「うんにや、チャーリイ。もしおまえに必要なら、あの連中の代表だとか陳情なんぞ相手にしない、 そしてみんなからおまえを庇ってやる。だがな、いまじゃみんなおまえさんを死ぬほど怖がっている。 わたしも、自分の家族のことを考えにゃならん」 「もしみんなが気を変えたら ? みんなを説得させてください」私は彼が予想していたよりも強硬た ったようだ。いけないと思いつつも自分が抑えられなかった。「みんなにわかってもらうようにしま すから」私は懇願した。 「わかった」彼はとうとう溜息をついた。「やってみるさ。だがけつきよくは自分が傷つくだけだ 事務室から出ると、フランク・ライリイとジョウ・カープがそばを通りかかった。ドナーが言った ことはほんとうだとそのとき悟った。彼らにとって私が目に触れるのは耐えがたいことなのだ。私は みんなを不快にさせている。 フランクはロールバンをのせた盆をもちあげたところだった。声をかけると彼とジョウが振りむい 一」 0 「なあ、チャーリイ、おれはいそがしいんだ。またあとでーーー」 「いや」と私は食いさがった。 「今ーー ! 今でなくちゃだめだ。あんたたちは二人ともぼくを避けてい る。なぜだ ? 」 フランク、早ロの、女好きの、調停役のフランクがちらっとばくを眺め、それから盆をテープルに 置いた。「なぜだって ? 言ってやろうか。なぜかつつうとな、おめえが、とっぜん、おえらいさん の、物知りの、利ロものになっちまったからよー いまじゃおめえは、ご立派な天才の、インテリだ もんな。、 ( つだって本を抱えてよ いつだってなんだって答えられないことはないもんな。い、ゝ まあ聞けよ。おめえは自分がここにいるおれたちよりえらいと思ってるんだろう ? なら、どっ 料 6
ぼくの知能テストをしたりアルジャーノンの世話をしているバート・セ ルドンにきいてみたら、二 人とも間違っているという人もいるだろうし、彼が読んでいるものによれば、—O はこれまでに学ん だものをふくむさまざまなものをはかるもので、じっさいには知能のよいものさしではないという。 だか , りほくには、。 しせんとして— O というものがわからないしみんなそれぞれにこういうものだと違 うことをいう。ぼくのはいま百ぐらいで、もうじき百五十を越すはずだが、彼らはばくにもっと中味 を注ぎこまねばならないだろう。ぼくは何もいいたくはないか、—O がなんであるかどこにあるかわ からないのだとしたら —O がどれだけになったということかどうしてわかるのだろうか 明・後日ロールシャッハ ・テストを受けるようにとニーマー教授かいった。ロールシャッハとは何だ ろう。 四月十七日ー・ー・昨夜いやな夢を見た。けさ目がさめると、夢をおもいだすときにストラウス博士が やれといったように自由連想をした。夢のことを考え、心を自由にさまよわせると他の考えか心にう かんでくる。これを続けているとさいごに心がからっぽになる。つまりこれはぼくの在意識が意識 と記憶のあいだにたちふさかろうとするところまで達したということだとストラウス博士がいった。 それは現在と過去のあいだの壁である。ときにはその壁は立ちはだかり、ときには崩れるので、その ときぼくは壁のむこうにあるものを思いだすことができる。 けさのよ , つに。 それはキニアン先生がぼくの経過報告を読んでいる夢だった。夢の中でばくは書こうとして腰をお ろすがもはや書くことも読むこともできない。すべて消えさってしまった。ぼくは恐ろしくなり。ハン 屋のジンピイにかわりに書いてくれと頼む。だがキニアン先生は報告を読むと怒って紙を破いてしま
しじつわ痛くなかった。眠ているまにストラウスはかせかやった。どんなふうにやたのかぼくにわ わからない目と頭にほーたいをまいたので三日わとれないので見えないので経過報告も今日までかけ なかった。ぼくがかいているところを見ていたやせばちの看ごふさんが経過という字や報告や三月と ぼくわ字のおほいかわりいのだ。 いうかき方をおせえてくれた。これはおぼいておかねばならない。 目のほーたいを今日とってくれたので経過報告をかいている。でも頭のほーたいわまだまいてある。 みんなが入てきてしじつをする時間だといったときわこわかった。ぼくをべつどからおろして車が くつついている別のべつどにうっしてごろごろと部屋から出てろーかをとおって手術室と書いてある どあのところまでつれて行た。ひやあおどろいたとても大きな部屋でかべわみどり色で大ぜえのおい しやさんがまわりにぐるりとすわっていてしじつをけんぶっするのだ。見せものみたいなものなのか 体じゅーしろくて顔にわてれびのおしばいなんかに出てくるみたいなしろいきれをあてていてごむ の手ぶくろをしている人がてーぶるに近づいてきてチャーリイ気をらくにしなさいわたしだストラウ スだといった。ああはかせぼくわこわいですといった。なにもこわかることわないよチャーリイきみ 経過報告 7 ーーー三月十一日
