ランドセルがおかれて・ : まよなかがっこう 真夜中の学校レストランができたわけ、をきいたばくは、あらためて レストランの中へ入ろうとして、足をとめました。 そこには、ふるびたランドセルがひとつ、かざってありました。 あんない しゅじん じっとみていると、ばくを案内してくれたレストランの主人が、うな ずきました。 「うたれて死んだ子のランドセルです。その子のことをわすれないため し まったに 松谷みよ子 こ 4 2
の子たちは、 ぜんこくほうそう 「あたしたち、みんなをはげます歌を、ここで練習して全国放送にで たんだもの。 くうしゅう おんがくしつや 「そうよ、ぜったい空襲なんかで、音楽室を焼いちゃだめ . ロぐちにいいあっている。 こ、ってい まどそと ひさん 窓の外は、悲惨だった。焼夷弾が、ばんばんおとされ、校庭では火だ じ」く も るまになった人たちが、燃えている。地獄だ。 まお 真央たち三人は、だきあってふるえているしかなかった。先生と子ど おんがくしつかじ もたちは、音楽室が火事にならないよう、ひっしではたらいている。 まど ひ ようやく火がおさまりかけたときだ。窓から身をのりだして、火の粉 しよういだん うた み れんしゅう せんせい 1 22
せい AJ かい 新入生と、それをむかえる生徒会などの代表がならんで、式ははしま りました。 なまえ こうちょうせんせい ばめん しんにゆうせい 校長先生が、新入生の名前をひとりひとりよみあげる場面となりま ばめん にゆ , フがく した。たいせつな場面です。よまれた子だけが入学をゆるされるので し なまえ くろ す。死んだ女の子の名前は、黒ぐろと線でけされてありました。 なまえ せいと その子の名前がとはされたことに気づいた生徒はいないようでした。 しき きようしつ 式がおわって、新入生はそれぞれ、きめられた教室に入りました。 し きよ、つしつ せいと 死んだ女の子が入るはすだった教室でも、生徒たちはうれしそうに、 こえ ちゃくせき がわ 声をあげながら着席しました。ろうか側のいちばんうしろに、ひとっ くうせき 空席がありました。 しんにゆうせい しんにゆうせい せん だいひょう しき 9
下しせントてす・ 死ん子どモ熊ちから = アレゼントです
どせんそう に、そして、一一度と戦争で死ぬ子がないように、かざってあるのです。 では、どうぞー」 これは : 、 ? ・ 、、 Co
「ああ、おいしかった」 ばくは、おなかいつばいになって、ほーっと息をしなから、レストラ ンをでました。 まよなかがっこう 〈真夜中の学校レストラン〉 がっこ , っ ふとふりかえると、学校もレストランも、すうっときえつつありまし このタネを まいてください ′ぐ 松当 ′、た み よ 子こ 1 33
いのですが。 ゅめはなし がくどうそかい がくどうそかい 「学童疎開でみた夢」これはたいへんふしぎな夢の話です。学童疎開とは、一九四五 だいとし せんそうひがい たいへいようせんそう はいせん 年日本が敗戦でおわった太平洋戦争のおわりごろ、戦争の被害をさけるため、大都市 のうそんいどう せいとしゅうだん こくみんがっこうとうじしようがっこう の国民学校 ( 当時の小学校 ) の生徒を集団で、農村に移動させたことをいいます。 ゅめ ゅめくうしゅう ばん そかいさきせいと その疎開先で生徒たちが、おなじ晩におなしような夢、空襲にあってにげまどう夢 まさゆめ ゅめ をみたというのです。そのうえ、夢はどれも正夢だったというのです。 ゅうれい ゅうれい 幽霊には足がない、というのはほんとうではないようです。この「幽霊のマラソ とも ゅうれい か がくねん ン」では、学年マラソンで、どうしても勝てなかった友だちが死んで、その幽霊とな うんどう はか さい′」 らんではしります。最後にすがたをみうしないますが、墓のまえに運動ぐっがぬいで し ちゅうがっこう あります。はかにも、ある中学校で、マラソンの大すきな子が死んで、やがて夜の じ がっこううんどうじよう 二時ごろになると、学校の運動場をその子の足がはしるのをみるようになる、とい はなし うような話があります。 はなし ′、、っせき 「空席」は、いわゆるポルターガイストの話です。ポルターガイスト、これはドイツ ゅめ し よる 1 39
「え」 「さっき、ごらんになったでしよ」 ゅめ 「え、あれは夢 : せんそうちゅう がっこうや 「いえ、ほんとのこと。戦争中、この学校が焼けましてね。バクダン く、つ ひるま そのとき、子どもたちも、たくさん亡くなりました。昼間の空 しゅう こ、ってい 襲でしたからね。ミルクのコッフをもったまま、校庭にとびだして、そ こをねらいうちされて死にました。 だから、 いまでも、その子たちのために、このレストランをひらくん です。たくさん、たくさん、たべさせてあげたくて」
ほうかごおんがくしつ まきはあさ その後ータぐれどきに、放課後の音楽室から〈牧場の朝〉のハミン クかきこえるとい、つ、、つわさかなかれた。いや、じっさい、そのハミン グをきいた、という子か、ときどきあらわれる。 げんじっ 現実にもどった真央たちは、おそろしいものをみたショックで、しば らくうごけなかった。 まお やがて真央が、ふるえながらいう。 「おじいちゃんがったえたかったのは、い なおこ としお 直子と俊夫は、だまったままうなすいた。 まお まのまばろしなのね」 1 24
きようたくりようて く、っせき 先生は、教卓に両手をつき、空席をちらっとみたあと、しばらく無 ごんせいと せいと 言で生徒たちのひとりひとりをみまわしました。生徒たちはきよとんと しました。それから、 「みなさん、これからよろしく」 じこしようかい といったような、みじかいあいさっと自己紹介があって、先生は、出 さいしょ であ 席をとりはじめました。まったく最初の出会いですから、名をよぶたび せいと に、その生徒とひとことふたこと、ことばををかわしなから。 なまえ そして、いまはいないその子のところにきました。名前の上にひかれ せんめいぼ じかん た一本の線。名簿をすりなおす時間がなかったのです。 せいと しまひとこといっておかなくてはならない、 やはり生徒たちには、 ) せき せんせい せんせい しゆっ 2 9