自分たち - みる会図書館


検索対象: 違法弁護
146件見つかりました。

1. 違法弁護

くっておけばいいのです」 依頼人は強欲な身内を敵にまわし、熾烈な遺産争いのまっただなかにいる。自分が死んだ あと、今度は子供たちの間で同じような争いが起きないという保証はどこにもない。遺一一 = ロ書 という言葉は天の啓示のようにひびいた。弁護士はクライアントの反応をうかがって、さら にひと押しをした。「いまの世の中、いつどこで何が起こるかわからない。不慮の場合にそ なえて遺一 = ロ書は早めにつくった方が安心でしようね。あとで内容を変えたくなったら、その ときに書き直せば済むことです」 弁護士のアドバイスはもっともに聞こえたので、依頼人はさっそく遺言書の作成にとりか かった。遺言の内容はエムザの弁護士たちが懇切丁寧に指導し、彼らは自筆遺一一一气秘密遺 一一 = 只公正証書遺言など遺言の種類にかかわらず、自分たちの則を遺一一 = ロ塾何者の欄に記入さ せることを忘れなかった。遺一言をした者が死亡すれば、遺一一 = ロ塾者には遺産の中から高額な 報酬が支払われる。クライアントは死んでからもエムザに弁護士報酬を払いつづけるのだ。 殖 こうして、受付ロビーを通った依頼人は遺産分割、信託、遺一言という各セクションを自動 増 車工場の生産ラインなみに手ぎわよく運ばれていく。ただし、エムザのベルトコンべアーで 一やられていることは組み立てではなく、解体だった。あわれなクライアントは机事件の着 手金と報酬を支払ったうえ、受託手数料を取られて、財産の処分権や管理権を奪われ、その あげく、丸裸になった身体に遺一一 = ロ塾何のを打ちこまれた。

2. 違法弁護

「じゃあ、さっそく中を見せてください」 「倉庫の中ですか : : : 」 「ほかにどこを見ろというのです」 「やみくもに内部を見せろといわれても、ここは殺人事件の現場ですから。現於存を考え ないと」 「やみくもに ? 」小柄な塾何官は無とした表情になった。 「何を勘違いしているんです。私は裁判所の決定で出向いているのですよ」彼は刑事の顔を 見あげるようにして一歩踏み出した。塾官は早ロで裁判所の決定を妨害することなど許さ れない、警察もすこしは法律を勉強したらどうか、とまくしたてた。 柴崎の方は神妙な表情をつくろって、小うるさい執行官の抗議をひたすら聞き流してい た。実のところ、法律的な専門用語が多くてほとんど理解できなかった。係長に呼ばれたと きの嫌な予感が的中した。とうてい自分の手には負えない。捜査本部に助けを求め、検察官 染 の応援を頼むしかなさそうだった。 汚 荊事さん」人垣の冀後から女性の声がかかった。 一一塾何官は割りこんできた声の方を振り返った。柴崎も近づいてくる若い女性に目をやっ た。誰だか見当もっかないが、わずらわしい小男のロを封じてくれただけでも彼女には十分 行に感謝する価値があった。

3. 違法弁護

「そうだとして、公安の狙いは何だと思います ? ー柴崎は先ほど自分が感じた疑問を口にし 「連中はふつうの事件には見向きもしない。たぶんロシアがらみの何かじゃないか。が、公 安の石頭どもはおれたちとちがって口が固い。捜査本部には噂も流れてこないよ」 「問題は公安の狙いか」 「それに、首脳陣のクソみたいな疑心暗鬼だ」相原はしかめつつらをしてうなずいた。 「あまり邪魔をしちゃ悪いな」彼は椅子を押して立ちあが - った。 「そいつに」年上の刑事はワープロの画面をあごでしやくった。 「公安刑事のえげつなさをたつぶりと書いてやれ」 相原が去ったあと、柴崎はふたたびワープロに向き直った。キ 1 ポードに置いた指はなか なか動かず、設定された書式の画面も半分しか埋まっていなかった。彼は首を上げ、室内を 略ぐるりと見まわした。捜査本部にはまだ十七、八人の同僚が残っている。これではおおっぴ 謀らにタバコを吸うこともできなかった。柴崎は気をとり直し、青白く光っている画面に集甲 章しようとした。発光液晶が目にチカチカするだけで頭の中は相変わらず鈍痛がつづいてい 五 る。ワープロのわきには三分冊のぶ厚い事件記録が重ねてあった。柴崎の捜査報告書もその 第 最後に綴じられるはずだ。彼は一冊の事件記録を取りあげてパラバラとめくった。 初動捜査のミス。早朝のランドマークタワーで会った水島由里子の一一 = ロ葉が脳裏にひび

