酸素ポンべの脇を通り過ぎる。世の中がまともだったら、こんなものが小さな男の子や女の子の 部屋の外に置いてあるはすがないのだ。エディーの部屋に着くと、婦長は中に入り、隙間を少し 残してドアを閉めた。 「ほんの数分ですみますから」婦長がヒース夫妻に言っているのが耳に入った。「検査をする間 「今度は何の専門の医者なんです ? 」父親が震え声で尋ねている。 「けがのことにとても詳しい先生です。まあ、警察医のような方ですね」婦長は気をきかせて、 監察医とか、さらに動揺をケえそうな検屍官という言葉を避けた。 しばらく間をおいてから、父親が小声で言った。「そうか。証拠調べなんだな」 「ええ、そうなんです。コーヒーでもいかがですか。なんでしたら、何か召し上がっては」 エディー ・ヒースの両親が病室から出てきた。一一人ともかなり太り気味で、着たままで寝たた め服がくしやくしやになっている。素朴で善良な人が、世界の終わりがもうすぐやって来ると告 げられた時のような、途方に暮れた顔をしている。一一人が疲れきった目をこちらに向けた時、せ めて多少なりとも心が軽くなるようなことを言ってあげられればと田 5 った。だが慰めの一一一一口葉はの どにひっかかり、夫妻はのろのろとした足どりで行ってしまった。 エディー・ヒースは身じろぎもせすにべッドに横たわっていた。頭は包帯でおおわれ、人工呼 吸器から肺に空気が送り込まれ、静脈には何種類もの薬液が点滴で入れられている。肌は青白く
た 一一十七歳のあの女性ニュースキャスターの死体をグロテスクに陳列したことは、いわばワデル の署名だった。ところが十年たった今、少年が殺害され、何者かがワデルと同しやりかたで自分 の作品に署名したのだ。それも、ワデルが処刑されたその夜に。 私はコーヒーをいれ、それをポットに入れて書斎に持って行った。デスクの前に座り、コンピ ューターの電源を入れ、検屍局のコンピューターにダイアル・インする。マーがレットに頼んだ 調査のプリントアウトにはまだ目を通していない。おそらくその報告書は、金曜日の午後私の未 決箱に入っていた、うんざりするほどの書類の山の中にあるのだろう。しかし調査結果のファイ ルがまだハ ードディスクに残っているはすだ。 DZ—>•< のログイン画面でユーザー・ネームと。ハ スワードを打ち込むと、「 」という文字が目に飛び込んできた。コンピューター・プロ グラマーのマーガレットが、私あてのメッセージを入れておいたのだ。 「ファイル』をご覧ください」とある。 「いくらなんでもはひどいんじゃない私はマーガレットに聞こえるかのよ、フに つぶやいた。 私が頼んでおいたファイルのコピーや調査結果をマーガレットがいつも転送しておく「 」というディレクトリに移り、彼女が「」と名付けたファイルを開いた。 それはかなり大きなファイルだった。マーガレットがありとあらゆる死亡事件を調べて該当す
富にわたる報告書を抜き出すと、入ってきて私に渡した。 「あなたのポックスに入れとくつもりだったんですけど、まだここにいらっしやるので、直接お 渡しします。エディー ・ヒースの手首から採取した粘着性の物質の調べが終わりました」 「建築素材ね ? 」報告書の最初のページに目を通しながら訊いた。 「そうです。ペンキ、漆喰、木材、セメント、アスベスト、ガラスといったものですね。こうい った微物は窃盗事件で見られることが多いんです。容疑者の服についてるんですよ。カフスの中 とかポケットとか靴なんかに」 「エディー ・ヒースの服はどうだった ? 「これと同し微物の一部が服にもついていました」 「ペンキは ? ペンキのことを教えて」 「五種類のペンキのかけらが見つかりました。そのうち一二つが層になっていました。つまり、ペ ンキを塗った上にまた何度かべンキを塗り直したわけですね」 「ペンキは車に塗ってあったもの、それとも住宅 ? 「車のペンキは一種類だけでした。ゼネラル・モーターズの車の仕上げ塗りに使われているアク リル塗料です」 それはエディー ・ヒースを誘拐するのに使った車のペンキかもしれない。だが何か他のものに 使われていたペンキでないとも一言えない。
一つ一つ調べながら、着衣を脱がせていった。故人の私物を探すのは形式にすぎず、ほとんどの 場合何も見つからない。受刑者は何も持たすに電気椅子に座ることになっているのだ。だからジ ーンズの尻ポケットに手紙らしきものを発見した時は、びつくりした。封筒は封をしたままにな っており、表には肉太の活字体で次のように書いてあった。 「極秘。一緒に埋葬すること」 「封筒と中身のコピーをとって、現物は私物と一緒に向こうに渡してちょうだい、そう言って、 封筒をフィールディングに渡した。 フィールディングはそれをクリップポ ードにつけた検屍記録の下にはさみながら、つぶやい た。「すげえな。こいっ僕よりでかいや」 「あなたより大きな人が世の中にいたなんて、驚きよね」スーザンがボディービル狂の副局長に 「まだ死んで間がなくてよかったよ」と、フィールディングが続けた。「そうでなかったら、こ じあけ機がいるところだった」 筋肉が発達した人は、死んでから時間がたっと大理石の彫像のごとく扱いにくくなる。ワデル 犯は死後硬直がまだ始まっておらす、生きている時と変わらない状態だった。まるで眠っているよ うた 三人がかりでワデルを解剖台に移し、うつぶせにした。体重は百十七キロだ。足が台からはみ
