依頼人 - みる会図書館


検索対象: 違法弁護
397件見つかりました。

1. 違法弁護

取引には一切手を出さなかった。確かに金融市場のリスクへッジは星占いほどにも当てにな らないから、運用会社の投資方法は堅実なものといえた。巨利を生み出さないかわり、安全 でまちがいのない利益が上がった。エムザにとってはそれで十分だった。 エムザ総合法律事務所が仲介をした信託契約の中身をよくよ , , 、、精査すれば、これがきわめ てな契約であることに気がつくだろう。信託はその一一 = ロ葉どおり相手を信頼して財産を預 託するものだが、エムザのクライアントが署名したのは信託的譲渡とでも呼べる特別な契約 だった。この契約は、信託法や銀行法の制限をたくみにすり抜け、依頼人の手から財産の処 分、管理、利用などあらゆる齎をもぎ取って、資産運用会社に移した。信託後、依頼人 は自分の土地を利用できず、銀行預金の引き出しも自由にできなくなった。財産があっても それを使えなければ何の意味もない。実質は無償の譲渡と同じだった。エムザはクライアン トの財産に信託契約の網をかぶせ、身動きがとれないようにがっちりと縛りあげ、顧問先の 資産運用会社に向かって放りけた。一方、運用会社は利益率を無視した法外な受託手数料 をクライアントに請求し、それが最終的に顧問料という形でエムザの口座へ還流した。一連 の手続きが終わって依頼人に残るものは、権利をはぎとられた裸の所有権だけだ。 最後に、遺言の塾何がとどめをさした。担当弁護士はやんわりと仕上げにかかった。「こ うした争いが起きるのは、生前の法律的な危呂理がずさんだからです。危呂理とい っても別にむずかしいことではありません。埠机争いを防ぐには、きちんとした遺言書をつ

2. 違法弁護

53 第章増殖 の関心事は報酬の金額であり、彼らは経験則上、報酬を左右するのが裁判に勝っことではな 、訴訟相手の支払能力にかかっている現実を学んでいた。たとえ裁判で全面勝訴しても、 訴訟相手が破産したり文無しであれば、勝訴判決など紙クズほどの値打ちもない。依頼人の 相談を受けると、弁護士は最初に不動産登記簿や資産目録をかき集めて被告となる相手 の会社や個人の財産調査にとりくんだ。相手側に財産がない場合は弁護士報酬も取れないか ら、そのときは依頼人を呼びつけ、そっけない口調で「無駄なことはするな」と引導を渡し た。もちろん、もっと用意周到な弁護士の手にかかると、依頼人は引導を渡されるかわりに 高額の着手金を吹っかけられた。成功報酬を取れないことを見こんで、弁護士は自分の依頼 人から多額の前金をふんだくるのだ。 しかし、机事件であれば現実に存在する遺産をどう分けるかの争いだから、まちがいな く報酬が取れる。しかも、遺産にわずかでも土地が含まれているとそれだけで金額はふくら み、遺産分割後の弁護士報酬も七桁から八桁に、広大な土地と高額の生命隘が対象となれ ば九桁にまではねあがった。 エムザのを何よりも露骨に物語っているのは信託及び部門の存在だろう。ローフ 一アームの中で机部門を独立したセクションとして設置しているのは異例中の異例だった。 エムザ総合法律事務所は、一般の民事弁護士に残された黄金の泉にアソシェイト弁護士の大 部隊を派遣し、わき水を吸いあげる巨大ポンプのごとく埠机事件を手あたり次第に取りこん

3. 違法弁護

でいるのだ。 しかも、エムザの場ム只机部門に信託が付加されている。この法律を合体させたマジッ クによって依頼人の受ける利益はそっくりそのままエムザ総合法律事務所に流れる仕組みに なっていた。 机争いで頭に血がのばった依頼人は、エムザ総合法律事務所のリゾートホテルのような フロントを通って、ゆったりとした応接室に招かれる。心理学の専門家とインテリア・プラ ンナーによって設計された室内は、壁の一方が全面ガラス張りになって、海を窃るべイプ リッジが視覚的な効果をあげていた。はるか水平線まで見わたせる眺望を背景に、応接室の 落ちついた雰囲気は依頼人の不安を取り去り、感情を安定させ、ついでにエムザの権威を彼 らの心に植えつけた。 担当の弁護士たちはつねに自信にあふれた態度でクライアントを迎えいれた。 じようとうく 局の法律事務所があなたの権利を守ります、これがエムザの常套句だった。「権利を守 るだけではなく、相手のをむしり取ってあげましよう」弁護士はそう約束した。どうや ってむしり取るのか肝心な説明はひと一一 = ロもなかったが、横浜港の全景を見おろす、局級の オフィスの中ではどんなから約束も真実味をおびて聞こえた。 「それに・ : : ・担当弁護士はクライアントの前に数枚の書類をひろげ、この事務所を訪れた のは実に賢明な選択だったと告げた。「なぜなら、遺産分割で手に入れた財産を増やすこと

