とうなんじけん の盗難事件では、助手の小林とかいう子どもでさえ、あれほどのはたらきをしたんだ。そ はめっすく あけちたんてい の先生明智探偵ならば、きっとわしの破滅を救ってくれるにちがいはないて。どんなこと めいたんてい があっても、この名探偵をひつばってこなくてはならん。」 きもの さ′、′てう 老人は、そんなひとりごとをつぶやきながら、作蔵じいやの女房を呼んで着物をきかえ め いたど ほうもつべや ますと、宝物部屋のがんじような板戸をピッタリしめ、外からかぎをかけ、ふたりの召し 、かたくいいつけて、ソソクサとやしきを出 使いに、その前で見はり番をしているように かけました。 しゅぜんじおんせんふじゃりよかん いうまでもなく、行く先は、近くの修善寺温泉富士屋旅館です。そこへ行って、明智探 ほご めんかい 偵に面会し、宝物の保護をたのもうというわけです。 めいたんていあけちこごろう ああ、待ちに待った名探偵明智小五郎が、とうとう帰ってきたのです。しかも、時も時、 。も、つ めんそう 所も所、まるで申しあわせでもしたように、ちょうど、一一十面相がおそおうという、日下 にゆうと、つ さもんろうじん べしびじゅっじよう 部氏の美術城のすぐ近くに入湯に来ていようとは、左門老人にとっては、じつに、ねがっ てもないしあわせといわねばなりません。 ところ つか ろうじん じよしゅ こばやし にようぼ、つ よ くさか 1 12
す しらべますと、そんな婦人なんか住んでいないことがわかりました。さては二十面相のし わざであったかと人々は、はじめてそこへ気がついたのです。 しやしん めいたんていあけちこごろうしゅうかい かくしんぶんゅうかん 各新聞の夕刊は、「名探偵明智小五郎氏誘拐さる」という大見出しで、明智の写真を大 ほうどう ちんじ きく人れて、この椿事をデカデカと書きたて、ラジオもこれをくわしく報道しました。 はくぶつかん 「ああ、たのみに思うわれらの名探偵は、賊のとりこになった。博物館があぶない。」 あっ とみん 六百万の都民は、わがことのようにくやしがり、そこでもここでも、人さえ集まれば、 いんうつ ふあんこくうん じけん ぜんと もう、この事件のうわさばかり、全都の空が、なんともいえない陰鬱な、不安の黒雲にお かん おわれたように、感じないではいられませんでした。 しようねんじよしゅこ せかいじゅう しかし、名探偵の誘拐を、世界中でいちばんざんねんに思ったのは、探偵の少年助手小 ばやしよしおくん 林芳雄君でした。 ひとばん 一晩待ちあかして朝になっても、また、一日むなしく待って、夜がきても、先生はお帰 けいさっ りになりません。警察では二十面相に誘拐されたのだといいますし、新聞やラジオまでそ めいよ み しんぽい ほ、つ」、つ のとおりに報道するものですから、先生の身のうえか心配なばかりでなく、名探偵の名誉 のために、くやしくって、くやしくって、たまらないのです。 おく そのうえ、小林君は自分の心配のほかに、先生の奥さんをなぐさめなければなりません なみだ あけちたんてい ふじん でした。さすか明智探偵の夫人ほどあって、涙を見せるようなことはなさいませんでした * 当時の東京の人口 ふじん めんそう めんそう 1 9 9
めいたんていあけちこ・」ろう 名探偵明智小五郎 ふあん いちゃ 不安の一夜 あくま 悪魔の知恵 きよじんかいじん 巨人と怪人 トランクとエレベーター ニ十面相の逮捕 めんそうしんでし ニ十面相の新弟子 一きゅう めいたんてい 名探偵の危急 かいと、っそ、つくっ 怪盗の巣窟 しようねんたんていだん 少年探偵団 午後四時 めいたんてい 名探偵の狼藉 たねあ 種明かし 、刀い A 」、つノ、 怪盗捕縛 解説砂田弘 「わしがほんものじゃ」 めんそ、ったいほ ろ、つゼき 29 226 』 8 2 Ⅱ X)5 28 9 4 ロ 4 怖 8 怖凵 47 136 ロ 7 Ⅱ 7 Ⅱ 3
