一つ - みる会図書館


検索対象: 怪人二十面相
170件見つかりました。

1. 怪人二十面相

ごうけっ いくさどうぐ いう豪傑は、あらゆる戦の道具を、すっかり背中にせおって歩いたのだそうですが、それ べんけい たんてい を、「弁慶の七つ道具」といって、今に語りったえられています。小林少年の「探偵七つ ぶき りようて 道具」は、そんな大きな武器ではなく、ひとまとめにして両手ににぎれるほどの小さなも やく のばかりでしたが、 その役にたっことは、けっして弁慶の七つ道具にもおとりはしなかっ たのです。 まんねんひつがたかいちゅうでんとうやかんそうさじぎよう と、つか まず万年筆型懐中電灯。夜間の捜査事業には灯火が何よりもたいせつです。また、この しんごうやくめ 懐中電灯は、ときに信号の役目をはたすこともできます。 こがたばんのう それから、小型の万能ナイフ。これにはのこぎり、はさみ、きりなど、さまざまの刃物 類が折りたたみになってついております。 それから、じようぶな絹ひもで作ったなわばしご、これはたためば、てのひらにはいる じしやく ぼうえんきよう ほど小さくなってしまうのです。そのほか、やつばり万年筆型の望遠鏡、時計、磁石、 てちょうえんびつ 型の手帳と鉛筆、さいぜん賊をおびやかした小型ピストルなどがおもなものでした。 いや、そのほかに、もう一つピッポちゃんのことをわすれてはなりません。懐中電灯に 照らしだされたのを見ますと、それは一羽のハトでした。かわいいハトが身をちぢめて、 くかく カバンのべつの区画に、おとなしくじっとしていました。 「ピッポちゃん。きゅうくつだけれど、もう少しがまんするんだよ。こわいおじさんに見 きぬ せなか はもの

2. 怪人二十面相

けいじぶちょう 刑事部長のことばを待つまでもなく、三人の館員は、口々に何かわめきながら、とりつ ちんれつだな かれたように陳列棚から陳列棚へと、のぞきまわりました。 もぞうひん びじゅっひん 「にせものです。めばしい美術品は、どれもこれも、すっかり模造品です。 かいかちんれつじよう それから、彼らはころがるように、階下の陳列場へおりていきましたが、しばらくして、 いじよう もとの二階へもどってきたときには、館員の人数は、十人以上にふえていました。そして、 だれもかれも、もうまっかになって貭慨しているのです。 きちょうひん 「下も同じことです。残っているのはつまらないものばかりです。貴重品という貴重品は、 すっかりにせものです : 。しかし、館長、今もみんなと話したのですが、じつにふしぎ というほかはありません。きのうまでは、たしかに、模造品なんて一つもなかったのです。 、も じしん だんげん それぞれ受け持ちのものが、その点は自信をもって断言しています。それが、たった一日 まほ、つ だいしよう のうちに、大小百何点という美術品が、まるで魔法のように、にせものにかわってしまっ たのです。」 館員は、くやしさに地だんだをふむようにしてさけびました。 あけちくん 「明智君、われわれはまたしてもやつのために、まんまとやられたらしいね。」 そうかん ちんつう めいたんてい 総監が、沈痛なおももちで名探偵をかえりみました。 めんそう とうだっ はくぶつかん 「そうです。博物館は、一一十面相のために盗奪されたのです。それは、さいしょに申しあ かれ ふんがい かんちょう かんいん 、も、つ 217

