224 「ま、愛の一一一一口うことも一理あるから、愛にきつく一言うのは、おかしいと思うぞ」 雅人がそう言うと、愛は嬉しそうに眼を輝かせた 「あなた。じゃ、どうしたらいいと思う」 「うーん」 雅人としても判断がっかない。苦痛ができるだけ少ない措置をして、ホスピスに頼る のか、それとも外科的処置をやるのか。だが、選択肢として、黄泉がえって健康体にな る可能性を考えれば、ホスピスがいいのではないかと思えてくる。 え「おばあちゃんは、もう、手術はしたくないって」 瑠美は、そう付け加えた。 泉「えつ。本人にも告知してあるのか ? 黄 「いや、してないわ。でも、うすうす、そう思っているみたい。自分は、どうもガンみ たいだから、そのときは、そのままで死を迎えさせてくれって。そして、おじいちゃん との年齢が近付いた頃、また帰ってくるからって」 ということは、母親の縁はそのつもりで死を迎える覚はしているということだ。そ う聞くと、結論は一つしかないよ、つに雅人には田 5 えた。 雅人は父親にむかって言った。 「父さん。母さんのことは、手術をしないってことでいいね。そのほうが、母さん、苦
の愛も食卓に着いた。 「お客さん、もう、お風呂あがってるみたいー 父と祖母の会話に興味なさそうに、そのまま愛はテレビの画面に見入る 「愛は、今日は学校どうだった ? 」 雅人は母との会話を打ち切り、娘に訊ねた。愛は、一新小学校に通っている。 それで、愛との会話は止まった。この娘は学校ではどのような児童なのだろうかと思 えう。前は家族のいるところで、人一倍はしゃぎ、話していた。数カ月前くらいから性格 がが変わったように田 5 う。家族との会話には加わらないいつも憂鬱そうにしているし、 泉投げやりに見える。学校でいじめに遭っているのかと瑠美が学校に問い合わせてみたが、 なぞ 黄 そのようなこともないようだ。女の子というのは、昔から謎の多い存在だというのが雅 人の持論だ。 「おじいさんって人と会ったか ? 娘は「会った」とだけ答えた。 「本物だと思ったのか ? 」 「わかんないよ。会ったことなかったから」 男の咳ばらいか聞こえた。聞き覚えのある咳ばらい。 ゅううつ
解明の部分を少しでも解き明かしていきたいという趣旨なので、催眠面接という言いか たの方が正しいと思います。今日は、私と被験者のお父さんが実験のための信頼関係を 結べるかどうかというところまでやってみたいと思います。もし、無理だと私が判断し た場合は、今回だけの御協力で終わるケースもあるかもしれません」 「どうする父さん。ばくは、もう会社に帰らなきゃならないけど」 というようにうなずいてみせた。 父の雅継は、やってみるよー 「あのう、何かありましたら」 え雅人は、尾形教授にメモを渡した。それには勤務先である鮒塚万盛堂の電話番号が書 がかれていた。 泉「こちらに連絡を頂けますか ? すぐ駈けつけますから」 黄 「わかりました」 「あのう、それから中岡優一くんという少年も調査するんでしよう」 「ええ、やはり川田平太くんの紹介の人ですね。明後日、会うことになっていますが」 まだ、優一少年の方は終わっていないらしい。父の方が先になるのか雅人はそう思 った。 「帰りは、迎えに来た方がいい力い。父さん」 雅継はちょっと考えこむような仕草を見せた 291
「心配しないでいいス。中で話を伺いましよう」 秀哉がドアを開こうとする。玲子は閉じようとする。 「どうしたんだ玲子。どなたが見えてる」 ばうぜん 内部から男の声がした。秀哉は耳を疑った。そして呆然として凍りついた。今は独り 身の筈じゃ。 「玲子さん。誰 ? 今の声。誰 ? 」 玲子も大きく、つなずく。 え「主人です。今朝、帰ってきたんです」 が「あ」秀哉は後頭部をハンマ 1 で叩かれたような気分だ。そんな馬鹿な。玲子は、どう 泉しようという表情を浮かべている。秀哉は思った。俺アだまされてたんだろうか 黄 「中岡さんって方」 「そうか。あがって貰ったらいい。立ち話もなんだろう」 玲子の主人とやらが、そう言、つ。 「あ、じゃ、もう、俺、失礼するつス」 どし 中岡秀哉は、及び腰でそう言ったが、ドアが開かれ、玲子の後ろから秀哉と同い齢く らいの男が手招きした。 「せつかくおいでになられたんだ。お茶でも一杯どうぞ」 100 もら
