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検索対象: リング
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1. リング

してそうするのか、偶然が導くのかは知らないが、足元にぼっかりと穴が開いたような底 なしの恐怖を人に与えることができるのだ、とぼくは考えを変えざるをえなかった。それ ほどまでに、『リング』という物語は恐い物語だったのである。 実際の話、『リング』を読み終わったのは梅雨のまっ盛りの午後十時過ぎだったのだが そのときのことは、いまだによく覚えているーーーぼくは、一人で部屋にいることに耐 えられなくて、新宿までタクシーを飛ばして仲間がたむろする飲み屋へ駆けつけた。一人 でいることがなんだか無性に恐く、一人でトイレヘ行くのが怖くてしかたのなかった子供 の時のように、他人のぬくもりを求めてしまったのだ。そう、理性ではなく本能を直撃す るような恐さが、『リング』にはあったのだ。こんなこと、恥ずかしながら、初めての体 験だっこ。 それほどまでの恐怖を、『リング』よ、 をしかにしてぼくに与えたのか ? それはひとえに、 鈴木光司が生みだした、新しいモンスターのせいである。そのモンスターは、活字の合間 から姿を現すやいなや、たちまちのうちに・ほくの理性を食い破り、長いこと忘れていた恐 怖の謝罘を暗示してい 0 たのだ。 物語の発端は、四人の少年少女たちのの突然死にはじまゑ四人とも、同じ日の同じ 時刻に申し合わせたように心不全で死ぬ。死んだ少女の父に当たる主人公が原因を調べ はじめ、見た人間の一週間後の死を予告する恐怖の ( まさしく恐怖の ! ) ヴィデオ・テー プを見てしまう。そのテープの末尾には死を回避するための方法が描かれているはずなの

2. リング

111 たのか。それとも、単に、オマジナイを実行しなかったから殺されたのか。いや、それ以 こ、オマジナイを消してしまったのが本当に例の四人かどうか、その確認が必要だ。ひ よっとして、四人が見た時もう既にオマジナイが消されていたってこともある」 「確認するっていっても、どうやって ? 四人に聞くことはできないぜ」 浅川は冷蔵庫からビールを取り出し、グラスについで竜司の前に置いた。 「まあ、見てみろや」 竜司はビデオのラストを再生し、オマジナイを消している蚊取り線香のの終わる瞬 ねら 間を狙って一時停止させ、ゆっくりとコマ送りをしていった。行き過ぎ、戻し、また停止、 。すると、ほんの一瞬、テーブルを囲んで座る三人の人間のシーンが現れた。 コマ送り : すんでの所で、 0 のはさまれた番組のシーンが引っ掛かっていたのだ。その番組は夜十 一時から放送される全国ネットのナイトショウで、三人のうちのひとりはだれもが知って いる白髪の流行作家、ひとりは若く美しい女性、そしてもうひとりは関西を中心に活躍す る若手落語家であった。浅川は画面に顔を近づけた。 グ「おまえ、この番組知ってるだろ」 ン 竜司が聞いた。 「 Z で放送中のナイトショウだ」 「だろ ? 流行作家は司会者、女はアシスタント、でもって、落語家はこの日のゲストっ てわけだ。だからよ、この落語家をゲストに迎えた日がいつなのかわかれば、四人がオマ

