マンション - みる会図書館


検索対象: 誰か
31件見つかりました。

1. 誰か

「そういうものですか。マンション管理とは関係のないことのようですが」 「関係なくもないんです。前にもあったからね。事故が」 「自転車と歩行者の ? 」 「いえいえ、ここの入居者の車が、あの出入口のところで自転車に乗った子供を撥ねち やったんですよ。出会い頭でね」 また子供の自転車か。 「二年ぐらい前だったかな。それでミラーをひとっ増やしたんです」 そういえば、マンションの出入口には一対のカーヴミラーが設置してある。 「ちょっとした接触事故なら、もっとありますよ。そのたびに回覧まわして、注意して るんですけどね。効き目ないねえ」 「これだけの大所帯だと、いろいろな人が住んでるから」 わか 「そうそう」久保管理室長は、理解ってくれると嬉しいというように、しみじみとうな ずいた。「何を言っても聞いてくれない人もいますからね、ここだけの話」 私もしみじみとうなずき返した。 「この前の道は、自転車の通行量が多いですね。驚きました」 「ハン。ハじゃないですよ。またみんなスピード出すから」 管理人が道を掃いていて、自転車にぶつけられたこともあるそうだ。 「今度の轢き逃げ事件は、うちの入居者が関係してるわけじゃないけど、一応回覧をこ がしら

2. 誰か

「このあいだ、あのマンションの前でチラシまいてたっていうのは、あなたですか。お 盆に起きた事件のこと、調べてるって言ってましたもんね」 そうです」 「自転車に撥ねられたんですって ? 救急車が来る騒ぎだったって」 私は苦笑いしながら事情を話した。エプロンさんは笑わない。 「うちの子の友達がチラシもらってましてね。今度は、目撃者探してチラシまいていた 人が自転車に撥ねられたってことも聞いてきて」 エプロンさんの子供は中学一年生だという。 「学区が広いんで、このへんの子供らは、公立だったらみんな同じ中学通ってますから。 三中ね。この道の先にあるんだけど」 おおざっぱ と、後ろの方を大雑把に指し示す。 「うちの子の友達には、あのマンションに住んでる子もいるんです」 だから情報がすぐ伝わったのだろう。 「あの : ・・ : それでね」 E エプロンさんは言いにくそうにもじもじした。今夜はエプロンをかけておらず、地味 な色目のサマーセーターにジーンズだ。サンダルをつつかけた足先がそわそわする。 誰「なんだか三中で、噂になってるらしいんですよ」 「チラシのことがですか」

3. 誰か

か梨子だ。今度の赤ん坊は諦めずに済む。生み育てることができる。 梶田家の暗く不安定な時代は、こうして終わった 「お父さんが東京共同無線タクシーにいるころは、お住まいはどちらでした ? 」 あだち うめだ 「足立区です。梅田っていうところで、タクシー会社の営業所のすぐ近くでした」 最初はア。ハートで、梨子が小学校にあがる年に、賃貸ながら一戸建てに移ったそうだ。 同じ足立区内である。 「そうすると、今の高円寺南のマンションに移ったのは 「母が亡くなった後です」 マンションに住むのは梨子の希望で、高円寺南の物件を選んだのも彼女だったそうだ。 しゃれ 「お洒落な町に住みたいとかで、最初は自由が丘とか代官山だとか言ってました」 聡美は初めて、まともに妹を非難するような、揶揄するような口調になった。 「賃貸とはいえ、母の思い出の残る家でしたし、最初は、父は引越しに乗り気じゃあり ませんでした。ひょっとすると、高円寺に行くと八王子が近くなるから嫌なんじゃない かって、わたしは思ってました。口には出しませんでしたけど。結局、父も梨子のおね 皿だりに折れてしまったし」 気は進まないが、可愛い梨子の希望を退けるほど強く避けたいわけではないーー東京 誰の西側の町への転居。確かに聡美の言うとおり、高円寺に行けば、足立区にいるよりは、 八王子がずっと近くなる。 やゅ

