言葉 - みる会図書館


検索対象: ハードラック
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1. ハードラック

さっきのラーメン屋での仰天ぶりを見れば、上田が犯人だとはとても思えない。だが、それは言わ ないでおいた。 署に戻ると、すぐに捜査会議が始まった。 他の捜査員の報告を聞いたが、正直なところ、昼の会議の内容から目ばしい進展は見られなかった。 一番厳しいのは、神谷信司と綾香の人物像がはっきりと浮かんでこないことだ。 神谷邸の周辺を一日聞き込みしても、夫妻の人となりを知る人物がほとんど現れていなかった。ま た、中軽井沢にやってくる前のふたりの情報もまだ得られていない 年金に当たってみたが、神谷信司がどこかの企業で働いていたという記録は残っていない。また、 会社などを経営していたという記録もない どこか : : : 堅気じゃない雰囲気を感じてたんだよね 上田の言葉を思い出していた。 平沢の言葉に、勝瀬は報告のために立ち上がった。 「先ほどまで中軽井沢駅周辺の飲食店などに聞き込みをしていましたが、その中で被害者夫婦が常連 ク だったとい、つスナックがわかりましたーーー」 勝瀬は上田や舞夢のママから聞いた話をした。神谷夫妻がまわりの人たちからかなり羽振りのいい 人物だと見られていたことなどだ。 「少なくともそのスナックの客や関係者は、被害者の自宅の金庫に大金が置かれていると知っていた ようです

2. ハードラック

勝瀬はビニ 1 ル袋を持った鑑識課員に訊いた 「ええ : : : 歯プラシや布団にかけていたカバ 1 もありますし、床に落ちていた毛髪も採取できました幻 から」 鑑識課員の言葉に勝瀬は頷いた。 だが、頷きながらも、部屋に入った瞬間から何とも言えない違和感も覚えている。 何だろう、この違和感は 人が暮らしていたという割にはあまりにも生活感が窺えないからだろうか。室内にはパイプペッド に小さなテープル、壁際にテレビとデッキが置いてあるだけだ。病院の個室でももう少し生活 感が漂いそうなものだ。 いや、今どきの若者の部屋などこんなものかもしれない。 ゆが 渡辺が鼻をひくひくさせて顔を歪めた。 「成海さん、何かべットを飼っていたのかな」 その言葉に、勝瀬は自分が抱いていた違和感の正体に気づいた。 かすかに動物の臭いが漂っているのだ。だが、部屋を見回してもそれらしいものはない。 「まいったなあ : : : ペットは禁止しているのに」 勝瀬はテレビのそばに積み上げられていたの一枚を手に取った。勝瀬の知らない洋画だった。 「車の中で少しお話を聞かせてもらえますか」 渡辺を促して一緒に部屋を出た。 捜査員たちと一緒にエレベーターで一階に下り、マンションの前に停めた車に向かった。渡辺とと もに後部座席に乗り込む。運転席の若林が手帳を取り出してこちらを向いた。

3. ハードラック

ち会いなど初めての経験なのだろう。 「もう少しで終わると思います」 勝瀬は努めて柔らかい口調で答えた。 このドアの向こうで鑑識課が部屋の中を調べている。成海俊が使っていた歯プラシや、床に落ちて いる毛髪などを採取して QZ< 鑑定にかけるためだ。 今日は朝一番で鑑識課と数人の捜査員を伴って東京にやってきた。成海に部屋を貸している不動産 会社に立ち寄って事情を説明してここまで同行してもらっている。 「部屋が荒らされてたりはしてないんでしようか : : : 」 不動産会社の従業員にとっては最も気になることなのだろう。殺人事件の捜査という以外、詳しい ことはまだ話していなかった。 「それはわかりませんが : 曖昧に言葉を濁しているときに、中からドアが開いた。 「入ってもらって大丈夫です」 鑑識課員の言葉に、勝瀬はドアの前で待っていた捜査員たちと中に入った。 「わたしもいいんでしようか : : : 」 ク 後ろから声をかけてきた渡辺に、「どうぞ」と答えた。 靴を脱いで部屋に上がると室内を見回した。少し広めのワンルームだ。後から入ってきた渡辺が部ド あんど 屋を見て安堵の表情を浮かべたのがわかった。家具さえなければ新築といっても差し支えないぐらい にきれいに保たれているからだろう。 「 QZ< は採取できそうか」