4. 違法弁護

んだ。あいつら、弁護士が増えたって自分たちの方は痛くもかゆくもない。連中に押し切ら れる形で日ム蓮も増員を受諾しちまった」 「特別総会のイ号議案ね」 「ごていねいに自分で自分の楓をつくったようなものだ。それでもこれまで柩のふたは閉ま っていなかった。というのは局裁の立場がはっきりしなかったからね。司法試験ム橲者の 増員数を、宀工名や法務省は三千人とか千五百人とか勝手気ままにしゃべっている。局裁は 具体的な数字をあげていなかった。そこに弁護士にとって最後の希望があった」 「それで局裁の壑子が出たの ? - 「ばくたちは曩局裁にも見捨てられた」高井はむつつりといった。 「咼裁の案は千五百人を視野に入れるっていうやつだった」 「ざっと計算すると倍増ー 略「千五百人が実現すれば次は当然三千人になる。もう独立に待ったなしだよ。ばくは今朝、 謀不動産屋に電話をした。で、至急、貸事務所をさがしてもらうように頼んだ : : : 」彼はその 章あと何かいいかけて、思いなおしたように口を閉じた。 五「なに ? 「いや、きみにその気があるならもっと広い事務所を借りようかとも考えている」 今度は水島がロごもった。彼女はわずかに脚の位置をずらし、咸と決別の入りまじった

5. 違法弁護

220 った。自分と同じ境遇だ。彼はタバコをくわえて店内の反対側にある窓を見た。強化ガラス の外には冬の陽を浴びておだやかな横浜港の海がつづいている。柴崎は母親を亡くし、野坂 巡査の母親は子供を失った。いまはその自分が野坂巡査の母親からひとり息子を奪った犯人 を追っている。 「なに、ポ 1 ッとしているんだよ」新川がライターの火を差し出した。 「いまさら咸にひたるような歳でもないだろう」 柴崎はタバコをライターの火に近づけて深く吸いこみ、ゆっくりと煙をはき出した。 「もうひとりはどうなっている。室井巡査部長の方は ? 」 「室井の撃ち殺したやつが、税関署員とわかって」新川は自分もタバコに火をつけた。 「あの巡査部長はまた監察課。 こ呼び出された。事情聴取を受けている」 「またか ? 」 「監察官どもは底音が悪いからな」相原が額にたてじわを寄せた。 「でも、誰が考えたって正当防衛でしよう」新川は年上の刑事を見た。 「もちろん結論は正当防衛だ。だが、頭のくそ固い監察官は査問をやらないと気がすまな 「まったく、あいつら綿的なサディストですよ。室井はポロポロにされてしまう。早く現 場復帰させてやりやいいのに」

6. 違法弁護

水上バスはいつも通り定刻に接岸した。大型船の行きかう横浜港では全長わずか一一十メー トルの水上バスなど繽道路を走るミ一一・バイクのようなものだ。この航路は海の渋滞と無 縁だった。 水島は列のうしろについて船に乗りこんだ。横浜港の夜景を売りものにしている水上バス は船の上半分が透明なカプセルになっている。窓ぎわの座席は子供とカップルが当然な顔を して占領し、彼女は自分に残された通路側のすみに腰をかけた。 船体に軽い振動が走って、水上バスは静かに信を離れた。 まもなく船の有則方に本牧埠頭と大黒埠頭をむすぶべイプリッジが姿をあらわした。ライ トアップされた長大な橋は優雅なラインを描いてふたつの光の海をつないでいる。水島のと なりでは学生らしい男女が窓に顔をくつつけ、ときおりべイプリッジを指さしながら楽しそ うにしゃべっていた。 彼女は目をとじて固いシ 1 トに背をもたせかけた。身体は疲れているが眠くはない。きょ うはとんでもない一日だった。早朝、シニア・ ートナーの財則に呼び出されて、突然、訴 訟部門に放りこまれた。アゼック社という聞いたこともない会社の面倒をみろといわれ、午 後には倉庫差し押さえの現況調査に立ち会っている。あの倉庫は別の会社の所有で、アゼッ ク社はそこを借りているにすぎない。なぜアゼック社の代理人が立ち会う必要があるのか。 もんちゃく しかも、塾何官と一緒に倉庫に行くと現場ではひと悶着があって、神奈川県警の刑事までの

7. 違法弁護

「弁護士の数を増やせば、それで司法改革ができると本気で信じているのでしようか。法務 省やマスコミの顔色をうかがい、無限定に数だけ増やしても、司法改革は実現しない。それ どころか、塾何部の案が通れば現在の弁護士という職業目体、成り立たなくなってしまう」 ふたたび、拍手がわき起こった。 大都市周辺の弁護士を中心とする反対派は、今日の特別総会に第ロ号議を提出し、執 行部に対抗していた。司法試験へ量名数の現状第をかかげるロ号議案は、これ以上の弁護 士増員に歯止めをかけることが目的だった。反対派にとっては、この問題は単純明快なもの だ。自分たちの職域の競争相手は少なければ少ないほどいいに決まっている。 壇上に座っている日ム蓮役員は顔を見合わせた。本部事務局を駆り出して直前におこなっ た票読みに狂いが生じていた。反対派は会場の半分近くを占領し、拍手の波は中間派にもひ 約ろがっている。ホ 1 ル全体になだれ現象が起きていた。役員たちはいごこちが悪そうに固い 椅子の上で身じろぎをした。しかし、きようの総会で負けるわけにはいかなかった。塾何部 誓 案は弁護士の数を増やそうというのだから、反対論の続出も当然予測されたことだ。が、法 一曹人口増員は反対派が考えるほどには単純な問題ではない。「血の誓約」が日弁連塾何部を ロ拘束しているのだ。 貝蓮は法務省や局裁判所との間で司法制度の抜本的な改革を目指し、五年以上にわた