4. 誰か

私はとっさに手で顔の半分を隠してしまった。今さら遅いが。 「大した傷じゃありません。大丈夫です。でも、あの道は本当に危ないですね。何か手 を打っ必要があるんじゃないですか」 卯月刑事は真顔になり、背中を伸ばした。目元はほんのわすかだけれど緩んでいる。 「おっしやるとおりですな。交通課の尻を叩いておきましよう」 我々の会見は、一時間足らすで終わった。 梶田姉妹とは、運良くすぐ連絡がついた。 今度は「睡蓮」を使わず、仕事が引けたらそのまま、私が姉妹のマンションを訪ねる ことにさせてもらった。 聞けば、納骨は明後日の日曜だという。今夜は、梶田氏の遺骨はまだ自宅にあるのだ。 一度線香をあげに行きたいと思っていたし、卯月刑事から聞いた話を、梶田氏のいると ころで姉妹に伝えたい。ギリギリ間に合ってよかった。 時間が時間なので、聡美は食事の心配などしていたようだが、私はそれを丁寧に辞退 し、梶田氏の遺骨と修に手を合わせると、すぐ本題に入った。 三のマンションで、家具や備品が多く雑然とした感じではあるが、居心地のい い住まいだった。畳敷きの部屋に背丈の高い書棚がひとつあり、ぎっちりと書籍が詰ま っていた。映画や芝居に関するものが大半のようだった。大判の写真集も目についた。

5. 誰か

だから設備も継ぎ足し継ぎ足しでさ。それがまずかったんだね」 ろうでん 出火の原因は漏電だったそうである。 「燃えた燃えた、いや凄かった。うちで作ってた玩具の材料は、ようけ燃えるもんばっ かりだったからな。工場はおおかた燃えちまったし、近所にも迷惑をかけた。従業員も 怪我してね。それでわたしや、 っぺんで気が萎えちゃった。こりや仏さまが、もうこ の商売はやめろっておっしやってるんだと思ってね。あのころは、そろそろ労働安全基 準てのがうるさくなってきたころでさ。セルロイドにこだわってたんで、わたしんとこ ろはもともと目工つけられとった。工場を建て替えて同じ商売を続けようとすると、ど えらい金がかかるってわかったし、このあたりも住宅が増えてきて、そらあんた、近所 もいい顔しなかったしね」 ああ、なるほどと、私は合いの手を入れた。 「木型使ってカタカタだけ作るぐらいならできたんだけども、それじやじり貧だもの。 で、思い切って工場をたたむことにしたんだ。借金があったから、土地を半分売ってそ れを返して、従業員たちの退職金もちゃんと出せたしな。で、残った土地を担保に金借 りて、このマンション建てた」 この判断もまた慧眼だったと思う。 せがれ 誰「倅は最初から後継ぐ気がなかったからね、サラリーマンやっとったんだけども、わた しがマンション建てるって言ったら、ホクホクして戻ってきてさ。これからは不動産持

6. 誰か

んでこんなにクソ暑いんだと。すると太陽は応じるだろう。それならあんたは、どうし てそんなふうに、道端にばんやり突っ立っているんだね ? 私には私の用があるのだ。私はこの立て看板を見にきた。事故現場を、この目で確か めるために足を運んできたのである。事故の起こった、まさにその時刻を選んで。 東西に延びる十五メートル公道に沿って広がる、静かな住宅地だ。私がタテカンと共 たたず に佇む側には、総戸数三百八十九戸という大型マンションが、秋の景色を先取りするう ろこ雲の浮かぶ青空を背景にそびえ立っている。仰ぎ見ると、書き割りのように非現実 的な感じがするほど立派な建物だ。 マンションの右隣には、ぐっと規模の小さなアバートが二つ。左隣にはさらに小さな 商業ビルと、古い戸建住宅が肩を寄せ合っている。道を隔てた対面にはこちんまりした 児童公園があり、その並びにも戸建住宅がちまちまと整列しているが、公園の向こうに は「高崎電子」という社名をかかげた灰色のビルが見える。ひと月の小遣いをまるごと 賭けてもいいが、この児童公園は、高崎電子の社員たちの憩いの場とな 0 ているに璉し ない。真冬と真夏を除いたすべての季節、彼らはここのべンチやプランコに座り、膝の 上に昼食を広げる。彼らの昼休みの時間帯には、児童公園を利用する子供たちの大半は、 まだ学校という檻のなかに閉じ込められているのだから。 公道を彩る街路樹は、枝を広げ葉を茂らせている。街路樹の足一兀に四角くのそいてい る地面にも、どれも例外なく、さまざまな草花が茂っていた。赤や黄色の花が咲いてい おり

