「何だ」 一つは簡単なんですが、一つは複雑なんで、仕 「ええと、いくつかあるんですが : 事が終わってからの方がいいかなって思うんですよ。俺、苦労性っスから、いろいろ抱 えこんじゃって」 「簡単な方だけ、聞いとこうか」 「あ : : : いいっスか ? あの、扶養家族が一人増えたんで家族手当っくのかなって」 「誰だ。結婚したのか ? え 「い、いや。マーチンのニュ 1 ス御存じでしよう ? 「知ってる。毎日、テレビでやってるから」 泉「そ 1 。その黄泉がえり。兄貴が一人いたんですよ。小学生の頃、事故で死んじゃった 黄 兄貴が。それが、黄泉がえりでウチに来てて、一緒に住むことになったんです。兄貴な んだけど、身なりは小学生でして、だから扶養家族になるのかなって」 「そうか : : : 」 「あれつー中岡は何となく拍子抜けした様子だ。「もっと驚くかなあ、と思ってたんス けど。児島課長、なんともないっスね」 「熊本以外で聞くなら驚くけど、マーチンの他にも死者が帰ってきた例をいくつか放送 していたしな」 143
中岡優一は、これまでに二回、軽い眩暈を起こしたことがある。 いずれも、瞬間的なものだ。 最初は、相楽周平の一家といるとき、変な酔っぱらいに彼がからまれた。 すっと気が遠くなり、気がつくと、相楽周平とともに自分の喉を震わせていた。反射 え的な反応だった。 二度目は、熊大の医学部に行ったときだ。弟の会社の上司の父親がやはり被験者とし 泉て研究に協力していた。 黄 研究室に入ったと同時に催眠面接を施されていた児島課長の父親は、異音を放った。 まくたい すぐに元に戻ったのだが、 何故か、二度とも、整理しようもないほどの大な情報と ともにいることがわかる 優一は、黄泉がえったとき、自分は〃中岡優アであることを確信していた。そして、 〃中岡優ア以外の何者でもないと信じていた。 そんな優一の心の内部で少々変化が起こっている。二回の軽い眩暈を体験してからだ。 あとぢえ やみ しろいろな想像 最初のとき、優一は〃闇〃を感じた。そう。後智恵ではあるのだが、、 346 さがら なぜ めま のど
会社に健康保険証を返しに来た中岡秀哉が能天気に雅人にそう告げた。中岡は五日ほ ど前に、すでに鮒塚万盛堂を退職している。そこいらの気兼ねは、まったくこの青年に は存在しないようだった。雑務に追われていた雅人は、中岡への応対もうわの空で気に かけることもなかった。 身が凍結する思いを味わうのは、午後四時過ぎてからのことだ。 「児島課長、お電話でーす」 河山悦美が、そう告げた。 え「誰から ? 、刀 「知りませ 1 ん。おっしゃいませんでした。女の人です。若い声」 泉ちゃんと相手様を確認しないと駄目だぞと注意して受話器を取った。 黄 「はい、児島ですが」 「熊大の心理学の尾形研究室のものですが」 なるほど若い女性だ。だか、かなりあわてていた。父に関することだと直感でわかっ た。厭な予感がよぎる。 「父が、どうかしたんですか ? 尾形先生は ? 」 くちごも 「それが : : : 」と言ったきり相手の女性はロ籠った。とりあえず知らせなければならな 四いと前回渡されていたメモに従い電話をしたものの、どのように状況を話すべきかはか
「兄ちゃん ! 大丈夫なの」 「あ、ああ。〃彼″は、守っている。最悪の状態は、免れた。〃 ' 彼〃は、秀哉を・ : : ・皆を ヾ , ・及十 . : 守った。でも : : : 限界た。〃 ・ : 消滅する。俺も一緒に : 秀哉。おまえ は : : : 自信を持て。俺を : : : 超えろ」 「兄ちゃん。兄ちゃん : : : 優一兄ちゃん」 「約東しろ。自分の生きかたを : : : 俺に」 「わ、わかった。兄ちゃんが残したものは、必ずうまくやるよ。児島課長に相談して。 え兄ちゃんを超えるよ。だから行かないでくれよ」 優一は、苦しそうに微笑み、「ばかっーと言った。 