げん に きん そうふ こなぐすり ようい 宗歩は、大きな釜といくつかの薬のはいったびん、それと粉薬のはいった巾着ぶくろを用意し えんにち て、縁日にでかけていった。 たの ゅ ひとごえ じゅんび そうふ ひとびとなか 楽しそうに行きかう人々の中で、縁日のにぎやかな人声をまったく気にせす準備する宗歩を、 月だけが照らしている。 そうふ やがて、宗歩のまわりに、しだいに人が集まってきた。 みず みず ひとじゅうぶんあっ だんかい そうふ かましたひ 人が十分に集まった段階で、宗歩は、水だけをいれた釜の下で火をおこした。水がぐらぐらと きんちゃく こなぐすり かまなかくすり すうしゆくすりなが 煮えると、釜の中に薬びんから数種の薬を流しこみ、つづいて巾着ぶくろの粉薬もいれた おお ぼうかまなか そうふ そして大きな棒で釜の中をかきまわしたあと、宗歩はふところから、こぶしより小さな石ころ をとりだした。 てついろ いしそうふ ひと ひょうめん 表面がざらざらした、鉄色にかがやく石。宗歩はその石を、集まった人にたしかめさせた。 うえみぎて そうふ ひだりても いしすうにんて 石が数人の手をへてかえってくると、宗歩はそれを左手に持ち、その上に右手をかざした。頭 こえ 巾のおくからブップッという声がもれてくる。 ぶつきようよう だれも、は 0 きりとその声を聞きとれた者はいないが、だれとはなしに、「あれは真言教堋 しようちょうてきひょう き りを象徴的に表。 もんく こな。とい、フささやきか聞こ、えた。 現する文句のこと。 こえ そうふ いしかま 宗歩が石を釜にいれた。まわりにいる人はだれも、声をださない。 つき て おお かま くすり えんにち ひとあっ ひと いし き きんちゃく いし
きん なう ようじゅっし きん そうふ やがて宗歩は、石から金をつくる妖術師として名が売れた。それにともなって、めったに石を しんびてき そうふ 金にかえようとはしなくなった。それがますます宗歩を神秘的にしていった。 そうふ いしおうごん なぬしだいみようとのさま 名主や大名、殿様にいわれたときだけ、宗歩は石を黄金にかえ、献上した。 おうごん おうごんおお そうふ こうして宗歩は、すこしの黄金で多くのほうびを手にいれた。それは、はしめに見つけた黄金 かね をすべてお金にかえても手にはいらないくらい、多くのはうびだった。 ひと 「かしこい人だったんですね。 あたまわるさぎし 「頭の悪い詐欺師はいないよ。」 そしつ 詐欺師になれる素質たつぶりのレーチがいう。 かいしん 「だけど、詐欺師も改心するときがくるんだ : ぶちょう 部長がつづける。 そうふ 年をとった宗歩は、やがてさびしさをおばえるようになった。 そんけい ようじゅっし 妻も子もいない。友だちもいない。妖術師として尊敬はされたが、それ以上におそれられて、 とし つまこ いし とも おお けんじよ、つ いし
教授が、ビールのはいったコップを持ちあげる。 「名探偵のすばらしい推理に乾杯ー わたしたちも、ジュースのはいったコップをとる。 かいけつかんばい 「すてきな解決に乾杯ー はなびひかり 花火の光が、わたしたちの笑顔を照らしだす。 そうふ いま、わたしは宗歩の気持ちがよくわかる。 とみ そうふ そうふ じぶん おうごんつか 宗歩は自分のためだけに黄金を使った。だけど、けつきよく宗歩が手にしたのは多くの富だけ とも した 0 で、かわりにたくさんのものをうしなった。友だちも家族も、まわりからの親しみも : おも おうごんぶつぞうつか そうふ おうごんぶつぞう だから宗歩は、黄金を仏像にかえたんだと思う。自分はできなかったけど、黄金の仏像を使っ えがお ひとしあわ てまわりの人を幸せにできるように、笑顔にできるように。 きようじゅおうごんぶつぞうつか そして何百年かあと、教授が黄金の仏像を使った。 みんなのために、黄←を使った。 じようずひと じけんそうふ この事件を宗歩が知ったら、なんていうかな。自分より上手に人をだます教授に、「まいっ の た。」といって、いっしょにお酒でも飲むんしゃないかな。 きようじゅ めいたんてい なんねん し すいり えがおて かんばい も じぶん かぞく じぶん て きようじゅ おお 270
