あそこにいたんだ」 「そうかあ。前より、何だか、活きいきしてるごたるぞ」 カワヘイが言うと、雅人は江津湖の水面を過ぎていくカッターを目で追った。肩を照 れたようにすくめながら。 「こうやって風景を眺めていると、何事も、ここには起きなかったようだなあ」 「ああ。そぎゃん」 雅人は、向きなおった。 え「そういえば、うちの母が悪いときは、すまなかった。わざわざ時間を作って来てくれ 泉 川田平太は、水臭いなあという笑顔を返してくれた。 黄 「今、何を追ってるんだ ? 黄泉がえり現象は、終了したわけだし」 雅人が、そう尋ねると川田平太は、大きく首を横に振った。 「現象は終わったかもしれんばってん、まだ、俺の中では、けじめはついとらんたい 「それで」 「市民たちにとって、あの現象はいったい何であったかを検証せないかんと思うとる。 市民たちだけじゃなか。行政にとっても、あるいは、大きく言えば、文明にとって何だ 464 ね」
遺限を残しているにちがいないクラスには入れない方かいいのではないかと考えるの は、母親でなくても当然だろう。 「ところが、克則くんは、生前と同じ、三年組に戻りたいと言うんだそうです」 武田先生は、目を剥いた 「本人がですか ? 「そうです。本人は、強く希望しているそうです。お母さんも、本人から望まれ、困惑 しながらも、今日、また、おいでになった。武田先生の御意見もうかがわなくてはと思 えいましてね。いかかですか」 山田の母親の後ろめたそうな理由も、武田先生にはわかったような気がする 泉「私は、山田くんがいじめにあっていたことも察知できませんでした。色んなコミュニ 黄 ケーションを生徒たちととろうとしていたにもかかわらず。彼のできごとの後も、手法 を色々と変えてはいますが : : : 私自身の資質もあるのでしようが、完全にとは、自信を もって言いきれません。 おっしゃ それでもかまわないと仰言るんですか ? そう武田先生は答えた。逃げをうったわけではない。正直な気持ちなのだ。 山田克則の母親は、深々と武田先生に頭を下げた。彼女がテレビで担任の無責任な対 応となじっていたことをより深く心に刻みこんでいるのは彼女自身のはずだ。 180
前は、自分のことだけ考えて、絶望で死んだ。 でも、今度はちがう。皆のために、ばくを受け入れてくれた皆を守るために、ばくは やるんだ。だから、ちっとも布くない。 きみたちを怖がらせたくないから、あえて、何も一言わないように決めていた。でも、 そんなに心配そうだから、話したんだ。 これで気がすんだかい。 心配するなよ。ばく : : : 全力を尽くして、守るつもりだから」 えいずみと結香が、どれだけ山田克則の一言うことが理解できたかは、わからない。だか、 あふ ひとみ がただでさえ潤ませていた瞳から、堰を切ったように涙を溢れさせ、喉をしやくりあげて 泉 黄 克則は念を押した。 「このこと、誰にも一言わないで。約東だ」 二人は、うなずくことしかできない。じゃあ、と言って克則は図書室の方へ歩き去る。 その後ろ姿が、いずみと結香には、背丈があまり変わらないにもかかわらず彼女たち にとって、とても巨大に見えた。 見送りながら二人は考えている。〃何か〃って何なのだろう。どうやって克則は皆を 守るというのだろう。 421 せき のど
「聞いたような気もするけど、地震のときは逃げろとばかり言ったから冗談かなと思っ しばらく優一は、じっと弟の顔を見た。 「どうしていなくなるんだよ」 「ど、つ一言、んば、 しいかな。我々が、この世界で見たり感じたりできない現実が、熊本の地 下にあるんだよ。その現実は、三月二十五日に終わる。そう言えば : : : わかるか ? わ からなくても、受け入れなきゃならない え「わからないよ。わかるはずないよ。じゃあ、今のオフィス Z << ・はどうなるんだ がよ。俺一人じゃなんともならない。それどころか、黄泉がえりがいなくなったら、商売 泉そのものが成り立たなくなってしまうじゃないか俺一人残されて、どうすればいいん 責める口調ではない。秀哉は兄がいなくなること自体が不安でたまらないのだ。優一 は腕を組んで聞いていた。 「だから、準備をしてた」 あご 顎で机のワープロを示した。机の上には、小さな奇妙な装置のようなものが載ってい 「準備 ? 何を準備するんだ」 371
「もちろんス」 電話に出ると聞き慣れない亠尸だった。 「おー。児島あー。俺たい。俺。俺。俺」 「はい、児島ですが、どちら様でしようか」 「この間、市役所で会ったろう。肥之國日報の川田たい。近かうち飲もかねえと言うた ろ、つ」 そうだ。市役所で会った肥之報のカワヘイだ。飲もうと言ったのは、しかし、彼の方 えだった。 「あ、ああ。そうだったな」 泉「明日が、時間のとれるけん、飲まんや」 やっ 黄 「あ、明日は、社の奴とプライベ 1 トで約東してるけど、一緒でいいか ? ちらと、中岡の顔をうかがうと、俺アかまいませんよという表情でうなずいていた。 「一緒でよか。先に飲んどってよ。八時頃になる。出校してくるけん」 それだったら、六時過ぎに行けば、中岡の相談も受けて、一段落した時間だろう。 場所を打ち合わせた後、カワヘイはがらりと話題を変えた。 「今まで、市の臨時議会に行っとった。今日のは面白かったぞー。今まで傍聴した議会 の中では、一番面白かった。議題は死者蘇生の行政対応、一本たいー 145
