手 - みる会図書館


検索対象: ハードラック
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1. ハードラック

ろ、つ、か 「本当に明日の計画に乗るつもり : : : ? 」 「そういう話になったでしよう。まさか、ジンは抜けるつもり ? 」 「いや、そうじゃないけど : : : 怖くないのか」 「まったく怖くないっていったら嘘になるかな。だけど、二百五十万近いお金が手に入るんだったら どうってことないよ。ジンだってお金が必要だからあんな書き込みをしたんでしよ、つ」 その後の言葉を飲み込んだ。 「じゃあ、明日ね 仁に微笑みかけるとラムが手を振って歩き去っていった。 ラムと別れてからも、心の中から恐怖心が消えることはなかった。 警察に捕まってしまうかもしれないことへの怯えもあるが、それ以上に自分の良心に逆らってしま うことか布いのだ。 ささい 自分の些細な幸せのために、強盗という犯罪に手を染めようとしている。いっから自分の感情はこク んなにも麻痺してしまったのだろうか。だけど、他にいったいどんな手があるという。明日になればラ きっと自分も鈴木のように路上生活に堕ちてしまうだろう。 善人だからといって報われる世の中ではない。悪人だからといって必ずしも報いを受けるわけでは

2. ハードラック

どうして自分が殴られなければならないのだ やがて、沸々と怒りがこみ上げてくる。 「何なんだよ、いきなり 立ち上がって言うと、ふたたびラムが右拳を突き出してきた。だが、今度はがっちりと拳を手でつ かんだ。すぐに左手で顔を叩こうとしてきたが、その手首も押さえ込んだ。 両手をふさがれながら、ラムが憎々しげに仁を睨みつけてくる。反動をつけて押し返すと、今度は ラムが地面に倒れた。 「いい加減にしろよ ! どうしておれが殴られなきゃならないんだ」 ラムを見下ろしながら、仁は叫んだ。 「裏切りやがったくせに。今さらどの面さげて会いたいだとかぬかしてんだツー ラムが射るような視線を向けながら罵ってくる。 「ちょっと待てよ : : : 裏切るって : : : おれは裏切ってないぞ。そっちこそ : ・ ラムの言っている意味がわからない 「おまえら三人で逃げて、わたしひとりに罪をかぶせようって魂胆だったんだろう。今すぐ警察に通 報してやる」 「ちょっと待ってくれ。おれを置いて逃げたのはそっちのほうだろ ? いったいどうなってるんだッ ・ : 頼むから冷静に話をさせてくれ」 仁はラムに近づいていき、倒れたままのラムに手を貸そうとした。 ンパンと尻のあたりを手で叩く。 ラムは仁の手をつかむことなく、自力で起き上がった。パ 2 「あのさ・ : : ・」 ののし

3. ハードラック

めですよ」 鈴木が笑いながら手を差し出してくる。 仁はその手をじっと見つめた。頭の中でどうするべきか考える。ひとつだけ考えがあったが、それ で鈴木の思惑を打ち消せるかどうかは賭けだった。 「真犯人を見つけるための大切な軍資金を簡単に渡すわけにはいきません」 仁は目障りな鈴木の手を叩いて言った。 「いいんですか ? そんな態度をとって」 「おれが捕まるってことはあんたも捕まるってことだ」 仁は鈴木を見据えた。 「何を訳のわからないことを言ってるんだ。どうしてわたしが警察に捕まらなきゃいけない」 「おれが捕まったら警察にそう言います。あなたも共犯だとね」 仁が言うと、鈴木は「馬鹿馬鹿しい」と鼻で笑った。 「おれの携帯にはあなたからの着信がある」 仁は携帯を取り出して、鈴木から送られてきたメールを確認した。 『わたしは三十七歳の男性です。今すぐにお金が必要な状況です。どうか助けてください。どんな仕 事でもかまいません』 携帯画面を鈴木に向け、笑ってみせた。 「それが何だっていうんだ。昨日、わたしは中軽井沢になんか行ってない。そんなことは警察が調べ ればすぐにわかることだ」 鈴木がむきになって言い返す。 143 ハードラック