239 真犯人 私は火を見つめた。 「ところで、あんたが見つけた羽の出所だと思えるようなものは、ジェニファー・デイトンの家 にはなかったぜ」そう言って、つけ足す。「調べといてくれと言ったろう」 その時、マリーノのポケットベルが鳴った。彼はそれをベルトからはすし、目を細めて小さな スクリーンを見つめた。 「ちくしようめ」ぶつぶつ言いながら、電話をかけにキッチンへ向かう。 「いったい何が : : なんだと ? 」マリーノが一一一口うのが聞こえた。「なんてこった。それ確かか ? しばらく沈黙し、それからひどく緊迫した声で言った。「その必要はないよ。彼女から五メート ルと離れてないところにいるんだ」 ウエスト・ケアリーとウインザー・ウェイの赤信号をマリーノは無視して突っ走り、東へ向か った。白いフォードのラジェーターグリルのライトが点滅し、スキャナー・ライトがチカ チカ光る。無線受信器から雑音とともに通信コードが聞こえてくる。私はそで椅子に丸くなって 座っていたスーサンの姿を思い浮かべた。寒そうにタオル地のバスロープの前をしつかりかきあ わせていたが、彼女が感じていた寒さは部屋の温度とは関係なかった。空の雲のように絶え間な く変わるスーザンの表情と、どんな秘密も明かそうとしない目を思いだす。 体が震え、息がつけないような気がした。喉もとで心臓がドキドキ鳴っている。警察がストロ
202 その紙はさわらないで。指紋の検出はまだやってないから。いま始めたところなんだ。期待して てくれ。おい、がんばれよ」今度はエンハンサーに向かってしゃべっている。「カメラはちゃん とそれをとらえたんだからな。うまくやらなきやだめだぞ」 コンピューターを使ってイメージ・エンハンスメントを行うのは、画面の微妙な明暗の差を見 分ける訓練をするようなものだ。カメラは一一百以上にのばる灰色の濃淡の度合いを見分けること ができるが、人間の目が見分けられるのは四十以下だ。したがって目に見えないから存在しない と一一口、つことはできない 「紙の場合は、後ろに関係ないものが見えるってことがないから助かるよ」操作を続けながらバ ンダーが一言う。「そのことを心配しなくていいと、作業がはかどるんだ。こないだ、、、 / ーツにつ いた血染めの指紋を調べた時は苦労したよ。生地の織りが出てしまうからね。以前だったら、そ の指紋は使いものにならなかったところだ。よしよし」バンダーが調節していたあたりの画面が また違った濃さの灰色に染まった。「いいぞ、その調子だ。ほら、これ見える ? スクリーンの 上半分に現れたばんやりした細い形を指さす。 「かすかにね」 「ここで強化しようとしているのは、消された文字しゃなくて陰影なんだ。この紙の場合は書い たものが消されているわけしゃないからね。斜めの光が紙の平らな表面とくばみにあたった時 に、影ができたわけだ。少なくともビデオカメラはその影をはっきりとらえたね。僕たちは助け
犯罪を犯して逮捕されなかったことが何度くらいあるか尋ねたら、数え切れないと言ってい た。住宅や車に押し入ったというんだ。要するに窃盗だな。で、ある日ロビン・ネイスミスの家 に侵入して、不運にもワデルがまだ家にいる時に彼女が帰宅したというわけだ」 「ワデルは凶暴だと評されてはいないわね、べントン」私は指摘した。 「そう。彼はいわゆる凶悪犯のタイプではない。麻薬とアルコールのために一時的に精神に異常 をきたしていたのだと弁護側は主張した。正直言って、私もそうだと思う。ロビン・ネイスミス フェンクリジン を殺害する少し前から、ワデルはをやるようになっていた。だからロビン・ネイスミス と出会った時ワデルは完全に精神錯乱していて、あとになってからは自分が彼女に何をしたかほ とんど、あるいはまったくおばえていないというのは、十分あり、フることなんだ」 「ワデルが何か盗んだかどうか、盗んだとしたらそれが何だったかおばえてる ? 盗みが目的で 彼がロビン・ネイスミスの家に押し入ったとい、つはっきりした証拠があるのかしら」 「家の中はすっかり荒らされていた。宝石類がなくなっていたことは確かだ。それからバスルー ムの戸棚の中がすっかり空になっていたし、ロビンの札入れの金もなくなっていた。はかに何を 取られたのかよくわからない。彼女はひとり暮らしだったからね」 人 犯「恋人はいなかったの ? 」 「そこなんだよ、問題は」ウェズリーはサクソフォーンのハスキーな調べに合わせて眠たげに踊 ノドのシーツとマ ットレスカバーに精液のしみ 期っている年配のカップルに視線を泳がせた。「べ【