4. 違法弁護

くっておけばいいのです」 依頼人は強欲な身内を敵にまわし、熾烈な遺産争いのまっただなかにいる。自分が死んだ あと、今度は子供たちの間で同じような争いが起きないという保証はどこにもない。遺一一 = ロ書 という言葉は天の啓示のようにひびいた。弁護士はクライアントの反応をうかがって、さら にひと押しをした。「いまの世の中、いつどこで何が起こるかわからない。不慮の場合にそ なえて遺一 = ロ書は早めにつくった方が安心でしようね。あとで内容を変えたくなったら、その ときに書き直せば済むことです」 弁護士のアドバイスはもっともに聞こえたので、依頼人はさっそく遺言書の作成にとりか かった。遺言の内容はエムザの弁護士たちが懇切丁寧に指導し、彼らは自筆遺一一一气秘密遺 一一 = 只公正証書遺言など遺言の種類にかかわらず、自分たちの則を遺一一 = ロ塾何者の欄に記入さ せることを忘れなかった。遺一言をした者が死亡すれば、遺一一 = ロ塾者には遺産の中から高額な 報酬が支払われる。クライアントは死んでからもエムザに弁護士報酬を払いつづけるのだ。 殖 こうして、受付ロビーを通った依頼人は遺産分割、信託、遺一言という各セクションを自動 増 車工場の生産ラインなみに手ぎわよく運ばれていく。ただし、エムザのベルトコンべアーで 一やられていることは組み立てではなく、解体だった。あわれなクライアントは机事件の着 手金と報酬を支払ったうえ、受託手数料を取られて、財産の処分権や管理権を奪われ、その あげく、丸裸になった身体に遺一一 = ロ塾何のを打ちこまれた。

5. 違法弁護

144 出し、浅黒い顔を向けた。 「で、あの倉庫、アゼック社は何に使ってたんです」 「わたしたちが見たときからだったでしよう」 「その前は ? 「知りません」 「からつばの倉庫に何の用があったのですか」 「え ? 」 「あなたですよ。弁護士さんは裁判所の塾何官にくつついて来ている。もともと不用の倉庫 なら放っておけばいい」 「それは会社から依頼があったからです。借りている倉庫が差し押さえを受ければ誰だって 心配になります」 「依頼は会社の誰から ? 」 水島は一一一一口葉につまった。个ョはバリスター・セクションの責任者篠原浩二の指 示だった。アゼック社の人間とはまだ一面識もない。 「会社から依頼されたのは事務所で、わたしが出かけたのは事務所の指示です」彼女はあた りさわりのない事実をいった。 「指示したのは誰です」

6. 違法弁護

タ 1 はつねにまわりつづけているのが原則だった。 会議室のパーティションで津田と別れ、水島と高井はぶ厚い驫の上を受付ロビーに向か って歩いていった。依頼人の心に ~ しここちのよい印象を植えつけるため、ロビー正面はぜい たくな空間がとってある。そこにローテープルとソファ 1 が配置され、その周囲には観葉植 物が置かれていた。受付カウンターに座っているのは歯ならびのきれいな美人秘書で、彼女 たちはべテランの舞台女優なみにあらゆる種類の笑顔を身につけていた。 革張りのソファーには七、八人の依頼人が弁護士との面会を待って腰を下ろしている。彼 らは持参した書類に目をとおしたり、受付の秘書をばんやりとながめて時間をつぶしてい た。広いロビーには法律事務所に似合わないくつろいだ雰囲気がただよっている。しかし、 ほんの少しだけ天井を見あげれば、壁際に据えられた三台の監視カメラがロビ 1 の全景を注 意深くカバーしていることに気がつくだろう。 水島と高井はエムザ総合法律事務所のガラス扉を抜け、オフィス専用エレベ 1 タ 1 に乗っ てランドマークタワ 1 の三階に降りた。 巨大な回廊のような通路をすすみ、数プロックを過ぎると p--æ桜木町に向かう人の流れに ぶつかった。水島は集団とは逆の方角に曲がった。 「おい、駅はこっちだぜ」高井が声をかけた。 「買い物に行くから。それじゃあした」

7. 違法弁護

208 その後、状況が一変した。法務省の肝いりで司法試験△量名の増員計画がはじまって、わ ずか一年の間隔で一一度も大幅増員が実施された。数の増えた司法修習生はだぶつきはじめ た。しかも、バブル経済はとっくの昔に消滅している。不況の暗雲が弁護士の頭上にたれこ め、とくに都市部の小規模事務所は打撃を受けていた。依頼人は着手金の支払いをしぶるよ うになり、裁判の相手は破産込態で、勝訴判決を取っても報酬は入らなかった。個人事務所 を経営するポス弁の顔色は日ましにさえなくなった。しかし、収入が減っても事務所の家賃 は毎月出ていく。電話やファックス、コピー機のリース料も預金口座から情け容赦なく引き 落とされた。が、それらは最低限の固定費だから我慢しなければならない。 経営を圧迫している最大の元凶は人で、法律事務所にもリストラが必要だった。とは いっても秘書をクビにするわけにはいかなかった。たったひとりの秘書を解屈したら、お茶 をいれたり電話番をしたり、ときどきは上司のくだらないジョークに愛想笑いを浮かべてく れる人間がいなくなってしまう。そうなると、ポス弁の冷たい視線はイソ弁に向けられた。 依頼件数も一件あたりの報酬単価もまっさかさまに下落しているのに、イソ弁だけがバカ高 い給料をとって事務所でのうのうとしている。こうして彼らに対する肩たたきがはじまっ 「示じやイソ弁の連中は肩身のせまい思いをしている。おまえはもう用済みだというわけ さ。そろそろ独立したらどうかって、ポスからプレッシャ 1 をかけられている。でも、これ

