すぐに来てほしいと伝えた。そして成海を呼び止める前にこの公園の場所を知らせた。もうすぐここ に到着するだろう。 「今まで話したこともすべて聞かれている。もう逃げようがない」 成海が憎々しげな目で仁を睨みつけながら引き金に指をかけた。 このまま撃たれてもしかたのない過ちを犯したのだと心の中で悟っている。 「おれも同罪だ。一緒に償おう」 仁は最後に訴えた。 「いやだね」 せんこう 銃口から閃光が見えた瞬間、仁は身を引いて目を閉じた。 だが、自分のからだに痛みはない。ゆっくりと目を開けると、目の前にいた成海が地面に倒れてい もだ る。銃を片手に苦しそうに悶えている。 そばにいた人影に気づいて目を向けた。 森下がゆっくりとこちらに向かってくる。右手に拳銃を握っていた。 目の前までやってくると、仁の手から携帯を奪って通話を切った。 「ど、つして : : : 」 目の前の光景が理解できなかった。夢でも見ているのではないかと思ったが、かすかに漂ってくる とど 火薬の臭いだけが自分を現実に押し留めている。 「簡単に言えば落とし前をつけたということです。神谷さんは闇の世界の大事な先輩だったんでね」 森下が静かに言った。 神谷と知り合いだったというのか 376
て案内状を送りたいんですけど : そう言うと、女性は「ちょっと待ってね。と電話を保留にした。ふたたび電話に出ると、邦彦が住幻 んでいるというアパートの住所を告げた。 仁は慌ててポケットからペンを取り出すと、電話帳に住所を殴り書きした。 「ありがとうございます」 電話を切ると、住所を書いたページを破ってポケットに突っ込んだ。 「東京に戻ろう」 ラムに声をかけると、切符売り場に向かった。 新幹線に乗り込んで席に座ると、睡魔に襲われた。 こんな状態では、真犯人を捜し出す前に自分のからだが この数日、ほとんどまともに寝ていない。 ど、つにかなってしまいそ、つだ。 「少し休むな : : : 」 隣の舞に告げると、仁は目を閉じた。 、つつらうつらしていると、肩を激しく揺すられて目を開けた。 「何だよー 隣に目を向けると、舞がひきつった表情で正面に視線を据えている ドアの上に取りつけられた電光掲示板を見ている。ニュースが流れていた。 『中軽井沢で発生した強盗殺人放火事件で一一十五歳の男を指名手配』 その文字が目に飛び込んできた。
かの写真が飾られている。仲間内で撮った写真のようだ。 「すみません。煙草はありますか」 「マイルドセプンしか置いてないんですけど」 仁は頷いて、「マッチもください」と言い添えた。 ーテンが目の前にビ 1 ルと灰皿と煙草を置した。、 、 ' ヒールをひとロ飲んで、店のマッチで煙草に火 をつけ・る。 「初めてのかたですよね」 ーテンが話しかけてきた。 「ええ : : : 知り合いからいい店だと聞いていて、たまたま近くに来たもんですから 「誰だろう : ・ ーボンの本名は知らない。言葉を濁そうと煙草に口をつけて煙を吐き出そうとしたときに、酒棚 の隅に置かれている写真立てが目に入った。 「その写真を見せてもらえませんか」 指をさして言った瞬間に、煙で激しくむせた。 「大丈夫ですか : : : 」 ク ーテンは言いながら酒棚に置いてあった写真立てを仁の前に置いた。 目の前の写真に目を凝らす。ふたりの男が写っている。ひとりはこの店のバーテンで、もうひとりド 髪型や全体的な印象は少しちがっているが、間違いなくバーポンだ 「スガノさんのお知り合いだったんですか」
ーし力ない。 鈴木のことを見張っていてくれーーと、鈴木に気づかれないように舞に目配せした。 舞がかすかに頷いたのを見て、仁は帽子をかぶりマスクをすると部屋から出た。 公園の電話ボックスに向かうと、近くのべンチで昨日見かけたホームレスの男が新聞を読んでいる。 ちらっとこちらに目を向けた男と目が合い、からだが強張った。 男が何事もなかったようにふたたび新聞に視線を戻したのを見て、電話ポックスに入った。 すぐにカッセの携帯に電話をかけた。 「もしもしーーー」 すでに仁からだと察していたような硬い口調だった。 「鈴木明宏のことは何かわかりましたか」 仁は腕時計に目を向けながら訊いた。逆探知をされているかもしれない 「いや : : : まだ見つかっていない。彼が働いていた職場にあった履歴書の写真と昨日メールで送って きた写真を見比べた」 「どうでしたか」 「似ているようにも見えるしそうでないようにも思える。いずれにしてもずいぶんと雰囲気がちがう。 ク 目を開けている写真はないのか」 「ありません」 起きているときに写真を撮れば鈴木に不審がられるだろう。 「なあ、相沢 : ・ : ・悪いことは言わない。早く出頭するんだ。きみの話をきちんと聞く。悪いようには 3 しない。これ以上、お母さんに :