マットはチャーリイをひとりで残していくのをためらうか、カリノはうなずいてみせる。「これが いちばんよい方法でね」と彼は言いながら、一一人を待ち合い室へ案内する。「精神実体検査を行なう ときには患者と一一人きりのほうが、よりよい結果が得られるんですわ。外部的な刺激は、ラミファイ ド・スコアに悪影響をあたえるのです」 ローズは勝ちほこったように夫に笑いかけ、マットはおとなしく彼女に従って外へ出る。 チャーリイと一一人になるとガリノ先生は、彼の頭を軽く叩く。彼は人なつつこい笑顔を向ける。 「さあ、坊や。台の上におのり」 チャーリイが動かないので、ガリノ先生は彼を革張りの診察台にやさしく押しあげ、からみあった 紐で彼の体をしつかりと縛りつける。台は浸みこんだ汗と革の匂いがする。 「マアアア ! 」 「ママは外だ。、い配するなチャーリイ。ちっとも痛かないぞ」 「マア、きて ! 」チャーリイはこんなふうに縛りつけられてなにがなんだかわからない。何をされる のか見当がっかないけれども、両親が出ていってしまうとあまりやさしくしてくれないお医者さんも ガリノは彼を鎮めようとする。「大丈夫だよ。坊や。なにも怖がることはないんだ。この大きな機 械が見えるだろう ? これで何をするか知っているかい ? ー チャーリイはすくんでいる、それから彼は母親の一 = ロ葉を思いだす。「ぼくを利口にする オし力さあ、ちょっと目 「そうだよ。きみは、なんのためにここへ来たかちゃんと知っているじゃよ、ゝ。 をつぶって、楽にして、そのあいだにこのスイッチを入れるからね。飛行機みたいに大きな音が出る か、痛くはないからね。そうしたら、きみをいまよりもうちょっと利口にできるかどうかわかるんだ 巧 0
不思議な洗礼をほどこされる。私の肉体は、与えることによって震え、彼女の体はそれを受け入れて 震えた。 夜が静かな昼になるまで私たちはこうやって愛しあった。彼女のかたわらに横たわっていると、肉 体の愛がいかに大切かということが、たがいの腕の中にいて、与え、受け入れることがいかに必要か とい , っことがよくわかった。 宇宙が爆発して、分子がとび散り、われわれを暗く淋しい宇宙へとほう りだし、永遠にわれわれを引き裂くーー子供は子宮から、友だちは友だちから、たがいー ( オ こまよれてし き、それぞれの道を通って孤独な死のゴール・ポックスへとおもむく。 だがこれはそれをおしとどめる釣合いのおもりだ。人々を結びあわせふみとどまらせる行為だ。人 間は嵐のさなか、船外へほうりだされないようにするために、おたがいの手を握りあって、引きはな そうとする力に抵抗する、するとわれわれの体は溶けて、無へ押し流されないようにしてくれる人間 鎖のひとつの輪になる。 眠りにおちょうとする寸前、私はフェイとはどんなふうだったか思いだして、ひとり微笑した。あ れが気楽なものだったことは否めない。 単に肉体的なものだった。アリスとのこれは神必ご。 私は彼女におおいかぶさってその眼に接吻した。 アリスは私のすべてについて知り、われわれがほんのしばらくしかい っしょにいられないという事 実を受け入れている。私が出ていけといったら出ていくことに同意した。そのことを考えると苦痛だ が、われわれがもっているものは、大方の人々が一生かかって見つけるものより大きいと思う。 十月十四日ーーー朝、目がさめてみると、自分がどこにいるのか、ここで何をしているのかわからな い、かたわらにいる彼女を見てようやく思いだす。わたしに何かが起こりはじめたことを彼女はさと 302
