仁が訊くと、ラムは曖昧に首を横に振った。 : だけど : : : あそこは木がいつばい茂っていて、車を停め 「屋敷の前の道は誰も通らなかったけど : ・ ・ : だから・ : たあたりからだとあまり敷地の中は見えないじゃない : 「そ、つか : 「いずれにしても : ーポンとテキーラがわたしたちを嵌めたってことだよね ラムの言葉に頷きかけて、あのときの記憶が脳裏をかすめた。 あのとき、 】ポンとテキーラは二階にいた。神谷を二階に連れて行ったのはバ 1 ポンだし、二階 からテキーラかバーボンに呼びかける声が聞こえた。 では、いったい誰が自分の頭を殴ったのだ 殴られて気を失う前に、二階からガラスが割れるような音が聞こえてきた。だが、誰かが階段を下 りてくる足音は聞こえなかったような気がする。足音を忍ばせたとしても、直前までその気配に気づ かないものだろうか もしかしたら : ーポンとテキーラではない誰かが一階にいたのではないか。 仁はゆっくりとラムの横顔に目を向けた。 自分は簡単に人を信用し過ぎる。それで何度も痛い目に遭っているではないか。 ラムがあいつらの仲間である可能性は完全には否定できないのだ。 だけど : : : それならば、なぜ仁の呼び出しに応じて会いに来たのだろう。携帯の所有者である前園 ゆかりまで仁がたどり着いたのでしかたなくだろうか わからない : : : 誰を信じていいのかわからない 「それにしても : : : よくわたしの携帯でゆかりの家がわかったわね」 225 ハードラック
ない。前方からちがう出入口から入った捜査員が向かってくる。 「いたか ? 勝瀬が訊くと捜査員は首を横に振った。 「あの女が入ってから電車は来てませんまだこの駅構内にいます」 地下三階のホームをくまなく捜したが女の姿はなかった。それぞれ別の階段から地下二階に上がっ ていった。 「こっちにはいません」 地下二階のホームにいた若林が声をかけてきた。 「電車は ? 」 「あの女が入ってからは来ていないようです ということは、残されているのはふたつの改札ロの中にあるトイレだけだ。 地下一階に着くのと同時に、反対側の改札口にいる捜査員から連絡が入った。あちらのトイレには しないとい、つ 「残るのはここだけか」 勝瀬は駅員に事情を説明して、女子トイレに入っている人を出してもらった。だが、その中に先ほ どの女はいない。 若林と一緒に男子トイレに入った。小便器でふたりの男が用を足している。個室のひとつが閉まっ ていた。 個室のドアをノックすると、すぐに中からノックが返ってきた。 「申し訳ありません : : : 警察の者ですが、中を点検したいので出ていただけますか」 2
刑事課長の言葉を聞きながら、メモ帳を開いた。 「書斎の窓』と、ずっと気になっていたことをメモ帳に書きとめた。 犯人はどうして二階の窓から逃げなければならなかったのか 被害者を椅子に縛りつけて可燃物をまいて火をつけたが、逃げ場を失ってしまったということか もしそうだとしたら、そうとう間抜けな犯人だ。 遺体は一階のリビングと二階の書斎、そして客用に使っていたらしい部屋にあった。おそらく遺体 のふたつは神谷信司と綾香だろう。では、もうひとつの遺体はいったい誰なのか。 勝瀬はメモ帳に 0 ⅱ誰 ? 』とペンを走らせた。 続いて鑑識から報告があった。 遺体の周辺からは可燃性の成分が検出されていて、さらに詳しく調べているという。また、二階の 客用に使っていたらしい部屋の遺体からピアスが見つかったとのことだ。被害者が身に着けていた衣 類の燃えかすにまぎれていたと報告があった。 その部屋の遺体は妻の綾香だろうか。それとも・ : ピアス女 ? 』と書いた もし、遺体が綾香でなければ、そのピアスが O の遺体の身元を洗うひとつの手がかりとなるかもし れない 「また、敷地内から発見されたナイフですが、血痕と指紋が検出されました」 鑑識の言葉に、講堂内がざわめいた。 指紋がついている ナイフについていた血痕がいずれかの被害者のものであれば、犯人が残していった決定的な物証に 726