3. 怪人二十面相

くつおとかいだん まど というはげしい靴音、階段をあがると、そこは屋根裏部屋で、小さな窓がたった一つ、ま ぐら ゅうがた るでタ方のようにうす暗いのです。 かせい 「ここだ、ここだ。早く加勢してくれ。」 けいかん * 1 はくはつはくぜんろうじん そのうす暗い中で、ひとりの警官が、白髪白髯の老人を組みしいて、どなっています。 老人はなかなか手ごわいらしく、ともすればはねかえしそうで、組みしいているのがやっ とのようすです。 お 先にたった二、三人が、たちまち老人に組みついてきました。それを追って、四人、五 ぞく 人、六人、ことごとくの警官が折りかさなって、賊の上におそいかかりました。 * っきよう′、くてい、」、つ * 3 たかてこて も一つこ一つなっては、ゝゝ し力な凶賊も抵抗のしようがありません。みるみるうちに高手小手 にいましめられてしまいました。 なかむらかかりちょう こばやししようねん 白髪の老人が、グッタリとして、部屋のすみにうすくまったとき、中村係長が小林少年 くびじつけん をつれてあがってきました。首実検のためです。 めんそう 「二十面相は、こいつにちかいないだろうね。」 係長かたすねますと、少年はそくざにうなすいて、 へんそう 「そうです。こいつです。二十面相がこんな老人に変装しているのです。 と答えました。 * 1 白いかみと白いひげ * 2 らんほうで、むやみに人を殺傷する賊 * 3 両手をうしろに回し、ひじを曲げてしばりあげること お へや ゃねうらべや 4 O ノ

4. 怪人二十面相

き いっこ、つ よ、つふく あけちたんてい せびろふく 一行は、ピッタリと身にあう黒の洋服に着かえた明智探偵のほかに、背広服のくつきょ しんし けいさつぶんしょ かたカ うな紳士が三人、みな警察分署づめの刑事で、それぞれ肩書きっきの名刺を出して、左門 ろうじん 老人とあいさつをかわしました。 めいカ へやあんない かべ 老人はすぐさま、四人を奥まった名画の部屋へ案内して、壁にかけならべた掛け軸や、 こくほ、ってきけっさく 箱におさめて棚につみかさねてある、おびただしい国宝的傑作をしめし、いちいちその由 しよせつめい 緒を説明するのでした。 こか 「こりゃあどうも、じつにおどろくべきご収集ですねえ。ばくも古画は大好きで、ひまが はくぶつかんじいんほうもっ れきしてき あると、博物館や寺院の宝物などを見てまわるのですか、歴史的な傑作が、こんなに一室 あっ に集まっているのを、見たことがありませんよ。 びじゅっ 美術好きの二十面相が目をつけたのは、むりもありませんね。ばくでもよだれがたれる ようですよ。」 かんたん めいカ さんじ 明智探偵は、感嘆にたえぬもののように、 一つ一つの名画について、賛辞をならべるの ひひょう せんもんか でしたが、その批評のことばが、その道の専門家もおよばぬほどくわしいのには、さすが めいたんて ねん ふか の左門老人もびつくりしてしまいました。そして、名探偵への尊敬の念が、ひとしお深く なるのでした。 めいがしゅご しょ さて、少し早めに、一同夕食をすませると、いよいよ名画守護の部署につくことになり たな めんそう み ゅ、つしよく おく しゅうしゅう そんけい ごいす かじく さもん 1 1 8

5. 怪人二十面相

おうしゅう こばやししようねんま 小林少年は負けないで応酬しました。 めんそうか きさま、それで、この二十面相に勝ったつもりでいるのか。」 「坊や、かわいいねん うご ぶつぞう 「負けおしみは、よしたまえ。せつかくぬすみだした仏像は生きて動きだすし、ダイヤモ ンドはとりかえされるし、それでもまだ負けないっていうのかい。」 「そうだよ。おれはけっして負けないよ。」 「で、どうしようっていうんだー 「こ一つしょ一つとい , つのさー かん その声と同時に、小林少年は足の下の床板が、とっぜん消えてしまったように感じまし しゅんかん ちゅう ハッとからだが宙にういたかと思うと、そのつぎの瞬間には、目の前に火花が散って、 いた からだのどこかが、おそろしいカでたたきつけられたような、はげしい痛みを感じたので かれ ぶぶん ふかく ああ、なんという不覚でしよう。ちょうどそのとき、彼が立っていた部分の床板が、お ぞくゆび あな とし穴のしかけになっていて、賊の指がソッと壁のかくしボタンをおすと同時に、とめ金 しかくじ・」く がはずれ、そこにまっくらな四角い地獄のロがあいたのでした。 みうご くらやみそこ 痛みにたえかねて、身動きもできず、暗闇の底にうつぶしている小林少年の耳に、はる ゆかいた かべ

