なぞ 会長、鮒塚重宝の所在が、わからなくなった。それが、鮒塚家では、最大の謎だ。翌 日が通夜、翌々日が葬儀となり児島雅人も走りまわる破目になった。その間も、鮒塚重 義は、心あたりに電話をかけまくったが、遂に葬儀が終わってもその行方はわからなか ったらしい ひょっとしたらという可能生を児島雅人は聞いた。 斎場の受付が、一段落したときだった。横にいた経理の横山信子が言った。 「児島課長。言っといた方がいいと思うことがあるんですが」 え 会葬者名簿を片付けながら、雅人は生返事した。 「何だ。何かあったの ? 泉「私 : : : 最後に会長を見てるんですよね」 黄 雅人は手を止めて、横山信子を見た。信子は、眼鏡を正した。 確か、会長が黄泉がえってきたとき、最初に目撃したのも彼女だったはずだ。あのと きも、にわかに信じることかできなかったが。 自宅の門の前に立っていたと言っていた。 「いっー 「会長の奥さんが救急車で運ばれる十五分ほど前です。私、郵便局へ行った帰りです。 会長、あのときと同じように自宅の門の前に立ってました」 383
「ああ、今日も来てるよ。ちょっとびつくりするかもしれない。一カ月でかなり成長し てるから」 「そうか、じゃあ頼んでみよう。あと一人、誰か頼めそうな人は知らん : : : ? 俺が、 独身だし、知り合いで気易く頼める黄泉がえりの人っておらんとよ。ここの会長に頼め んかなあ」 「そりや、ちょっと俺の立場じや言いづらいよ。俺の親父くらいかな」 そうロを滑らせた。しまったと思ったが、 すでに遅い え「あっ、初耳。そうだったんか。児島の親父さんて黄泉がえってたの。ね、頼んでみて がくれん ? 」 泉「ああ : ・ : ・言うだけは言ってみるけど」 黄 横山信子が雅人の袖をつまんだ。 「児島課長。もう、お客さん、次々ですよ」 振り返ると、彼女の言うとおり、受付は、黒山の状態になっていた。まだ、二十分前 に A 」い、つのこ。 「あ、すぐいく。じゃ、カワヘイ。また」 「おお、今日のニュ 1 ス、全国で話題になるぞ。鮒塚会長は明日の朝はかなりの有名人 になっとるかもな」 240 そで きやす おやじ
「一応、親父のことも復活者登録しておくかなあ」 と雅人はばんやり思ったりする。そんなとき、大沢水常務が、 「児島課長、ちょっと来てくれ」 と雅人を応接室に招いた。 ドアを閉じて、常務の前に腰を下ろすと、すぐに身を乗り出した。 「さっきも社長宅へ行ってきたんだがな。そろそろ、前社長が黄泉がえったことをオー プンにする時期じゃないかということだよ」 あいづち え大沢水常務は、ゆっくりと言葉を選ぶように言った。雅人は、どう相槌を打っていい がかわからず「はあ」と言うだけにとどめた。 泉「先代も、創業者だし、一刻も早く会社に顔を見せたくてたまらんらしい 黄 「はあ」 「一応、市民権も取り戻せることになったし、そろそろ社内的にも発表しても、 、つとい、つことになった」 「前社長は、どういう立場で帰ってこられるんですか ? 「それを、今、打ち合わせていた。一応、代表権のない会長職ということになる。戸籍 はないわけだから、商法的に会長職が認められるかどうか、よくわからないが、社内的 にはそのような呼びかただ。株は、すでに相続が終わってしまっているから動かさない。 182 おやじ しいたろ
黄泉がえり現象が一般化したためもあるだろうが、すでに前社長の黄泉がえりは社内で は公然の秘密になっていたのだろう。 セレモニ 1 は、あっけないほど順調に終わった。常務の司会で社長が、先代社長の帰 還を紹介した。今後は、会長職ということで、我々を見守って頂くという内容だった。 うらぼん 加えて、七月十三日の盂蘭盆の入りに、黄泉がえり披露パ ーティーを開く。実行委員長 むね として、大沢水常務があたる旨が発表された。 うれ 最後に会長自身が皆の前に立った。心底、嬉しそうな笑みを浮かべて事務所内を見回 した。 え が「皆、変わっとらんな。不思議なことに縁あってまた、私、この世に帰ってきた。皆、 泉よろしゅう、また頼むけん」 あいさっ あらし 黄短い挨拶だったが、社内は、拍手の嵐になった。 その後、大沢水常務から、会長の「黄泉がえり披露宴」の準備委員会のメンバーの発 表があって、朝礼は終わった。そのメンバーの中には営業の中岡秀哉の名も入っていた。 彼は前もって営業の寺本課長に志願していたようだ。 午後一時過ぎに、二人の男が会社に訪ねてきた。大沢水常務の指示で朝から広告代理 ーティ】の 店に連絡をとっていた。そのとき午後一番で伺いますということだった。パ 189
状況だけは上司に報告しないわけにはいかない 報告を受けた市町村課長も、 「そんな馬鹿なことがあってたまるものか。嘘だろう」 と吐き捨てるように言った。 「で、どのように指導すべきでしようか」 答えは以下のようなものだ。 「そんな夢みたいなことに指導も何もないだろう。部長に相談する」 え総務部長は、自治省から県への出向者だ。市町村課長が総務部長へ報告すると、部長 は眉を八の字に曲げた。 泉「状況を、もっと詳細に調査してもらわないと判断のしようがありませんよ。至急、調 黄 査してください」 部長は、そう指示した。市町村課長は背筋を伸ばして答えた。 「はい、今、そう部下に言ったところです」 席へ戻った市町村課長は、部下たちに怒鳴った。 「さっきも言ったとおり、さっさと状況を詳細に調査しろ」 担当者たちは、きよとんと顔を見合わせ、「さっきって、何時のことなんだ」とか「ま つぶや たかよ」と呟いていた。 120