ろう。 でもとにかくこれわ科学なのでぼくわほかの人たちと同じように頭がよくなるようにがんばらなく てわならない。そして頭がよくなったらみんなぼくとしゃべってくれるだろうそれからみんなが大事 なことを話しあったりするときにわジョウカープやフランクやジンビイたちとおなじようにすわって 話をきけるようになる。みんなわ働きながらおしゃべりをして神様のこととか大とー良がっかうかね のことやそれから共和とーとか民しとーなんかのことを話す。そしてみんなこおふんしてけんかをは じめそおになるのでドナーさんが来てばん焼きにもどれさもないと組合に入ていようがいまいかみん なくびだぞといった。ばくわああいうような話がしたい。 もしおまえの頭が良くなったら話す友だちがたくさんできるからおまえわもうずーっとひとりぼっ ちじゃなくなるんだよ。 経過報告にわまわりで起こたことわぜんぶかいてよいけれどもそれよりも感じたことや考えたこと や過去のことでおもいだしたことなんかをかきなさいとニーマーきょー授がいった。どうやって考え たりおもいだしたりすればいいのかわからないといったらただやってみなさいといった。 目にほーたいをしている間ずーっと考えたりおもいだしたりしてみたけれども何も起こらなかった。 何を考えたり何をおもいだしたりすればいいのかわからない。きょー授にきいたらばくわもう頭がよ くなるのだからきっと考え方をおせえてくれるだろー。りこうなしとわなにを考えたりおもいだした りするのだろー。きっとむつかしいことだろーな。ばくもむつかしいことを知ていたらなあとおもう。 三月十二日ーーーニーマーきょー授がまえにかいたほうの報告のたばをもっていって新しい分にとり かかったらこれにわまい日はじめに経過報告とかかなくてもし 、い。はじめに月日だけかけばいい時
といった。で、もファニイバ ードンがそばできいていていとこがビークマンの学生でそのひとにきいて くれてビークマン大学に精はく成人センターというのがあると教えてくれた。 紙に名前をかいてくれたのでフランクはわらってそんなに教よーを高めてもらってはおまえの古い 友だちとおしゃべりができんようになるぞといった。、いばいするなよ読んだりかいたりできるように なっても古い友だちとはっきあうようにするからなといった。フランクはげらげらわらってジョウカ ( 友 ープもわらったけれどもそこへジンビイがきてろーるばんをさっさとっくれといった。みんない、 だちなのです。 し事がおわると六ぶろっくばかり歩いて学校へ行ったけれどもぼくはこわかった。ぼくは読み方の 勉強ができるのでとてもうれしくて勉強がおわったら家にもってかえって読もうとおもって新聞をか そこにつくとそこは大きくて細長いへやで大ぜいいた。たれかにまちがったことをいうのがこわい のでぼくは家にかえろうとした。でもどうしてかよくわからないけれどぼくはまたひきかえして中へ 入ていった。 たいかいのみんながかえってしまってから何人かの人がばん屋にあるような大きなタイムレコーダ ーのそばにいたのでぼくはそこの女の人に読み方やかき方をおしえてもらえますかぼくは新聞にかい てあることをみんな読みたいのですといって新聞を女の人に見せた。その人がキニアン先生だったの ですがそのときは知らなかった。あしたもう一どきて登緑してくれたら読み方をおしえることにしま しようとかの女はいった。でも読み方をおばえるまでには長い時間かかります何年もかかりますから それを承知しておいてください。そんなに長くかかるとは知らなかったけれどもでもどうしてもなら いたいいままで何ども人をだましたから。つまり読み方を知っているようなふりをしていたのですが っ」 0
ンを負かそうと競争したときのことを思いだす。い まこの迷路を解くのに前より時間がかかっている ことはたしかだ。バ ートが手を出して紙をとろうとしたが、私はそれを破いて、屑かごに捨ててしま っ」 0 じゃ、よ、ゝ 「もうやめだ。迷路はちゃんとやった。袋小路にぶつかった、それでもうい ( オし , 刀」 私が飛びだすんじゃよ、ゝ オし力と恐れて彼は私をなだめにかかった。 「いいんだよ、チャーリイ。気を 楽にしろよ 「 " 気を楽にしろ ~ とはどういう意味だ ? これがどういうものかあんたなんかにわかりやしない」 「そりやそうだ、でも想像はできる。このことでみんな気がめいっているんだ」 「同情はたくさんだ。ほっといてくれ 彼はとほうにくれている。これは彼の罪ではないんだと、そして自分は彼にひどい仕打ちをしてい るんだと、そのとき私はさとった。「どなったりしてすまないー私は言った。「その後どう ? 論文 は仕上がったかい ? , ( うなずいた 「いまはタイプを打ちなおさせているところなんだ。一一月には博士号がとれるだ ろう」 「よかったな」彼に腹を立てていないことを示すために彼の肩をたたいた。 「精をだしなよ。教育っ ていうもんはい ( 、ものだ。ねえ、さっき言ったことは忘れてくれよ。他のことならやってやるよ。迷 路はもうたくさんだーーーそれだけさ」 「まあ、ニーマーはロールシャツ、 ・テストをやりたがっているがね」 「深層で何が起こっているか知りたいからか ? 彼は何を期待しているのかね ? 私は狼狽したように見えたのだろう、なぜなら彼が前一一 = 〕を撤回したからだ。「やらなくてもいいん