泉室内に変化が起こった。床から乳白色の霧のようなものが湧き上がってくる。霧より 黄 も、もっと濃いもの。気体というには、粘性の強そうな。部屋中に充満し、そして天井 を通過し抜けていく。 「な、何なんだ。兄ちゃん、これ」 優一を抱き上げて、秀哉があわてた。 ざんがい 「〃彼〃だよ。〃 彼〃は自分を犠牲にしたんだ。″彼 ~ の残骸が、宇宙へ戻っているんだ」 「兄ちゃん」秀哉は、兄の重みを両手に感じなくなっていた。気のせいではない。優一 が消えかけている。その証拠に兄の顔のむこうが透けて見える。 448
雅人は、中原に訊いた 「河山さんは、そんなにひどいのか ? 」 中原が手を休めて、きよとんとした眼で、雅人を見た。あわてて雅人は手を振る。 「いや、その。急なお客さんって : : : ひどいのかってことで」 中原はぶっと噴き出した。 「やだあ。児島課長。電話は私、出たんですけど、悦美のとこに本当のお客さんがあっ しんせき たみたいですよ。誰か親戚の方が急に訪ねてきたからって。近しい人なんでしようね。 えすごく電話、興奮してたから。確かおばあちゃんって言いかけて。 やだあ、お客さんってあっち考えてたんですか。それだったらちゃんと生理のためつ 泉て私、書いときますよ」 黄 美というのは河山の名前だ。中原は、けらけら笑う。雅人は肩をすくめた。それか ら思いだした。 「おばあちゃんがって言ったのか ? 「いや、そう言いかけて親類がって言いなおしました」 ひめど 「そうだろう。昨年の暮だったつけ。河山さんの里は天草の姫戸だったよな。おばあさ んが亡くなったって、一日休みをとったよな。会社でも弔電を打ったぞ」 とが 中原はロを尖らせた。
一応、名誉職ということだなあ」 大沢水常務は、口癖である「一応」を三度も使った。 「で、社内で黄泉がえり委員会を作る」 「は」 常務の言う意味が、児島雅人にはわかりかねた。 「前社長の復活は鮒塚万盛堂の対外的な信用を増し、企業イメージを上げる好機と判断 したんだ。うまく、この機会を利用したいし、先代の社会復帰もスム】ズに行いたいん えだ。先代の親族、そして取引先。一堂に集めて、黄泉がえり披露パーティーを開くべき がだと思う。そうすれば、一度に前社長の復活は、社会的に認知されるんじゃないかそ 泉れを社員たちが委員会を作り率先して企画する。そうすれば、鮒塚万盛堂という組織が、 黄 内部でがっちりとまとまっているという印象を世間に与えることができる」 「はあ」 「児島課長は、先代の社葬のときも、あわただしかったが、よく取りまとめてくれたよ な。今回も社葬の裏返しと思ってくれればいい。 児島くんが、先代の委員会の取りまとめをやって貰いたいんだが」 「黄泉がえりの披露パーティ】のですか ? 「そうだ」 183 もら
研究室のいくつかが、独自に調査を始めているらしいから」 「クロ 1 ン人間って : : : 映画とかで出てくるアレか ? 「そうたい。今の技術では、卵細胞に体細胞の遺伝子を組みこんで、親と同じ遺伝子を 持った子供を作るということだな。ただ、国際協定があって人間のクローンは研究しち ゃいけないということになってる。だから、国際協定無視の何でもありの国と一言うたら、 あそこだろうってこったい。でも、それじゃ説明がっかんのよ。黄泉がえりの人たちは 子供から老人に至るまで色んな世代の人たちがいる。某国のせいだったら、六十年前か えらこの準備を始めていたということになるけど、そんな技術そのものが、世界のどこに がも考えられていなかったんだからな」 泉カワヘイは多弁である。ビ 1 ルをくいと飲むと、再びべらべらとよく喋くる。しかも 黄 熊本弁である。 「ねえ、ねえ : ・・ : 課長お。あれ : ・・ : 尋ねていいっスか ? 」 そで 中岡秀哉が、雅人の袖を引っ張った。 「ああ」 兄弟は、社会復帰に関する情報を知りたいらしい。雅人も、それは同じだ。 「周囲に色んな黄泉がえりがいるんですが、皆、社会に早く戻りたがってるんですけど。 新聞でまだ発表できないようなことありませんか ? 国はどう考えてんですか ? 」 158 しゃべ