4. ハードラック

ーボンにたしなめられ、ラムが「ごめん : : : 」と身を引いた : こんな寂しい場所なら人の目を気にしないで仕事ができるかも。あとはあの家にふた 「たしかに : りしか住んでいないのか、本当に金庫の中にそれだけの大金があるかってことだね」 すでにテキ 1 ラの中では、強盗が『仕事』という言葉にすり替わっているようだ。 「まあ、ここまで来たんなら四の五の考えるよりやるしかねえだろう」 今夜、自分たちは本当にこの家を襲撃するのか。あの中にいる人を脅し、縛りつけ、金を奪うのか 「そろそろ行くぞ ーポンの言葉に、仁は我に返ってアクセルを踏み込んだ。 「これからど、つする ? 細い山道を下りながらバーポンに訊いた。 「夜まで適当に時間をつぶすか。とりあえず軽井沢駅に向かってくれ。おれはちょっと旧軽あたりで 観光してくる」 「ーー観光 ? これから強盗しようっていうのによくそんな気になれるわね」 あき ラムが呆れたよ、つに言った。 「夜までずっとおまえらと過ごすなんてそれこそ息が詰まりそうだ。いい仕事をするには息抜きも必 要なんだよ」 ーポンは車から降りた。 軽井沢駅前に着くと、 「決行は夜の十一時にしよう。夜の十時にここに集合だ」 ーポンが歩き去っていくと、仁たちはしばらく顔を見合わせた。 97 ハードラック

5. ハードラック

それを考えると怖くてしかたがない だけど、一生その影に法え続け、闘っていくのが、懲役七年の刑とは別に自分に科せられたもうひ とつの罰だと思っている。 おまえらがたいした悪だと思ってないことの積み重ねが、おれのおばあちゃんを殺し、おれの人生 を壊したんだ あのときの成海の顔が脳裏に焼きついたまま今も離れないでいる 刑務官がドアを開いて、仁は面会室に入った。アクリル板の外にいる人物を見て息が詰まりそうに なった。 涙を必死にこらえながら母親の前に座った。 母親と顔を合わせるのは裁判のとき以来だ。仁は弁護士が用意していた母親の情状証人を断った。 母親は仁が起こした事件のせいで義父と離婚したと弁護士から聞いていた。自分が犯してしまった過 ちのために、これ以上母親に辛いことをさせるのが耐えられなかった。 母親は傍聴席から仁に視線を投げかけていた。その視線は検事の追及よりも、仁の心を深くえぐっ 仁は言葉もなくずっとうつむいていた。母親も何も言葉をかけすにいる。永遠のように感じる長い 時間だった。 「そろそろ時間ですー 刑務官の声に、仁は母親の姿を見ないように立ち上がった。すぐに背を向ける。 初めて発した母親の声にためらいながら振り返った。 381 ハードラック

6. ハードラック

刑事課長の言葉を聞きながら、メモ帳を開いた。 「書斎の窓』と、ずっと気になっていたことをメモ帳に書きとめた。 犯人はどうして二階の窓から逃げなければならなかったのか 被害者を椅子に縛りつけて可燃物をまいて火をつけたが、逃げ場を失ってしまったということか もしそうだとしたら、そうとう間抜けな犯人だ。 遺体は一階のリビングと二階の書斎、そして客用に使っていたらしい部屋にあった。おそらく遺体 のふたつは神谷信司と綾香だろう。では、もうひとつの遺体はいったい誰なのか。 勝瀬はメモ帳に 0 ⅱ誰 ? 』とペンを走らせた。 続いて鑑識から報告があった。 遺体の周辺からは可燃性の成分が検出されていて、さらに詳しく調べているという。また、二階の 客用に使っていたらしい部屋の遺体からピアスが見つかったとのことだ。被害者が身に着けていた衣 類の燃えかすにまぎれていたと報告があった。 その部屋の遺体は妻の綾香だろうか。それとも・ : ピアス女 ? 』と書いた もし、遺体が綾香でなければ、そのピアスが O の遺体の身元を洗うひとつの手がかりとなるかもし れない 「また、敷地内から発見されたナイフですが、血痕と指紋が検出されました」 鑑識の言葉に、講堂内がざわめいた。 指紋がついている ナイフについていた血痕がいずれかの被害者のものであれば、犯人が残していった決定的な物証に 726

7. ハードラック

母にすべてを吐き出したかった。 その話の半分は本当だと言いたかった。もうこんな生活は限界だと泣きっきたかった。手元に残さ れた金はあと四千円あまりだ。このまま仕事が見つからなければ、これからどうやって生きていけば いいのかもわからない 実家に帰りたい どんなに屈辱的な生活が待っていようと、母さえ自分の味方でいてくれれば生きていける。 「おれのこと : : : 育て方を間違えたって思ってる ? 思わずその言葉が口から漏れた。 「正直言って : : : もっと厳しくしつけるべきだったかなって反省してる。秀雄は何も言わなくてもち ゃんとできる子だったから、いつの間にかあなたに対してもそういう気でいたのね : : : 」 母のその言葉が胸の奥に突き刺さった。 「あなたはあの人に似て、堪え性がなくてルーズなところがあるって : : : そのことをきちんと認識し ていなかったわたしの責任でもある」 母はもう自分の味方ではないのだ 「大丈夫だよ。ちゃんとやってるさ」 ク 仁は溜め息を必死に押し留めながら言った。 「確かに工場の仕事は辞めたけど、今は友人と東中野のアパートで一緒に暮らしながらちゃんと仕事防 をしているよ。建築会社のアルバイトなんだけど、そこの社長が早く正社員になれってうるさいんだ一 よね。だけど資格を取ったらもっといい条件で雇ってもらえるところがあるから今はそこのアルバイ トで我慢してるんだ」

