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検索対象: アルジャーノンに花束を
291件見つかりました。

1. アルジャーノンに花束を

の世界へ私を縛りつける。 膨張しつづけた私の魂は、ゆっくりと波が引くように地上の大きさに縮んでいく , ーー自発的にでは ない、なぜなら私は自分を失う方がよいのだから、しかし私は下へ引っぱられる、自分に、自分の中 へ、それゆえ、一瞬後に私は寝椅子の上に戻り、意識の指を肉体の手袋へとつつこむだろう。そして、 この指を動かすことも、あの眼をまばたくこともできるーー・私が望みさえすれば。しかし私は動かし たくない。動かすものかー 私は待つ、自分自身を開けはなち、この体験が意味するものに無抵抗でいる。チャーリイは私が、 心の上部のカーテンを突き破ることを望んでいない。そのむこうに何があるのか、チャーリイは知ろ , っとは田 5 っていよい。 彼は神を見るのを恐れるのか ? それとも何も見えないのか ? 私は横たわって、私が私自身の中で私自身である瞬間が過ぎるのを待っている、そしてふたたび私 は肉体のあらゆる感覚、あるいは知覚を失う。チャーリイは私を私自身の中へ引きずりおろそうとす る。私は見えない眼の中心で内部を凝視する、紅色の点が、多花弁の花に変形していくのをーーチラ チラと微光を発しながら渦巻いて光る花。それは無意識の核の奥に横たわる。 ーーー私の自我の原子が微 私は縮む。肉体の原子が近づきあって密になるというのではない、融合だ 小宇宙にのみこまれるのだ。おそらく焦熱と目もくらむ光りがあるだろうーーー地獄の中の地獄 オしオだ花だけを見る、増殖せず、分裂せず、多から一へとたちかえる。そし が私はその光りを見よ、、こ、こ て一刹那、光芒を放っ花は一条の糸にぶらさがる黄金の円盤となり、次に渦まく虹の気泡となって、 そしてついに私は洞窟へと戻り、そこではいっさいが沈黙し、暗く、そして私は湿っぽい迷路を泳い 291

2. アルジャーノンに花束を

「少なくとも焼却炉じゃないと私は言った。 「なんだって ? 「いやいや。こっちのことですーそのとき私はふと思いついた。「あのう、ワレンを訪問することは 可能でしようか、つまり訪問者としてあそこを見学してみたいんです」 「ああ、訪問者はしじゅうあるからーー一種の広報活動というような意味で施設の定期的な見学コー スがあるんだよ。しかしなぜだね ? 」 「見たいからです。どういうことになるのか知っておきたいんです、自分がしつかりしているあいだ に見ておけばなにか手がうてるかもしれない。 手配していただけませんかーーーできるだけ早急に」 ワレンを訪れるという私の提案に彼が狼狽しているのがわかった。まるで私が死ぬ前に、自分の棺 を注文したとでもいうように。しかし彼を非難することはできない、なぜなら、私がほんとうは何者 であるかを発見することーーすなわち私の存在の意味は、私の過去と同時に未来の可能性を知ること、 私が住んでいたところと同時にこれから住むところを知ることにかかわっているのだということに彼 は気づいていないのだから。われわれは迷路の終点は死につながっていることを知っているが ( そし てそれは私が必ずしも知らなかったことだ このあいだまで私の中の青年の部分は死とは他人に訪 れるものだと思いこんでいた ) 、あの迷路の中から私が選んだ道は、私をあるべき姿にしてくれるの だと思う。私は一個の物であるばかりでなく、ひとつの存在の仕方でもあるーー数ある仕方のひとっ そして私がこれまでたどってきた道とこれからたどる道を知ることによって、私がどういうもの になるかわからせてくれるのだろう。 その晩から数日間私は心理学のテキストに没頭した。臨床、人格、精神測定学、学習、実験心理学、 動物心理学、生理心理学、行動主義派、ゲシュタルト派、分析派、機能派、力学派、有機体派等々の 229