3. リング

166 る。黒い幕は目を閉じた瞬間なんだよ」 再び吐き気に襲われた。最初にこれを見終わった時、浅川はトイレに駆け込んだが、今 度のほうが悪寒はもっとひどかった。自分の体に何者かが入り込んでしまった ! そう思 えてならない。機械が録画したのではなく、ある人間の、目、耳、鼻、舌それに皮膚感覚、 ようするに人間の五感のすべてがこんな映像を録画したのだ。この悪寒、たまらない程の 震え、それは、何者かの影がすうっと自分の感覚器官の中に入り込んだことによるもの : 。浅川は体の中の異物と同じ視点でこの映像を見ていたのだ。 ぬぐ 拭っても拭っても、額からは冷たい汗が流れ出る。 「知ってるか、おい。個人差はあるが、まばたきの平均回数は、男が毎分二十回で、女が 毎分十五なんだ。だからよお、この映像を録画したのは、女かもしれねえなあ 浅川には言葉が聞こえてなかった。 「へへへ、どうした ? おまえ、死人みてえな顔してやがるそ」 竜司が笑った。 「なあ、もっと楽観的に考えろよ。オレたちは一歩解決に近づいたんだぜ。この映像があ る人物の感覚器官によって記録されたものとすれば、オマジナイの中身はその人物の意志 と関係してくるだろ。つまり、この人物は我々に何かをしてもらいたいんだ」 みみもと 浅川の思考は一時的に機能を失っている。竜司の声が耳許に響いてはいるが、意味が頭 にまで届かないのだ。

4. リング

186 わめ せて、『幽霊を見た ! 』って大声で喚きやがった。トイレのドアを開けようとしたら、流 しの横のごみ箱の影に小さな女の子の泣き顔を見たんだとよ。その場にいたオレ以外の十 人はどんな反応をしたと思う ? 「半分信じて、半分は笑った、そんなところじゃないか。 竜司は首をふる。 「怪奇映画とかテレビの世界だとそうなる。最初は皆信じなくて、そのうち一人一人怪物 というパターンだ。しかしなあ、現実は違う。だれひとり例外なく、彼 に襲われて・ : とんなグループ の話を信じたんだ。十人ともな。十人が特別に弱虫だったからじゃない。・ で実験しても、同じ結果が出るに決まってる。根源的な恐怖心、こいつは人間の本能の中 に組み込まれてる 「例の四人がビデオを信じなかったのはおかしい、そう言いたいのか ? 」 竜司の話を聞くうちに、浅川はふと鬼の面を見て泣き出した娘の顔を思い出していた。 そして、あの時の当惑、な・せ、鬼の面が恐いってことをこの子は「知ってーいるのか。 「うーん、いや、あの映像はストーリー性もないし、見ただけではそれほど恐いものでは ない。だから、信じないこともあるだろう。しかし、あの四人はなんとなく心に引っ掛か らなかっただろうか。どうだ、おまえなら、オマジナイを実行すれば、死の運命から逃れ られる、としたら、たとえ信じなくとも実行してみようかという気にならないか。第一 やっ ひとりくらい抜け駆けする奴がいてもおかしくない。その場は他の三人の手前強気を装っ

5. リング

255 もも クしカたま 隠そうともしないで後じさる彼女の腿のつけ根にさっと日が差し、小さな黒っま、 そこには形のいい乳房。もう りをはっきりと照らし出した。目を上げて胸元を見る : ′」・フが・ん そこ、陰毛に覆われた恥丘の奥には完全に分化発育した睾丸がっ 一度視線を下げる・ : いていた。 もし私が医者でなかったら、きっと驚きのあまり腰を抜かしていたかもしれない。しか し、私はこの症例をテキストの写真で見て知っていた。睾丸性女性化症候群。極めて珍し い症候群であり、テキスト以外で、しかもこんな状況のもとでお目にかかれると思っても いなかった。男性仮性半陰陽のひとつである睾丸性女性化症候群は、外見的には完全に女 ちっ 性のからだで、乳房、外陰部、膣はもっていても子宮のない場合が多い。性染色体は で男性型、そして、なぜかこの症候群の人間は美人そろいなのである。 山村貞子はまだ私を見据えていた。自分の肉体の秘密を、家族以外の人間におそらく初 めて知られたのだ。もちろん、ついさっきまで彼女は処女であった。これから先、女とし て生きるにあたって、どうしても必要な試練ではないか。私は自分の行為を正当化しよう グとしていた。そんな私の脳裏に、突然、言葉が飛び込んできた。 ・ : 殺してやるわ ! 強い意志に裏打ちされた響ぎに、私は彼女の送るテレバシーが嘘でないことを瞬時に直 感してしまった。『疑い』を一切差しはさむ間もなく、私の肉体はそれを事実として受け 止めたのだ。先に殺らなければ、こっちが殺されてしまう。肉体の防衛本能は私に命令を