文庫版少年探偵・江戸川乱歩全 26 巻 怪人第十面相と名探偵明智小五郎、少年探偵団との息づまる推理対決 ! 怪人一一十面相 2 少年探偵団 3 妖怪博士 大金塊 5 青銅の魔人 6 地底の魔術王 7 透明怪人 8 怪奇四十面相 宇宙怪人 川鉄塔王国の恐怖 灰色の巨人 粍海底の魔術師 黄金豹 魔法博士 サーカスの怪人 魔人ゴング 魔法人形 奇面城の秘密 夜光人間 囲搭上の奇術師 鉄人 O 仮面の恐怖王 電人 一一十面相の呪い 空飛ぶ一一十面相 黄金の怪獣
かしらん。」 と、つきよう 「聞くところによりますと、なんでも東京にひとり、えらい探偵がいると申すことでござ いますが。」 さなえ 老人が首をかしげているのを見て、早苗さんが、とっぜん口をはさみました。 あけちこごろうたんてい けいさっ 「おとうさま、それは明智小五郎探偵よ。あの人ならば、警察でさじを投げた事件を、 かいけっ くつも解決したっていうほどの名探偵ですわ。」 「そうそう、その明智小五郎という人物でした。じつにえらい男だそうで、一一十面相とは と かっこうの取り組みでございましようて。」 「ウン、その名はわしも聞いたことがある。では、その探偵をそっと呼んで、ひとっ相談 せんもんか そうぞう してみることにしようか。専門家には、われわれに想像のおよばない名案があるかもしれ ん。」 そして、けつきよく、明智小五郎にこの事件を依頼することに話がきまったのでした。 でんわちょう たく さっそく、近藤老人が、電話帳をしらべて、明智探偵の宅に電話をかけました。すると、 へんじ 電話口から、子どもらしい声で、こんな返事が聞こえてきました。 しゆっちょうちゅう 「先生はいま、ある重大な事件のために、外国へ出張中ですから、いつお帰りともわかり だいり こばやし ません。しかし、先生の代理をつとめている小林という助手がおりますから、その人でよ ろうじん こんどうろうじん じゅうだい じんぶつ じよしゅ たんてい めいあん よ も、つ じけん めんそう そうだん っ一
すなだ ひろレ 砂田弘 ( 児童文学作家 ) えどがわらんぽ しようねんたんてい 江戸川乱歩の「少年探偵」シリーズは、何十年ものあいだ、日本の少年少女たちに読み つがれてきたロングセラーです。みなさんのおじいさんやおばあさん、お父さんやお母さ んの中にも、少年少女時代に「少年探偵」シリーズを愛読した方がおおぜいいるはずです。 てんのう 今の天皇も、少年時代にはファンのひとりだったそうです。これまで、このシリーズに親 しんだ少年少女の数は、おそらく一億人にも達するでしよう。 かいじん 「少年探偵」シリーズは、全二十六巻、その第一巻がこの『怪人一一十面相』です。 『怪人二十面相』は今から六十年以上も前、一九三六 ( 昭和十一 ) 年一月から十二月まで、 こうだんしゃ ざっしレようねんくらぶ 講談社が発行していた雑誌「少年倶楽部」に連載されました。作者の江戸川乱歩は、すで に有名なミステリー作家でしたが、子ども向けの物語を書いたのは、これがさいしょです。 解説 「少年探偵」シリーズの幕あけ かいじん めんそうあけちこごろう 怪人二十面相と明智小五郎の対決 れんさい めんそう
あけちたんてい めんそう そのねらわれた人物というのは、ああ、やつばり明智探偵でした。探偵は、一一十面相の よそう ーいりやく 予想にたがわず、まんまと計略にかかってしまったのでしようか。 みうご 「身動きすると、ぶつばなすぞ。 だれかかおそろしいけんまくで、どなりつけました。 かんねん しかし、明智は、観念したものか、しすかに、クッションにもたれたまま、さからうよ うすはありません。あまりおとなしくしているので、賊のほうがぶきみに思うほどです。 「やつつけろ ! 、は あかいと、り、、つりようにん 低いけれど力強い声がひびいたかと思うと、乞食に化けた男と、赤井寅三の両人が、お圏 じようはんしん そろしい勢いで、車の中にふみこんできました。そして、赤井が明智の上半身をだきしめ るようにしておさえていると、もうひとりは、ふところから取りだした、ひとかたまりの 白布のようなものを、手早く探偵のロにおしつけて、しばらくのあいだ力をゆるめません でした。 それから、やや五分もして、男が手をはなしたときには、さすがの名探偵も、薬物のカ しにん にはかないません。まるで死人のように、グッタリと気をうしなってしまいました。 「ホホホ、もろいもんだわね。 どうじよう ようそうふじん 同乗していた洋装婦人が、美しい声で笑いました。 しろぬの いきお じんぶつ わら こじき と やくぶつ