4. ハードラック

菅野は空のストレートグラスをカウンターに叩きつけた。 「どうしたんですか、先輩 : : : 今日はいつもと飲み方がちがいますね、 テッに不思議そうな顔で見つめられ、菅野は少し顔をそらした。 「それに髪型まで変えちゃって : : いったい、どうしちゃったんですか ? まったく、「どうしたんですか」が多い野郎だ 菅野が睨みつけると、テッはびくっとしたように口をつぐんで急いで酒を注いだ。 その酒も一気に飲み干した。ストレートグラスを持った手が小刻みに震えている 「寒いですか ? 」 菅野の手の震えを見てテッが訊いた。 もう一杯ーーと、グラスをテッの前に差し出して、ポケットから煙草とこの店のマッチを取り出し 煙草をくわえて残り一本のマッチを擦ったが、手が震えているせいでうまく火がっかなかった。 「マッチあるか」 テッから新しいマッチをもらうと煙草に火をつけた。 ゆらゆらと立ち上る紫煙を見つめながら、目の前で注がれた酒を一気に飲み干した。 「いったいどうしちゃったんだろ : : : 」 そこまで言ったテッがまずいと口を閉ざした。 たしかに普段の菅野を知っているテッからすれば、そう言いたくなるのもわからないではない。 菅野はけっして酒に強いほうではない。いつもはメーカーズマ 1 クもソーダで割っていて、ロック 169 ハードラック

5. ハードラック

「とりあえずみんなの全財産を教えてくれ。この五人でどれぐらい準備に金をかけられるか知りたい。 おれは五万円ぐらいだ」 「四万円ってところかな : のぞ テキ 1 ラが財布の中を覗きながら答えた。 「わたしは一万ってとこ。ごめん、あまり持ってなくて」 ラムが笑った。 「申し訳ありません。わだしは何十円という単位です、 鈴木が恐縮するようにうつむいた。 「おれは = = = 一一千円 = ・・一 仁も視線を落としながら答えた。 「全部で十万ってところか。じゃあ、車の免許を持ってる奴は ? ーポンの言葉に仁は手を上げた。隣を見ると鈴木も手を上げている。 「テキ 1 ラは持ってね、のか ? 」 1 ポンさんも持ってないんですか ? 」 「ええ。原付の免許は持ってますけど。バ 「あだ名だからバーボ、でいい。数年前に免停になっちまってな。まあ、これでそれぞれの役割も決 まったな」 「役割って ? 」 「これから説明する。まず、おれとテキーラで三万円ずつ出し合って計画に必要なものを用意する。 さっき言った夫婦を脅すための凶器や、顔を隠すためのマスク、それと車にかかる金だ。おっさんと ジンは運転手。金を出さない代わりにレンタカ】を借りて運転してもらう」

6. ハードラック

できるかぎり穏やかな口調で言っても、鈴木は警戒心を解かない。向かい合っている仁に怯えなが ら、逃げる隙を窺っているようだ。 「昨日の話は誰にも言いませんから。命だけは助けてください どうやら鈴木は完全に誤解しているようだ。 中軽井沢で三人を殺害したのは仁で、その事件のことを知っていた自分も口封じのために殺される とでも思っているのだろう。 「ちがいます。おれは殺してなんかいません。それに鈴木さんに何かするつもりもない。とにかく話 を聞いてほしいだけなんです」 背後に人の気配がして振り返った。トイレに人が入ってきた。その瞬間、鈴木が「助けてつ ! ーと 悲鳴を発しそうになった。 仁はすかさず鈴木のロを手で塞いで個室の中に引きずり込んだ。ドアを閉めて鍵をかける。 呻きながら暴れる鈴木のからだを必死に押さえつけた。狭い個室内に充満した鈴木の何とも言えな い異臭が鼻をついてくる。 「聞いてくださいっ ! おれはあなたに何もしない。ただ、話を聞いてほしいだけだ。お願いです。 おれの話を聞いてください」 耳もとに小声で訴えると、鈴木が抵抗をやめた。 「おれの話を聞いてくれますか。手を離しても大丈夫ですね ? うなす 仁が訊くと、鈴木がしようがないという顔で頷いた。 その態度を信用して、仁は鈴木の口からゆっくりと手を離した。次の瞬間、鈴木は全身の力が抜け ひざ たようにその場に膝をついた。 、つカカ 134

7. ハードラック

「おれはちょっと借金があってな : : : そいつを早く返済したい」 「なんだか、みんなヘビーっすね。おれはもっとライトな理由でここに来たんだけどな」 「ライトな理由って何だよ」 「夢のために少しでも金が欲しいんですよ。ティッシュ配りのバイトだけじや生活するだけでやっと だから」 「夢のためにつて : : : まったくお気楽な奴だぜ」 ーボンが鼻で笑った。 「いいじゃない。夢でも何でも : : : わたしもまとまったお金を手にして海外にでも行きたいわ。いず れにしてもみんなかなりのお金が必要ってことよ。まあ、これだけ集まれば何かいいアイデアが出る かもしれないじゃない。みんなどうせ時間だけはあるんでしよう ? 」 ラムが微笑みながら言った。 「いいアイデアかあ : : : やるとしたら : : : 例えば工事現場から銅線を盗むのってどうかな。比較的リ スクか少なそうに思えるけど」 テキーラが提案した。 「銅線って重いんでしよう。わたし、重労働はいやだな」 「じゃあ、ラムは運転手役でどう」 「免許持ってないし」 「それに銅線を盜んだって売るところが必要だろう。当てでもあるのか ? 1 ポンに訊かれて、テキ 1 ラが「ない」と首を横に振った。 「ひったくりとかは ? 夜道をひとりで歩いている女を狙って :