8. 違法弁護

利用しても十分に時間があった。自由が丘駅で東の急行に乗りかえれば、ランドマーク 彼女は黒のハーフコ 1 トを手に取 タワーに直結する終点の桜木町には九に着くはずだ。 , った。ドアに歩きかけ、いったん電話の前で立ち止まった。中西雅弘の声がうっとうしく て、このところ留守番電話はセットしていない。つかの間、留守録のセット・ボタンを押そ うかどうか思いんだ。水島は大きくかぶりを振った。くだらないことに迷っている自分に 腹を立て、彼女は電話をそのままにしてドアのノブに手をかけた。 電車は里と逆方向なので比較的すいている。自由が丘駅からの急行ではタイミングよく 座ることができた。水島は桜木町駅までの一一十五分間、両わきをコートで着ぶくれした中年 の会社員にはさまれて電車の振動に揺られていた。桜木町駅で降りると線駅に向かい、 そこからランドマークタワ 1 にえんえんとのびる高架構造の動く歩道に乗った。水平エスカ レーター方式の歩行者専用道路は通勤客でいつばいだった。安全のために動く歩道のスピー 略ドは低く抑えられ、ランドマークタワーの入口にはなかなかたどりつかなかった。 謀水島は歩道の終着点で足早に右へ曲がり、巨大なガラスの回廊を抜けてオフィス専用エレ 章べーターの前に立った。 五 その人ごみのなかで、突然、彼女は肩をたたかれた。驚いて振り返ると、目の前に仏頂面 第 をした浅黒い顔があった。 「ちょっと話があってね」柴崎はぶつきらぼうにいった。

9. 違法弁護

322 同時にバシッという金属的な音がひびき、柴崎はさらにいきおいよくグリップを引っ張っ た。一一度目の大音響がとどろいてまわりに粉雪が飛び散った。残響は大気を震わせ、犬がお びえたように激しく吠えだした。錆びついたシリンダ 1 は瞬間的な力で引きちぎられ、半分 にたれさがった。柴崎は破壊されたノブをもって手前に引いた。ドアが開くと彼は家の中に 飛びこんだ。 玄関を入った暗がりに一階の部屋につづく廊下と一一階へ上がる階段が見えた。奥の部屋の どこかで電話の音がうるさく鳴っている。柴崎はベルトに通した革製のホルスターから三十 八口径の拳銃を取り出し、階段に向かった。新川が銃を構えながら一階の廊下をすすんだ。 彼らの北尸後から公安刑事も入ってきた。 柴崎は身を低くしてギシギシ音を立てる階段をのばっていった。心臓の鼓動が早くなり、 銃をにぎりしめる手は震えそうだ。一一階は手前のドアが半開きになって、廊下に明かりがも れていた。彼はドアを足で開け、銃を身体の前に突き出すようにして部屋の中に踏みこん 室内に入ったとたん、柴崎は自分が一一階の捜査を受けもったことをした。ソファ 1 の 上に男の惨殺死体が転がっていた。うしろについていた公安刑事は死体を見るなり大あわて で階段を駆け降りていった。 「そっちに何かあったか」階段を上がってきた新川が声をかけた。 , 。 彼よ柴崎の冀後から部屋

10. 違法弁護

すれば、いま彼女が起こそうとしているのがまさにそれだった。水島は手の動きを止め、背 中でキャスターっきの回転椅子を押しやった。段ボールの中身は同僚の高井にやらせよう。 彼の神経はもともとずばらにできているから、目と手だけを酷使して頭を使わない単純 k にはびったりだ。 彼女は電話の内線でバリスター・セクションの秘書を呼び出し、十分か十五分くらい「中 庭」に行くと伝えた。 、、パ 1 トナーとアソシェイトの領域を厳然と区分けする境 エムザ総合法律事務所の中ほと 目に「中庭」と呼ばれるレストコーナーがある。ホテルのロビーのような落ちついた雰囲気 のコーナーはアソシェイト弁護士たちの息抜きの場になっていた。強迫観念めいたタイム・ チャージ制のもとで、彼らの生活は分単位のスケジュールに切り刻まれている。デスクにヘ ばりつき、多国籍間にわたるライセンス契約書を窪すると、次は会にすっ飛んで顧問 染会社役員を前に株主総会の議事進行をレクチャ 1 しなければならない。テープルの上にコン 汚ピュ 1 ター端末からうち出した株主総会のマニュアルをひろげて、弁護士は自分の父親ほど 章年齢のはなれた役員たちに動議提出のときの対応策、質疑打ち切りのタイミング、そして頑 第強な反対派株主をいかに挑発し、威力業務妨害罪や名誉棄損罪におとしいれるかをくわしく 説明した。タイム・チャージの料金体系では報酬請求時間がすべてであり、メーターの針は つねにまわりつづけていることが理想だった。エムザの経営にたずさわるパートナーにとっ