竜司 - みる会図書館


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1. リング

270 竜司は浅川の手を払った。竜司はしばらく浅川を睨みつけていたが、溜め息をついてし ささや やがみ、穏やかな声で囁いた。 「おまえ、少し、休んでいろや 「そんな暇はない」 「気を落ち着けろってことさ。焦るとロクなことがねえ」 竜司は、しやがんだ浅川の胸元をポンと軽く押した。浅川はバランスを崩して仰向けに ひっくりかえり、足の裏を空に向けて転がった。 「ほら、そうやって、寝転がっていろ、赤ん坊みたいによ 浅川は起き上がろうともがいた 「動くな ! 寝てろ ! 無駄に体力を使うな」 竜司は、浅川がじたばたするのをやめるまで胸を足で踏みつけた。浅川は目を閉じ、抵 あきら からだ 抗を諦めた。竜司の足の重みが身体から離れ遠のいていく。そっと目を開けると、竜司が 短い足を力強く動かしてー 4 号棟 2 ( ルコニーの陰に回っていくのが見えた。足取りが 物語っていた。遠からず井戸の場所が見つかるだろうというインスビレーションが湧いて、 焦る気持ちは薄くなった。 竜司が行ってしまっても、浅川は動こうとしなかった。手足を伸ばし、大の字になって 空を見上げた。太陽がまぶしい。自分の精神が、竜司と比べてあまりに軟弱なのでいやに なってしまう。呼吸を整え、冷静に考えようとした。これから七時間、刻々と時を刻まれ にら

2. リング

102 たた を叩いたのだった。強烈な個性の持ち主である竜司は勉強もよくでき、陸上選手としても 一流で、学校の皆から一目置かれる存在であった。どこといってとりえのない浅川は、竜 司のような同級生からものを頼まれて嫌な気はしない。 「実はよう、ちょっと、オレの家に電話かけてくれないか」 竜司はなれなれしく浅川の肩に腕を回して言った。 「いいよ、でも、なんのために ? 」 「ただかけるだけでいいんだ。電話してオレを呼び出してくれ 浅川は顔をしかめた。 「おまえを だっておまえはここにいるじゃないか」 「いいから、やってくれよ」 言われた通りの番号を回し、電話口に竜司の母親が出ると、「竜司君お願いします」と 目の前にいる人間を呼び出した。 「あの、竜司はもう学校に行きましたけれど : : : 」 と母親は穏やかに答えた。「ああそうですか」と浅川は受話器を置く。 「おい、これでいいのか」 こんなことをしてなんの意味があるのかまるでわからなかった。 浅川は釈然としない。 「何か変わった様子なかったか ? 竜司が聞いた。 「おふくろの声、緊張してなかったか ?

3. リング

109 「寝てろ ! 」 一切の質問を拒否する口調で浅川は言った。 「よかったら、奥さんもご一緒に。これ、おもしろいですよ」 どな 床にあぐらをかいたまま、竜司が顔を向けた。浅川は竜司を怒鳴りつけてやりたかった。 ヤ」ぶし しかし、言葉には出さず、思いのすべてを拳に込めて力いつばいテープルを打ちつけた。 静はその音にびくっとしてあわててドアのノブに手をかけると、両目を細め、顔をほんの あいさっ 少し傾けて「どうそ、ごゆっくりと竜司に挨拶した。そして、さっときびすを返してド 、妻がどんな アの向こうに消えてゆく。夜、男ふたりで、ビデオをつけたり消したり : けいべっ 想像を巡らせたか、浅川には理解できゑ目を細めた時、軽蔑の色が浮かんだのを見逃さ なかった。竜司に対してというよりも、男の本能に対する軽蔑。浅川は、妻になにも説明 できないのがつらかった。 浅川の期待通り、竜司は見終わっても平然としていた。 , を 彼ま鼻歌を歌いながらテープを グ巻き戻し、早送りや停止を繰り返しながら、もう一度ポイントを確認していった。 ン 「これで、オイラも巻き込まれたってわけだ。おまえの持ち時間が六日、オイラが七日 竜司は、・ ケームに参加できたことを喜ぶように言った。 「どう思う ? 浅川は竜司の意見を聞いた。