7. 誰か

連休が明けて出社すると、私の顔を見た園田編集長が開口一番、 「親父狩りに遭ったの ? 」と訊いた。 痛みはだいぶおさまり、腫れも引いてきた。ただ、擦り傷や打ち身は、治りかけてき たころの方が目立つようになる。特に顔には顕著に現れる。 私は事情を説明した。編集長は笑わなかったが、笑いたそうな顔をした。 「呪われた場所ね」 「梶田さんのお嬢さんもそう言っていました」 「人間工学的に、何かしら問題のある設計になってるんじゃないの、そのマンションの 出入口」 誰「かもしれません」 「痛い思いをしただけの収穫があるといいわね。梶田さんの娘さんたちも、気に病んで

8. 誰か

梨子は小首をかしげて私を見た。 「そのことに、何か問題があるんですか ? 」 「いえ、そうじゃありません。ただ、伺っていなかったものだから」 「そうでしたつけ ? まあ、わたしたちにとっては、わざわざお話しするほどのことじ ゃなかったものですから」 この " わたしたち〃は〃父とわたし〃の意味であり、〃姉とわたし〃の意味でもある のだろう。梨子はごく自然に、「お父さんはいつものように好きなドライプに出かけて いたんだ」と思っているので、これについて姉と意見を交換することなどなかったのだ。 もしもそれをしていたなら、けっして頭の回転の鈍い娘ではなさそうだから、姉が何 かしら引っかかっていることに気づきそうなものである。 「なるほど。しかし散歩にしては遠出ですよね。二十三区の西から東だ」 「そんなことないですよ。車だもの。父はプロの運転手なんだし。もっと遠くまで日帰 りで出かけたことだってありましたよ」 杉村さん、何か気になるんですかと、すくうように瞳を瞠った。 「いや、たいしたことじゃないです。ただ昨日、私も現場に行ってきたんですがね。あ のマンション、いい物件ですよね。それでもしかしたら、梶田さん、引越しを考えてお られたんじゃないかと思ったんです」 「引越し ? ・」

9. 誰か

「梨子さんはどうなんでしよう」 「あの娘も延期に賛成していた。結婚式なんかより、轢き逃げ犯人を捕まえる方が先だ と息巻いていたな」 そこにも、姉妹の個性の違いがよく表れている。聡美は世間体や常識に外れることを 気にする。梨子は自分の気持ちにかなうことを優先する。 「こちらへ伺う前、梶田さんの亡くなった現場にいました」 義父はちょっと乗り出した。「そう言ってたな。わざわざ見に行ったのか」 「本当に自転車の行き来が激しくて、ばやっと歩いていると危ないところです」 私は大まかながら現場の様子を説明した。 「そうするとやつばり事故だなあ」 「グレスデンハイツ石川というのは、築年数はかさんでますが、なかなか住み心地の良 さそうなマンションです」 と言って、私はそれまで考えてもみなかったことを思いついた。義父と話していると、 ささい 些細なことでもこんなことがよくある。 「梶田さんが、引越しを考えているということはなかったでしようか」 ゃうつ 「家移りか」 古風な言い方である。 「会長に、何かそれらしいことを話していませんでしたか」

10. 誰か

タテカンの白い反射が眩しい。そこに書かれた文面も、暗記するほどよく読んでしま った。ハンカチを使いながら、私はくるりと振り向いて、再び、そびえ立っマンション を仰いだ。こちらも白壁で、どうやら大規模修繕により外壁を塗り替えて間もないらし く、照り返しの眩しさに変わりはなかった。 いしか、わ グレスデンハイツ石川。それがここの正式名称だ。石川というのは地主の名前ではな く、あの魅惑的なアーチを描く橋の下を流れる運河の名称である。またここの町名でも ある。 建物は道路に面して、ちょうど凹の形を逆さまにした格好になっている。真ん中の空 いた部分は、青々とした芝生と花壇のある美しい庭で、道路に近いところが屋根っきの 自転車置き場になっていた。敷地内の通路は、建物と庭に挟まれる形になっており、化 粧プロックできれいに舗装されている。 まぶ 諸 4