次に入った部屋は納戸のようで衣類や荷物が雑然と置いてあった。三つ目の部屋は損傷が激しく、 壁と天井の一部が焼け落ちている。 「ここにもうひとっ遺体が : 鑑識課員がふたっ並んだシングルべッドの残骸の隙間を指さして言った。 「客用の部屋として使っていたのかな」 勝瀬は呟いて廊下に出た。 あわだ 最後の部屋に入った瞬間、背中が粟立った。目の前にあった椅子に目を向ける。もとは革張りの上 等な椅子だったのだろうが、今は金属の骨組みだけになっていた。そして、その周辺の床が特に激し く焼け焦げている。 革が焼けた臭いだろうか。その椅子から何とも言えない嫌な臭いがしてくるのだ。 壁際に置かれた机の上に目を向ける。パソコンのディスプレイとキーボードが熱で変形していた。 ディスプレイにつながったコードの長さを見て、パソコンの本体は机上に置かれていたのだろうと察 した。 思い出したように窓のほうを向いた。ガラスが破られている。 「被害者が抵抗するために犯人に投げつけたというのはおそらくちがうでしようね」 部屋のドアと、 ハソコンが置かれていた机と、窓の位置を確認して言った。 「そうだな」 この部屋の位置関係を見て、平沢があっさりと認めた。 「クローゼットの中に金庫がありました」 鑑識課員の言葉にクローゼットの中を見た。 ノ 21 ハードラック
目の前の男が顔を押さえて床に倒れるのと同時に、仁の目に激しい痛みが走った。自分の目にも催 涙スプレーの細かい霧がかかってしまったみたいだ。 みもだ 仁は床に倒れて身悶えている男のからだを飛び越えてトイレから出た。無我夢中で駅構内を走った。 涙が止まらない。階段を駆け上がって停まっていた電車に駆け込んだ。手で目のあたりを拭いながら 反対側のドアに向かった。ひんやりとした窓ガラスに顔を押しつける。 電車のドアが閉まる音がして、からだに振動を感じた。電車が動き出したようだ。 あの男たちが追ってきていないか確認したかったが、目を開けられるような状態ではない。 「次は御茶ノ水ーーー御茶ノ水ーーー 両国とは反対方向の電車に乗ってしまったようだ。 仁は御茶ノ水駅で電車を降りた。滲んだ視界の中で必死にトイレを探す。洗面台で顔を洗い、トイ レから出るとあたりを窺った。あの男たちの姿はない。だが、一駅しか離れていないこんなところに いては危険だろう。すぐに駅から出て、当てもなく坂道を駆け下りた。 坂の下にある大型書店に入ったところで携帯が震えた。 「もしもし : 仁は怒りを込めた声で電話に出た。 「大丈夫ですか . 森下が訊いてきた。 「すっと見てたんだろう」 「お見事でしたよ。駅ではちょっとした騒ぎになっていますがね。今、どちらにいらっしやるんです か」
に足払いを食らって地面に倒された。路地に顔をこすりつけられるように男に押さえ込まれる。舞が 立ち止まってこちらに目を向けた。 「舞、逃げろ ちゅうちょ 仁が叫ぶと、舞は少しだけ躊躇を見せてから路地を駆けていった。 逃げろーーー逃げるんだ 「相沢仁、殺人の容疑で逮捕する 遠ざかっていく舞の後ろ姿を見つめながら、その言葉を聞いていた。 公園のトイレのドアが開いて背広姿の男が出てきた。 あたりは薄暗く、この距離からでは男の顔ははっきりと確認できない。男がちらっとこちらを一瞥 したが、 すぐに背を向けて広場を歩いていく。 男から背を向けると携帯を取り出した。用件を伝えると男が向かっていったほうに歩いていく。 男の背中を見つめながら、木々が生い茂った薄闇の中を進んだ。少しずつ男の背中に近づいていく。 「成海俊ーー」 仁が呼びかけると、男はびくっと肩を反応させて立ち止まった。ゆっくりとこちらを振り向く。 ク 短い髪に端正な顔立ちは先ほど観たあの映像のままだ。 すぐには自分の想像が当たっていたのか確信が持てなかったが、深い絶望と悲しみを宿した男の目ド を見て胸が締めつけられそうになった。 この数日、ずっとこの目を見てきた。 男はすぐに気づかなかったようだが、ようやく目の前にいるのが仁だとわかるとかすかにロもとを いちべっ