3. アルジャーノンに花束を

寝椅子の、服や下着が積み重なっている上に彼女を押したおした。 「寝椅子はいやよ、チャーリィー彼女はそう言って私を押しのけて立ちあがる。「べッドへ行きまし幻 よう」 「ここだ」私は強引に言ってプラウスをはぎとる。 彼女は私を見おろし、グラスを床に置き下着を脱ぐ。そして私の前に立つ、全裸で。「電気を消す わ」と彼女はささやく。 「だめ」」私はまたもや彼女を寝椅子に引きずりたおす。「きみを見たいんだ」 彼女は深いキスをして、私をひしと抱きしめる。「今度こそがっかりさせないでよ、チャーリイ。 さもなきや、やんないほうかまし 彼女の体はゆっくりと動いて、私を求める。今度こそは邪魔するものはいないだろう。何をすれば よいか、どうすればよいかも知っていた。彼女は喘ぎ、吐息をもらし、私の名を呼んだ。 ほんの一瞬、彼が見ているという冷たい感覚に襲われる。寝椅子の肘掛け越しに、窓のむこうの闇 ほんの数分前私がそこにうずくまっていたーーー闇をすかして私を見つめかえしている彼の顔を垣 間見る。感覚の転換、そして私はふたたび非常階段にいて、中にいる男と女が、寝椅子で愛しあって いるのを見ている。 しかし、強い意志の力によって、私は寝椅子の彼女の横に戻り、彼女の体と、私自身の緊迫と力と を感じ、そして、窓に張りついて貪るように見つめる顔を見た。私はそしてこう思った。見るがいい かわいそうなやっーーー見ろ。ぼくはもう平気だぞ。 彼の眼はそして、見つめるほどに大きく見開かれていった。

4. アルジャーノンに花束を

私が生きているということ、私が一人前の人間であることを彼は認めねばならないのだ。明日、調髪 や髭剃りをやりながら、客たちに私のことを自慢してもらいたいのだ。そうすることによって、これ がすべて現実になる。私が彼の息子であることを彼が知ったら、そうしたら私はやっと一人の人間に なれるのだ。 「髪の毛を上にあげたから、きっとぼくがわかるでしよう」私は立ちあがりながら、彼が気づくのを 待ちかまえた。 彼は眉をよせた。「なんのことかな ? 冗談で ? 冗談ではないと私は言った、よく私を見て一生懸命考えれば、私がわかるだろうと。彼は肩をすく め、櫛と鋏をしまうためにむこうをむいた。「あてつこなんかしている暇はないですよ。店を閉めな いとね。三ドル五十セント いただきます」 彼が私を思いださなかったら ? これがばかげた幻想だとしたら ? 彼の手が金を受けとるために さしだされたが、私は財布に手を伸ばそうとはしなかった。彼は思いださなくてはいけない。私を知 っていなくてはいけないのだ。 だかノウだーーーむろんノウだーーーロに酸つばいものが湧いて、掌が汗ばむのを感じ、いまにも気分 か悪くなりそうだった。しかし彼の前でそんなふうになるのはごめんだ。 「やや、大丈夫かな ? 」 「ええ : : : ちょっと : : : 待って」私はクロームの椅子にたおれこみ、前かがみになって息を吸い、血 が頭に戻るのを待つ。腹の中を烈しくかきまわされるようだ。おお、神よ、いま気絶させたりしない でくれ。彼の前でそんな醜態をさらさせないで。 「水 : : : 水を一杯、ください : 水が欲しいというよりは彼を追いはらいたかったのた。久しぶり 196

5. アルジャーノンに花束を

彼女にも他のみんなにももはや言うべきことは何もない。だれひとり私の眼をのぞきこもうとする ものま、よ、。 敵意がひしひしと感じられる。以前、彼らは私を嘲笑し、私の無知や愚鈍を軽蔑した。 ったい彼らは私に何 そしていまは私に知能や知性がそなわったゆえに私を憎んでいる。なぜだ ? を望んでいたのだ ? この知性が私と、私の愛していた人々とのあいだに楔を打ちこみ、私を店から追放した。そうして 私は前にもまして孤独である。アルジャーノンを他のねずみといっしょの大きな檻に戻したらどうな るであろうか。彼らもアルジャーノンに背を向けるだろうか ? 五月一一十五日ーーーかくして人間は自己嫌悪におちいるのである・ーー己れが間違ったことをしている のを知りながら、その間違ったことがやめられない。意志に反していっしかアリスのア。ハートに足を むけていた。彼女は驚いたが中へ入れてくれた。 「びしょぬれじゃないの。顔にしずくがたれているわ」 「雨が降っているんだ。花はよろこんでいる 「お入りなさいな。タオルで拭かなきや。肺炎になってしまう」 「ここに置いてください」 「話ができるのはあなただけだ」と私は言った。 「いれたてのコーヒーがあるわ。さあ、服をかわかして、そうしてからお話ししましよう」 彼女の部屋に入ったのはこ 彼女がコーヒーを取りにいっているあいだに私はあたりを見まわした。 , れがはじめてだ。よろこびがわいたが、部屋の何かが私の心をかきみだした。 何もかもきちんと整頓されている。出窓には磁器の人形が一列に並んでいて、みんな同じほうを向 9 いている。ソフアの上のクッションは、むぞうさに投げだされているのではなく、ソフアにかけてあ