「少なくとも焼却炉じゃないと私は言った。 「なんだって ? 「いやいや。こっちのことですーそのとき私はふと思いついた。「あのう、ワレンを訪問することは 可能でしようか、つまり訪問者としてあそこを見学してみたいんです」 「ああ、訪問者はしじゅうあるからーー一種の広報活動というような意味で施設の定期的な見学コー スがあるんだよ。しかしなぜだね ? 」 「見たいからです。どういうことになるのか知っておきたいんです、自分がしつかりしているあいだ に見ておけばなにか手がうてるかもしれない。 手配していただけませんかーーーできるだけ早急に」 ワレンを訪れるという私の提案に彼が狼狽しているのがわかった。まるで私が死ぬ前に、自分の棺 を注文したとでもいうように。しかし彼を非難することはできない、なぜなら、私がほんとうは何者 であるかを発見することーーすなわち私の存在の意味は、私の過去と同時に未来の可能性を知ること、 私が住んでいたところと同時にこれから住むところを知ることにかかわっているのだということに彼 は気づいていないのだから。われわれは迷路の終点は死につながっていることを知っているが ( そし てそれは私が必ずしも知らなかったことだ このあいだまで私の中の青年の部分は死とは他人に訪 れるものだと思いこんでいた ) 、あの迷路の中から私が選んだ道は、私をあるべき姿にしてくれるの だと思う。私は一個の物であるばかりでなく、ひとつの存在の仕方でもあるーー数ある仕方のひとっ そして私がこれまでたどってきた道とこれからたどる道を知ることによって、私がどういうもの になるかわからせてくれるのだろう。 その晩から数日間私は心理学のテキストに没頭した。臨床、人格、精神測定学、学習、実験心理学、 動物心理学、生理心理学、行動主義派、ゲシュタルト派、分析派、機能派、力学派、有機体派等々の 229
てくる黄色の細い縞が、両方の世界をつなげるために暗闇を射しつらぬく他は。それから話し声が聞 こえる、内容は理解できないが感じられる。なぜならあのきしり声は彼の話をしているのにきまって いるからだ。日ごとに、彼はあの声と、彼のことを話すときのしかめ面を結びつけるようになった。 眠りにおちかけたとき、光りの帯を通して聞こえてくるひそやかな声か高くなり烈しい口論になっ 母の声は、ヒステリーを起こして我を通そうというときに使われる脅迫めいた鋭さを帯びてい た。「あの子は、入れてしまうべきよ。これ以上ノーマといっしょにこの家においておきたくない。 ポートマン先生に電話して、チャーリイをワレン養護学校へ入れたいって言って」 父の声は落ち着いてしつかりしている。「だけど、チャーリイは、あの子にはなにもわるさはしゃ しないよ。ノーマの年じゃ、まだどうっていうことはないよ」 「なんでそんなことがわかるの ? 育ちざかりの子にはきっと悪い影響を与えるわ、ああいう : : : の 力いっしょの家にいたんじゃ」 「ポートマン先生は言ったじゃ 「ポートマンが言った ! ポートマンが言った ! 先生がどう言おうとかまわないでしょ ! ああい う兄を持つってことがあの娘にとってどんなことか考えてよ。いままであたしは間違ってた、あの子 が他の子のように成長するって信じようとしたりして。いま、わかったわ。あの子は家から遠ざけた 方がいいんです」 「ノーマを授ったから、あの子はもういらないってわけか : 「そんな気安いことだと思うの ? どうしてあたしにそう辛い思いをさせるの ? 今までみんなあの 子をよそへやれってあたしに言いつづけてきた。ええ、みんなの一一 = 〕うとおりよ。よそへやりましよう。 あたしに ワレンで同じような子といっしょに暮らせば、なにかいい生き方が見つかるかもしれない。 ー 80