て : : : だけど・ : : ・」 そんなことがあったのなら、自分に連絡の一本でもよこしてくればよかったのに。 「もともとそういう計画だったとは考えられない ? 鈴木が強盗計画から抜けたように見せかけておいたということか 仁たちが神谷邸を下見して強盗の準備をしている間に、鈴木はどこかで車の手配をして屋敷の裏で ーポンの手引きで屋敷に入り、一階にいた仁の頭を殴って気絶させた。 待っていた。バ 「さっき思い出したんだけど : : : おれが頭を殴られたときにバ 1 ポンとテキーラは二階にいたはずだ。 だから、一階にはもうひとり誰かいたんじゃないかと : : : 」 つじつま 「それなら : ・ : ・辻褄が合うじゃない 「テキーラはどうだろう : : : テキ 1 ラもグルなんだろうか」 「わからない : : : あの三人がグルかもしれないし : : : もしかしたら : そこで言葉を切った。 ラムの言いたいことを何となく察して、背中に冷たいものが走った。 「あの屋敷から遺体が三つ発見されたってニュースでやってた。ジンたちが入ったときに神谷夫婦以 外に人はいた ? 仁は曖味に首を横に振った。 「あの屋敷の中を見て回ったわけじゃないからわからない たから : : : でも : : : 他に人の気配は感じなかった」 「それじゃ : : : 」 ーポンひとりで二階にいたテキーラを始末することはできるだろう。そして、鈴木とともに仁を ク 一階のリビングで頭を殴られて気を失っド
勝瀬はすぐに車から降りて走り出した。若林も後ろからついてくる。三台の車に乗っていた六人の 捜査員たちで走っていく三人の背中を追った。三人が通りから路地に入っていくのが見えた。勝瀬が 路地に入ったときには三人の姿はなかった。 「相沢たちはツ 立ち止まってあたりを見回している上杉に訊いた。 「見失いました。でも、まだここらへんにいます , 勝瀬は焦燥感に駆られながら迷路のように入り組んだ路地を歩き回った。 「女を見つけましたツ ! 」 通りのほうから別の捜査員の声が聞こえてきた。 しゅんじゅん 勝瀬は逡巡を振り払って声がしたほうに向かった。通りに出ると百メ 1 トルほど先に三人の捜査 員が走っているのが見えた。勝瀬と上杉と若林はその捜査員たちの背中を追って走った。前を走って いた捜査員が地下鉄の出入口に駆け込んでいく。女はあそこに入っていったのだろう。 「おれたちはちがう出入口に行こう」 神楽坂駅にはふたつの出入口しかない。歩道を走ってもうひとつの出入口に向かう。階段を駆け下 りていくと改札口があった。 「上杉はここにいてくれ」 上杉を改札口に残すと、駅員に警察手帳を示して中に入った。 構内図を見ると神楽坂駅は地下二階と地下三階の二層にホームがあった。若林に地下二階のホーム を確認させ、勝瀬はさらに階段を下りて地下三階のホ 1 ムに向かった。 ホームに降り立っと電車を待っ乗客に鋭い視線を向けながら前に進んだ。だが、先ほどの女の姿は 301 ハードラック
は日立が座っていた。 「ファイナンス部門の日立です。これから返済計画について話し合いましようか」 日立の言葉ですべてを悟った。同時に自分の愚かさを思い知らされた。 それからの地獄のような日々を思い出しそうになって、菅野はリモコンでテレビをつけた。 ニュースをやっている。今の気分にはそぐわないが、もしかしたら昨日の事件のことを報じている かもしれないと思いしばらく見つめていた。 「次のニュースですが : ・ : ・昨夜、長野県北佐久郡軽井沢町の神谷信司さん方から出火し、木造二階建 て約四百平方メートルを全焼しました : : : 」 テレビ画面に、空中から撮影された山林のような光景が映し出されている。真っ白な風景の中でほ つんと黒く焼け焦げた屋敷があった。同時に神谷信司という名前が耳に入って、からだが震えた。 まさかーーあの屋敷 : 菅野は食い入るようにテレビを見つめた。 「焼け跡の一階から一名、二階から二名の遺体が見つかっており、現在身元の確認を急いでいます。 また、敷地内から血のついた刃物が見つかっており、長野県警は事件、事故の両面から慎重に調べる 方針です : : : 」 あの屋敷にいた三人が死んだって しかも、敷地内から血のついた刃物が見つかったとは : 菅野は鞄の中を漁って鞘に収まったナイフを取り出した。 鞘からナイフを抜いた。誰も傷つけていないまっさらなナイフだ。 いったいどういうことなんだ さや 167 ハードラック