ひと ちか 人があまり近よらないのだ。 おうごん ひと そうふ じぶんじんせい 人をだまし、らくをして生きてきた自分の人生が、むなしくなってきた宗歩は、残った黄金を ばしょちず ぶつぞう ぶつぞうこうほくちほう とかし、仏像をつくった。そして、その仏像を虹北地方のどこかにかくすと、かくし場所の地図 すがたけ を残して姿を消した。 っぞうみ 「いまでも、そのときの仏像は見つかっていない。」 そうふ むかしばなし このことばで、宗歩の昔話がおわった。 「その地図って、どこにあるんです ? かたぎりぶちょうくびよこ わたしがきくと、片桐部長は首を横にふる。 「わかってたら、ばくがさがしにいくさ。」 なるほど、もっともだ。 そうふ かいしん ひと 「で、ばくは、人をだましつづけた宗歩が、いかに改心していったかを書きたいんだ。人とかか とみて じぶんよくぼう そうふ おお わることなく、自分の欲望だけに生きてきた宗歩。多くの富を手にいれたが、けつきよくは、友 にんげんよわ かぞくて だちも家族も手にすることはできなかった。そんな人間の弱さとか、みにくさとか、そういう、 じゅんぶんがく なんていうか、こてこての純文学を : : : 。」 のこ か のこ ひと とも
くすりえきたい りよがりの徘徊』ってやつだ。 むかしばなしそうふ かまなかさいしよみず 「まず、さっきの昔話で宗歩は、釜の中に最初、水しかいれてないってことがわかります。っ かまなかおうごんしこ かま まり、はしめから釜の中に黄金を仕込むことはできなかった。つづいて、釜にいれたのは粉末の 薬と液体だけ。 くすりいしおうごん 「だから、その薬が石を黄金にかえたんじゃないの ? りようて かた レーチが、わたしのことばに肩のところで両手をひろげる。 ( この「あきれてものもいえな いっか、やりかえしてあげる ! ) い」ってポーズ、おばえとくからねー なんかい やくひん そうふ 「何回もいうように、ほかの薬品から金をつくることはできない。となると、宗歩はいったいど いしほんものいし おうごん そうふ こから黄金をだしたか ? ほかに宗歩が釜にいれたものは石だけ。つまり、石は本物の石ではな おうごん 、黄金だったのです。」 なんにん ひと 「でも、何人もの人が石をたしかめたんでしょ ? 」 おうごんひょうめん そうふ てつぶん 「黄金の表面に、宗歩は鉄粉をまぶして、のりでかためたんだよ。いや、のりを使ったとはかぎ ゅ やくひん せっちゃくざいっか らないな。とにかく、お湯や薬品でとける接着剤を使ったのさ。 き ぶちょう 部長が、レーチのことばをニャニヤして聞いている。 いし にこ おうごんひょうめん 黄金の表面から鉄粉がとれたら、釜をひっくりか 「あとは、しばらく石をお湯で煮込めばいい。 はいかい ゅ きん かま いし てつぶん かま つか ふんまっ
ゅ そうふ すうかい 数回、釜の中をかきまわしてから、宗歩は釜の中の煮えたった湯を、バシャリと地面にあけ すると、人々のあいだから、「おー。」というどよめきがもれた。 かまなか 釜の中からお湯といっしょにころがりでてきたのは、石ではなく、月の光を浴びてかがやく、 おうごん 黄金のかたまりだったからだ。 せつめい そうふ おうごんむぞうさ 宗歩は黄金を無造作にひろいあげ、ふところにしまうと、人々になんの説明もせず、びんや釜 かえ をかたつけて帰っていった。 、しおうごん そうふ ひとびとまえ つぎの日も、またそのつぎの日も、宗歩は、縁日に集まった人々の前で、鉄色の石を黄金のか たまりにかえてみせた。 「すごい人だったんですね : わたしは、ため息といっしょに、 しゃないー たんじゅん 「まったく、おまえは単純だな : たんさいぼう あきれたレーチの声。なにがくやしいって、単細胞のレーチに単純といわれるくらい ひと かまなか ひとびと ゅ こえ 0 0 ことばをだした。石を鉄にかえることができたら、大金持ち かまなかに えんにちあっ いしてつ ひとびと たんじゅん つきひかりあ てついろし じめん おおがねも くやし かま
しゆるいあんごう あんごう きようじゅそうふ しったいどの種類の暗号なの ? 「だけど教授、宗歩の暗号は、 ) わたしがきくと、 だいようほうあんごう おも かん 「ばくの勘だと、代用法の暗号だと思うんだ。なんといっても、いちばん単純で、かんたんにで あんごうれい むかし きるから。昔のものに、シーザー暗号の例もあるしね。」 あんごう 「なんなの、そのシーザー暗号って ? 」 うえ あんごう 「シーザーが、アルファベットを三つずらしてつくった暗号だよ。ばくの『いすの上』は、ひら あんごう がなを一つすらした暗号。 そうふあんごうと 「しゃあ、ひらがなをいくつずらしたかがわかれば、宗歩の暗号も解けるの ? 」 あん′」う そうふ すうじ 「そう。だけど、そのかぎとなる数字がわからない。亜衣ちゃん、宗歩の暗号に、なにかかぎに すうじ なるような数字が書いてなかったかな ? そういわれても : おも ひっし わたしは必死で思いだそうとしたけど、それらしきものは、なにも書いてなかったように思 じつぶつみ いちど 0 「これは、一度、虹斎寺にいって実物を見たほうがいいな ちから むぎ きようじゅた 教授が立ちあがった。そうめんと冷や麦で、どうやらカがもどったみたい。 0 か こうさいじ 0 たんじゅん お 181