かあ 「お義母さん、癌なんだって」 予想の範囲内にはあったが、 最悪の結果が妻の口から発せられるとは思わなかった。 「とい、つことは、胃ガンか」 その連想が、素直に出た。医者嫌いの縁が覚悟をして検査に行ったというのも自覚症 状が、食欲がないとか、胃が重いとか吐き気が続くといったものだったからだ。それに、 最初の検査は胃カメラだったと聞かされていた。とすれば、胃を九割方切除しなければ ならない。もう若いといえない年齢だ。手術の負担に肉体が耐えられるだろうか え だが、瑠美は首を横に振った。 「子宮ガンが最初だったみたい。でも、全身にすでに転移してるんだって。大腸も膵臓 泉も、それから胃」 黄 「あー 雅人は、言葉を失った。何とか手術によっての延命法を想像していたのだが、それじ やまるで、ガンの見本市のような状態ではないか。 「手術をすればいいのか ? 手術はできるのか ? 医者はどう言ったんだ」 「あまりにも切除する部分が多すぎるって。お義母さんが、手術に耐えられるかどうか 何とも一言えないそうなの。今でも体力的にはかなり落ちてるから」 救いのない答えに全員が押し黙る。 221 がん すいぞう
人々と職員たちは、てんでんばらばらにやり取りを繰り返している 「じゃあ、どの窓口に行けば受け付けてくれるんだ。はっきりしろー そう怒号を放った男は、カウンタ 1 を叩く。 「間違いなく、ウチの人は生き返ってるんですよ。本人も連れてきてますよ。指紋でも 何でも調べて下さいな」 老婆が、裏返った声で、職員に訴える 職員たちの声も、すでに叫び声に近くなっている え 「いや、調査が必要だと申しあげてるんです。即座に戸籍を復活させるわけには、い、 がないんです」 泉「じゃあ、どうすればよかと ? と若い男 黄 「手続きが必要になると思います。あまり、前例がありませんので」 「おう。手続き。よかよ。手続きやるよ。印鑑も持ってきとるけん。どんな手続きばす ると、はよスけ付けてもら、んると ? 」 「そ、それはーー」 対応する職員たちの背後で、胸に「研修中」の札をつけた若い女が、おろおろと泣き べそをかいている 児島雅人は驚いた。この市民課の窓口に殺到している数十人は、すべて家族の誰かが、 ろうば
おう 白いタキシード姿の鮒塚重宝翁が、困ったような照れたような表情を浮かべて立ってい あんど 会場の隅から、雅人は小さな安堵の溜め息をついた。ここまでは、会場の反応もなか なかのようだ。厳粛な雰囲気と生還の喜びがほどよくミックスされている。 祝辞は市長が上京中のため、収入役が代読した。続いて、肥之国銀行の頭取が、取引 先の代表として挨拶した。 内容そのものは、金婚式や長寿の祝いの挨拶とそう大差はない。しかし、取材のフラ え ッシュが、一般の祝宴とは大きく異なる 雅人は、肥之日広告社の伊達と滝水に聞いた、この会のコンセプトのことを思いだし 泉ていた。伊達は、こう言った。 黄 「最近ですね、中央の方で、生前葬といった催しが、ときおり開かれたりするんですよ。 これは、御本人が自分の一生で御世話になった方たちと一堂に会してですね、おたがい、 しゃれ ねぎらいあいたい。そんな気持ちで開くイベントなんですけどね。ある種の洒落で、生 前葬という呼称をとるんですね。黄泉がえり披露パーティーってののコンセプト、これ じゃないかと思うんですね 祝辞が終わり、鮒塚会長へ花東が手渡される。手渡すのは、鮒塚会長の少年航空隊時 代の同期生たちだ。、 少年航空隊の同期生といっても四人ほどだが、いずれも、鮒塚会長 244