少探偵 少年探偵一 1 怪人ニ十面相 怪人ニ十面相 文庫版少年探偵・江戸川乱歩 1 I S B N 4 - 5 91 - 0 8 41 2 -4 C 8 0 9 3 \ 6 0 0 E ボブラ社 1928095006008 定価 : 本体 600 円 ロマノフ王家の大ダイヤモンドを、近日中にちょうだい に参上するニ十面相 ゆくえ不明だった壮一君の、うれしい帰国のしらせとともに、 羽柴家に舞いこんだ予告状。変装自在の怪盗は、どんな姿で ・。怪人「ニ十 家宝を盗みに来るのか。老人、青年、それとも : 面相」と名探偵明智小五郎、初めての対決がいま始まるー えどがわらんば 江戸川乱歩 明治 27 ( 1894 ) 年 10 月 21 日、三重県名張 町 ( 現名張市 ) に生まれる。本名平井太郎。 早稲田大学在学中から、英米の推理小 説を片つばしから読む。卒業後、貿易会 社、古本商、新聞記者などたくさんの職業 を経験する。大正 12 ( 1923 ) 年に「ニ銭 銅貨』を「新青年」に発表。筆名の江戸川乱 歩は、推理小説の始祖工ドガー・アラン・ ポーから取っている。その後、数多くの推 理小説を精力的に書く。昭和 11 ( 1936 ) 年「少年倶楽部」の求めに応じて書いた 『怪人ニ十面相』がたいへんな人気を博 し「少年探偵団』「妖怪博士』など少年 少女に向けた作品を発表する。 昭和 40 ( 1965 ) 年測 江戸川乱歩 ポプラ社
てやりたまえ。」 しゆりよう さすがに首領一一十面相は、とりこをあっかうすべを知っていました。 ぶか あけちたんてい そこで、部下たちは、命じられたとおり、なわをといて、明智探偵を長イスに寝かせま くすり しようたい したが、まだ薬がさめぬのか、探偵はグッタリしたまま、正体もありません。 りゅう ゅ、つかい あかいとらぞうみかた 乞食に化けた男は、明智探偵誘拐のしたいと、赤井寅三を味方にひきいれた理由を、く わしく報告しました。 ふか やく 「ウン、よくやった。赤井君は、なかなか役にたちそうな人物だ。それに、明智に深いう らみを持っているのが何より気にいったよ。」 二十面相は、名探偵をとりこにしたうれしさに、何もかも上きげんです。 ちか そこで赤井はあらためて、弟子入りのおごそかな誓いをたてさせられましたが、それが すむと、この浮浪人はさいぜんから、ふしぎでたまらなかったことを、さっそくたすねた ものです。 けいさっ 「このうちのしかけにはおどろきましたぜ。これなら警察なんかこわくないはすですねえ。 げんかん たか、どうもまだふにおちねえことがある。さっき玄関へきたはつかりの時に、どうして、 すがた おかしらにあっしの姿が見えたんですかい。」 それかい。それはね。ほら、ここをのぞいてみたまえ。 こじき ふろうにん めんそう じんぶつ 195
む といったかと思うと、クルッと向きをかえて、なんのみれんもなく、あとをも見ずに立ち さってしまいました。 つじのし 辻野氏は百円札をにぎったまま、あっけにとられて、名探偵のうしろ姿を見おくってい ましたが、 「チェッ。 じどうしゃ と、いまいましそうに舌うちすると、そこに待たせてあった自動車を呼ぶのでした。 しようり・ だいとうぞくしょたいめんこて このようにして名探偵と大盗賊の初対面の小手しらべは、みごとに探偵の勝利に帰しま した。賊にしてみれば、いつでもとらえようと思えばとらえられるのを、そのまま見のが ちじよく してもらったわけですから、二十面相の名にかけて、これほどの恥辱はないわけです。 「このしかえしは、きっとしてやるぞ。」 かれあけち 彼は明智のうしろ姿に、にぎりこぶしをふるって、思わずのろいのことばをつぶやかな いではいられませんでした。 ニ十面相の逮捕 「あ、明智さん、今、あなたをおたずねするところでした。あいつは、どこにいますか。」 めんそうたいほ さっ した めんそう めいたんてい すがた き 1 6 1