板橋』だ。一階にある集合郵便受けの二〇二号室の箱に「前園』と名前が出ている。一階と二階に三 部屋ずつあるから、二階の真ん中が前園ゆかりの部屋なのだろう。 見上げると、ドアの横についた小さな窓から明かりが漏れている。在宅中のようだ。 このまま訪ねて行くべきかと迷っている間に、窓の明かりが消えた。ドアが開いて、帽子をかぶつ た女性が出てくる。 仁はアパートから少し離れて様子を窺った。女性が部屋の鍵を閉めて階段に向かっていく。目を凝 らして階段を下りてくる女性を見つめたが、体形からラムではないように思える。 階段を下りた女性が自転車置き場に向かっていく。 「あの 声をかけると、自転車に乗ろうとしていた女性がびくっと肩を震わせてこちらを向いた。 やはりラムではなかった にじ 女性は警戒心を滲ませた目で仁を見据えている。 「あの : : : 前園ゆかりさんはいらっしゃいますか」 仁が訊くと、女性が怪訝そうな顔をした。 「わたしですけどー 女性が答えた。声音から警戒心が解けていないとわかる 「あなたが : : : 前園ゆかりさん 「そうですけど : : いったい何の用でしようか」 じっと睨みつけるよ、つにこちらを見つめる。 「ある女性を捜しているんです。その女性はあなた名義の携帯を持っていて : : : それで : ・ 幻 3 ハードラック
タクシ 1 はアパートの向かいに停まった二台の車の横をすり抜けて行く。しばらく行ったところに あった五階建てのマンションの前でタクシーを停めてもらった。 仁は残り少なくなった血痕のついていない一万円札を運転手に渡し、釣りをもらうとタクシーから 降りた。 「あれ : : : 警察の車かな ? 」 タクシーから降りると舞が小声で訊いた 「わからないけど : : : そうかもしれない」 仁は坂口のアパ 1 トのほうを見ないようにしながら、マンションのエントランスに入っていった。 エレベータ 1 はついていたがそれには乗らず階段を探した。外付けになっている階段を、壁に身を隠 かが すように屈みながら上っていく。 「こんなところを住人に見られたら怪しまれるね」 こつけい 舞が自分たちの滑稽な姿を笑うように言った。 「しかたがない」 これだけの距離があれば、仁の顔をすぐに認識されることはないだろうが、用心に越したことはな 三階の踊り場まで来ると、少しだけ壁から顔を出して外の様子を窺った。坂口のアパートの前には 二台の車が停まったままだ。ちょうど車の中から背広姿の四人の男たちが出てきてアパ 1 トに向かっ ていく。 「ど、つ ? 」 舞が訊いてきた。 2
仁は訊いた。 「ファミレスを出てから彼に脅されたんですよ 「脅された ? 」 ひとけ 「飯をご馳走するって言うからついていったが、人気のないところで急に胸ぐらをつかまれてね。 「おまえみたいなとろいおっさんがいたら、この計画もうまくいかなくなるから絶対に来るんじゃね えぞ』って」 そんなことがあったのか やはり自分を嵌めたのはバーポンだろう。 ーボンの計 もともとあの強盗計画を持ちかけたのはバーポンだ。どんな理由かはわからないが、ハ 画では鈴木は不要な人物だったのだろう。 ラムとテキ 1 ラも仲間かど、つかはわからないかノ ーボンが今回の事件を仕組んだということだけ はたしかだ。 では、自分の頭を殴ったのはバ 1 ポンか 1 ボンは神谷と一緒に二階に行った。殴られる直前まで二階から人が下りてきた気配は なかった。 「あの計画に参加していたらわたしがレンタカーを借りる羽目になっていたかもしれない。まあ、す ぐに警察に自首するのが賢明でしようね。もっともあなたの話をどれぐらい信じてもらえるかはわか りませんが」 「警察には行きません。少なくとも真犯人を : : : あいつらを見つけるまでは自首するわけにはいか 140
る。 「金は : ・・ : もっとあるだろうー 神谷に怒鳴りつけると、「それだけしかない : : : 本当だ : : : 」と必死に首を横に振った。 菅野は腹立ちまぎれに札東と一緒にメモリーもポケットに突っ込んだ。 後ろから「命だけは助けて : : : 命だけは : : : 」と命乞いをする神谷の声が聞こえた。 殺しはしない そうロにする代わりに、机の上にあったハンカチを神谷のロに突っ込んだ。 最後の指示は、ジンやテキーラやラムに悟られないよ、つ、二階から抜け出すとい、つことだ。 だが、二階の窓に手をかけたが開かなかった。鍵を開けて力を入れているのだが窓はびくともしな 、。どうやら窓枠が凍結してしまったみたいだ。 「バーボン ! 中にいるのか ? 外からテキーラの声が聞こえた。 「ああーーーこの部屋には金目のものはなさそうだ。他の部屋を調べてくれ」 「わかった」 テキ 1 ラの足音を聞きながら、焦燥感に駆られた。 早くこの部屋から出なければ 菅野は机の上にあったパソコンのコードを引き抜いた。ノ、 、ノコンを抱えると窓に向かって投げつけ ク 窓から逃げる前に、ちらっと振り向くと、全裸で椅子に縛られている情けない神谷の姿が目に入っド 「新しいのに替えたんですか ?