あのアパ 1 トに踏み込まれたら、自分はもう逃げ場がない 「テレビのニュ 1 スを観たか ? きみは公開指名手配になっている。もう逃げ切れない。きみが人を 殺していないというなら早く警察に出頭するんだー それはできないーー真犯人が見つからないかぎり、鈴木が真犯人であるという証拠がないかぎり、 自分は四人を殺害した罪で裁かれるのだ。 「とにかく鈴木明宏を捜してください。もし、その人物と自分が知っている彼が別人なら一緒に出頭 します。早くアドレスをッ ! 」 仁の勢いに気圧されたようにカッセがアドレスを教えた。携帯番号にドメインをつけただけの簡単 なアドレスだ。 とうしてきみたちは昨日被害者 「待ってくれ ! まだ切らないでくれ。ひとつだけ訊かせてほしい。。 と思われる人物が住んでいるマンションの近くにいたんだ。成海俊の何を調べようとしてたんだー 被害者と思われる人物が住んでいるマンション 「被害者のことなんか知らない。成海俊という名前は昨日ニュ 1 スで初めて知ったんです」 「じゃあ、どうしてあそこにいたんだ」 「仲間のひとりが神谷家を襲撃する前にあのマンションの部屋でペットの餌やりのバイトをしてたん です。事件の首謀者が関与しているかもしれないと思って行っただけです」 「ペットの餌やり ? きみが訪ねようとしたのはどの部屋なんだ」 「ローズヒルズの六〇一ーーーもう切ります ! 」 仁は電話を切ると、重い溜め息を吐き出しながらその場にしやがみ込んだ。 気持ちが鎮まってくると、先ほどカッセが言っていたことが頭の中によみがえってくる。
昨日、自分たちが訪ねようとした部屋は被害者と思われる成海俊の家 いったいどうい、つことなのだろうか そこまで考えたときに、激しい衝撃が頭の中を駆け巡った。 今まで不思議に思っていた事柄の数々がひとつの太い糸になってつながっていくようだ。 サトウショウゴが依頼されたペットの餌やりの仕事ーー採用にあたって訊ねられたという血液型 神谷家を襲撃する前にショウゴのピアスを取るように菅野に命じたサカイからのメール まさか : サトウショウゴは成海俊という男の身代わりにされたのではないか。 神谷家で発見された遺体と、被害者の家に残されているであろう毛髪などの QZ< を一致させるた めに、サトウショウゴに一週間ただ部屋の中にいるだけの仕事を与えたとは考えられないだろうか もしそうであるならば、被害者である成海俊は生きているということになる。 あいつはすぐそばにいる 仁はその場で大きな息を吐くと立ち上がってもう一件電話をかけた。 アパートに戻ると、舞がテープルの上のパソコンを食い入るように見つめている。ヘッドホンをつ けていて仁が戻ってきたことにも気づかない 仁が近づいていくと、舞が気づいたようでヘッドホンを外してこちらに目を向けた。 「何してるんだ ? 」 「映画を観てたのよ」 舞がかすかに表情を緩ませてテープルの上にあるのケースを指さした。 337 ハードラック
刑事課長の言葉を聞きながら、メモ帳を開いた。 「書斎の窓』と、ずっと気になっていたことをメモ帳に書きとめた。 犯人はどうして二階の窓から逃げなければならなかったのか 被害者を椅子に縛りつけて可燃物をまいて火をつけたが、逃げ場を失ってしまったということか もしそうだとしたら、そうとう間抜けな犯人だ。 遺体は一階のリビングと二階の書斎、そして客用に使っていたらしい部屋にあった。おそらく遺体 のふたつは神谷信司と綾香だろう。では、もうひとつの遺体はいったい誰なのか。 勝瀬はメモ帳に 0 ⅱ誰 ? 』とペンを走らせた。 続いて鑑識から報告があった。 遺体の周辺からは可燃性の成分が検出されていて、さらに詳しく調べているという。また、二階の 客用に使っていたらしい部屋の遺体からピアスが見つかったとのことだ。被害者が身に着けていた衣 類の燃えかすにまぎれていたと報告があった。 その部屋の遺体は妻の綾香だろうか。それとも・ : ピアス女 ? 』と書いた もし、遺体が綾香でなければ、そのピアスが O の遺体の身元を洗うひとつの手がかりとなるかもし れない 「また、敷地内から発見されたナイフですが、血痕と指紋が検出されました」 鑑識の言葉に、講堂内がざわめいた。 指紋がついている ナイフについていた血痕がいずれかの被害者のものであれば、犯人が残していった決定的な物証に 726
