180 全員が・ : ・ : くり返されたその言葉に、ある予感がひらめき、水島は胸さわぎを覚えた。工 ムザの経営に参茄できるアソシェイトは十人にもみたないという現実を前置きにして、彼は 推薦制度に触れ、いまはパ ートナ 1 全員が男性だといっている。これは何かを暗示していな いか ? もしかしたら、とても信じられないようなことが彼女の身に降りかかってくるかも しれない。それはエムザ総合法律事務所をはじめて訪れた日、春の陽光にびかびか輝いてい るランドマークタワ 1 を見あげたときから、彼女が心に抱いていた夢だ。でも、そんなこと はありうるだろうか : 「私はエムザの経営パートナーにいずれ女性を参入させようと思っている」 財則の一一 = ロ葉は彼女の予感を的中させた。 「女性パ 1 トナ 1 の誕生は反響を呼ぶだろう。しかも、若くて、見ばえがよければなおのこ とだ。うちの事務所がつねに自己改革をしているという宣伝にもなる。斬新なイメージは国 際法務の曇則線でたたかうときに案外役に立つ。それに、エムザに女性パートナーが生まれ れば」彼は執務デスクの履歴書に視線を戻した。 コ届用均等法の保護も受けられない女性司法修習生のはげみにもなるだろう。ほかのローフ ア 1 ムにも波及する。女性パートナーの数が一気に増えるかもしれない。きみがその先頭を 切るんだ」 「わたしがパー
「あなたは ? 」 「はじめまして。弁護士の水島といいます」 「弁護士さん ? ー柴崎は驚いて聞き返した。弁護士と名のった女性はどうみても一一十代前半 にしか見えない。 「はい、 エムザ総合法律事務所に勤務しています」 「エムザ : : : 、あのランドマークタワーにある」彼はあらためて女性弁護士を観察した。ゅ たかなストレ 1 トの髪、形のよい頭骨にうすい皮膚をはり合わせたような透明感のある女性 だった。明るいグレーのセーターに黒のジャケットを着て、短めのスカ 1 トからは思わず視 線を引きつける長い脚がのびている。これで胸にもう少しふくらみがあれば完璧だった。し かも、エムザ総合法律事務所 : : : 。ということは、彼女は弁護士の中でも超エリートの部類 に属しているはずだ。 「少しだけふたりで話しませんか」水島はそういって先に歩きだした。 断る理由も思いっかず、柴崎は彼女のあとにつづいた。七、八人の集団から十メートルほ ど離れたところで女性弁護士は立ち止まった。 「塾何官の話はわかりづらいでしようから、わたしが簡単に事情を説明します」水島は刑事 の目を正面から見た。 「あの倉庫の持ち主はヤマザキ化繊という中小の繊維メ 1 カーです。ヤマザキ化繊が手形の
「そうだと思うのか」財則の表情に一瞬侮蔑の色が浮かんで、すぐに消えた。 「个ョの危機はわれわれ自身の足もとにある。法曹界がぐらぐら揺れているんだ。あと数年 もしたら、弁護士がバタバタ倒れだすだろう」 「ど , つい , っことでしようか」 「弁護士になってどれくらいになる ? 、彼は答えず、女性アソシェイトに質問をした。 「十一カ月になります」 「年齢は」 三十六歳です」 「性別は」 水島は黙っていた。 「いまの質問は撤回しよう。どんなに性転換手術がすすんでもきみほどの美人が男から生ま 滅れるはずがない。じゃ初の年俸額はいくらだ ? 死「千一一百万円ですが」 章「すばらしい。一一十六歳の若い女性で、初住度の年収がもう一千万円を超えている。手取り 三でもかるく九百万円はいくだろう。これでは誰も彼もが争って司法試験を受けたくなるはず だ。しかし、残念ながらここにいる連中はあまり恵まれているとはいえないぞ」財則はデス 齠クの上の書類に骨ばった手を置いた。