4. リング

303 竜司は電話のところまで這って浅川の家の番号を回しかけたが、直前で、彼は今大島に いることを思い出した。 : あの野郎、びつくりするだろうな、オレが死んじまったらよお。 胸への強い圧迫が、肋骨をきしませる。 竜司はそのまま、高野舞の番号を回した。生への激しい執着と、あるいは最後に声だけ でも聞きたいという願いと、そのどちらが高野舞を呼び出そうという衝動を生み出したの か、竜司自身区別がっかない。ただ、一方では声がする。 あきら ・ : 諦めろ、彼女を巻き込むのはよくねえ。 だが、もう一方では、まだ間に合うかもしれねえという希望の声。 机の上の時計が目に入った。九時四十八分。竜司は受話器を耳に当て、高野舞が電話ロ に出るのを待った。頭がムズムズとして無性にかゆい。頭に手をやってポリポリかくと、 何本かの髪の毛が抜ける感触があった。二回目の呼び出し音が鳴ったところで、竜司は顔 を上げた。正面の洋服ダンスには縦長の鏡がついていて、そこに自分の顔が映っていた。 グ竜司は肩と頭で受話器をはさんでいるのも忘れ、ぎよっとして鏡に顔を近づけた。その拍 子に受話器は落ちたけれど、竜司は構わず鏡の中の自分を見つめた。鏡には別の人間が映 すきま っていた。頬は黄ばみ、干乾びてゴワゴワとひび割れ、次々と抜け落ちる毛髪の隙間には 褐色のかさぶたが散在している。 ・ : 幻覚だ、幻覚に決まっている。竜司は自分に言い聞 かせた。それでも感情を抑制することはできない。床に転がった受話器から、「もしもし」 ほお ろっこっ

5. リング

310 明日の日曜日午前十一時には、浅川の妻と娘がデッドラインを迎える。今、もう夜の九 時だった。それまでになんとかしなければ、彼は妻と子を失うことになる。 とら のろ 竜司はこの事件を不慮の死を遂げた山村貞子の呪いという観点で捉えたが、その点がど あざわら うも怪しくなってきたのを、浅川はひしひしと感じた。もっと何か、人の苦しみを嘲笑う かのような、底知れぬ悪意の予感がする。 ひざ 高野舞は和室に正座して、竜司の未発表の論文を膝に乗せていた。一枚一枚めくって目 を通してはいるのだが、ただでさえ難解な内容はなかなか頭に入ってこない。部屋はがら んとしている。竜司の遺体は今朝早く川崎の両親のもとに引き取られ、もうそこにはなか 「昨夜のこと、詳しく聞かせてください 友の死 : : : 、特に戦友ともいえる竜司の死は悲しいが、今は感傷に浸っている余裕はな 。浅川は舞の横に座って頭を下げた。 「夜の九時半過ぎでしたか、先生から電話がかかってきまして : : : 」 舞は昨夜のことを詳しく話した。受話器から漏れた悲鳴、その後の静寂、あわてて竜司 のアパートに駆けつけたところ、竜司はべッドにもたれかかって、両足を広げ : : : 。舞は、 竜司の死体があった場所に視線を固定させ、その時の彼の様子を語るうちに涙ぐんでいっ

6. リング

147 っていた ! そういう関係だというのか ? あまりに不釣り合いなカップルを見ると腹立 たしくなることがあるが、この場合度を越えている。何もかもが狂っているのだ、竜司の まなざ 回りでは。しかも、舞を見つめる時の竜司の慈愛のこもった眼差し ! 言葉遣い、それか ら顔つきまで変化させてしまう見事なカメレオンぶり。浅川は一瞬、竜司の犯罪行為を全 てばらし、高野舞の目を覚まさせてやりたい程の怒りを覚えた。 「先生、そろそろお昼よ。なにか作りましようか。浅川さんも食べてらっしやるでしよ。 リクエストはございまして ? 」 浅川は返事に困って竜司を見た。 「遠慮するなよ。舞さんの料理の腕、なかなかのもんだぜ」 「お任せします」 浅川はそう言うのがやっとだった。 舞はその後すぐ、料理の材料を買うために近くのマーケットに買い物に出た。そして、 彼女がいなくなっても、浅川は夢見ごこちでドアのほうばかりを見つめるのだった。 グ「おい、なに鳩が豆鉄砲くらったような顔してんだよ」 ン 竜司はさもおかしそうにニャニヤしている。 いや、別にー 「おい、こら、いつまでもぼうっとしてるんじゃねえそ」竜司は浅川の頬を。ヒシャビシャ たた と軽明・ ~ 、。 ほお

7. リング

146 ごと カエルの如く立ちすくみ言葉も出なかった。 「おい、なんとか言えよ」 竜司にわきばらをつつかれてようやく、「こんにちはとぎこちなく応じたけれど、目 はまだうつろなままだ。 「先生、ゆうべはどこに行ってらしたの ? 」 つまさき 舞は、ストッキングに覆われた爪先を優雅に滑らせて竜司のほうに二、三歩近づいた。 「実は、高林君と八木君に誘われて : : : 」 ふたり立ち並ぶと、舞の方が竜司よりも十センチ程背が高い。しかし、体重は竜司の半 分程度だろう。 「帰らないなら、ちゃんとそう言ってくれないと : 、待ちくたびれちゃった」 浅川はふと我に返った。ゅうべの電話の声を思い出したからだ。昨夜、この部屋で浅川 からの電話を取ったのは、間違いなくこの女性であった。 竜司は母親に叱られた少年のように首をうなだれている。 「まあ、いいわ。今回は許してあげる。は、、 コレ」 舞は紙袋を差し出した。「下着、洗っておいたわ。お部屋も片付けようと思ったけれど、 本の位置が変わると、先生怒るから・ : 浅川は、交わす言葉でふたりの関係を推し量る他なかった。どう見ても、師弟関係を越 えた恋人同士としか映らない。しかも、昨夜遅くまでこの子は竜司の部屋で彼の帰りを待 しか