6. 怪人二十面相

でしようか 怪盗捕縛 あけちくん 「だが、明智君。」 けいしそうかん あけちたんてい せつめい 警視総監は、説明が終わるのを待ちかまえていたように、明智探偵にたずねました。 じしん めんそう びじゅっひんとうだつじゅんじよ 「きみはまるで、きみ自身が一一十面相ででもあるように、美術品盗奪の順序をくわしく説 そうぞう 明されたが、それはみんな、きみの想像なのかね。それとも、何かたしかなこんきょでも % あるのかね。 「もちろん、想像ではありません。ばくはこの耳で、二十面相の部下から、いっさいの秘 みつ 密を聞き知ったのです。今、聞いてきたばかりなのです。」 とこてフ・と 「え、え、なんだって ? きみは一一十面相の部下に会ったのか。いったい 一つして ? さすがの警視総監も、この不意うちには、どぎもをぬかれてしまいました。 ゅうかい そうかんかっか 三十面相のかくれがで会いました。総監閣下、あなたは、ばくが一一十面相のために誘拐 せけん されたことをごぞんじでしよう。ばくの家庭でも世間でもそう考え、新聞もそう書いてお 力いと、つほ、は ぶか せつ

7. 怪人二十面相

悪魔の知恵 ああ、またしてもありえないことがおこったのです。二十面相というやつは、人間では ふかのう なくて、えたいのしれないお化けです。まったく不可能なことを、こんなにやすやすと やってのけるのですからね。 あけち 明智はツカッカと部屋の中へはいっていって、いびきをかいている刑事の腰のあたりを、 いきなりけとばしました。賊のためにだしぬかれて、もうすっかり腹をたてているようす でした。 「おい、おい、起きたまえ。ばくはきみに、ここでおやすみくださいってたのんだんしゃ ないんだぜ。見たまえ、すっかりぬすまれてしまったじゃないか。」 刑事は、やっとからだを起こしましたが、また夢うつつのありさまです。 「ウ、ウ、何をぬすまれたんですって ? ああ、すっかりねむってしまった ここはどこたろ一つ。」 寝ばけた顔で、キョロキョロ部屋の中を見まわすしまつです。 ますいざい 「しつかりしたまえ。ああ、わかった。きみは麻酔剤でやられたんじゃないか。思いだし あくま へや ゅめ めんそう はら 。おや、 127

8. 怪人二十面相

「すると、きみは、この仏像がにせものだというのか。」 きずぐち びじゅっがん 「そうですとも、あなた方に、もう少し美術眼がありさえすれば、こんな傷口をこしらえ もぞうひん てみるまでもなく、ひと目でにせものとわかったはずです。新しい木で模造品を作って、 とりよう もぞうひんせんもんしよくにん 外から塗料をぬって古い仏像のように見せかけたのですよ。模造品専門の職人の手にかけ さえすれば、わけなくできるのです。」 あけち せつめい 明智は、こともなげに説明しました。 こくりつはくぶつかんちんれつひん きたこうじ とうしたことでしよう。国立博物館の陳列品が、まっか 「北小路さん、これはいっこい、、 なにせものだなんて : : : 」 けいしそうかんろうかんちょう 警視総監が老館長をなじるようにいいました。 「あきれました。あきれたことです。」 明智に手をとられて、ばうぜんとたたずんでいた老博士が、ろうばいしながら、てれか くしのように答えました。 かんいん そこへ、さわぎを聞きつけて、三人の館員があわただしくはいってきました。その中の ほうめんかかりちょう こだいびじゅっかんてい ひとりは、古代美術鑑定の専門家で、その方面の係長をつとめている人でしたが、こわれ た仏像をひと目見ると、さすがにたちまち気づいてさけびました。 「アッ、これはみんな模造品だ。しかし、へんですね。きのうまでは、たしかにほんもの ぶつぞう ぶつぞう せんもんか ろうはくし 215

