リストには偶然の一致というにはあまりに信じがたい会社名が連なっている。すべてがエム ザ総合法律事務所の対ロシア戦略に関係している中枢会社だった。これにアゼック社を含め れば、リストに載っているのは、ロシアとの貿易取引や金融取引など渉外法務分野に強力な 足がかりをつくるために彼が育てあげてきた企業集団のほば半数になる。それを小生意気な 女性アソシェイトがほじくり返していた。 ロシアへの本格的な進出計画には財則自身を除けば、プラウン・ルームのごく限られた人 間のみが関与していた。西側欧米諸国の国際法務戦線には多数のローファームが参入し、 ー・ローファームが市場のほとんどを独占 までも熾烈な争いがつづいている。示のス 1 して、残りわずかなクライアントを準大手のファームとエムザなど新興ファームがはげしく 奪い合っていた。しかし、広大な旧ソ連圏の国々は国際法務の有力な市場にもかかわらず、 いまだ手つかずの込態にあった。かって、社会主義国との貿易はココム統制で厳しい制限を 略受けていた。渉外系ローファームにとって自由貿易のできない国は、蛮族に支配された未開 謀の地と変わらない。彼らはソ連国営企業の契約書もループル貨幣もまったく信用していなか 章った。その後、ソ連が崩壊し、東西冷戦構造が終結して状況は一変した。東側は津波のよう 五に押し寄せる自由貿易の世界に呑みこまれ、同時に旧ソ連の国々も国際法務のクライアン ト・リストに載った。が、これまで主要なファームは西側諸国をタ 1 ゲットにしてきた。ど のファームも淮庸不足だった。それに加えて相手国の政治と経済の混乱が法的秩序を重視す
「洋上で積みかえるってやっ ? 」 「そう。おそらくこれにも回答が用意してあるんだろうな」 「ええ」水島は会議中のテ 1 プルをそっと見た。プラウン・ルームに占領されたテープルで は、八木が端正な矗を向け、うすくなった額に手をあて何ごとか考えこんでいた。 「わたしたちは清算実務をはずされているでしよう。その分、密貿易を徹底的に調べてみた わけ」 「それでタイム・シ 1 トも埋まるってわけだ」 「これには示のローファームが関係している」 「里只のローファーム ? 何の話だい」 「洋上の積みかえが不可能という話」 高井は首をかしげた。 略「ばくにもわかるように説明してくれ」 謀「監視衛星チャンネルの使用契約よ」水島は指で窓の上空をさした。 章「のファームは海上保安庁とアメリカの衛星運営サービス会社との間で契約書をつくっ 五 ている。知らなかったでしよう」 「衛星契約か」高井はうなった。 「示の連中、しこたまもうけやがったんだろうな」
184 ではなかった。里示にはエムザ総合法律事務所と肩をならべるローファームが点在してい た。数は少ないが、彼らこそ真の音味で渉外系ローファ 1 ムだった。しかも、新興のエムザ などとは比較にならないス 1 ・ロ 1 ファ 1 ムだ。多くの弁護士がまだ渉外事件を傷害事 件のことだと勘ちがいしていた時代から、彼らは多国籍間取引と金融の国際化に目をつけ、 そこに利益の源泉を見いだした。里示のロ 1 ファ 1 ムは高度成長と爆発的な輸出の波に乗っ て企業法務の最前線に登場し、ものを生産すること以外に何もわからないわが国の企業に対 して国際取引約款、艙山、さらにはマ 1 ケティングまで丸がかえで面倒をみた。そ の後、海外から資本が参入するようになるとすぐさま & の代理人になり、企業買収の突 破口を開き、閉鎖的な企業系列の壁をぶちゃぶっている。彼らは長年にわたる企業法務で蓄 積したノウハウを武器に、国際的にも高い信用性を勝ちとって、国内と海外で独自のネット ワークを完成させていた。財則はかって自分が事務所を構えていた示の中心街あたりに目 を凝らした。あの区域には日本でも有数のロ 1 ファーム群がある 。パ 1 トナーやアソシェイ トの頭数だけで比較してみればエムザ総合法律事務所は最大クラスのローファームだが、肝 心のクライアントの質と絶対量では里尺のファームに圧倒されていた。財則がエムザを創立 して以来ずっとめざしてきたのは里示のスー ・ローファームを追い落とし、企業法務と 国際法務の全で彼らにとってかわることだ。それも遠い将来のことではない。何年かの ち、個人経営弁護士の自然淘汰がすすんだころ、今度は巨大口ーファ 1 ムが法務戦線での生