8. ハードラック

鈴木は当てにならない。明日電話をしても出るかどうかさえわからない 自分の手で真犯人を捜すだなんて、どだい無理な話ではないだろうか それならば、少なくとも指名手配になる前に警察に行けば、少しは自分の話に耳を傾けてくれるの ではないだろうか。 携帯電話を見つめながらそんなことを考えているうちに、あのときのことを思い出した。 母親から電話があったときのことだ。 かた 仁の実家に警察を騙った振り込め詐欺の電話があり、母親が心配して電話をかけてきたのだ。 仕事も、住むところも、金もない。 母親に泣きっきたかった。長野の実家に帰りたいと泣きっきたかった。だけど : あのときに戻りたい。あの瞬間に戻れるのならば、自分のダメなところをさらけだして、母親に叱 ってもらいたい。そうすれば、こんなことにはならなかったかもしれないのに。 我に返ると、手に持った携帯からコール音が漏れ聞こえてくる。無意識のうちに、実家に電話をか けていたようだ。 と母親の声が聞こえた。 電話を切ろうとしたときに、「もしもし : その声を聞いた瞬間、心臓が大きく波打った。 「もしもし : 携帯を見つめながらためらった。 「もしもし : : : どちらさまでしよ、つか : 母親の声音が不安なものに変わっていく。 「もしもし : : : おれ・ : 198

9. ハードラック

「本来なら仕事を途中で投げ出した人間にはペナルティーを科す決まりなんですが、あなたは見どこ ろがありますので半分だけ差し上げましよう」 仁は握られた一万円札をじっと見つめた。 「いらないんですか ? 遠慮なく森下の手から札を奪った。 「テストにも合格したことですし、もっといい仕事を紹介してあげましよう」 「テスト : 仁は意味がわからず、森下を睨みつけながら訊いた。 あっせん 「わたしは仕事の斡旋もしていますが、依頼があれば人材のスカウトもしているんです。ある組織の トップのかたから、若くて、度胸の据わった人材はいないかと相談されましてね。それであなたをち よっと試させてもらったんですー 「試したって : : : じゃあ、さっきのトイレの男たちは : : : 」 「わたしのスタッフです。まあ、さくらとでも言うんでしようか。ただ、彼らには本当のことは告げ ていません。あなたをつかまえて痛めつけろと指示したから本気であなたに向かっていったでしよう。 それを逃げ切ったのはお見事でしたーー」 テストだってーーーふざけるな : 「あなたならそのかたに紹介しても問題ないでしよう。ちょっとヤバい仕事ですが確実に稼げますよ。 一カ月も働けば今あなたが欲しいと思っているもののほとんどが手に入るでしよう。どうですか ? 「冗談じゃないッ ! そんな仕事はしないし、二度とおまえらなんかに関わりたくもない」 仁は言い放った。

10. ハードラック

り合った奴っていうのは、ちょっと信用できるかなって不安だったんだ」 その後、芝田からいくつかの提案があった。アパートの契約にかかる金額を折半して、仁は二十三 万円を出す。もちろん退去するときに返される敷金はふたりで一一等分する。生活に最低限必要な日用 品は芝田が出してくれることになった。 「ひとつだけ言っておきたいことがあるんだ」 芝田が仁の目をじっと見つめた。 「何ですか ? 「二年後の契約更新のときにはお互いに独立できるようにしよう。おれも前の女房と子供のことを諦 めたわけじゃないんだ。これからの二年間で生活を立て直して、よりを戻したいと思ってるからさー 芝田の言葉に頷いた 今は自分だけのカではまともな生活など望めないが、二年後には仁だって立派に独り立ちしたい。 あいつに負けないようにちゃんとした仕事に就いて、素敵な恋人を作って、一日も早く新しい家族を 作りたかった。 「これからよろしくな」 芝田がこちらに手を伸ばしてきた。 「こちらこそ」 仁はその手をがっちりと握り締めた。 ネットカフェの個室に戻ってからも興奮が醒めなかった。 明日の早朝から仕事が入っているから早く寝なければならないが、あと少しでこんな生活から抜け