9. 怪人二十面相

まど でも、賊は、なんとなく気がかりで、窓のほうへ近よらないではいられませんでした。 もちろん屋根ばかりさ。だが、 その屋根の向こうにみようなものがいるん だ。ほらね、こちらのほうだよ。」 あけちゅび 明智は指さしながら、 「屋根と屋根とのあいだから、ちょっと見えているプラットホームに、黒いものがうずく ぼうえんきよう まっているだろう。子どものようたね。小さな望遠鏡で、しきりと、この窓をながめてい るじゃないか。あの子ども、なんだか見たような顔だねえ。」 どくしやしよくん 読者諸君は、それがだれだか、もうとっくにお察しのことと思います。そうです。お察 どうぐ あけちたんてい めいじよしゅこばやししようねん こばやしくんれい まんねんひつがた しのとおり明智探偵の名助手小林少年です。小林君は例の七つ道具の一つ、万年筆型の望 遠鏡で、ホテルの窓をのぞきながら、何かのあいずを待ちかまえているようすです。 こ′、う 「あ、小林の小僧だな。じゃ、あいつは家へ帰らなかったのか。」 げんかんと 「そうだよ。ばくがどの部屋へはいるか、ホテルの玄関で問いあわせて、その部屋の窓を、 ちゅうい 注意して見はっているようにいいつけているのだよ。」 しかし、それが何を意味するのか、賊にはまだのみこめませんでした。 「それで、どうしようっていうんだ。」 一一十面相は、だんだん不安になりながら、おそろしいけんまくで、明智につめよりまし めんそう 15 3

10. 怪人二十面相

すがた ました。 あけち ′、ちょう けいじ 明智は、テキパキした口調で、三人の刑事にさしずをして、ひとりは名画室の中へ、ひ うらぐち おもてもん てつや とりは表門、ひとりは裏口に、それぞれ徹夜をして、見はり番をつとめ、あやしいものの * よ ふ 姿をみとめたら、ただちに呼び子を吹きならすというあいずまできめたのです。 あけちたんてい いたど ぶしょ 刑事たちが、めいめいの部署につくと、明智探偵は名画室のがんじような板戸を、外か ろうじん らピッシャリしめて、老人にかぎをかけさせてしまいました。 ひとばんじゅう 「ばくは、この戸の前に、一晩中がんばっていることにしましよう。」 めいたんてい たたみろうか 名探偵はそういって、板戸の前の畳廊下に、ドッカリすわりました。 もう しつれい 「先生、だいじようぶでしような。先生にこんなことを申しては、失礼かもしれませんが、 あいて まほうつか 相手はなにしろ、魔法使いみたいなやつだそうですからね。わしは、なんだかまだ、不安 心なような気がするのですが」 、いいにくそうにたずねるのです。 老人は明智の顔色を見ながら しんぽい ご心配なさることはありません。ばくはさっき、じゅうぶんしらべたので へやまど げんじゅうてつ すが、部屋の窓には厳重な鉄ごうしがはめてあるし、壁は厚さが三十センチもあって、 けいじくん ちっとやそっとでやぶれるものではないし、部屋のまんなかには刑事君が、目を見はって じしん いるんだし、そのうえ、たった一つの出入り口には、ばく自身ががんばっているんですか * 人を呼ぶあいずの笛 こ かべあっ 120