「はいはい、ちゃんと聞いています」水島はふたたびサンドイッチに手をのばした。 「きっと驚くぞ。束示ではイソ弁に払う初任給が年額五百万円という事務所も出てきた」 「五百万円 ? 」クラブハウス・サンドの上で彼女の手が止まった。 「たったそれだけ」 「どう、食欲もなくなったろう」 これまで弁護士の初任給は毎年七桁の金額で上昇をつづけていた。とくに里示の渉外 系ローファームは年額一千万円の給与をちらっかせて司法修習生を大量に採用した。彼らは 卒業する修習生を根こそぎアソシェイトに取りこむ勢いだった。そのあおりを受けたのが個 人経営事務所で、一般弁護士は自分たちのささやかな事務所で満足してくれるイソ弁を確保 するために奔走した。小規倩人事務所には若い修習生をひきつけるハイテク装置のもろも ろーー・モデム北のついたコンピュ 1 タ 1 とか半伊検索のための OQ -XOäはなかったか 滅ら、最低限、ローファームに匹敵する初任給を与えることが必要だった。「やりがいのある 死仕事ができる」といった求人雑誌なみの勧誘文句では、功利的な計算にたけた修習生からは 章見向きもされない。数年前までは司法試験のム冕旧は五百人にすぎず、司法修習生は曩局級 第カットのダイヤモンドよりも第価値があった。ローファームの高額な給与体系にひきずら れる形で個人事務所の初任給もぐんぐん上がり、示では新人イソ弁の給与は年額八百万円 というのが相場になった。
のままつづけた。 「エムザですよ」 「あの横浜の・ : 「そう、趣緲のローファームです。弁護士が百人近くいる。うちでいえばちょうど泉地 検なみの規模でしよう」 荷でエムザが ? ああいったローファームは民事が専門だ」 「なかでも企業法務が中むですから。彼らは法廷にだってろくに立ちません。どうしてまた 怪しげな会社の代理人になったのか、たしかに不思議です」 「あいつら、血迷ったにちがいない」河上はうなった。 まじや弁護士どもはみんな目が血走っている。日蓮の特別総会 「エムザだけではない。い でイ号議案が可決されたからな。つまりは弁護士が増えるということだ。彼らはきたるべき 染競争社会にそなえていまのうちからクライアントあさりをはじめている。生き残るためには 汚依頼人の質など関係はないだろう」 章「エムザ総合法律事務所といえども例外ではない ? 「法律家の世界はいつでも生肌争の原則が最優先する。だが、そんなことは勝手にやらせ 第 ればいい。弁護士がおたがいに首をしめあって窒息死するのはこちらにとっても好都合だ。 問題は : : : ー主部長は筋の浮いた手であごをなぜた。
378 「いえ、あしたの朝、病院に連絡をしてパートナー会議に必ず出席するように伝えてくださ 「水にか ? ・ 「彼女をおびきだすんですよ」受話器の声がくすくすと笑った。 「どこに入院しているかもわからないんだぞ」 「うまくやっておきます。今夜中には捜査本部から病院名がマスコミにリークされるでしょ う。こっちの協力者によってね。朝刊には病院の則が出ますよ」 「しかし : ・ あと え躇しているような状況じゃありません。先生は病院に連絡をとってくれればいい。 はこちらで片をつけます。きれいさつばりと」 財則は受話器を置いた。めったに動じない彼の目の奥が不安にかげつた。身のほど知らず の女性アソシェイトが若くして死ぬことにはのかけらもなかった。そんなことは、あの 女の自業目得だ。 弁護士が過当競争でばたばた倒れるなか、エムザ総合法律事務所は天文学的な利益増収を 則にひかえている。ロシアの国際法務を独占すれば、エムザは新興ファームとして唯一、 示のスー ・ローファームに肩をならべることになるだろう。しかも、示のファーム はロシアの市場に乗りこむ準備ができていない。ということは、広大な市場から巨額の利益
はずっと財則の失脚を狙っていたんじゃないかな」 「高井さんはどう ?. 「水島は同僚を振り返った。 「最近、あまり会う機会がないでしよう」 アゼック社の事件後、高井はもとのグリーン・ル 1 ムに戻り、水島の方は清算手続きの残 務処理でバリスター・セクションに残っていた。 「ああ、そのことなんだけど」彼はかぶりを振った。 「あまり会う機会もないうちにお別れになっちまった。ばくはきようでここを辞めるんだ」 「きようで ? こんな急に」 「急って、一カ弖則から話していたろう」高井はわざとらしく渋面をつくった。 「何だか」水島は足もとに目を伏せた。 「さびしくなるわね」 「そんなことないさ。ばくはここから見おろせるちっちゃなビルにいる。いつだって会える じゃないか」 彼女は黙ってうなずいた。が、その言葉が事実でないことはふたりともよくわかってい た。ローファームのアソシェイトと町弁では、仕事も生活もけして交差することはなかっ た。両者の距離は永遠に近づかないのだ。 「もういかなくちゃ」同僚アソシェイトは立ちあがった。