8. 違法弁護

そしてオフィスの中枢部を保守する擎備要員が働いていた。 ーフ / アーム エムザは新興の巨大法律事務所だった。一一年煎森岡と財はおのおのが都内で経営して いた法律事務所のム屏に合意し、飛躍的に事務所規模を拡大して横浜に移ってきた。このア こっぜん メリカ型のローファームが「みなとみらい事業開発区画」に忽然と出現したとき、横浜の弁 護士の誰もがパニックにおちいった。それまで横浜市、もっと広く神奈川県に事務所をもっ 弁護士の数はわずか五百六十人にすぎなかった。過当競争の火花が散りはじめた里の状況 を横目に、横浜の弁護士はそこそこの美人がポーイフレンドを選択できるように依頼人をえ り好みする幸運にめぐまれていた。しかし、エムザの横浜進出で神奈川弁護士会の登録人数 は一挙に膨張した。一度の登録で百人もの弁護士が増えたのだ。ランドマークタワーの正面 ホールにそびえる、ばかでかいチタン製プレ 1 トにエムザ総合法律事務所の各則が彫りこま れる前から、地元の法曹界は大騒ぎになっていた。 既存の弁護士は顧問先や依頼人が奪われることをおそれ、裁判所は急増した弁護士が次々 と事件をあさり、訴状を片手になだれをうって訟廷受付に殺到するのではないかと不安を感 じた。それでなくても、横浜地裁は最悪のだった。毎年、裁判所にもちこまれる訴状に は受付順に事特万と事件誉万が記録される。訟廷受付に置かれたナンバリング・カウンタ ーはフル回転し、半年もしないうちに、管万「ワ」が刻印される民事慂吊訴訟の数は四桁を 超え、年木には五千件に達した。それ以外に手形小切手訴訟、人事訴訟、保全甲並など事件

9. 違法弁護

のは実況見分という。水島はそこを正確な用語で表現したわけだ。 その瞬間、柴崎は肝心な質問を忘れていたことに気がついた。自分のとなりで端正な矗 を見せているこの美人弁護士は、いったいどこの誰に頼まれてやって来たのか。 「弁護士さんは」刑事はなにげなくたずねた。 「ヤマザキ化繊に頼まれているのですか。それとも差し押さえをした会楠の弁護士さんで すか」 「いいえ。わたしの依頼人はこの倉庫の利害関係人です」 「利害関係人 ? 」 「ええ、倉庫を借りているアゼック社です」 「アゼック社の弁護士 : : : 」柴崎は面くらった。なぜ、アゼック社の弁護士がこんなところ にしやしやり出てくるのだろう。 「終わりましたよ」不動産鑑定士が柴崎の方にカメラをかかげた。 「あとは図面を見て書きますから。任せてください」鑑定士は小柄な塾何官に請けあって、 カメラのレンズに黒いプラスチックのふたをかぶせた。 「それで、おまえはアゼック社の弁護士のいいなりになったのか」岡尸はあきれはてたよう に両手をひろげた。

10. 違法弁護

のままつづけた。 「エムザですよ」 「あの横浜の・ : 「そう、趣緲のローファームです。弁護士が百人近くいる。うちでいえばちょうど泉地 検なみの規模でしよう」 荷でエムザが ? ああいったローファームは民事が専門だ」 「なかでも企業法務が中むですから。彼らは法廷にだってろくに立ちません。どうしてまた 怪しげな会社の代理人になったのか、たしかに不思議です」 「あいつら、血迷ったにちがいない」河上はうなった。 まじや弁護士どもはみんな目が血走っている。日蓮の特別総会 「エムザだけではない。い でイ号議案が可決されたからな。つまりは弁護士が増えるということだ。彼らはきたるべき 染競争社会にそなえていまのうちからクライアントあさりをはじめている。生き残るためには 汚依頼人の質など関係はないだろう」 章「エムザ総合法律事務所といえども例外ではない ? 「法律家の世界はいつでも生肌争の原則が最優先する。だが、そんなことは勝手にやらせ 第 ればいい。弁護士がおたがいに首をしめあって窒息死するのはこちらにとっても好都合だ。 問題は : : : ー主部長は筋の浮いた手であごをなぜた。