6. リング

144 浅川は非難がましくなっていた。 「おまえはな : ・ 。オレはおまえより、一日余裕があるんだ。せいぜい先頭に立ってがん ばってくれや」 浅川の心にふと疑念が湧いた。竜司はこの一日の余裕を悪用することができる。たとえ ばオマジナイの中身がふたっ考えられるとしたら、竜司は浅川に片方だけを教え、その生 死によって当りはずれを検証できる。たった一日の差が、大きな武器となりうるのだ。 「竜司、オレが生きようが死のうが、おまえにはどうってことないんだろ。ヘラへラ笑い ながら、そうやって、平然と : : : 」 みつともないヒステリーと知りつつ、浅川はわめいた。 「なにメメしいこと言ってやがる。泣き言ほざいている暇があったら、もっと頭を働かせ ろや」 浅川はまだうらめしげな目をしている。 「なあ、どう言えば気がすむんだ ? おまえはオレの親友だよ。死んじまっちゃあ、困る。 僕もがんばるから、おまえもがんばってね。お互い、一生懸命がんばりましよう。 これなら文句ねえのか ? 竜司は途中から子供つぼい口調に変えてそう一言うと、下品に笑った。 その笑い声の中で、玄関のドアが開いた。浅川は驚いて腰を浮かせ、台所越しに玄関を のぞ 覗いた。若い女性が体を折り、白い。ハンプスを脱ごうとしている。ショートヘアが両耳の

7. リング

244 ねるため、わざわざ船の便を利用したのだ。 前方に、熱海後楽園の観覧車が見えてくる。時間通り、十時五十分の着。浅川はタラッ プを降りると、レンタカーを止めてある駐車場に走った。 「おい、そう焦るなって 竜司があとからのんびりと続く。長尾の医院は、伊東線来宮駅のすぐ近くにあった。竜 司が車に乗り込むのをいらいらした気分で見届けると、浅川は坂と一方通行の多い熱海市 街に向かって車を走らせた。 「おい、この事件の裏で手を引いているのは、ひょっとして悪魔かもしれねえな」 乗り込むやいなや、竜司が真顔で言った。浅川には、道路標識を見るのに忙しくて答え る余裕がない。竜司は続ける。 「悪魔はなあ、いつも異なった姿でこの世に現れるんだ。十四世紀後半にヨーロッパ全土 を襲ったベストを知ってるかい。全人口の約半数近くが死んだ。信じられるか ? 半分、 日本の人口が六千万に減るのと同じだ。もちろん、当時の芸術家はベストを悪魔になそら えた。今だってそうだろ、エイズのことを現代の悪魔とかって呼ばないかい。だがなあ、 やっ 悪魔は決して人間を死滅に追いやることはない。なぜか : : : 、人間がいなければ、奴らも 存在できないからだ。ウイルスはなあ、ウイルスも宿主である細胞が滅んでしまったら、 てんねんとう もはや生きられないんだ。ところが、人間は天然痘ウイルスを死滅に追いやった、本当か

