しまった、またしかられると、おっこが首をちぢめたとき あたまさ おばあちゃんが、ぐぐっと頭を下げてたたみにべたんと両手をついた。 おも はじめは、おばあちゃんがおっこのかわりにあやまってくれているのかと思った。 あたまあ しかし、おばあちゃんは、いつまでたっても頭を上げなかった。 「おばあちゃん ? どうかした ? 」 こた おばあちゃんは答えなかった。 おも さいせい まるでスローで再生したビデオみたいな動きで、胸に手をやったかと思うと、ゆっくり と横だおしになった。 「おばあちゃん ! おばあちゃん , ひめい おっこは悲鳴をあげた。 お なにが起きたのかまるでわからなかった。 きゅうきゅうしゃ こうすいせんせい 幸水先生がエッコさんを呼んできた。ェッコさんは、すぐに救急車を呼びに電話に 走った。 からだ こうすいせんせい 幸水先生は、おばあちゃんの体にとりすがるおっこに、 よこ よ うご くび むねて りようて 0 よ でんわ
はんな きやくさまおくだ りよかんわか 「旅館の若おかみがお客様を送り出すときに、半泣きになってどうすんねん。ちゃんと送 だ り出してあげなあかんやないか。 一一一一口われて、おっこは、はっとした。 「そうだね。うん。ありがとう。」 えがおっく せ 背すじをびんとのばし、笑顔を作った。 「じゃあ、どうもありかとう。 幸水先生が、言った。 「ありがとう。」 あかねも言った。 「ありがとうございました。」 さ ふかあたま おっこは、深く頭を下げた。着物にふさわしく、首だけ折ってコクンとあいさっしない ト一つに。 まっすぐに手をのばして。 でむか ぽまえで ほまえで お出迎えは三歩前に出て、お見送りは七歩前に出て。 こうすいせんせい て きもの みおく お 203
にい 兄さん」だろうか ′」くぼそ そういえば、極細マジックでひと息にひいた線みたいな細い目が、よりこによく似てい 「あのう、池月よりこさんのお兄さんですか ? おっこはたずねてみた。 そうです。兄のとしおです。」 「あっ、よゝ。よゝよ ) よゝ。 しかく としおは、四角いばうしを取ると、おっこにあいさっした。 おな せきおりこ 「あたし、よりこさんと同じクラスの、関織子っていいます。おっこって呼ばれてます。 はるや 「ああ、春の屋さんのおじようさんだね。」 ほそめ としおはにこにこと、細い目をさらに糸のように細めて、笑った。 ひと 「よりこから聞いてるよ。すごくはっきりしてて、おもしろい人だって : どし よりことおない年なのに、コンテストに出るなんて。 「えらくなんかないです : かおまえて おっこは、顔の前で手をふった。 いけづき にい あに せん ほそ ほそめ わら えらいね。 165
わしつよじようはんべんきようづくえ ぶつま 仏間のとなりの和室、四畳半に勉強机とべッド、それに小さな本だなが置いてあった。 ようふくるい にもっかって だん ばことど 「段ボール箱で届いたお荷物、勝手に開けさせてもらいましたよ。お洋服類はこちらの押 ぜんぶ し入れに全部入れておきました。 せつめい こ・はなもよ、つ ェッコさんが小花模様のふすまを開けて、説明した。 「ありがとう。」 おっこはスーツケースを手もとにひき寄せて、開けた。 ゅびわ つく ぬいぐるみだとか、こっこっ集めたハンカチだとか、作りかけのビーズの指輪だとか、 こまごまとしたものがどっさり入っている。 じん 「あとは自分でかたづけます。」 ふじゅう 「なにか不自由なことがございましたら、なんでもおっしやってくださいね。 ェッコさんはそう言って、旅館のほうにもどっていった。 りようりにんこう ここの旅館の人ーー仲居のエッコさん、料理人の康さん・ーはどちらも、うんと小さな ころからよく知っている。 こう ちゅうぼうはい あそ 遊びにきては、いそがしい厨房に入りこんで、康さんにこっそりおいしいものを食べさ りよかんひと なかい りよかん ちい ほん
おおさかす 「それは、もともとは大阪に住んでたからや。春の屋ができたときに、 ぼう なまえ な 「ウリ坊って名前は ? あだ名なの ? たて、つりまこと ほんみよう 「立売誠っていうのが本名なんや。」 たて、つりまこと なまえ 「へんん 。立売誠。そんなマトモな名前があるの ! 」 かんしん おっこはヘんに感心した。 くろう みねこ 「おれのことはおいといてやな : せつかく峰予ちゃんが苦労してつづけてきたこの旅 かん た 館か、このままやったら、絶えてしまう。あとつぎになるのは、おっこ、おまえひとりや さかいな。」 きゅう 「急にそんなこと言われても。」 はるや はなし なんどとう わだい 春の屋のあとつぎの話は、何度か父さんたちの話題にのばっていたのは知っていた。 むすめ からだよわ ひとり娘である母さんは、体が弱くて、おばあちゃんのあとをついで旅館のおかみにな ることはかなわなかった。 からだ はなし 体もじようぶでしつかりしているから、おっこにあとをついでもらえないか、という話 0 かあ 0 はるや うつ ここに移ってきたん りよかん し