8. リング

264 竜司が言った。彼は二人ぶんの弁当を買い込んでいた。浅川は食欲があまりないらしく、 時々箸を止めて室内の様子をじっとうかがったりしていたが、ふと思いついたように竜司 にいた。 「なあ、はっきりさせようじゃないか。オレたちは今から何をしようとしてるんだい ? 」 「決まってる。山村貞子を捜し出すんだよ 「捜し出してどうするフ 「差木地に運んで供養してもらう」 「つまり、オマジナイとは : 、山村貞子が望んでいることは、それだと言うんだな」 そしやく 竜司は、ロの中いつばいの御飯をくちゃくちゃと時間をかけて咀嚼しながら、焦点の定 まらぬ目でじっと一点を見つめた。自分でも納得しきっていないことが、その表情から読 み取れる。浅川は恐くなった。ラストチャンスには確たる根拠が欲しい。やり直しはきか ないのだ。 「オレたちに今できることは、これ以外にない 竜司はそう言って、空になった弁当箱を投げ出した。 「こういう可能性はどうだ ? 自分を殺した人間への恨みを晴らしてもらいたい : やっ 「長尾城太郎か : : : 、奴をバラせば、山村貞子の気がおさまるとでも言うのかい ? 」 浅川は、竜司の目の奥にある本心を探った。遺骨を掘り上げて供養してもなお浅川の命 を救えなかった場合、竜司は長尾医師を殺すつもりではないか、浅川を試金石にして、自 こわ

9. リング

297 だが、どうだろう、いきなり二十五年前の人骨を差し出され、これはあなたがたの縁者の 山村貞子ですと言われても、言われたほうは何を根拠にその言葉を信じればいいのだろう か : : : 、浅川は少々不安になった。 「じゃあな、あばよ。また東京で会おうぜ」 竜司は手を振って熱海駅の改札を抜けた。 「仕事がなければ、付き合ってやってもいいだがよ」 竜司は早急に仕上げなければならない論文を山ほどかかえていた。 「ありがとう、改めて礼を言うよ」 「よせよ、オレもけっこう楽しんだしよお」 ホームの階段の陰に消えるまで、浅川は竜司の姿を追った。そして、その姿が視界から 消える寸前、竜司は階段を踏み外して転びそうになった。あやうく・ハランスを取り戻した ものの、グラッと揺れた瞬間に、竜司の逞しい体の輪郭が浅川の目に二重に・ほやけて映っ た。浅川は疲れを感じて、目をこすった。そして、手を両目から離すと、竜司はホームの グ上へと消えていた。その時、不思議な感覚が胸をついた。正体不明の、鼻をくすぐる柑橘 ン系の香りとともに : その日の午後、浅川は山村貞子の遺骨を無事山村敬のもとに届けることができた。漁か ら帰ったばかりの山村敬は、浅川が持っている黒い風呂敷包みを見てすぐ、その中身が何 たくま ふろしき かんきっ

10. リング

168 浅川が肩を揺すると、竜司は猫のように体を伸ばし、手の甲で目をこすり、ブルブルツ と顔を横に振った。 「せつかくいい夢を見ていたのによお、ふあーああ」 「これからどうするんだ ? 」 竜司は体を起こし、自分のいる位置を確認するために、窓の外をぐるっと見回した。 「この道をまっすぐ行って、一ノ鳥居のところを左に曲がったところでストップ」 竜司はそれだけ言うと、「へへへ、夢の続きを見させてもらうぜ」 とまた横になろうとした。 「なあ、あと五分もかからない。寝る間があったら、ちゃんとオレに説明しろよ」 「行きゃあわかる ひざ 竜司はダッシュポードに膝を当て、再度眠りに落ちていった。 左に曲がったところで車を止めた。すぐ先に、「三浦哲三記念館 . と小さく書かれた二 階建ての古い民家がある。 「そこの駐車場に入れろ いつの間にか、竜司は薄目を開けていた。その顔は満足気で、芳香を嗅ぐように鼻孔を 広げている。 「へへへ、おかげでどうにか夢の続きを見ることができたよ」 「どんな夢だった ?