ィアした状況で、須藤の動きは逆に好都合な面もあった。ランドマークタワーにはエムザの 弁護士をマークするために別の捜査班がはりついている。あの男はみずから監視の待ち受け ている場所に飛びこんでいくようなものだ。 「からセンターへ。Ⅱはランドマ 1 クタワーに向かって直進中。到着まで三分」 「センターから <<n へ。到着したら別の班を支援にまわす。指示を待て」 ランドマークタワーにはふたりの弁護士を監視するために八人の公安刑事が配置されてい るはずだ。異例なことだが、ひとりぐらいは須藤のマークにまわしてもらえるだろう。豊原 は別班に連絡するためにマイクを手に取った。 そのとたん、スピ 1 カーから声が流れた。 「からセンターへ。タクシーはスピードを減速している」 「こちらセンター。もう着いたのか」 略「いやちがう。贔はコースをはずれている。このままではオフィス棟の手前でとまるだろ 謀う。そこにあるのは」スピーカーの声には不安げな感情があった。 章「ショッピング・モールだ」 五 ショッピング・モール ? 豊原はコンピューター画面に「みなとみらい地区」を呼び出し 第 た。彼はマウスをランドマ 1 クタワ 1 から張り出しているショッピング・モールに合わせ、 テンキ 1 をたたいた。すぐに内部構造の図面があらわれた。画面をひと目見て、彼はぎよっ
302 豊原は漁のとなりにあるコンピューターの画面を見た。ディスプレイには東神奈川駅 周辺の地図が明るく浮きあがっていた。青木橋の交差点を左折すると第一京浜に入る。第一 京浜をそのまま横浜方向に走れば関内だ。そこにはランドマークタワ 1 がある。その先には アゼック社のビルがあった。 「こちら。Ⅱのタクシーは左折後、直進をつづけている。これだと横浜に戻ることに なるな」 「センターから <<N ヘー豊原はマイクに命じた。 「そのまま追尾しろ。おそらく関内へ出るはずだ」 「こちら。いま高速インターチェンジの下を通過中」 やはり須藤は関内方面に向かっている。このあと途中で左へ曲がればランドマークタワ 、直進だと関内の中心区域に入る。 「センターからへ。Ⅱがみなとみらいに左折するか、直進か、報告してくれ」 回答が返ってくるまでにまた三十秒ほどの間があった。 「からセンターへ。たったいま左折した」 「こちらセンター。了解。目的地は多分ランドマークタワーだ」 豊原は通話マイクを置いた。須藤のやっ、何を思ったのか急にエムザの弁護士と会う気に なったようだ。帰宅途中にまったく人騒がせな行動だった。しかし、がはやばやとリタ
「そっちはどうだった」年上の刑事がたずねた。 「今朝、例の女弁護士に会ってきたんじゃないか」 「行ってきました。エレベーターの前で会いましたよ」 「やつばり協力を拒んだのか ? 「決然とね」柴崎はうんざりとして答えた。 「朝早くからランドマークタワーで待っていたのにひどい目にあった。こっちをにらみつけ て : : : 彼女、命が惜しくないのかな」 「そうじゃない。おまえは甘いぞ」相原は年下の同僚に向かってかぶりを振った。 「くそったれ女は首までどっぷりと犯罪につかっている。犯人グループに利用されたバカな 弁護士じゃなくて、彼女は共犯者そのものだ」 「共犯者 ? 」柴崎は賛同しかねるように相原の一一 = ロ葉をくり返した。 略「共犯者がいるとしたらもっと大物でしよう。彼女は弁護士になってまだ一年目です」 謀雪然、大物はいる。たしか財則とかいう大物弁護士がいたろう。だからといって、あの女 章が無罪ってことにはならない。だいたい、一年も弁護士をやっていりや十分に悪党の資格が 五ある」 「でも彼女、まともなこともいってましたよ」 「まともなこと ? ー相原はおおげさに身をそらせた。
