言い - みる会図書館


検索対象: 黄泉がえり (新潮文庫)
420件見つかりました。

1. 黄泉がえり (新潮文庫)

224 「ま、愛の一一一一口うことも一理あるから、愛にきつく一言うのは、おかしいと思うぞ」 雅人がそう言うと、愛は嬉しそうに眼を輝かせた 「あなた。じゃ、どうしたらいいと思う」 「うーん」 雅人としても判断がっかない。苦痛ができるだけ少ない措置をして、ホスピスに頼る のか、それとも外科的処置をやるのか。だが、選択肢として、黄泉がえって健康体にな る可能性を考えれば、ホスピスがいいのではないかと思えてくる。 え「おばあちゃんは、もう、手術はしたくないって」 瑠美は、そう付け加えた。 泉「えつ。本人にも告知してあるのか ? 黄 「いや、してないわ。でも、うすうす、そう思っているみたい。自分は、どうもガンみ たいだから、そのときは、そのままで死を迎えさせてくれって。そして、おじいちゃん との年齢が近付いた頃、また帰ってくるからって」 ということは、母親の縁はそのつもりで死を迎える覚はしているということだ。そ う聞くと、結論は一つしかないよ、つに雅人には田 5 えた。 雅人は父親にむかって言った。 「父さん。母さんのことは、手術をしないってことでいいね。そのほうが、母さん、苦

2. 黄泉がえり (新潮文庫)

しかし、塚本社長は、もう自分の中で確信したものを握っていた。だから、各役所を 回って義信が指摘された問題については聞く耳がなくなっている 「そうだな。だいたい二十万人から二十五万人くらいと答えてください。マーチンの最 後の唄声を聞くために全国から熊本へ集まってくるわけですから」 「全国からだったら、宿泊地の収容施設はどうするんです。とても、熊本市のハードだ けではパンクしますよ」 塚本社長は、腕組みした。 え 「こうなると、各社、航空会社、、県、市、中央の放送局、すべての後援と協賛が が必要ですね。中央の広告代理店と詰めてみましよう」 泉六本松が、おずおずと言った。 黄 「チケットの販売形態はどうするんですか ? 二十五万枚のチケット。さっき本社から、 すさ 今でも凄まじい数の問い合わせがあるということなんですが」 塚本社長は、それには答えなかった。代わりに仮刷りのマーチン・ライプのポスタ 1 を見上げて言った。 「あの、ポスター。マ 1 チンさよならライプと刷り直すことにします。デザインそのも のからやり替えた方がいいかなあ 391

3. 黄泉がえり (新潮文庫)

「心配しないでいいス。中で話を伺いましよう」 秀哉がドアを開こうとする。玲子は閉じようとする。 「どうしたんだ玲子。どなたが見えてる」 ばうぜん 内部から男の声がした。秀哉は耳を疑った。そして呆然として凍りついた。今は独り 身の筈じゃ。 「玲子さん。誰 ? 今の声。誰 ? 」 玲子も大きく、つなずく。 え「主人です。今朝、帰ってきたんです」 が「あ」秀哉は後頭部をハンマ 1 で叩かれたような気分だ。そんな馬鹿な。玲子は、どう 泉しようという表情を浮かべている。秀哉は思った。俺アだまされてたんだろうか 黄 「中岡さんって方」 「そうか。あがって貰ったらいい。立ち話もなんだろう」 玲子の主人とやらが、そう言、つ。 「あ、じゃ、もう、俺、失礼するつス」 どし 中岡秀哉は、及び腰でそう言ったが、ドアが開かれ、玲子の後ろから秀哉と同い齢く らいの男が手招きした。 「せつかくおいでになられたんだ。お茶でも一杯どうぞ」 100 もら

4. 黄泉がえり (新潮文庫)