で、もうすぐ、お迎えが来るから寂しがるなって何て言い草なんですかどうして今度 あき 逝くときは、一緒に連れていく。そう言って頂けないんですか。ほんとに呆れました。 自分の都合で還ってきて、自分の都合でお迎えだなんて。 何とか言って下さい 重宝は、シメの剣幕に気圧されつばなしだ。 「わ、わかった。無神経だった。謝る。謝るから許せ」 「どう、謝るっていうんです」 え「逝くときは、必ず一緒だ。シメと一緒だ」 シメが大きく溜め息をついた。安らぎを取り戻したように。 つぶや 泉「よかった」シメは、呟くようにそう言った。 黄 それが、最後の言葉になった。シメの身体は崩れるように縁側に倒れた。すでに、そ のときは、鮒塚シメの鼓動は停止していた。 鮒塚万盛堂が大騒ぎになったのは、一時間も経った後のことだ。鮒塚社長の妻、和子 が買い物から帰ってきて縁側で倒れている姑を発見した。鮒塚社長が連絡を受け、大 あわてで自宅へ走り救急車を呼んだが、老母はすでにこと切れていた。病院へ走ったが、 れいきゅうしゃ 帰りは、霊柩車とい、つことになった。 不思議なことがある 382 しゅうとめ
きを立てた。 目的の部屋は、ドアが薄く開かれていた。そう広い部屋ではなかった。いくつかの雅 人の知らない医療用の装置があり、部屋の隅には、背もたれのついた長く延びるタイプ 窓側はプラインドが下ろされ の安楽椅子があるのが場ちがいな感じだ。部屋は薄暗い。 ているからだ。二人の男がいた 立って、こちらを見ているのは、雅人にもすぐわかった。中岡秀哉の兄の優一だ。た だ、身長が一八〇センチくらいの若者になっていたが。 え 「児島課長 : : : 」と優一は言った。もう一人は、白衣を着て折り畳み式の簡易椅子に座 りようておお がっている。顔を両掌で覆っているが、先日会った尾形教授だということがわかる。丸め 泉た背中を小刻みに震わせていた。シ - ョック症状に陥ったかのように。 黄 だが、父の姿は見えない 「父さんは : : : 」 ただ 雅人が質したが、中田という女は首を振る 「さっきまでは、ここに」 優一が代わりに答えた。 「年輩の方は : : : さっき出ていかれましたよ。児島課長のお父さんでしよう。一目見て わかりました」 297
「最後は、中岡の兄さんを除けば、母さんは父さんと水入らずだったんだからね」 と答、んた。 「自分の分まで、ガンバレって父さんは言ったんだろ。ほんと、ガンバラなきゃあ」 コクンと母親はうなずいた。 「あれは、夢の中みたいだったからねえ。それから、父さんは、もう一つ言った。俺は、 おも 縁が心の中でずっと想っていたから黄泉がえれた。また、おまえの心の中へ帰るだけだ : ってね」 え瑠美がお茶を淹れる。 がさて、これからのことは : : : 。頭の中で、雅人は問題を抱えている。 泉「会社をやめることになるかもしれない」そう言い出すタイミングを測っているか、 すす 黄 中々言い出せずにいる。今も、その言葉を呑みこみつつ、お茶を啜った。 「ねえ、 O Q かけていい ? と娘の愛が言った。 「、つるさくないのならいい と雅人。大丈夫と言って、胸を張り、愛はプレイヤーのボタンを押した。 一人の女の声が聞こえてくる。伴奏もなく、澄んだ女の伸びのある声が。やすらぎで 461 満たされていくのが、雅人にもわかる。
まね 食材を食器に移すという気の利いた真似はされていない かべぎわ 優一は壁際の机に向かい、ワ 1 プロを叩いていた。 「お帰り。先に風呂入ったよ。今、ちょうどいいから兄ちゃんも入らないか」 「ああ。ちょっと、この書類をまとめてからな。先に飯を食ったから、秀哉も食べなさ 「ああ」 秀哉は食卓につく。だが、相楽周平が言ったことが、どうしても頭に焼きついて離れ 「兄ちゃん。話あるんだけど」 ちゃぶだい 泉「ん」優一はキイを叩くのをやめて卓袱台の前の秀哉に向きなおった。 黄 「どうした。何かあったのか ? 「兄ちゃんは三月の末頃、何か : : : 地震が起こるみたいなこと、ちらと言っていたよ 「ああ。だけど、そのときは、秀哉はあまり気にしていなかったみたいだな」 ・ : 周平さんから聞いたけど、兄ちゃん 「ああ、地震は : : : ど、つってことないけれど、 もいなくなるのかい」 「そうだ。地震の話のときに言わなかったか ? ね」
「あ、こんばんは。中岡っス。お母さん、いるかなあ . うん、と翔はうなずいて、 「お母さん、中岡さん来てる」 と内部に叫んだ。それから、翔は眼を輝かせ、秀哉に言った。 すご 「今日は、うち、とっても凄いことになってるんだからね」 ごちそう 何だろう、と秀哉は思う。凄いことって、俺のために御馳走を準備しているってこと なのか昨夜のお返しに。いやあ、そんなに気をつかってくれなくてもいいのにい。 え「本当に凄いんだから」 翔は念を押すように言った。 泉その翔の代わりに顔を出したのが玲子だった。秀哉は、ニッと精一杯の笑顔を作って 黄 みせた。 「お悩みごとと聞いて早速に参上したっス」 ところが、玲子は、戸惑ったような表情を浮かべている。 「あの。もういいんです。もう、こちらで解決したんです。朝のときは、どうしていい かわからなくて」 まで 何かトラブルがあるんだ。そう秀哉は考える。中岡さん迄トラブルに巻き込みたくな 四して、つい、つ一」 A 」 , 刀