ぞうせいち ゅうやみ 造成地のまわりは、すでにタ闇につつまれていた。 「いる力い ? 小腰をかがめて、あき地の闇をすかしながら、 ( チベ工がささやく。 たちき 造成地の向こうは、山がせまっていて、黒ぐろとした立木がしげつていた。 おざきひろし ふいに、尾崎浩が低い声をあげて、かたわらのハカセの服をひつばった。山はだの根も とに、白いものがかすかにうごいたのだ。 ハカセは、ゆっくりとつぶやくようにこたえる。 っとむ 「そうなると、努くんのいくところは、ひとっしかないね。」 ハカセが、やっとモーちゃんをふりかえった。 「兄さんと、トレーニングしてた、あのあき地だな。」 169
からだが、ぐらりとかたむき、地面によこだおしにたおれる。兄さんは、すこしのあいだ、 まつばづえ たおれた弟を見おろしていたが、やがてかたわらにころがっている松葉杖をかた手でひろ っとむ いあげると、もういつ。ほうの腕で弟のからだをかかえあげる。努は、ごくごくすなおに兄 かた さんの肩につかまった。 むごん そして、まったく無一言のうちに、ふたりはあき地をでていった。 やみ 自転車の音が、闇のなかにきえたとたん、、あき地にとりのこされた四人は、深いため息 をついたものである。 「さあて、おれたちも帰ろうぜ。このぶんなら、あしたは晴れそうじゃないか。」 ひろし ( チベ工が、浩の肩をたたいた。いつのまにか暗い空のあちらこちらで、星が光りはじ めていた。雲の切れ間がひろがったのだろう。 ( チベ工が、家にもどってきたのは、午後七時すぎだった。 どこをほっつき歩いてたんだい。父さんに踊りをおしえてたんじゃ 「おまえ、いったし なかったのかい。父さんごきげんななめだよ。」 うで おど 172
「いいかね。騎手のぼうしがぬげたり、騎手が落馬したもの、それから馬がくずれたもの、 すべて負けだ。そうなったら、かけ足でもとの場所にもどる。では、まず男子チームか たくわ 宅和先生が、ロに笛をくわえた。 こえ じんち するどいホイッスルと同時に、赤白の陣地から、ウォーツ というときの声があがる。 ハチベ工も男子のいちばん小さいグループの騎手をつとめていた。かれは、からだをの ぜんばうてき ばして、前方の敵を見まわした。と、白組のいちばん右手から、ハチベ工たちとどうよう、 背の低い馬が、ゆっくりと走ってくるのが見えた。馬の上にふんそりかえっているのは、 みやした ? む 宮下努ではないか 努のすがたを見たとたん、 ( チベ工は、馬の頭をたたいた。 「おい、ネズミ。右だ。右のちっこい馬にむかって、つつこめ ! 」 めいれいいっ みなもとあきら おなじ一組のちびで、ネズミというあだ名をもらっている皆本章が、 ( チベ工の命令一 っしん 下、努の馬にむかって突進していく。あいてもそれと気づいたらしい。努が両手をあげて、 せんとうたいせい 馬の上に立ちあがった。 ( チベ工も戦闘態勢にはいる。 ふえ
まつばづえ っとむ ( チベ工が、努のそばに近よったとたん、努が、右手の松葉杖をよこにはらった。松葉 杖は、もののみごとに ( チベ工の腰を打つ。 「いて ! なにしやがるんだ。」 そのとたん、ワ ンという泣き声が、あき地にひびきわたった。 みやしたっとむ それが、宮下努の泣き声だということに気づくまで、ちょっとひまがかカった 努は、ワンワン泣きながら、右手の松葉杖をふりまわしはじめた。とはいっても、から だはもう一本の杖にすがっているから、それほど威力はない なんだか、あかん・ほがヒステリーをおこして泣きわめいている。そんなふんいきなのだ。 ( チベ工が、ふたたび近づこうとしたときだった。 「つとむ , きびしい声が、うしろでした。 ふりかえると、かけ足で近づいてくる努の兄さんが見えた。 兄さんは、そのまま努のそばにかけよると、右手をふりあげた。 。 ( シッというはげしい音が、 ( チベ工やモーちゃんの耳にもはっきりときこえた。努の あし 171
( チベ工が、くすれたタワーのそばにかけよったころには、たいていの子は、もうおき みやしたっとむ あがっていた。ただ、宮下努のまわりに先生がかけよって、なにごとか話しかけている。 「どうしたんだ、あいっ ? 」 そばにいた男の子にたずねると、その子はちょっと顔をしかめた。 ほねお 「いちばん上からおちてさあ、足の骨が折れたんだって。」 「ほんとかよう。」 こ - っしゃ りようがわ おどろいてふりかえると、努はふたりの先生に両側からかかえられて、校舎のほうには こばれていくところだった。 努の足の骨が折れるなんて : ・ こうなると、赤白対抗リレーは、どうなるかわかったもんじゃない。努は当然、出場で きないから、ほかの選手をだすことになるのだろうが、努以外の選手なんて、たかが知れ ている。 一ま - つ、刀し かんしんじ さて、見物席にもど 0 た子どもたちの関心事は、なんとい 0 てもタワー崩壊の因と、 せきにんしゃ 責任者の追及だった。 ついきゅう あかしろたいこう せんしゅ 0 かお とうぜん げ ん 112
