るのが中野駅だという。そういえば、この電車は、 いくつかの駅をすどおりしている。 えきまえしようてんがい 中野駅は、ずいぶんりつばな駅で、駅前の商店街だって、 ミドリ駅のまえよりにぎや カ / おばさんの家は、中野駅から歩いて十五分ほどのところにあった。駅前のにぎやかさが じゅうたくち うそみたいな、静かな住宅地である。 とうきよう く・つしゅう せんぜんたてもの 「東京で、空襲にあわなかったところはすくないんだけどね。このへんも戦前の建物が、 まだあちこちにのこってるの。」 せつめい おばさんは、そんな説明をしてくれた。 こうえん 公園のそばの、わりと大きな古い家が、おばさんの家だった。 しまは、あたしひとりだから。 「さあ、えんりよしないで、自由につかってちょうだい。、 りようへい 良平ちゃん、トイレなんか知ってるでしよ。おばさん、おひる用意するから、あんた、 せわ お世話してあげなさいね。」 おばさんは、三人をざしきにとおすと、そそくさと出ていった。 「 ( チベ工くん、おばさん、この家にひとりで住んでるの ? 」 なかのえき 146
おくださんきち はなやまちょうちょうめ おかちゅうふく はなやまだんち 花山団地は、花山町一丁目の小高い丘の中腹にある。モーちゃんこと、奥田三吉の家 しえい だんちない トの二二二号室だ。 は、団地内の市営ア。ハ ははおや かぞく 家族は、母親と高校一年のタ工子姉さんの三人暮らし。 りようしんりこん モーちゃんには父親がいない。モーちゃんがうまれてまもなく両親が離婚したからだ。 よ り・ゅ、つ らんばう 離婚の理由は、父さんが酒のみで、酔っぱらっては家族に乱暴したからだと、きいてい かお る。もっとも、モーちゃんは、父さんの顔もお・ほえていない。 よこたぶっさん 母さんは、市内の横田物産という会社につとめているので、帰りはいつも六時すぎだ。 タ工子姉さんも高校にかよいはじめてからは、五時までに家にもどってくることはすくな おくだけ てんか つまり、昼まの奥田家は、モーちゃんひとり天下ということだ。 でんわそうだんしつかいせつ ( チベ工が、子ども電話相談室を開設するにあたって、モーちゃんの家をえらんだのは、 「ま、三日ほどっきあってやろうよ。これも人助けなんだからさ。」 ひとだす
ないよう 男の子は、けんかの内容は、よく知らないらしい。 「わかりました。じゃあね、いい方法をおしえてあげよう。きみ、家出してごらん。」 ( チベ工もモーちゃんも、 ( カセのことばに目をばちくりさせた。はたして、電話の向 こうからとまどった声がかえってきた。 「家出って : ・ 「そうだよ。だまって家をとびだしてね、ひと晩どっかで泊まってくるんだ。きみ、近く にしんせきの家がないかな。ひとりでいけるような。」 「おじいちゃんの家ならあるよ。、、ハスに乗っていくんだけど、あそこなら、ひとりでいけ るなあ。」 「じゃあ、そこにいってごらんよ。おじいちゃんにわけを話して、きみが泊まりにきたこ ひみつ とは、秘密にしてもらうんだね。」 しんばい 「そんなことしたら、 ( やママが心配するんじゃないかなあ。」 っしょにさがす 「そうさ、おおいに心配させりゃあいいさ。そうすれば、きみのこと、 だろ。つまり、協力してさがすうちに、仲なおりできると思うんだ。それに、きみが家出 なか ばん いえで
とうきようけんぶつ 「場合によれば、そうするけど。ただきみたちと東京見物するんだってことにしときま しようよ。」 「そうだね。よし、おれたちも、家では、そういうことにしとこうぜ。」 ハチベ工が、ハカセをふりかえった。 、よ。会えるかどうかも、わかんないし。」 「ああ、そのほうがいし 「電話しときゃあいいじゃないか。五月四日に、家にいくって : 「ううん、そこんとこがむつかしいなあ。電話したとたんに、ことわられちゃったらアウ るす ト」し・ そうかといって、家にいっても留守だってこともあるしねえ。」 かみ じぜんれんらく 、と思うわ。それで会えなきゃあ神さまが、会わ 「あたしは、事前に連絡しないほうがいし なしを、つ力しし 、と思ってるんだって、そう考えるの。」 「やつばり、かけですね。」 「そう、でも、ずいぶん高くつくかけだわ。あああ、ショック、 母さんの再婚に反対したくなっちゃった。」 くち タ工子姉さんのロぶりは、じようだんみたいだけど、顔つきは、あながちそうでもない さいこんはんたい かお ック。あたしまで、 133