6. アルジャーノンに花束を

いるかということかようやくわかったと思う。それはローズ・ゴードンが日夜願いつづけていたこと なのだ。チャーリイが白痴だという彼女の恐怖、彼女の罪悪感、彼女の恥辱。どうにかできるのでは ないかという彼女の夢。 いつもっきまとっている問題はこうだ これはだれのせいか、彼女のかマ ットのか ? ノーマが生まれ、彼女にも正常な子供を生めるのだと、私が奇型なのだということが実 証されると、彼女は私を作り変えようという努力をやめた。一方私は、彼女が望んでいるような利ロ な子になりたいという気持を持ちつづけていた、そうすれば彼女は私を愛してくれるからだ。 ガリノについての奇妙なこと。彼が私にしたこと、ローズやマットをだましたことを考えれば、怒 って然るべきなのだが、どういうわけか怒りは湧かない。第一日目から彼は愛想がよかった。肩を叩 き、笑顔を見せ、めったにかけられたことのない励ましの一一一口葉をかけてくれた。 彼は私をーー・あのときですらーーー人間として扱ってくれたのだ。 恩知らずに聞こえようが、私がここで憤懣やるかたないのはそれなのだーーっまり私をモルモット 扱いにする態度である。現在のような私を作りあげたという、あるいは将来、私のような人たちも本 当の人間になれるというニーマーの口癖である。 彼が私を創造したのではないという事実をどうしたら理解させられるだろう ? 精薄者にも人間の感情があるのだということを理解しないがゆえに彼らを見て笑う人々と同じ過ち を、ニーマー・も犯しているのである。私がここへ来る前も人間であったことを彼は認識していない。 私は怒りを抑制すること、性急にならないこと、待っということを学んでいる。成長しつつあるの だと思う。日を追って、自分のことかよくわかってくる。さざ波のようによみがえりはじめた記憶は いまや、怒濤となって襲いかかる :

7. アルジャーノンに花束を

通りーー・そんなものはとうてい見つかりそうもないところーーーーで探し求めていたのは、人々とふたた び感情を分かちあえる方法だった。 一方では知的な自由を保有しながらね。ぼくは成長しなければな幻 、り、よ、 0 ぼくにとってはそれがすべてだ : 私は喋りまくった、プクプク湧きあがってくるあらゆる疑惑や恐怖を吐き出した。彼女は私の反響 板で、催眠術にかかったようにすわりこんでいる。体が温くなり、熱くなり、ついには燃えだすかと 思われた。私は、大事な人の前で悪疫を焼きつくそうとしていた。そしてそれはすべてを変えた。 しかし彼女には荷がかちすぎた。震えていたのが涙になった。ソフアの上にかかっている絵が私の 眼をひいた 怯えている赤い頬の乙女・ー・ー・そして私はアリスがいまどう感じているだろうかと思っ 彼女は自分を与えたいと思っているし、私は彼女を欲している、しかしチャーリイはどうだろ フェイと愛を交わすのであれば、チャーリイは邪魔しないかもしれない。、 おそらくただ戸口に立っ て、見ているだけだろう。しかし私がアリスに近づくと、彼は。ハニックに襲われる。なぜ私がアリス と愛を交わすのを恐れるのだろう ? 彼女はソフアに腰かけ、私を見つめ、私のしたいことを探ろうとする。私に何ができるだろう ? 彼女を抱きしめたい、そして : そう考えはじめると、警告が来た 「大丈夫なの、チャーリイ ? 顔がとても蒼いわ」 私は彼女の横に腰をかけた。「ちょっとめまいがしただけだ。すぐになおるよ」だが、彼女と愛を 交わすには危険があるとチャーリイが感じる限り、それがますますひどくなるのはわかっていた。 そのときある考えが閃いた。はじめは厭わしく思われた、しかしこの膠着状態を克服する唯一の方