そうだとしても、あそこに相沢がいたことの合理的な説明ができない。彼は被害者の自宅の近くに 警察官がいる可能性をまったく考えなかったのだろうか。相沢は指名手配の身なのだ。それなのに認 堂々と被害者の自宅を訪ねていくとは普通では考えにくい。それとも、その危険性をわかった上で、 成海のことを調べようとしたのか 相沢は被害者の何を調べようとしたのか 考えれば考えるほど、頭の中で糸が絡まり合ったようなもどかしさが募ってくる。 「このあたりですね」 新宿通りを走らせていた若林が声をかけてきた。 勝瀬は車窓の外を見つめながら目当てのビルを探した。『荒木デザイン事務所』という看板を見つ けて指をさした。 車を停めると、勝瀬は若林とともに目の前のビルに向かった。四階でエレベータ 1 を降りると荒木 デザイン事務所に入っていく。 「突然申し訳ありません。長野県警の勝瀬と言いますが、荒木誠一一さんはいらっしゃいますか」 勝瀬が警察手帳を示すと、受付の女性が驚いたように身を引いた 「所長はちょっと食事に出ておりますが : 「あらためてお伺いしてもいいんですが、もしすぐにお戻りになるようでしたら待たせていただきた いのですがー そう言うと、女性は戸惑いながらも応接室に案内してくれた。 ソフアに座って二十分ほど待っているとノックの音がしてドアが開いた。ラフなジャケットを着込
たしかに何かの燃えかすに埋もれるように煤にまみれた金庫があった。家庭用としてはかなり大き ふた なものだ。蓋は閉じられていたが、触れてみると鍵はロックされていなかった。開けてみると中は空 だった。 「被害者はそこの椅子に座った状態で黒焦げになっていました」 鑑識課員が机のそばにあった椅子を指さした。 どうりでーーー一際激しい異臭の正体はそれだったのだ。 「ロープで縛りつけられていたのか」 平沢から聞いたことを言うと、鑑識課員が表情を歪めながら「そうです」と頷いた 被害者を椅子に縛りつけて暗証番号を聞き出したのだろうか。可燃物をからだにまいて火をつける ぞと脅しながら。 そして、金庫を開けると実際に火をつけたのか。 何て残虐非道な犯人だろう。 「ということは : : : 犯人があの窓に向かってパソコンを投げつけたということだな」 平沢が確認するように言った。 「そうなりますね」 勝瀬は頷いた。 「どうしてそんなことをしたんだろう」 「わかりません」 勝瀬は首をひねりながら窓に近づいた。 「もしかしたら : : : この部屋の窓を開けたかったんじゃないでしようか」 122
「そうではないです。この部屋を借りているのは成海俊という二十五歳の男です。この現住所から以 前住んでいた場所や通っていた学校なんかはわかりませんか」 「成海俊 : : : どこかで聞いたような名前ですね」 森下が思い出すように言った。 「今回の事件の被害者のひとりと思われる人物です . 「どうしてそんな人間の過去など知りたいんです。今のあなたにはそんなことをしている余裕はない でしよう」 森下が不思議そうに問いかけてきた。 「この男は生きているのではないか : : : そう思っています。 「あなたの言っている意味がよくわからないんですが」 森下が意味を探るように見つめてくる。 「うまく説明できるか自信はないんですが 仁はこれまでの経緯を森下に説明した。 説明しながら、あらためて自分の推測を整理していく。 「その菅野という人物が持っていた携帯を見せてもらえますか」 仁が携帯を渡すと、森下はしばらく画面に目を向けた。菅野とサカイとのメールのやり取りを見て いた森下の目がかすかに反応した。少しの間の後、仁に視線を向けた。 「つまりこういうことですか ? その成海俊という被害者が本当は事件の首謀者であるサカイで、サ トウショウゴを身代わりにして自分が死んだことに見せかけた、と : 「ええ」