と - つきょ - っ まどから見える東京の町は、どこもかしこも家だらけといった感じがする。建物のな てんざい りよくちたい かに、。ほっん、。ほっんと、縁地帯が、島のように点在していた。 空は晴れているのに、町なみの上には、もやとも、ほこり ともっかぬものがおおっていて、白っ。ほくかすんで見える。 すみだく 「墨田区は、どのへんかなあ。」 ふと、モーちゃんが、おばさんにたずねた。 と・つきょ・つ 「墨田区っていうと、川の向こうだねえ。ええと、あれが東京 タワーで、あ 0 ちが皇居だろ。あのビルの向こうあたりじゃないの。」一常〔。 ゅび おばさんが、かすみのかなたを指さした。 えんとっ なん万という家なみのはてに、かすかにそれとわかる煙突が二、三本たっていて、とき こうくうひょうしき せんこう おりチカッ、チカッと、閃光がまたたいている。きっと航空標識でもあるのだろう。 「あんなにたくさん家があるんじゃあ、どこがどこか、わかんないなあ。」 「そうねえ。一千二百万都市だもの。昼まかよってくるひとをいれたら、もっともっとお おくなるんじゃないかしら。」 一三気 たてもの 174
じさっ ふあんてい 世のなかが不安定だろ。この町にも自殺したがってる子どもがいるかもしれないもんなあ。」 ゅうじんかお ( チベ工は、低い鼻をうごめかしながら、ぐるりと友人の顔を見わたした。 そうだん 「ちょっと、 ( チベ工くん、きみ、まさか、テレフォン相談を : : : ? ちゅうもく ふあん ( カセが不安なおももちで、色の黒いちび少年の顔を注目した。 「おれたちも六年生になったんだからな、すこしは学校のためになることしなきゃあ。な やめる子どもの相談にのってやろうじゃないか。」 「あのう、 ( チベ工ちゃんが相談の先生になるの ? モーちゃんが、なにやらこわいものでも見るような目つきで、 ( チベ工を見つめた。 「おれひとりじゃあたいへんだから、おまえや ( カセにも手つだってもらうさ。そいから 電話だけど、おまえの家のをつかわせてもらうからな。」 「ほ、・ほくの家の電話で相談するの。」 しようばい 「そうさ、おれんちは商売でつかってるし、 ( カセの家にはおばさんや妹がいるだろ。 つごう おまえんとこなら、昼ま、じゃまがはいらないから都合がいいんだよ。」 。だってさあ、うちの電話番号、だれも知らないし : : : 」 「ううん、でも
下 の の よ京 と・つきょ・つ 東京での第一夜があけた。きのう空にひろ がっていた雲が、夜のあいだにきえて、けさはぬ けるような青空がひろがっている。 午前八時、ハチベ工、 ( カセ、モーちゃんの一 行は、おばさんの家を出発した。 物〔錦糸町の近くの知人の家にいくとい 0 たとき、 片 : っ一 ) - っ おばさんは、そくざに同行をもうしでた。 むり 「あんたたちだけでいくのは無理よ。東京はミド = = リ市なんかより、ず 0 と広いんだから。」 「だいじようぶ。地図もあるし、電車だって、わ かってるんだから。」 148
鼻でもつまんでいるのか、なんともおかしな声の主が、こたえる。 「ふざけないで、はやく帰ってこいよ。買いものすんだんだろ。」 そうだん 「だから、相談したいことがあって : : : 」 ハチベ工は、舌うちをした。 「相談なら、家にもどってからしなよ。」 「だめなんです。おねがいです、きいてください。」 モーちゃん以外のなにものでもない声は、ひたすらたのみこむ。 。いってみな。」 「わかったよ 「ありがとう。じつは、・ほくの家には、父さんがいません。」 りこん 「知ってるよ。離婚したんだろ。」 「はい。・ほくが生まれてすぐに、父さんと母さんが離婚したんです。そしたら、こんど、 母さんが再婚するかもわかんないんです。」 「再婚 ? へえ、おばさんが ? ー これには、ハチベ工も目をばちくりさせる。 さいこん した ぬし
3 まぶたの父、まばろしの兄 ( カセの家は、市営アパートの三号棟の三階に まど あった。へやの間取りも、モーちゃんの家とそっ くりである。ただし、家族の数は、モーちゃんの りようしん ところより、ひとりおおい。両親と ( カセ、そ みちこ れに四年生になった妹の道子がいる。 ( カセという子は、らっきようがめがねをかけ かお たような、あまりみばえのしない顔をしているも のの、これでなかなか考えぶかいところがあった。 さいこん だから、モーちゃんが、母さんの再婚に、いま たいど ひとつのりきでない態度をとっていても、 ( チベ 工みたい冫 こ腹をたてたりはしない。 かぞく ご - っと・つ 109
はなやましようてんがい やおや ( チベ工の家は、花山商店街の一角にある八百屋こ。、 たノチベ工が家にもどると、父 みせ ちゃんが店さきのキャベツをならべかえていた。 ちちおや ( チベ工は、すこしのあいだ、父親の仕事ぶりをながめていた。 「あれ、おまえ、なにつっ立ってるんだ。もどったときは、あいさつくらいしろ。」 「ただいま。」 ( チベ工は、ちらりと ( カセのよこ顔をぬすみ見た。 いけん ( カセは、それがいやだから、反対めいた意見をはいたのだろうか しあわせ 「でも、モーちゃんがほんとうに幸福になるんなら、しかたないな。」é_z 、 かお ( カセが、ため息まじりにつけたした。それから、ふと顔をあげた。 「あ、そうそう。土曜日のデートどうだった ? 女の子に会えたの ? わだい ハチベ工としては、 いま、いちばんふれられたくない話題である。 がお