「柴崎さんという方から電話が入っています」 「柴崎 ? 」クライアントのリストには入っていない名前だった。 「いいわ。つないでください」 「もしもし」受話器から低い声が聞こえた。 「はい」 「この前お目にかかった : : : 」 一瞬の間のあと、低い声がつづいた。 「県警本部の柴崎です」 「あっ、あのときの」それだけをいって、水島は一一 = ロ葉を呑みこんだ。安つばいスーツ、浅黒 い地肌のむつつりとした顔。彼女の脳裏に倉廱で会った刑事の姿が浮かびあがった。 「帰りがけに、たまたま近くまで来ているんでお話でもできないかと」 染帰りがけ偶然にーー何といういいぐさだろう。ランドマ 1 クタワーの窓からは県警本部ビ 汚ルの白い全景がくつきりと見える。何の用事の帰りかしらないが、警察の人間がわざわざ遠 章まわりをしてランドマークタワーに寄るだろうか。彼女の脳細胞の表面で薮のシナプスが 警戒信号を発しはじめた。 第 「いまどちらにいます」 「ビルの構造がよくわからないけど、ここはおそらく一一階になるんでしようね」
利用しても十分に時間があった。自由が丘駅で東の急行に乗りかえれば、ランドマーク 彼女は黒のハーフコ 1 トを手に取 タワーに直結する終点の桜木町には九に着くはずだ。 , った。ドアに歩きかけ、いったん電話の前で立ち止まった。中西雅弘の声がうっとうしく て、このところ留守番電話はセットしていない。つかの間、留守録のセット・ボタンを押そ うかどうか思いんだ。水島は大きくかぶりを振った。くだらないことに迷っている自分に 腹を立て、彼女は電話をそのままにしてドアのノブに手をかけた。 電車は里と逆方向なので比較的すいている。自由が丘駅からの急行ではタイミングよく 座ることができた。水島は桜木町駅までの一一十五分間、両わきをコートで着ぶくれした中年 の会社員にはさまれて電車の振動に揺られていた。桜木町駅で降りると線駅に向かい、 そこからランドマークタワ 1 にえんえんとのびる高架構造の動く歩道に乗った。水平エスカ レーター方式の歩行者専用道路は通勤客でいつばいだった。安全のために動く歩道のスピー 略ドは低く抑えられ、ランドマークタワーの入口にはなかなかたどりつかなかった。 謀水島は歩道の終着点で足早に右へ曲がり、巨大なガラスの回廊を抜けてオフィス専用エレ 章べーターの前に立った。 五 その人ごみのなかで、突然、彼女は肩をたたかれた。驚いて振り返ると、目の前に仏頂面 第 をした浅黒い顔があった。 「ちょっと話があってね」柴崎はぶつきらぼうにいった。
「アゼック社はどこへ引っ越すんです ? ー彼はふたたび質問をした。最低限それくらいは聞 いて帰らないと自分は本並ョのうすらバカになってしまう。 「引っ越しではありません、正確には」 「じゃ何ですか ? ー 「解散です」今度は水島もあっさりと答えた。 「えっ ? 「アゼック社は解散して清算法人となり、わたしがその代表清算人に就任しました」 「代表清算人 : : : 」柴崎は一一一一口葉を失い、ほかの一一一人も無一一 = ロで顔を見合わせた。 彼らが黙りこんだのは女性弁護士の話がかいもく理解できなかったからだ。水島は刑事た ちの当惑した様子に皮肉つばい笑みを浮かべた。それを見て柴崎の頭を不吉な予感がかすめ た。この女の態度は以前に会ったときと全然ちがっている。ランドマークタワーの喫茶店で 索見せた愛想のよさはどこかに引っこんで、いま彼女のロもとに浮かんでいるのは自信にあふ 捜れた冷笑だった。 章ややあって柴崎はたずねた。 四 「それはどういうことなんです ? 」 第 「あなたがたに説明しても無駄だと思います。告訴センタ 1 に配属されている経済知能犯課 % か、あるいは検察官でもないかぎり理解できないでしようね」
「じゃあ聞くがな」神坂はびくりとも表情を変えずにいった。 「あの状況でほかに何ができた。若造の警官を倉庫の中に案内して、キャッシュを差し出 し、仲よく握手でもしようっていうのか」 「ああ、その方がずっとましだった」 「あんたの考えの方がよほどバカバカしい。日本の警官は、こっちがいつも相手にしている 国の連中とはちがう。誰でも彼でも買収できるわけじゃない」 「そう。腐敗しているのはほんの一部だ」久保がにやにやして口をはさんだ。 「だが、そいつらはよく働いてくれる。そのうえ、うちの会社にはランドマークタワーの弁 護士もついている。警察がどう動こうが、捜査を出し抜いてやればいいじゃないか」 「本気でそんなことを思っているのか ? だとしたら、おまえの頭につまっているのはクソ の固まりだ」須藤は冷淡にいった。 滅「警察を甘くみるのはよせ。われわれが相手にしているのは、その辺の地方警察ではなくて 死県警本部の捜査一課だ。神奈川県警の刑事警察といえば全国レベルでも擎視庁にだって引け 章をとらない」 「さすがにくわしいもんだ」神坂はうなずいた。が、その頬骨の張り出した顔には感心した 第 様子などみじんもなかった。 , 冫 彼よ手近な椅子に腰を下ろし、小柄なアゼック社の代表者をじ っと見た。