をしている女性弁護士をにらみつけた。 「ご希望のとおり説明はしましたから、これでお引きとりください」水島はさっさと同僚弁 護士の方へ戻りかけた。 「ちょっと」相原が彼女の背中を呼び止めた。 彼は振り返った女性弁護士に思い切り顔をしかめた。 「弁護士としては優秀かもしれんが、あんた、いやな女だな」 3 「アゼック社が解散した ? ー曩局検公安部の主部長は眉をつりあげた。 「株主総会の決議だそうです」重田は回転椅子を引き、上司の執務デスクのわきに腰を下ろ 索した。 捜「横浜からの情報では、代表清算人には例の水島由里子っていう女弁護士が就任していま 四 「では、解散劇もエムザの差し金か」 第 「そうなるでしようね。とんだ茶番ですよ。総会決議なんて書類上どうにでもできる。しか し効果的な茶番劇でもある。アゼック社の全部がエムザの管理下に入れば警察は手出しがで
346 水島は目を丸くして県警の捜査刑事を見た。 「わたしはいまから仕事です」 「こっちはここで一時間近くも待っていた」 「そんなことはあなたの勝手でしよう。だいたい、身柄拘束の令状はあるんですか」 「令状ね」柴崎は唇のはじをゆがめた。 「そんなものはもっていない」 「じゃお断りします」彼女は正面に向き直った。 高速エレベ 1 ターの到着ランプが点灯して、びかびかに磨きあげられたドアが左右に開い 」 0 「今朝は任意同行ってやつに協力してもらう」県警の刑事は水島の腕をつかみ、エレベータ ーに乗りこもうとする集団から引きはなした。 女性弁護士は腕をつかまれたまま、通路のすみに引っ張られていった。 「あなた、どういうつもり」水島は強引な刑事をあきれたようにながめた。 「わたしは任意捜査に協力するつもりはありません。前にもいったはずです」 「あの時とは事情が変わっている」柴崎は女性弁護士の腕を解放した。 彼はわずかに表情をゆるめ、おだやかな口調でいった。 「アゼック社の常務、神坂修造が殺されたことは知っていますね。新聞にバカでかく載って
男の嘘と女の嘘の違い、作家生活三十周年 : ・ 渡辺淳一風のように・嘘さまざま 本音て語る素顔のエッセイ、心の独白覚え書。 パソコンに使われず、使いこなすための野口 野口悠紀雄パソコン「超」仕事法 流実践ノウハウ。『「超」勉強法』パソコン篳 なぜ子どもの悲惨な事件が続くのか。隠され 鎌田慧いじめ社会の子どもたち た実態を鋭く抉る緊急ルポ。文庫オリジナル。 刊久世光彦夢あたたかき向田邦子の中に秘められた奔放としとやかさ、 〈向田邦子との二十年〉 新 飯つぶキャビアからゴボウ帽子まて、あくな 最嵐山光三郎 素人庖丁記・ごはんのカ き食への欲求、好奇心だらけの面白ェッセイ。 庫笙野頼子居場所もなかった作家の「私」の怒りと涙の住い捜し奮戦記。 旅の達人がすすめる 温泉記者歴年の鉄人が厳選紹介するとって 社みわ明名湯・秘湯ベストおきの温泉繝。これてあなたも温泉の達人 " 】 し悪女、エロス、ハイオレンスーーーフロリダ・ミ ジェイムズ・・ホール 講 冫ステリーの第一人者が放っ海洋サスペンスー 北澤和彦訳大潮流 アン・・ウオラック 一一人の女性判事の友情、野望、恋。の法廷 裁ズ一一人の女性裁判長〉 を舞台に現代アメリカの問題点を抉る快作。 松本みどり訳 地上界征服をめざす冥界の怨魔王が繰るシ 高橋克彦総門谷〈小町変妖篇〉 バ、戸らと謹、久邏、空海の死闘。伝奇長 高橋星の衣い一人の女性の軌跡。吉川英治文学賞受賞作。
386 を篶したのも同じ人間だ。そして、きみも狙った」 「いったい、わたしが連中の何をかぎつけたっていうのですか ? 」 「それをわれわれも知りたい」 「残念ですが、わたしには身に覚えがありません」 「身に覚えがない ? 」重田は包帯で盛りあがった女性弁護士の左腕をさした。 「銃で撃たれてもか。一歩まちがえば腕ではなく、心臓に穴が開いていたところだ」 重田は丸椅子の上で脚を組み、彼女をじっと見おろした。彼はふと思いついたようにたず ねた。 「べイ・トレ 1 ディング・カンパニーという会社を知っているかね」 水島の目もとにわずかな変化があらわれた。 , 彼女はすぐに無表情をとりつくろった。が、 曩局検の検事は相手の顔にあらわれた動揺を見のがさなかった。 「当然、知っているな。じやインポータ 1 社は ? そのあと、重田は立てつづけにシップ社、プラント・スペック社、それに水島も知らない 会社の則をいくつかあげた。今度は彼女も準備ができていた。女性弁護士はロを閉じてい っさいの表情を消し去った。 最後に、公安検事はまったく別のを出した。 「ルナチャルスキ 1 号は ? 去年、横浜に入港したロシアの船だ」