352 なせま苦しいところに今度の大増員が実現すれば、あわれな町弁は法廷の外へあふれ出し、 何も仕事が見つからないままに野たれ死にしていく・ : もちろん、弁護士人口増員の影響を受けるのは町弁だけにかぎらない。渉外系ローファー くつかのファ 1 ムの競争も当然激化する。只ではすでにそのきざしがあらわれていた。い ムでタイム・チャ 1 ジの値下げがはじまっている。彼らはビラブル・アワーと呼ばれる報酬 請求可能時間を設け、実際の仕事の時間がどんなにかかっても、クライアントに対するチャ ージ請求はこの範囲内に減縮していた。 エムザの局責任者はゆっくりと室内を振り返った。弁護士人口の大幅な増員によって町 弁には暗黒の時代が、ローファームにはの時代が訪れようとしていた。そして、彼の支 配するエムザ総合法律事務所は繁栄と破滅の分岐点にさしかかっていた。 財則は広々としたオフィスを横切り、重厚な執務デスクの上から一枚の請求書を取りあげ た。彼は窩のくばんだ目でうすっぺらな紙に書かれている意味をもう一度おしはかった。 請求書はエムザと契約をしている里示の大手リサーチ会社からのものだ。リサーチ情報の請 求先はエムザ総合法律事務所気付「アゼック社代表清算人水島由里子殿」となっている。こ れが八木人史の目に触れ、財則のデスクにまわってきた。 財則は請求書の明細欄にコンピュ 1 タ 1 印子で打たれている情報リストをながめた。シッ プ社、プラント・スペック社、インポーター社、べイ・トレーディング・カンパニ 1 、情報
うのを私ははじめて知りました」柴崎という刑事は感心したようにいった。 「うちはアメリカ型のビジネス・ローファームでタイム・チャージ制をとっています。で も、日本では最初に着手金をドンともらって仕事をする弁護士の方が多いですよ。もちろ ん、アメリカにだっています」 「弁護士さんの時給はいくら ? 」刑事はにやりとした。 「わたしたちアソシェイトは : : : これは勤務弁護士の呼び名ですが、固定給です」 「え、でもタイム・チャ 1 ジ制でしよう ? 「つまりですね」水島はうんざりとしながら、笑顔だけはくずさないように心がけて説明を した。 事務所の報酬請求とアソシェイト弁護士の収入はちがう。ローファ 1 ムはクライアントに 対してタイム・チャージで報酬料金を請求する。これがいわば売り上げで、その売り上げか 染ら必要経費を除いた分が利益となった。この利益は経営に参茄しているパートナー弁護士が 汚それぞれの配分比率に応じて山分けをした。しかし、アソシェイトの取り分は利益から出る 章のではなく、必要経費の中から固定給として支払われる。その意味では事務員や秘書と何ら 二変わりがなかった。 「じゃあ、一日に五時間働いても、十時間働いても同じ給料だ。バカらしくないですか」 「全然。わたしたちはパートナーをめざして働いています。報酬請求時間が多ければそれが
しよう。その点ではエムザの弁護士とアゼック社の連中は成功した。しかし、見方を変えれ ばアゼック社は本ポシだということです」 「私もそう思う」曩咼検公安部の責任者はふかぶかとした椅子から身体を起こした。彼は立 ちあがり、執務デスクと壁にすえられた書架の間をゆっくりと往復した。 「強制捜査をまぬがれるために会社まで解散している。まっとうな会社は自己解体など考え ないものだ」 「あの会社は警官殺しだけでなく、かならず今度の汚染にも関与しています」 「もうひとつあるぞ」河上は足を止めた。 「エムザの弁護士がからんでいる。それもトップ・レベルがな。若手の女弁護士が代表清算 人についているが、どうせえだ。これだけの大じかけな弁護態勢は、下弁護士の一存 で決められるものではない。決定を下した人間はほかにいる」 索「ローファームを牛耳っているのは財則と森岡琢磨のふたりです」 捜「データベースの個人ファイルを比較すれば」河上はコンピューター端末に視線を走らせ 四元朧なのは財則の方だろう。あの男なら違法弁護スレスレのことを平気でやりかねない」 「財則は汚染に関係しているでしようか」 「その観はむずかしい。財則に関しては情報が少なすぎる。が、アゼック社の上層部と深