「は。さすが、児島課長。情報早いっスね。で、どうなんでしよう ? 雅人は腕組みした。社内でもこれからこのような例が続くかもしれないが : 「一応、私が書式を作るから、それから申請してくれ。上の方とも相談しておくから」 と答えた。 「さっすが、児島課長。で、もう一つ。これはプライベートなことなんですが」 「そっちは複雑なんだろ」 「えつ。まあ」と中岡は揉み手した。 かわいそう え「ある可哀想な一家のことなんですが」 「簡単な方だけって言ったろう」 泉「明日、どうですか。明日の夜」 黄 翌日は、金曜日だ。まあ、これも仕事のうちかなと同意した。 「割り勘でいいっス」 「あたりまえだろう。だが、 兄さんは部屋で留守番か ? 「もちろんですよ」 「児島課長、電話でーす」 経理の横山信子が受話器を肩まで持ち上げて言った。 「そこいらの店でいいな」 144
雅人が現在、抱えている悩みは家族のことから仕事のことまで色々だ。優先順位をつ けると、母親の縁の病気、黄泉がえった父の雅継の行く末、等が筆頭にあがる。あと、 仕事面でもこまごました悩みを抱えているのだが、それは仕事なのだからと、とりあえ ず割り切ってしまえる。 今回も割り切らざるをえない 営業の中岡秀哉が、辞表を持ってきた。 「正社員になって間がないだろう。何、考えてるんだ。やっと仕事に置れ始めたところ えだってのに。兄さんの面倒も見なきゃいかんだろう。それに、ばくに出すんじゃなくて、 が営業の寺本課長に出すのが筋じゃないか」 泉中岡は、退社しかけた雅人を呼びとめ、それを見せたのだ。両掌を合わせて、雅人を 黄拝む気配だった。 「これから、寺本課長に出すんです。でも、こんなのって出すタイミングが難しいっス よ。それに、児島課長には色々とお世話になってたから、まず言っとかなきやって」 永年のカンで雅人には慰留が可能かどうかの見極めをつけることができた。中岡の場 合は止めても無駄の部類に入るようだ。 「で、これから、どうするつもりでいるんだ。兄弟二人で」 そう尋ねた。 273 りようて
いいと思うんス。で、年齢も二十六、七と思ったら私よ よ。でも俺もバツイチだから、 いいっス。年上でも、好きだなあ、あのタイプ。子供いて り年上で三十二なんス。でも もいいっス。今度、子供も一緒に飯喰おうって約東したっスよ」 雅人は話を聞きながら、溜め息をつきそうになる。初デートといっても一緒にお茶を 飲んだということなのか。何と能天気な性格なことか 「今夜っス。今夜三人で飯喰うんです」 「そりゃあ、おめでとう」 え 「児島課長、本当にそう思ってくれるんですか ? りようて 泉中岡が両掌を合わせた。 黄 「まだ、ここで使ってもらって間がないんです。課長、お願いします。一万円貸して下 さい。今度の給料日返します。一生のお願いー これが目的だったのか 「私も、そんな余裕ないよ」 中岡が、うなだれた。 「はい 雅人は財布から五千円札を出して渡した。
とき死亡広告を同じスペースほどで出したのだが四十万円程度だったという記憶がある そのときの金額からすれば、五割方、値段が高くなっているではないか。 「こりゃあ、ちょっと、高すぎるんじゃありませんか。死亡広告より、かなり割高な気 がしますが」 伊達と滝水は、申しあわせておいたかのようにニッと同時に愛想笑いを浮かべた。そ の質問は想定ずみのようだった。 伊達が右手をひらひらさせた。 え 「児島課長う。死亡広告とちがって、これ、祝いごとなんですよ。祝いごとは、プアー ッといかなきゃあ。それに、これ赤が入るんで料金も二色刷りになってしまうんですよ ごしゅうぎ 泉そこんとこ御理解ください。御祝儀だから」 黄 雅人は、営業の寺本課長が言っていたことを思いだした。あいっ等は、イメージとか やからだま 言葉とかを操る虚業の輩だ。欺されるなよ そうなのか ? 「一応、上の方とも相談して、この件については御返事申しあげます。広告については、 それでよろしいですか ? 」 「は。どうぞ前向きに御検討ください 「じゃあ、 ーティーの件に入りましようか」 195
「ここで死亡届の取り消しはできないよ」 よしたか 市民課課長補佐の滝ロ嘉隆は言った。 「はい、村上さん、そう説明してたんですが、皆、押しかけてきて」 あと 洋美は両頬に幾筋も涙の痕をつけている。滝口が、窓口を見ると、黒山の人だ。津波 が押し寄せてきたように見えた。 「皆が皆、死人が生き返って死亡届を取り消したいって人たちなのか ? 「そうみたいです」 え市民課の数人が立ち上がり、村上の手助けに窓口へ向かう。だが、系統だてた作戦が がたてられたわけではない。パニック状態に変わりはなく、 泉「順番でお願いします。ならんで下さい」 黄 と叫ぶことしかできない のっと 課長補佐の滝ロは、戸籍の神様と呼ばれた男だ。個別の対応であれば、法に則って、 ケースごとに解決していくことができる。しかし、このような異常な申請が集中すると なると : : : 。何故だろ、つ。 滝ロは、先ず、集団による、あるいは組織による熊本市への嫌がらせの可能性を考え オンブズマンの情報公開要求と関係あるだろうか ? なぜ