少年は、雅人の前に立って礼をした。 「あ」と思わず雅人は漏らす。背丈が伸び、頬骨が張りはじめていたからわからなかっ 」 0 焼き鳥屋で会って以来だ。営業の中岡秀哉の兄の中岡優一だ。 はず わからなかった筈だ。この一カ月で外見は中学生ほどに成長していたのだから。おま ぐりば - っ亠 9 けにイガ栗坊主だった頭も、ちゃんと髪が伸びている。中岡秀哉とちがいスラリと足が え 「児島課長。ばくが、わからなかったんでしよう。秀哉の兄の中岡優一です」 まで 雅人は、優一の頭から足もと迄、しげしげと眺めまわす。 泉「いやあ。ちょっとの間に、大きくなったなあ」 黄 優一は照れた様子で、頭を掻いた。その仕草を見ながら、雅人が連想したのは、自宅 にいる父親の雅継のことだ。母の縁が入院してからというもの、父はめつきり老けこん でしまった気配がある。今では雅人の外見年齢を超えてしまったように思える。母の入 院という事件で、父の心労が高まり、そのような老化につながったのかと考えていたが、 優一少年の成長ぶりを目のあたりにすると、それだけの理由ではないかもしれないと思 ってしまった。 黄泉がえり者に特有の現象なのだろうか ? 235
「兄をただの子供と思っちゃいけませんよ。昔から、すごい頭していたんですから、代 陽小学校の湯川秀樹って言われてた秀才ですよ。今の大人の俺さえ、教わることばかり なんですよ」 中岡だったらそうだろうなと言いかけたが雅人はそれを口にするのは、やめにした。 「今だって、俺が会社に行ってる間に、ちゃあんと、自分の食いぶちは稼いできてくれ てるんですから。もう近所で三十軒くらいのお年寄りと友だちになって、便利屋みたい かわい なことをやって可愛がられてるんです。今日のこの焼き鳥代だって、兄が出してくれる えって : : : アツツ 優一少年にどんと胸を肱で突かれて、中岡は顔をしかめた。 泉「ほんとうに秀哉は、お調子者だな。言わなくていいことまでロにするから失敗するん 黄 だそ」 「あ、兄ちゃん。ごめん」 大人と子供の関係が逆転している様子を見るのも不思議なものだ。自分と父の雅継が 話しているときも、これに似た状況があるのだろうなと雅人は思った。 「そういうことなら、私の方からどうこう一言う筋合いはないな」 「で、手続きとか、どんなものなんですか ? 児島課長、少しは詳しいんでしよう」 雅人は虚を衝かれた思いだった。雅継が黄泉がえっていることは、社ではまだ誰も知 154 ひじ
になってくる。児島課長にお願いしたかったのは、これから市役所へ行って死亡届の取 り消し手続きを調べてきてもらいたいということなんだ。市役所では、まだ、鮒塚家と いう具体的な名前は出さないでくれ。手続きに、どの程度時間的にかかるか、必要書類 は何かとかそういうこと一切だ。先代が社会的復帰ができるには、最低、何が必要かと いうことで。もし : : : 簡単にいかないようだったら、名乗っていなければ他の手を使う ことも考える」 「他の手ですか」 え「政治力を使うということも含めてさ」 常務は、そう一言うと、先代を振り返った。心不全で死んだはずの先代の血色は良かっ 泉た。先代は常務の言葉に大きく、つなずく。 黄「児島くん : : : だったな」 先代、鮒塚重宝が、ロを開いた。数年前、生前の先代と同じ口調だった。 「は、はい」 「二年前の、私の社葬のときは、大変、お世話になったようだな。さっき、息子からも、 よみ 大沢水くんからも聞かせて貰ったよ。ありがとう。今回、また黄泉の国からこんな形で 帰ってきてしまったようだが、 よろしく、また頼みますよ」 二年前に亡くなった先代は、自分の父よりも鮮明に雅人の記憶の中にはあった。だか もら