8. ハードラック

カッセの話の途中で、仁は受話器を下ろした。 まぶか 帽子を目深にかぶり直すと、制服警官がいるほうに背を向けながらポックスのドアを開けた。 ポックスから出ると、背後をいっさい振り向かずに人波に向かって歩き出した。 「まったく、ハラハラさせるなあ : 舞がばそっと抗議した。 人波にまぎれ、しばらく歩いてから後ろを振り向くと、制服警官の姿は見えなくなっていた。 仁はポケットからペンと、高崎駅で坂口の住所をメモした電話帳の切れ端を取り出した。忘れない うちに、先ほどカッセが言っていた番号を書きとめる。 あの刑事は仁の話をどれだけ耳に留めてくれただろうか。おそらく自分が期待するような反応はな いのだろうが、せめて、母親にだけは信じていてもらいたかった。 ぬぎぬ かなりのリスクを冒したが、とりあえず自分の言葉で濡れ衣だと告げられたことに、少しばかり気 持ちが軽くなるのを感じていた。 自分の手で真犯人を捜し出してやる。そうしたら、カッセに電話をして警察に出頭するのだ。 「舞も : : : 親に連絡しておいたほうがいいんじゃないか」 仁の言葉に、舞がこちらを向いた。 「どうして ? どこか心ここにあらずといった表情で訊き返してくる。 仁が指名手配になったからには、事件直前まで自分と連絡を取っていた者たちを警察はマークする だろう。前園ゆかりから舞のことを聞いた警察が、舞のことを調べて家族のもとに向かうのも時間の 問題だろうと思われる。 246

9. ハードラック

「昨日の夜だったら一度お客様にあの部屋の鍵を貸し出しましたけどね。ただ、芝田さんというお名 前ではありませんが」 おかざきただし 従業員がふたたび棚の中を探して一枚の紙をカウンタ 1 に置いた。入居申込書とあった。岡崎忠志 と名前が書かれている。 「大阪のかたらしくて、今度東京に転勤になるから部屋を探しているということで数日前からおみえ になっていたんですよ。いくつかお部屋をご案内して一応申込書を書いてもらいました。昨日の夜も おみえになられて、どの物件にするか決める前。 」こ、もう一度キャッスル東中野を見せてほしいという ことで鍵をお貸ししました。ただ、鍵を返しに来られて、もう一日考えたいと言って帰られましたけ ど。ですから、まだ契約はしていません」 まだ契約はしていません その言葉に、目の前が真っ暗になった。 騙された : : : おそらくその男が芝田だ : 芝田はこの不動産屋から鍵を借りて、仁を部屋の中に案内して信用させ、蒲田まで荷物を取りに行 っている間に鍵を返して : 逃げたのだ くそツーーー悔しさと腹立たしさと同時に、激しい焦燥感がこみ上げてきた。 自分の全財産を芝田に渡してしまった。これからいったいどうすればいいのだ。 申込書に目を向けた。ここに書かれている名前も住所も電話番号もきっとでたらめだろう。 「お部屋をお探しでしたら他にもいい物件が : : : 」 従業員の言葉を最後まで聞かないまま、仁は不動産屋を飛び出した。

10. ハードラック

には入れないだろうし、そんなところに入っても金の無駄だから働けということだ。仁は高校卒業後、 なかば無理やり、光雄の知り合いがいる食品加工会社に就職することになった。 朝から晩まで立ちっ放しで工場内のベルトコンべャーを見つめるつまらない日々。家に帰れば大学 おうか 生活を謳歌している秀雄のうっとうしい顔がちらっく。 どうして同じ息子なのに自分ばかりがこんな目に遭わなければならないんだ。家にいても、職場に いても、不満と腹立たしさで息が詰まりそうだった。 二十一歳のときに仁は会社を解雇された。職場の上司を殴ってしまったのが原因だ。 いらだ その日、仁は仕事でちょっとしたミスをした。上司にねちねちと説教されているうちに苛立ちが顔 に出て反抗的な態度に映ってしまったみたいだ。 「秀雄くんはそうとう優秀らしいけど、父親の血が違うとこうもできが変わってくるものなのかね。 きみの父親は浮気して女房子供を捨ててしまうろくでもない男らしいね」 光雄から聞かされていたのだろう。上司の言葉に、勤め始めてから二年半溜め続けてきた鬱屈が爆 発してしまった。何より、本当の父親を悪く言われたことに耐えられなかった。 上司を殴り会社を解雇されたと知った光雄は激怒した。仕事を紹介した自分の顔に泥を塗ったと仁 を責め立てた。 かば 母はそんなことをするのは何か理由があったからにちがいないとそれなりに庇ってくれたが、仁はク 何も弁解しなかった。母に上司から言われた屈辱的な言葉を話しても、理解してはもらえないだろう と思ったからだ。母は父のことが憎くて離婚したのだから。 それからは家にいることが苦痛でしようがないほど、仁と家族との関係は険悪なものになっていっ