てんこうはじ 転校は初めてではなかった。 わか がっこうあたら まえがっこうとも 前の学校の友だちと別れるのはさみしかったが、新しい学校で新しい友だちができるの すこたの は、少し楽しみでもあった。 はるやりよかんす せきおりこ 「はじめまして。関織子です。おっこ、って呼んでください。春の屋旅館に住んでます。」 はるや 「へえ、春の屋さんの子なんだ。 はなゅ や わがしやしよくどう がっこう おんせんがい 温泉街のまん中にある学校だから、旅館やみやげもの屋、和菓子屋に食堂など、花の湯 しようばい いえこ おんせんどお 温泉通りで商売している家の子たちが半数だった。 はるやりよかん 春の屋旅館といったら、 「ああ、あそこ。 3 転校そうそう てんこう なか こ りよかん はんすう よ あたら とも
「なるほど、これはなかなかいいできですな。 ラ」、つ かんしん 康さんが感心した。 「さあ、いそいで冷やさなきや。」 きじ うつわれいぞうこ ゅの 器を冷蔵庫に人れたあと、残った生地とくだものを湯飲みに入れて、小さなプリンをい つく くつか作ってみせた。 あっ 「熱いのもけっこうおいしいんだよ。食べてみる ? こ、つ 康さんにできたてのプリンとスプーンをわたした。 「どれどれ。ううーん。」 」、つ くちた ひとロ食べて康さんがうなずいた ちやわんむ わる 「あまい茶碗蒸しみたいで、悪くないですな。 「でしよう ! 冷やしたプリンをひっくり返して、皿に盛るのは、康さんにやってもらった。 ヤ」、つ おっこがやろうとしたのだが、康さんが、 「いや、あたしがやります。」 かえ のこ さら こう ちい 112
かんが 「そこまで、考えてくれていたのかい。」 なみだ おばあちゃんが、ほろほろと涙をながした。 りよかんし。こと 「おばあちゃんうれしいよ。そうだね、旅館の仕事はたしかに大変だけど、でも、おっこ まいにちせいかっ きぶんか にとっても、 いいかもしれないね。毎日の生活ががらりと変わって、気分が変わるよ。そ かな おもだ れにいそがしくしていたほうが、悲しいことも思い出さないかもしれないし。」 「あら、おかみさん、どうなさったんですか。 こえ 居間をのぞきにきたエッコさんが、泣きぬれているおばあちゃんにおどろいて声をあげ りよかんしごとたいへん 「エッコさん ! 聞いてちょうだい。おっこがねえ、旅館の仕事が大変だろうからって手 つだ 伝ってくれるって一一一一口うんだよ。そのうえ、あとつぎのことまで。」 はる わか 「ええつ、おっこちゃんが、この春の屋の若おかみになってくださるっていうんです か ? 」 ェッコさんが大きく反った。 はなし 「まあまあまあ、なんてうれしいお話なんでしよう ! おかみさん、よろしゅうございま おお たいへん
「はい、それまで ! 時間です。」 しゆっじようしゃ はーっとため息をもらし、手を止めた。 出場者みんなが、 あじ あじ しんさいん なんとか、できた。あとは、味だ。審査員が、このプリンを味わってどう一一 = ロうか : おっこは、ゝ しのるような気持ちで、できあがったプリンを見つめた。 で ( おい、おれ、そろそろ出てええか。 ) ・ほう ウリ坊がたずねた ( ありかとう、ごくろうさま。 ) ぼうすがた ゅびさき おっこが言うと、すうっと、指先からけむりが出て、そのけむりがウリ坊の姿になっ かた したおも とたんに、すん、と肩から下が重くなった。 腕がおっこにもどってきたのだ。 て いた 手の痛みは、ひいていた。 て おっこは、手をぶらぶらさせて、その動きを確かめた。 「もう、だいじようぶみたい。」 うで じかん うご たし で み 183
こころ わる おも 「それは、心から悪かったと思って言ってるの ? それとも、ばくがお客だから、あやま おも らなきやと思って、言ってるの ? き あかねか、聞いてきた。 おっこはそう言われると、うっとつまってしまった。 「りよ、両方です。」 りよかんこ 「ふうん。まあ、旅館の子だもんね。お客をおこらせちゃ、まずいってわけか。大変だ りよかんこ ね。旅館の子やるのも。」 て あかねが頭の後ろで手を組んで、ううんとのけぞった。 「もういいさ。言ったろう、なにするのもめんどくさいんだって。おこるのもめんどうな んだよ。 「そんな言い方 ! 」 おっこかつい、かっとなって言い返そうとした。すると、 「これ ! おっこ , こえ おお おばあちゃんが大きい声をあげた。 りようほ、つ あたまうし かた いかえ きやく たいへん