8. アルジャーノンに花束を

論文ー同封 コピィーストラウス博士 ウエルヾ ーグ財団 ンアウト 九月一日ーーー恐怖に駆られてはならない。そろそろ情緒不安定と健忘症の徴候、焼損の最初の症 状があらわれるだろう。私自身がそれらに気づくのだろうか ? いま私にできることは、この心理日 記かこの種のものの最初にして、おそらく最後であることを記憶にとどめながら、私の精神状態をで きるだけ客観的に記録していくことだ。 けさニーマーは、ヾ ートに私の論文と統計データをホールストン大学へ届けさせた。大学の当該分 ( しかかって彼ら 野の最高権威に私の結論と理論式の妥当性を検証してもらうためである。先週いつま、 つまる ノ ートに私の実験と分析方法を追試させた。彼らの用心深さを不愉快に思ってはならない。 ところ私は〈新米チャーリイ〉にすぎず、ニーマーにしてみれば、私の仕事が彼をしのいだという事 実を受け人れるのは容易ではないのである。彼は己れの権威という神話を信じてきたのだし、しよせ ん私は部外者なのだ。 ( いことだ。時 この問題について彼がどう考えようと、他の連中かどう考えようと私にはどうでも、 間がない。仕事は完成し、データはそろった、私はアルジャーノン図表に私の身にこれから起こるで あろうことを予測するカープを書きこんだが、残されたことはそれが事実正確なものであるかどうか を観察することだ。 アリスにこの話をすると彼女は泣いた。そして外へ走り出ていった。彼女がこれについて責任を感

9. アルジャーノンに花束を

れた反動か ? あるいは実験に根本的な欠陥があるのだろうか ? その法則を見つけなければならな もし私かそれを発見し、そしてもしそれが、精神遅滞についてすでに発見されている事実や、私の ような人々を救う可能性に、たとえひとにぎりのデータにしろ、つけくわえることになるならば、私 は満足するだろう。私に何が起ころうとも、まだ生まれてこない仲間たちに、何かを与えたことによ って、私は正常人千人分の一生を送ったことになるだろう。 それで十分だ。 七月一二十一日 , ーー私はいま崖つぶちに立っている。それが感じられる。みなは、こんなペースでや っていたらまいってしまうと考えているが、彼らが理解していないのは、私が、かってその存在を知 らなかった澄明さと美の極致に生きていることである。私のあらゆる部分がこの仕事に波長を合わせ さまざまな着想が花火 ている。昼間はそれを毛穴に吸収し、そして夜はーー睡りにおちる寸前に のように頭の中で炸裂する。問題の解がとっぜん浮かびあがることほど大きな歓びはない。 この沸きたっエネルギー、私がなすことすべてを満たすこの熱意を奪いさってしまうようなことが 起きるなどとは信じがたい。それはあたかもこの数カ月に吸収したすべての知識が合体して私を光明 と英知の高みへと引きあげてくれるかのようであった。これは美であり愛であり、真であり、それら がすべてひとつになったものだ。これは歓びである。それを発見したいま、どうしてそれがあきらめ られようか ? 人生と仕事は人間が所有しうるもっとも素晴しいものだ。私はいま自分がしているこ この私の頭の中にあるからだ、そしてま 9 とに愛着を感じている、なぜならこの問題の答は、ここに、 もなくーーーもうすぐにーーーそれは意識の表層に噴出するだろう。われをしてこのただひとつの問題を

10. アルジャーノンに花束を

「でも行っちゃいやよ ! ここにいてくれなきや 「旅行だの研究だのがあるし、講演もしなくちゃならないしね、でも会いにはくるようにするよ。母 さんの面倒をみてやってくれ。母さんも苦労したからね。できるかぎりの手伝いはさせてもらうか 「チャーリイ , いや、行かないで ! 」彼女は私にすがりついた。「あたし、怖い ! 」 私が日頃から演じたいと思っていた役割 たよりかいのある兄。 そのときである、いままで隅のほうにひっそりすわっていたローズが、私たちのほうを見すえてい るのに気づいた。表情がどこか変化していた。 眼が見開かれ、椅子の縁から体をのりだしている。私 の頭に浮かんだのは、獲物に襲いかかろうとしている鷹だ。 私はノーマを押しのけたが、何を一一一〔うひまもなく、ローズは立ちあがった。そしてテープルにのつ ていたナイフをつかんで私に突きつけた。 「おまえ、この子に何をしているんだ ? そこをおどき ! 今度おまえが妺にさわるところを見つけ たら、そのときはどうするかって言ってきかせたろう , けか , らわしい おまえはまともな人間の 仲間じゃないんだ」 私たちは飛びはなれた、そしてある不条理な理由から、私はうしろめたさすら感じた。まるで何か 悪いことをしている現場を捕まったかのような。ノーマも同じように感じたらしかった。母親に叱責 されて、まるで私たちがほんとうにみだらなことをしていたような、そんな気分にさせられた。 ノーマが叫んだ。「母さん ! ナイフをはなしなさい ローズがナイフをもって立っている姿は、マットに私を連れていけと迫っていたあの晩の情景を彷 彿とさせた。いまあの状況を再現しているのだった。私はロをきくことも動くこともできない。嘔吐 282