ふたりの少年はそれだけいうと、 ( カセの返事もきかずに、そそくさとわが教室のほう へともどっていった。 みやしたっとむ , カセも、しゅうねん深いことで 宮下努は、まだそんなことをかんがえているらしい。、 は他人に負けないつもりだったが、努には、負けそうな気がする。 あす はなやま 十月九日、花山第二小学校の運動会を明日にひかえた朝は、あいにくの雨となった。 「あしたは運動会でしよう。早くあがってくれるといいわね。地面がぬれてちゃあ、おち ついて見物もできないもの。」 だいどころ カセも窓の外をのそく。 おきてきた ( カセに、台所の母さんが声をかけた。 ( じゅんび 「これじゃあ、準備もできないね。きよう、テントはったり、ラインをひいたりしなく ちゃあいけないんだけどな。」 あまつぶ ゅうべおそくふりだしたらしい雨は、まだおとろえを見せす、さかんに雨粒をまきちら している。 雨がふったので、朝のトレーニングを中止して、 ( カセは早めに学校にいった。きよう へんじ 155
るのかもしれないな。おっと、あいつら、あき地にはいってったそ。」 ぞうせいち ( チベ工のささやいたとおり、ふたりは、とある造成地のなかへとはいっていった。 けん ちゅうお - っ せいち 整地がおわったばかりで、家は一軒も建っていない。あき地の中央までくると、すこし たいそう のあいだ体操のようなことをはじめた。それがすむと、あき地のすみにもどり、足ぶみを はじめた。それもふつうの足ぶみじゃない。両手をまげて前後にはげしくふりながら、足 は、太ももがおなかにつくくらい上げての、もうれつな足ぶみなのだ。 びよう こいつを二十秒くらいつづけたと思うと、両手をまよこにひらいてあき地のなかをとっ とこ走りだした。小さい子どもが、飛行機のまねをして走る、あのスタイルだ。へんてこ なスタイルで、あき地のなかをかなりのスビードで一周、つづいてこんどは、両手をうし しせい ろに組んで、一周。さいごに両手をまえにのばして組み、そのままの姿勢であき地のなか を一周した。 あき地でのトレーニングは、これで終わりらしくて、ふたりは、なにやら楽しそうにお しゃべりしながら、もときた道をゆっくりしたスビードで走っていく。 さぎようごや いちぶしじゅうていさっ 造成地のそばにある作業小屋のかげにかくれて、一部始終を偵察していた ( チベ工、 ふと
っとむ 努の兄さんは、あき地のはしにスタートラインをひくと、四人をならばせた。それから、 よこに立って、ポケットからホイッスルをとりだす。 四人は、スタートの姿勢をとった。笛の音とともに、地面をけって走りだす。 しゅう けっこう広いあき地なので、一周すれば、百メートルくらいはあるだろう。 じようしき おざきひろし 一位が ( チベ工、二位が尾崎浩、三位が ( カセ、四位がモーちゃんという、まあ、常識 てきじゅん 的な順位となった。 あらい息をついている四人を、ひとりずつ見ながら、努の兄さんがいった。 びよう 「そうだなあ。 ( チベ工と浩は、走るときのフォームを気をつければ、あと一秒くらいタ イムをちちめられるかもな。モーちゃんの場合は、うーーーん、スタートのタイミングと、 ハカセだっけ ? おまえ、そのめ それに、やつばり走るときのスタイルかなあ。ええと、 がねのつるに、ひもかゴムをつけて、頭のうしろでしばってみなよ。」 「どうしてですか。」 「走ってるとき、めがねがゆれると、どうしてもからだの。 ( ランスくずしちゃうのさ。ゴ しせい ふえ 149
ことなくそとにでた。 ジェイアール さいしょは、どこか遠くにいきたくて、の駅まで歩いていったのだが、さすがに心 ちゅうしゃ ち ぼそくなって、ちょうど駅前に駐車していたタクシーにのって、上町のあき地までいった のだという。 ははおやと っとむ どうしてそんなところにいく気になったのかと、母親が問いただしたけれど、努は、つ いにこたえなかったそうだ。 かんけい 努の母親は、ハ カセたちと努の関係は知らないから、努がなぜあき地にいく気になった かは、わからないだろう。 ゆる 「あしたの運動会、お医者さんのお許しがでたら、努くんも見学させてもらうそうよ。」 電話をおえたハカセの母さんが、 ( カセにったえた。 ごぜん おざをむろし 十月十日午前六時、 ( カセ、 ( チベ工、モーちゃん、それに尾崎浩の四人は、さいごの まえにわしゅうごう トレーニングをうけるべく、花山上町のアパ トの前庭へ集合した。 「きのうは、ほんとにありがとう。いやあ、努が、あのあき地にいくとはね。おれもうか しゃ はなやま うえ 176
はちやりようへい 「おれ、いや、・ほく、八谷良平です。」 っとむ ( チベ工がいうと、努の兄さんは、つくづくと ( チベ工を見た。 「へえ、おまえか。努より速いって子は。あいつも、けっこう、 おまえには負けそうだって、・ほゃいてた。」 かんそう 努も、そのへんのところは正直な感想をもらしていたらしい。 「じゃあ、いつものコースでいってみよう。おれの走るとおりにやってみな。これ、イン ーバルトレーニングといって、すごく効果のでる走りかたなのさ。」 りくじようぶもとせんしゅ 陸上部の元選手は、しゃべりながら早くもかろやかなフットワークで走りだしていた。 さいしょは足ならしのつもりらしく、二、三百メートルをジョギングした後、いったん せんりよくしっそう 徒歩になり、五十メートルくらいのところで全力疾走にうつる。徒歩と全力疾走をなんど かくりかえして、例のあき地へとやってきた。 れんしゅう 「運動会は、こんどの木曜だろ。いまから練習して、いちばん効果があるのは、やつばり、 しゅう スタートテクニックだろうなあ。ともかく、みんなでいっぺん、あき地を一周してみなよ。 おれ、みんなのフォームを見るから。」 タ はや しいタイムだすんだけどさ。 148