ます。」 きようじゅなぞと 教授が謎解きをはじめた。 かず 「そして、その決まった数は四です。 「なぜ四といえるのですか ? 」 もんだい しんけん みずのじゅうしよくこえ そうたすねる水野住職の声は、とても真剣だ。まるで、自分に解けなかった問題を先生に質 もん せいと 問する生徒みたいに。 しやく よこなが かみ 「この紙の、たてと横の長さをはかってみるとわかります。たてが四尺四寸。横が四尺。つま すうじ かみおお そうふ り宗歩は、かぎとなる数字を紙の大きさにかくしたんです。」 あんごうか そうふ 「ばくは、ひらがなを四つうしろにすらして、宗歩の暗号を書きなおしました。でも、そうして まえ れつ できたものは、まったく意味をなさない文字の列でした。前に四つずらしてもみましたが、やっ ばり意味をなしませんでした。」 こえ みみ そと みずのじゅうしよくしんけんかおき 水野住職は真剣な顔で聞いている。外から聞こえてくるセミの声も、耳にはいってないみた そうふ ごじゅうおんひょう 「解けないのも当然です。ばくは五十音表をもとに文字をすらしました。でも、宗歩が使った き とうぜん き じぶんと しやくすんよこ せんせい しつ
えすだけ。聞いてみると、かんたんなトリックだろ。 たしかに : てつぶん 「でも、鉄粉なんて、そんなにかんたんに手にはいるものなの ? 」 し′」と そうふ しごとかじゃ てつぶんて 「宗歩の仕事は鍛冶屋 , ーー鉄粉を手にいれるのに、これほどびったりの仕事もないだろ。」 なるほどね : てじなし ずきん せつめい そうふ いちりゅう 「宗歩は、手品師としては一流だね。あやしげな頭巾をかぶって、なにも説明しない。見ている そうぞう まじゅっし そうふ ひと 人は、いやでもかってに想像して、宗歩のことを魔術師のように見るさ。 マントラし かじゃ 「鍛冶屋さんって、真言知ってるの ? 」 マントラとな くちなか 「べつに真言を唱えたわけしゃないさ。てきとうにロの中でブップッいうだけで、まわりの人が マントラ じゅもん 呪文だとか真言だとか、かんちがいしてくれるからな。」 かたぎりぶちょう 片桐部長がハチパチと拍手する。 すいり 「なかなかみごとな推理だね、レーチくん。」 きようしゆく ぶちょう 「おほめにあすかって恐縮です、カマキリ部長。」 すいり かんがひと とうぜんむかし 「だが、きみとおなしことを考えた人が、当然、昔にもいた。きみの推理だと、釜の中に鉄粉が かまなかのこ てつぶん ひと のこ 残ることになる。その人たちは、釜の中に残ってる鉄粉をしらべようとしたんだ。だが、釜の中 き 0 0 はくしゅ て み かまなかてつぶん かまなか み ひと
あんごう あんごう そうふ 「さて、教授。ここに二つの暗号があります。一つは宗歩のつくった暗号。もう一つは、名探偵 ゅめみずきよしろう あんごう 夢水清志郎のつくった暗号。どっちがかんたんに解けるでしよう ? 」 きようじゅ 教授がさっと手をあげる。 あんごう そうふ めいたんてい 「名探偵がつくったものより、宗歩のつくった暗号 ! 」 しつもん ロ。トロピカルな雰囲気を演出するためにかなり使ってし 「ピンポーン ! じゃあ、つぎの質門 まんえん おうごんぶつぞう まった一千万円と、黄金の仏像、どっちが値打ちがあるでしよう ? おうごんっぞう 「黄金の仏像かな・ : 「ピンポーン ! 」 きようじゅめまえ そうふ あんごう わたしは教授の目の前に、宗歩の暗号をうっした紙を、さっとだした。 きようじゅ 「というわけで、がんばってね、教授ー とおか さて、それから十日ほどがすぎた。 げ・んこう なつひぎ ぶんげいぶ そのあいだに文芸部のしめきりがおわり、夏の日差しはますます強くなっていった。 ( 原稿が も しろはい できたときには、わたしは、燃えっきた、まっ白な灰だったわよ。 ) なつやす けいかく がっき せいせきい かれし たの 彼氏のいる子は夏休みの楽しい計画をたててるし、一学期の成績の言いわけを考えるのにいそ きようじゅ て かみ ふんいき えんしゆっ つよ かんが つか めいたんてい 164