だったら、このクラスにはもう来ないはずだ。学校も同じクラスには入れないだろう 皆か、そう田 5 った。 しかし : ・・ : ひょっとして。 だったら、ど、つする たかさごなおか 背の高い委員長の高砂尚香が立ち上がって教壇に上った。 「皆さん。あと十分もしないうちに、武田先生が来てホームルームが始まります。その 前に話しておきたいことがあります。皆も聞いたと思うけど、五月に亡くなった山田く えんが帰ってきてるみたい。 もちろん、クラスの皆で、受け入れてあげなきゃいけないけど、こんな状態で、それ 泉ができる ? 黄 高砂尚香の言葉に誰も返事ができずにいた。 「気まずいし、山田くんに悪かったって皆、田 5 ってるはずよ。でも、もし、山田くんが このクラスに帰ってくるのなら、山田くんだって、すごく勇気が必要な筈だと思うんで す。私たちが、山田くんを失って、皆、自分はあれで良かったんだろうかっていつも思 ってたと思う。皆、どう思うの」 つかさ いつもは、授業中もあまり発言しない吉村司が手をあげた。 「俺、あやまろうと思う。俺、山田をいじめはしなかったけど、いじめられるのを見て 214
中岡は心の中で舌打ちした。じゃあ、どうしてデ 1 トに誘ったら出てきたんだよ。とも 思うが、食事を子供さんも一緒に : : : と強引に喰いさがったのは中岡の方だということ も思い出す。 「あはは : : : そうですよね。飯喰ってるときにこんな話して。非常識ですよね。気にし て貰うと困るつス あわてて中岡は取り繕う。 「でも、これだけは言っておきたいっス。あの : : : お子さんの前で何だけれど、俺ア、 え玲子さんのコト、結婚の対象として考えてます。でも、突然こんなこと言うと、気が重 がくなるといけないから、もうやめます。だけど、これだけ約東しといて下さい。玲子さ 泉んが困ったことⅱみごとがあったら何でも相談して下さい。金はないけど、一所懸命、 黄 俺も考えるつス身体だけは、よく動くんで。あっ、もうやめましよう。楽しく肉喰い ましよ、つ」 もうやめますと言っておきながら、中岡は非常識の上塗りである。照れ隠しに肉を頬 張ると、玲子は、深々と頭を下げた。 「そういうふうに私のことを考えて下さるということは、身に余ることだと思います。 ただ、今の私は、死んだ主人のことが忘れられないでいますし、翔のことを考えるだけ で精一杯でいるんです。だから
雅人が尋ねる。 「いやあ、兄は、勉強好きなんですよ。生前も : : : あ、変かな、この言いかた : : : 勉強 の虫だったんですが、今も、私が仕事やってる時間帯は、ずっと市立図書館に浸りつば なしなんですよ」 そう秀哉が答えた。 「世の中が、どう変わったかということに、まだ追いつけないから、追いっこうと思っ て、努力しているだけです。それに、新聞社の人だったら、一般の人たちが、まだ知ら えない情報も持っておられるかなと思って」 優一は、照れながら、そう答えた。声変わり前の高い声だが、言っていることは大人 泉のそれと変わりはしない。雅人は、またしても感心して腕組みした。目の前の少年の眼 黄 には輝きがある。近頃の子供たちとは、何だか雰囲気がちがう。自分も子供の頃は、こ の優一という少年のような純粋な外見を持っていたのだろうかと雅人はふと思った。 三人の前に焼き鳥が盛り合わせて並べられる。雅人と中岡秀哉は生ビール、そして優 一少年はウ ] ロン茶を飲む。「じゃ、とりあえず乾杯」大人二人と子供一人がグラスを 合わせた。 カワヘイが来る前に、相談ごとは片付けておいたほうがいいだろうと、雅人はロの端 についたビールの泡を拭いながら言った。 150