じゃ、今日は戸籍は戻らないんだな。 ーー市役所の方から、法務局への手続きはやってくれないのか ? ーーー家庭裁判所って、どう申請すればいいんですか そんな質問が相次ぐ中、見切りをつけて立ち上がり、出口へ向かう者もいた。雅人も 席を離れエレベ 1 ターへ向かう。市役所の現在の対応状況だけを大沢水常務には報告す ればよいと考えたからだ。先代鮒塚社長に関しては、他人の自分が語るべきことではな え「やつ。児島あー。そうだろう」 と声がした。 泉ギョロギョロ眼玉の男が立っていた。小学校、中学校と同級だった川田平太だった。 黄 「あっ、カワヘイか」 雅人は片手を挙げた。子供の頃から彼をそう呼んでいた。独特の風貌で、とばけた物 言いをするが、言ってる内容はけっこうキツかったりする。今、肥之國日報の社会部記 はず 者の筈だ。雅人とは同い齢だが、独身である。ときおりカワヘイと雅人は飲みにいった ただ りするのだが、そのとき、何故、結婚しないんだと質すと、「俺は大器晩婚だけん」と ヘロリと答えるのが普通だった。それから「今年中に結婚するけん」と続け、「今、見 つけよるけん」と結ぶ。何となく服のセンスがちぐはぐなのだが、これは未だに彼女に どし ふうばう

5. 黄泉がえり (新潮文庫)

「いや。私一人。母さんにも行っていいってたずねた。そしたらいいって」 真由美は、また迷っているのかもしれないと六本松は思った。 「お父さん、すごいね。マーチンの事務所だなんて。私、尊敬しちゃう」 尊敬しちゃう : : : 子供たちから、そんなことを言われたことは六本松には一度もない 「そ、そ、つか : 「理香も、ときどき、お父さんも一緒にいればいいのにみたいなこと言ってる」 「そうか。そうか」 え「何だか、電話で話してて、お父さん、感じが変わったみたいだね」 「いや、一緒だよ。永いこと会ってないからじゃないか ? 」 泉「いや、それだけじゃない。お父さん、そうだなあ。紳士になってる。紳士の声だよ」 電話が切れた後、六本松三男は、がむしやらに、あたりを走り回って叫びたい衝動に うれ かられていた。嬉しさのあまりに。 最後に光枝は、こう言ったのだ。 「マ 1 チンの公演を見に行くだけじゃなくって、どのくらいお父さんが昔と変わったか 観察してくるって言ったから、お母さんがを出したんだよね」 398

6. 黄泉がえり (新潮文庫)

「会ってもらった方が早いが」そう言った。 ウン、と伴哉はうなずき立ち上がった。兼子が「あんた」と言ったが、「会うてもら わんと、ロで説明したっちゃ、よう伝わらん」と伴哉に睨まれて押し黙った。 川田平太は、伴哉と弦三の後をついていく。古い黒びかりのする廊下を鳥の鳴き声の ような音を立てて歩く。渡り廊下の向こうが、離れになっていた。 ふすま ふんべんにお 襖を開くと、臭気がカワヘイの鼻をついた。糞便の臭いだ。それから、赤ん坊のよう な、獣の鳴き声のようなものを聞いた。 ・・イ がイア : : : ア : : : イイ。 泉 一メ】トルほどの身の丈の人が横になっていた。ア : : : ア。イ 黄 ふくよかな童子の顔が、笑っている。その真下、胸の位置から鼻から上の顔が浮き上 がっている。眼を細め、その顔も笑っている ゆかた ゆったりとした浴衣状のものを着せられているが、両手の他にもう一本腕が見える 下半身にはたがいちがいに長さの異なる足が四本ねじれあっているのが見えた。 はや 「弦三の双生児の兄たちです。奏一と管二ですよ。二十年前に、その頃流行った赤痢で 続けさまに亡くしてしまいましてね。それが、今回、黄泉がえってくれた。ただ、黄泉 がえるときに、何か不都合があったらしく、こんな形になってしまったんですがね。上 330

7. 黄泉がえり (新潮文庫)

できごとを体験したことになる 「これは : と、母親の臨床診察をしながら絶句していた。「精密検査の必要があり ますが、すべて正常です。ここに入院していることも、あまり意味がないくらいですー そして、今、べッドの周りに、雅人と瑠美そして愛がいた 「ずいぶん、気分がいいよ。あの苦しさが、嘘のようだ」 そう言って伸びをする母親に、雅人は、うなずくことしかできない。たか辛ー でに十分にっていた。 え「父さんは、私の身代わりになってくれたんだね。私の方は、これだけ長生きしたの かあ 泉「それだけ、お義母さんのことを、心配しておられたっていうことですよ」 黄 瑠美が、縁を慰める。愛が、大人たちの顔を見回して唐突に言った。 「もう、おじいちゃん帰ってこないの ? 「ああ」そう雅人は、答えるしかない。 愛は、不安そうな表情を消さない。 うわさ 「じゃあ、噂は本当なんだ。大地震もやはり、起きるんだ」 「それは : : : 」 雅人は、答えに窮した。中岡優一が言っていた。どう娘に説明してやればいいという 445