水上バスのスピードがぐっと落ちて、船体が波にゆれた。水島は船の左舷を見た。横浜駅 東ロの接岸橋が近づいてくる。細長いの上では数人の作禾員が待ちかまえていて、手ぎ わよく水上ポートを係留した。十五分の船旅が終了し、乗客はぞろぞろと船体後部の出口に 歩きだした。 につながる広い通路は横浜最大の総合ショッピング・センターに直結している。一階 ホールの中心には化粧品メーカ 1 の専門店がならび、どの店も色とりどりの液体をシャープ な小ビンにつめて高級感をきそっていた。水島は最近評判になっている外国系化粧品のショ ーウインド 1 をのぞいた。同時に、女子店員がすっとんできた。「コスメティック・アドバ イザー」というプレートを胸につけた店員は水島の前で新製品の説明をまくしたてた。その うち彼女の腕をつかむと試供品をぬりつけ、これでイルカの肌よりもすべすべになったと太 鼓判を押した。結局、水島はクレンジング、乳液、クリ 1 ムなど新製品の一式に七万円を支 払った。購入した化粧品の全部をまとめても小さな紙バッグひとつにしかならず、彼女はシ ョックを受けた。これでは一カ月後にまた七万円が消えてしまいそうだ。 女性弁護士は自分のショルダーバッグを肩にかけ、小さな紙バッグを手にさげて、地階の 食品センタ 1 に降りた。食品センターではレトルト・コ 1 ナーに立ち寄って一週間分のダイ ェット・フ 1 ドを買いこんだ。地階フロアーは夕食の買い物客で混み合っている。彼女は買 い物を済ませると人混みをぬうようにしてフロアーの左側にある階段をめざした。
う。大規模な捜査体制のなかで、ひとりの捜査刑事の果たす役割はちつばけなものだ。本部 首脳が決定した捜査方針にしたがって中学夭に動くだけで、仕事のほとんどは退屈なものにな る。そうなったとき、この怒りに固執できるほど自分は忍耐強くない。それはよくわかって いた。しかし、逮捕の瞬間まで、彼がいま感じている怒りをできるだけ長く、大切にしてい かなくてはならない。 「考えているのは事件のことですか」水島が横に立っていた。 「同僚が殺されていますから」 「やはり身内意識はありますか」 「まあね」柴崎は正面を向いたままで、あいまいに答えた。彼はなぜか失望した。たしかに 身内意識かもしれないが、柴崎の目には野坂巡査の死体が焼きついている。女性弁護士の言 くうそ 葉はいかにも空疎なものに聞こえた。 「でも」水島はつづけた。 染 「実況見分中の建物が差し押さえを受けるなんて異例のことですね。これまで聞いたことが 汚 ない」 一一刑事は彼女を振り返った。水島が実況見分といゑ一一口葉を使ったのを聞いて、彼は一緒にい る若い女性が法律を学んだ人間であることを再認識した。ふつうは現場検証と呼んでいる。 が、法律上、検証は裁判所が主導するもので、今回の捜査のように警察が独自におこなうも
「じゃあ、さっそく中を見せてください」 「倉庫の中ですか : : : 」 「ほかにどこを見ろというのです」 「やみくもに内部を見せろといわれても、ここは殺人事件の現場ですから。現於存を考え ないと」 「やみくもに ? 」小柄な塾何官は無とした表情になった。 「何を勘違いしているんです。私は裁判所の決定で出向いているのですよ」彼は刑事の顔を 見あげるようにして一歩踏み出した。塾官は早ロで裁判所の決定を妨害することなど許さ れない、警察もすこしは法律を勉強したらどうか、とまくしたてた。 柴崎の方は神妙な表情をつくろって、小うるさい執行官の抗議をひたすら聞き流してい た。実のところ、法律的な専門用語が多くてほとんど理解できなかった。係長に呼ばれたと きの嫌な予感が的中した。とうてい自分の手には負えない。捜査本部に助けを求め、検察官 染 の応援を頼むしかなさそうだった。 汚 荊事さん」人垣の冀後から女性の声がかかった。 一一塾何官は割りこんできた声の方を振り返った。柴崎も近づいてくる若い女性に目をやっ た。誰だか見当もっかないが、わずらわしい小男のロを封じてくれただけでも彼女には十分 行に感謝する価値があった。