなかったことを。 「わかりました」 今は素直に引き下がる他なかった。このふたつの事故の間にもっと客観的な因果関係が 発見できなければ、編集長を説得するのはむずかしい。もし、何も発見できなかったら、 その時は黙って手を引こう、浅川はそう心に決めていた。 やっ

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とそう言ってるだけです 「偶然ねえ 小栗は耳の横に手をやって、もう一度話の内容を整理した。 ほんもく : ・浅川の妻の姪、大石智子が九月五日の午後十一時前後に本牧の自宅で死亡。死因は 急性心不全。まだ高校三年生、十七歳の若さであゑ同日、同時刻、品川駅前にて、 こうそく 十九歳の予備校生が・ハイクに乗って信号待ちをしていたところ、やはり心筋梗塞で死亡。 「ただ単に、偶然が重なったとしか思えねえなあ、オレには。タクシーの運転手から事故 のことを聞いて、女房の姪ごさんが亡くなったことをたまたま思い出しちまっただけじゃ ねえのか」 「いいですか」 浅川は編集長の注意を引きつけた。「バイクに乗っていた青年は、死ぬ間際にヘルメッ トを取ろうともがき苦しんでいたんですよ」 「智子も、死体で発見された時、頭をかきむしったらしく、両手の指にごっそりと自分の グ ン髪の毛を巻きつけていたのです」 浅川は智子に数回会ったことがある。女子高生らしくいつも髪には気を遣い、朝シャン も欠かしたことのない娘だった。そんな子が、ごっそりと大切な髪の毛を引き抜いてしま うなんてあり得るだろうか。彼女にそうさせたモノの正体がわからない。浅川は、髪の毛

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197 に調べ上げることができただろう。自分は東京に残り、竜司からの連絡を待って吉野とふ たりで取材に回ったほうがずっと効率がよかったに違いない。 「やるだけはやってみる。しかしよお、ちょっと、人手が足りなくないかい ? 」 「小栗編集長に電話して、何人か回してもらうよう頼んでみますよ」 「ああ、そうしてくれ」 をししが、浅川には自信がなかった。いつも編集部員が足りないと・ほゃいている 言ったま、 編集長が、こんなことに貴重な人員をさくとは思えない。 「さて、母親に自殺された貞子はそのまま差木地に残って母の従兄弟の世話になることに なった。その従兄弟の家というのが現在民宿をやっていて : : : 」 浅川は、竜司と共に今まさにその民宿に泊まっていることを言おうとしてやめた。余分 なことと思われたからだ。 「小学校四年の貞子は翌年すぐ、三原山の噴火を予言して、校内で有名になります。いい ですか、一九五七年、三原山は貞子の予一一一口通りの日時に噴火しているんですー グ「そいつは、すごい。こういう女がいれば、地震予知連なんていらねえな」 うわさ ン 予一一一一口が的中したという噂が島中に広まり、それが三浦博士のネットワークにひっかかっ リたことも、やはり、ここでは言う必要もないだろう。ただ、ここで、重要なのは : 「そのことがあって以来、貞子はよく島の人々から予言してくれるよう頼まれた。でも、 彼女は決してそれに答えたりはしなかった。まるで自分にそんな能力はないとばかり : とこ

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小栗編集長は、浅川の報告を聞きながら顔をしかめていた。ふっと二年前の浅川の姿が 頭をよぎったからだ。狐に憑かれたように昼夜ワープロに向かい、取材で得た以上の情報 を盛り込んで教祖影山照高の半生を克明に綴っていった、あの時の異常さ。本気で精神科 の医者に診せようとしたぐらい、鬼気迫るものがあった。 ちょうど、時期が重なったのも悪い。二年前、空前のオカルトブームが出版界を飲み込 み、編集室には心霊写真の山が築かれた。一体世の中どうなってるんだと思わせる程、あ らゆる出版社に送りつけられた幽霊譚や心霊写真と称するマヤカシ物の山。世界の仕組み 木村はうれしそうに言った。なぜか、そうするのが自分の使命に思われる。 「後日お電話しますー 「電話番号 : : : 」 「あ、大丈夫。会社の名前メモしましたから。すぐ近くなんですね」 ちゅうちょ 浅川は車から降り、ドアを閉めようとしてしばし躊躇した。確認することに、いい知れ ぬ恐布を感じたのだ。変なことに首を突っ込まないほうがいいんじゃないか、またあの時 の二の舞だそ。しかし、こうまで興味をそそられた以上、黙って見過ごすことは決してで きない。わかりきっている、そんなことは。浅川は、もう一度木村に聞いた。 「その男、確かにヘルメットを取ろうともがき苦しんでいたんですね たん つづ

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132 も、浅川はこれを欠かしたことがない。 ダイニングルームの上にはメモ用紙が置いてあった。「高山さんからお電話がありまし た」とある。今日一日、浅川は会社から何度も竜司の部屋に電話を入れたが、留守でつか まらなかった。 , 彼もまた外に出て調査していたのだろう。 : 何か、新しいことがわかっ たのかもしれない。浅川はダイアルを回し、呼び出し音を十回鳴らした。だれも出ない。 東中野のアパート で、竜司は独りで暮らしている。まだ帰ってないのだ。 軽くシャワーを浴びてからビールを一本あけ、もう一度電話する。やはりまだ帰ってい てだて ない。ウイスキーのオンザロックに移る。酔いにまかせて寝る以外、安眠の手段はなかっ た。長身で華奢な体の浅川は、これまでに病気らしい病気をしたことがない。それが、こ んな方法で死の宣告を受けようとは : 。まだ心のどこかには、この出来事を夢と感じて いる部分がある。このまま、ビデオの意味とオマジナイの中身が明らかにされぬまま十月 十八日午後十時という締め切りを迎えても、結局は何も起きずいつもとなんら変わらぬ日 常が延々と続くのではないかと : 小栗編集長は人を小馬鹿にした顔で迷信を信じる愚 かさを説き、竜司はヘラへラ笑いながら「世界の仕組みはなかなかわからねえものさーと つぶやく 0 そして、妻と娘は今まで通りの寝顔でパパを迎える。墜落する飛行機の中でさ え、乗客は皆自分だけは助かるという希望を最後まで捨てないものだ。 三杯目のオンザロックを飲み終わり、浅川は三度目のダイアルを回した。これで出なか あきら ったら、もう今日は諦めるつもりだった。呼び出し音を七回聞いたところで、受話器の上 きやしゃ