133 真犯人 ファクシミリだ。私はすぐにそれを調べにかかった。電源は切ってある。本体のコードは、壁に 一つだけある差し込み口につながれている。まわりを見回すうちにますますわけがわからなくな ってきた。テープルとデスクの上にはパソコンと郵便の料金計器、それにさまざまな用紙と封筒 がのっている。本棚には百科事典と、超心理学、占星術、十一一宮、東洋および西洋の宗教につい ての本が並んでいる。いくつかの違った訳の聖書と、背に日付が書かれた数十冊の元帳もあっ 料金計器のそばに申込用紙とおばしきものが積んであったので、その一枚を手にとった。年に 三百ドル払うと、毎日ジェニファー・デイトンのところに電話する権利が与えられる。電話を受 けると、彼女が「生まれた時の天体の並びかたなどの個人的情報にもとづいて」その人の星占い をして、その結果を一二分間にわたって話してくれるしくみだ。さらに年二百ドル追加すると、 「週ごとの予一一一口」もしてくれるという。料金を支払うと申し込んだ人のもとに識別符号のついた カードが送られるが、この符号は年間の料金が継続して支払われなければ無効になる。 「くだらねえな」マリーノが私に言った。 「彼女、一人で暮らしてたんでしようね」 「いまのところそんな感じだな。一人暮らしの女がこんな商売をやってるんだからな。ろくでも ない連中に目をつけられる危険は大ありだ」 「マリーノ、この家に電話回線がいくっ引いてあるか知ってる ?
334 彼が私に身体的な影響を及ばしたことだ。最初は彼の姿を見るだけで心が騒いだが、その理由は わからなかった。やがて親しくなるにつれ、マークのそばにいるとアドレナリンが体中をかけめ ぐるようになった。胸が高鳴り、ごくありふれた動作も含めて彼の一挙一動を食い入るようにみ つめている自分に気づくのだ。何週間もの間、私たちは会うと我を忘れて明け方まで話をした。 言葉は会話のための手段というより、避けがたい秘密のクライマックスへと高まっていく調べの ようなものだった。そしてある夜、それは起こった。まるで偶発的な出来事のように突然に、抗 ) ゞこいほどの激しさで ロー・センターの建物はその後すいぶん大きくなり、変わっていた。」 用事裁判相談室は四階に ある。エレベーターをおりるとだれもおらす、通り過ぎる部屋もみな人がいないように見えた。 考えてみるとまだ休暇は終わっていないのだから、よほどの努力家かせつば詰まっている人でな いかぎり、仕事をする気がしないのも当然だ。 418 〕歹至のドアは開いており、秘書のデスクの 前にはだれもいなかった。奧のグルーマンの部屋のドアも少し開いている。 びつくりさせてはいけないと思い、ドアに近づきながら名前を呼んだ。返事はない。 「こんにちは、ミスター・グルーマン。いらっしゃいますか ? ドアを少し押し開けながら、も う一度言ってみた。 グルーマンのデスクは雑多なもので埋まっており、その真ん中にコンピューターが置かれてい た。本がぎっしり詰め込まれた本棚の下の床には、事件ファイルや筆記録が積み上げられてい
ンピューターで作動する体重計をリセットするために彼女が制御盤に手を伸ばした時、その手が 震えているのに気がついた。つわりで気分でも悪いのだろうか 「大丈夫 ? と、声をかけた。 「ちょっと疲れているだけです」 「ほんと ? 」 「ええ、本当に大丈夫。体重は八十一一キロです」 私は手術着に着替え、スーザンと一緒に遺体を廊下の向かいのレントゲン室に運び、移動べッ / ーツを開け、頭が動かないように首の下に木切れを押し込む。 ドからレントゲン台に移した。、、 エンジンをかけつばなしにした車の中にいた 喉にはすすがついておらす、やけどの跡もない。 つめも折れ 間、あごが胸にくつついていたからだ。遣体にははっきりしたけがや打撲傷はなく、 ていない。鼻の骨も折れてはおらす、唇の内側にも切り傷はない。舌をかんだ形跡もなかった。 スーザンがレントゲンをとってフィルムを現像している間、私は拡大鏡で遺体の表側を調べ た。ほとんど目に見えないほど小さな白っぱい繊維がいくつか見つかった。おそらくシーツかべ トの上掛けから抜け落ちたものだろう。そのほか、ソックスの底についていたのと同しような 人 犯繊維もあった。アクセサリーの類は一切っけておらす、ガウンの下には何も着ていない の上の寝具が乱れており、あたま板に枕がもたせかけてあったことや、テープルに水の入ったコ ップが置かれていたことを思いだした。死んだ夜、ジェニファー・デイトンは髪をカーラーで巻