8. リング

知ってたのかなあ。東京なら 4 チャンネルでやっているものが、地方に行くとまったく違 凵うチャンネルで放送されてたりする。馬鹿なガキならそんなことも知らず、東京のチャン ネルに合わせて録画してしまったかもしれねえだろ」 : どから ? 」 「考えても見ろよ。たとえば、オレたち東京に住む人間が、 2 チャンネルを見たりするか なるほど、男の子は、地元の人間なら決して合わせないチャンネルに合わせ、録画ボタ ンを押してしまったかもしれない。裏録だったから、画面を確認しなかったのだ。しかも、 あのへんは山間部で住居もまばら、テレビを見る絶対数も断然少ない。 「どっちにしろ、問題はその電波の発信地がどこかということだな」 竜司は簡単に言い切った。電波の発信地。組織的かっ科学的な捜査をしなければ、決し て解決できそうにない問題であった。 「ちょ、ちょっと待ってくれよ。必ずしもこの前提が正しいとは限らない。男の子が間違 って怪電波を録画してしまったというのは単なる推測に過ぎない」 らち 「わかってる。でもなあ、百パーセントの確証を得ながら事を進めていたんじゃ、埒があ かねえじゃねえか。この線でいく他ないさ 電波。浅川の科学的知識は乏しい。そもそも電波とはなんなのか、まずそこから調べな ければならない。捜し出すしか手はないのだ。電波の発信地。もう一度、あの地に行かざ

9. リング

たことを耳打ちするんじゃねえのか、昔の方一一一一口使ってよお。おまえも気付いただろうが、 ほとん この島の言葉は殆ど標準語といっていい。 あのばーさん、かなりの年寄りだぜ。鎌倉時代 に生きていたとかよお、それとも、ひょっとしたら、役小角となにか係わりがあるのかも しれねえ」 ・ : うぬはだーせんよごらをあげる。おまえは来年子供を産む。 「あの予一一一口、本当なのかな」 「ああ、あれか。次にすぐ男の赤ん坊のシーンがあるだろ。だから、オレは、最初、山村 貞子が男の赤ん坊を産んだものと考えたんだが、このファックスを見ると、どうも違うよ うな気がするな」 「生後四ヶ月で死んだ弟 : : : 」 「そう、そっちのほうだと思う 「じゃあ、どうなる、予言のほうは。老婆はどう見ても山村貞子に向かって『うぬ』と呼 びかけてるんだぜ、貞子は子供を産んだのか ? 「わからねえ、ばーさんの言葉を信じりや、たぶん、産んだんじゃねえかい 「だれの子を ? 「知るか、そんなこと。なあ、おまえ、オレがなんでも知ってると思うなよ。オレはただ 推測でものを言っているに過ぎないんだからな」 もし、山村貞子の子供が存在するのなら、それはだれの子で今何をしている ?

10. リング

202 よう頼んだ。 「先生、新聞社の方がお見えです」 研究生は役者らしくよく響く声で、壁際に座って皆の演技を見守る演出家の内村を呼ん だ。内村は驚いたように振り向き、相手が。フレス関係だと知ると、相好をくずして吉野に 近づいてきた。どこの劇団も、プレス関係者を丁寧にもてなす。新聞の文芸欄にちょっと 載せてもらっただけで、チケットの売上げが大きく伸びるからだ。一週間後に迫った公演 の稽古風景でも取材にきたのだろう・ : 新聞社にはこれまであまり大きく取り上げら れたことがなかったので、内村はこの機会にとばかり愛想をふりまいた。しかし、吉野が やってきた本当の理由を知ったとたん、内村は急に興味を失ってオレは今忙しいんだよな という態度を取り始めた。そして、キョロキョロと稽古場を見回し、椅子に座った五十過 ぎの小柄な男優に目を止めると、「真ちゃん」とかん高い声で近くに呼び寄せた。五十過 ぎの男に向かってちゃんづけで呼ぶこと : いや、それよりも内村の女つぼい声やヒョ ロヒョロとアイハランスに伸びた長い手足が、筋肉質の吉野には気持ちワルイと感じた。 自分とはまるで異質な存在がここにいる、と。 「真ちゃん、二幕まで出番ないでしよ。しゃあ、さあ、この人に、山村貞子のこと話して やってくれない。覚えてるでしよ、あの気持ちワルイ女」 真ちゃんと呼ばれた男優の声を、吉野はテレビで放映する洋画の吹き替えで聞いたこと がある。有馬真は舞台での活躍よりも声優としての活躍のほうが目立っていた。 / 彼もまた