居ビルを借りることになるだろうな。保証金ぐらいはなんとかなる。できれば美人の秘書を 雇って、あとはリースでやりくりするつもりだ。リース料もバカにならない。インターネッ トのメール通信は無理でも例検索マスターは入れたいし」 「クライアントを見つけるのだって大変でしよう」 「エムザのように企業相手にタイム・チャージでいくらってわけにはいかないよ。弁護士会 の法律相談をバンバン受任して新しく顧客を開拓しなくちゃ。法璞助協会に登録したって 国選事件だろうが仲裁センターだろうが何でもやる。ランドマークタワーから下界に 降りて、町弁の仲間入りだ」 「それにしても何でこんな急に : バリスター・セクションにまわされたことが原 因 ? 「今度の左遷もあるけどそれだけじゃない。アソシェイトなんて結局はイソ弁と同じだろ 滅う。この先パートナ 1 になれるかどうかはタイム・シートの分量にかかっている。あのうす 死っぺらなタイム・シートに十年以上もしばられるんだ。で、エムザに全青春をささげてもシ ートの枚数が足りなければパ ートナーには昇進できない。そのころ、こっちはしがない中年 章 三弁護士になっている。冷たく追ん出されてそれつきりだ」高井はうんざりとした顔を向け 「きみだって同じ運命かもしれない」
「結果的には」柴崎はそういって、自分より年下の上司をちらりと見た。 「結果的にだって ? ごていねいに倉庫の中まで案内して、市民サービスのキャンペーンを しているわけじゃないんだぞ。だいたい、ふつうの市民じゃない。おまえが倉庫を見せたの は、弁護士で、しかもアゼック社の代理人ときている」 柴崎は無一言だった。アゼック社の弁護士だと気がついたのは倉庫に入ったあとだが、その 説明はあえて伏せておいた。身元を確認しないまま倉庫に案内しました、などといったら、 係長はそれこそ丸い頬をふくらませて破裂してしまうにちがいない。 「アゼック社はヤマザキ化繊とならんで捜査線上に浮かんでいる会社だ。その弁護士にわざ わざ便宜をはかってやるなんて・ : 「でも、ただの弁護士じゃありませんよ」柴崎は上司の一一 = 暴をさえぎった。 「相手はエムザ総合法律事務所の弁護士です。ランドマークタワーにでかいオフィスをかま えていて、あの事務所には百人もの弁護士がいる。倉庫を見せることを拒んだら、うちは裁 判所とエムザの両方からたたかれます。その方がよっぱど面倒なことになったでしよう」 「それが言い訳になるとは思えないがね」岡尸は突きでた腹の上で腕を組んだ。 一一「しかし、アゼック社の件は確かに面倒なことになった。初動捜査の段階で弁護士がガード につくとなると、これは少々やっかいだな」 「これからも口をはさんでくるでしようね、きっと」
「あなたは ? 」 「はじめまして。弁護士の水島といいます」 「弁護士さん ? ー柴崎は驚いて聞き返した。弁護士と名のった女性はどうみても一一十代前半 にしか見えない。 「はい、 エムザ総合法律事務所に勤務しています」 「エムザ : : : 、あのランドマークタワーにある」彼はあらためて女性弁護士を観察した。ゅ たかなストレ 1 トの髪、形のよい頭骨にうすい皮膚をはり合わせたような透明感のある女性 だった。明るいグレーのセーターに黒のジャケットを着て、短めのスカ 1 トからは思わず視 線を引きつける長い脚がのびている。これで胸にもう少しふくらみがあれば完璧だった。し かも、エムザ総合法律事務所 : : : 。ということは、彼女は弁護士の中でも超エリートの部類 に属しているはずだ。 「少しだけふたりで話しませんか」水島はそういって先に歩きだした。 断る理由も思いっかず、柴崎は彼女のあとにつづいた。七、八人の集団から十メートルほ ど離れたところで女性弁護士は立ち止まった。 「塾何官の話はわかりづらいでしようから、わたしが簡単に事情を説明します」水島は刑事 の目を正面から見た。 「あの倉庫の持ち主はヤマザキ化繊という中小の繊維メ 1 カーです。ヤマザキ化繊が手形の