8. 黄泉がえり (新潮文庫)

かあ 「お義母さん、癌なんだって」 予想の範囲内にはあったが、 最悪の結果が妻の口から発せられるとは思わなかった。 「とい、つことは、胃ガンか」 その連想が、素直に出た。医者嫌いの縁が覚悟をして検査に行ったというのも自覚症 状が、食欲がないとか、胃が重いとか吐き気が続くといったものだったからだ。それに、 最初の検査は胃カメラだったと聞かされていた。とすれば、胃を九割方切除しなければ ならない。もう若いといえない年齢だ。手術の負担に肉体が耐えられるだろうか え だが、瑠美は首を横に振った。 「子宮ガンが最初だったみたい。でも、全身にすでに転移してるんだって。大腸も膵臓 泉も、それから胃」 黄 「あー 雅人は、言葉を失った。何とか手術によっての延命法を想像していたのだが、それじ やまるで、ガンの見本市のような状態ではないか。 「手術をすればいいのか ? 手術はできるのか ? 医者はどう言ったんだ」 「あまりにも切除する部分が多すぎるって。お義母さんが、手術に耐えられるかどうか 何とも一言えないそうなの。今でも体力的にはかなり落ちてるから」 救いのない答えに全員が押し黙る。 221 がん すいぞう

9. 黄泉がえり (新潮文庫)

解明の部分を少しでも解き明かしていきたいという趣旨なので、催眠面接という言いか たの方が正しいと思います。今日は、私と被験者のお父さんが実験のための信頼関係を 結べるかどうかというところまでやってみたいと思います。もし、無理だと私が判断し た場合は、今回だけの御協力で終わるケースもあるかもしれません」 「どうする父さん。ばくは、もう会社に帰らなきゃならないけど」 というようにうなずいてみせた。 父の雅継は、やってみるよー 「あのう、何かありましたら」 え雅人は、尾形教授にメモを渡した。それには勤務先である鮒塚万盛堂の電話番号が書 がかれていた。 泉「こちらに連絡を頂けますか ? すぐ駈けつけますから」 黄 「わかりました」 「あのう、それから中岡優一くんという少年も調査するんでしよう」 「ええ、やはり川田平太くんの紹介の人ですね。明後日、会うことになっていますが」 まだ、優一少年の方は終わっていないらしい。父の方が先になるのか雅人はそう思 った。 「帰りは、迎えに来た方がいい力い。父さん」 雅継はちょっと考えこむような仕草を見せた 291

10. 黄泉がえり (新潮文庫)

中岡は心の中で舌打ちした。じゃあ、どうしてデ 1 トに誘ったら出てきたんだよ。とも 思うが、食事を子供さんも一緒に : : : と強引に喰いさがったのは中岡の方だということ も思い出す。 「あはは : : : そうですよね。飯喰ってるときにこんな話して。非常識ですよね。気にし て貰うと困るつス あわてて中岡は取り繕う。 「でも、これだけは言っておきたいっス。あの : : : お子さんの前で何だけれど、俺ア、 え玲子さんのコト、結婚の対象として考えてます。でも、突然こんなこと言うと、気が重 がくなるといけないから、もうやめます。だけど、これだけ約東しといて下さい。玲子さ 泉んが困ったことⅱみごとがあったら何でも相談して下さい。金はないけど、一所懸命、 黄 俺も考えるつス身体だけは、よく動くんで。あっ、もうやめましよう。楽しく肉喰い ましよ、つ」 もうやめますと言っておきながら、中岡は非常識の上塗りである。照れ隠しに肉を頬 張ると、玲子は、深々と頭を下げた。 「そういうふうに私のことを考えて下さるということは、身に余ることだと思います。 ただ、今の私は、死んだ主人のことが忘れられないでいますし、翔のことを考えるだけ で精一杯でいるんです。だから