それで、声に力がなかったのか ちそう 「何かご馳走しますよ。それに鈴木さんが今いるところまで行きます」 ご馳走するという言葉に、鈴木の声音が変わった。 新宿駅東口にある広場で待ち合わせすることにして電話を切った。 まぶか 仁はデイバックから帽子を取り出すと目深にかぶり近くの銀行に向かった。 血痕で汚れた札を使うのは危険だ。銀行の両替機で新札に替えるつもりだが、さすがにこれだけの 金額をすべて入れると怪しまれてしまうかもしれない。 仁は銀行に入ると、ポケットから一万円札を十枚取り出して両替機に入れた。 仁は新宿駅東ロの改札を抜けると、地上に続く階段を上った。上り切った目の前にあるのが東ロの 広場だ。 突然、目の前に制服警官が現れて、心臓が飛び上がりそうになった。 仁はその場で固まってしまったが、制服警官はこちらには目もくれず、出口の横にある交番に入っ ていった。 仁は少し呼吸を整えると駅から出た。広場は大勢の人であふれ返っていたが、鈴木の姿はすぐにわ しよ、つす - い うつ かった。憔悴しきった表情で地べたに座り、目の前にあるアルタの巨大なビジョンを虚ろな眼差し で見つめている。 まわりの人たちはあきらかに鈴木を避けるようにしていて、そこだけほっかりと空間ができていた。 「鈴木さん : : : 」 仁が声をかけると、鈴木が緩慢な動きでこちらを向いた。 130
「リョウちゃん、今日は早いね」 主人が男に声をかけた。常連客のようだ。 「ここを出たらどうしますか ? 」 若林が訊いた。 「夜の会議があるから署に戻ろう」 ラーメンを食べ終えると、勝瀬はテレビに目を向けた。 夕方のニュ 1 スが始まった。トップニュ 1 スはやはり自分たちが担当している事件だ。神谷邸を上 空から撮った映像と、神谷夫妻の名前が画面に出た。 その瞬間、激しくむせる音がした。カウンターの端に目を向けると、男が苦しそうにラーメンを吐 き出している。 いったいどうしたのだろうーー 「リョウちゃん、どうしたんだい ? 主人が心配したようにカウンターの奥から身を乗り出した。 「あれ・ : : ・あれ : ・ : ・」 すぐには言葉にならないとい、つよ、つに、男がテレビを指さしている。 ど、つして : 「あれ : : : 神谷さんの家じゃないか 「誰だい、そいつは」 主人がテレビに目を向けて訊いた。 「おれが馴染みにしてるスナックの常連だよ」 男の言葉に、思わず隣の若林と顔を見合わせた。 152
視線に不愉快さと同時に、妙な不安がこみ上げてきた。 係員から釣銭を受け取ると、不安を引きずりながら車を走らせた。 スタンドに寄ってガソリンを満タンにするとレンタカ 1 会社に行って車を返却した。 腕時計に目を向けると夜中の三時を過ぎている。とりあえずどこかで休みたい。練馬駅周辺を探し 回りネットカフェに入った。 受付を済ませると個室に入る前にシャワーを浴びた。熱いシャワ 1 を浴びて冷え切ったからだを温 める。東京の冬の寒さは身に染みているが、軽井沢の寒さは一段と厳しかった。 受付で毛布を借り、ドリンクバーでホットココアを入れて個室に向かった。条件反射的にコンセン トを探し、携帯の充電器をつなぐ。テレビをつけてヘッドホンを着けた。リクライニングソフアに深 くもたれて目を閉じた。 、。ほんの少しでもいいから 考えなければならないことはたくさんあったが、今は何も考えたくなし 休みたい。 長い一日だった : ・ 何かの言葉に反応して目を開けた。 目の前のテレビ画面に空中から撮影された山林のようなものが映し出されている。 時刻表示は十二時三十二分。いつの間にか眠ってしまったようだ。ヘッドホンから聞こえてくるア ナウンサーの声を聞きながら、ばんやりと画面を見つめていた。 きたさくぐん しんじ 「昨夜十一時四十五分頃、長野県北佐久郡軽井沢町の神谷信司さん方から出火し、木造一一階建て約四 百平方メートルを全焼しました : 〃 1 ハードラック