「それにしても : : : 相沢はどうしてあんなところにいたんでしようね」 勝瀬は運転席の若林に目を向けた。 この数日、何度も行き来している高速道路の光景を見つめながら、勝瀬も同じことを考えていたの ヾ、」 0 「さあな : : : 」 昨日からずっと考え続けているが合理的な答えがいまだに出てこない。 相沢があの周辺にいたことが単なる偶然とは思えない。相沢と一緒に歩いていたのはおそらく北代 舞だろう。もうひとりの足を引きずった男が誰なのかはわからない。一緒に神谷家を襲撃したという 仲間だろ、つか 何のために相沢は被害者と思われる成海俊のマンションに行ったのだろうか 相沢の言葉を信じるならば、被害者の住居から事件の首謀者を捜そうとしたということか。そうだ とすれば、相沢は成海のことを知っていたということになる。成海の名前がニュースで初めて報じらッ れたのは昨日の夕方からだ。相沢とマンションの前で遭遇した時点では成海の名前は公表されていなド 、 0 相沢は仲間のひとりから神谷家を襲撃する話を持ちかけられたという。そのときに神谷夫妻だけで幻 なく、成海のことも聞いたのだろうか。 2
ママは動揺したように呟いた。 「何かお気づきのことがありましたらこちらにご連絡ください 勝瀬は名刺を渡すと喫茶店から出た。 「次はど、つしましよ、つか」 車に乗り込むと、運転席の若林が訊いてきた。 勝瀬は時計を見た。もうすぐ夕方の五時になろうとしていた。 捜査会議が終わってから若林とともに聞き込みに回っている。被害者宅の近隣にはほとんど人が住 んでいないため、地元住民が集まりそうな飲食店を回って神谷夫妻の人となりや交友関係を調べてい る。だが、 今のところ、被害者に関する情報はほとんど得られていない状況だ。 「昼飯と言うには遅いがタ飯もかねて飯を食っておこう。どこかうまいところはあるか ? 地域課でこの近辺のことには詳しいであろう若林に訊いた。 「何がいいですか」 「冷えるから温かいものがいいな」 「この近くにうまいラ 1 メン屋があるんですけど、そこでどうでしようかカウンターだけの狭くて 汚いところですけど、味はこのあたりではピカ一ですー 勝瀬が頷くと、若林が車を走らせた。 「いらっしゃい 何にし亠ましよ、つか カウンターに座ると目の前の主人が注文を訊いてきた。 「何がうまい ? 」 150
さっきのラーメン屋での仰天ぶりを見れば、上田が犯人だとはとても思えない。だが、それは言わ ないでおいた。 署に戻ると、すぐに捜査会議が始まった。 他の捜査員の報告を聞いたが、正直なところ、昼の会議の内容から目ばしい進展は見られなかった。 一番厳しいのは、神谷信司と綾香の人物像がはっきりと浮かんでこないことだ。 神谷邸の周辺を一日聞き込みしても、夫妻の人となりを知る人物がほとんど現れていなかった。ま た、中軽井沢にやってくる前のふたりの情報もまだ得られていない 年金に当たってみたが、神谷信司がどこかの企業で働いていたという記録は残っていない。また、 会社などを経営していたという記録もない どこか : : : 堅気じゃない雰囲気を感じてたんだよね 上田の言葉を思い出していた。 平沢の言葉に、勝瀬は報告のために立ち上がった。 「先ほどまで中軽井沢駅周辺の飲食店などに聞き込みをしていましたが、その中で被害者夫婦が常連 ク だったとい、つスナックがわかりましたーーー」 勝瀬は上田や舞夢のママから聞いた話をした。神谷夫妻がまわりの人たちからかなり羽振りのいい 人物だと見られていたことなどだ。 「少なくともそのスナックの客や関係者は、被害者の自宅の金庫に大金が置かれていると知っていた ようです
居をお断りしてるのよ」 祖母の吐き捨てるような言葉を、女性は複雑な表情で聞いている。 「あの : : : 警察のかたってお聞きしたんですけど成海さんがいったい何を : 「ある事件の被害者の可能性があるんです」 「ある事件の被害者って : : : もしかして殺人ですか ? 勝瀬が頷くと、女性は目を見開いて表情を強張らせた。 今にも泣き出してしまいそうな女性の顔を見続けているのが辛くて、勝瀬は軽く頭を下げると斉田 家を後にした。 「ええ、成海のことはよく覚えていますよ 劇団サードハウスで演出をしている久米という男性が答えた。 「うちの中でも特に才能のある役者だったからね」 久米はそう言うと正面のテープルから稽古場を見回した。 勝瀬もつられて目を向けた。 五十畳はあるだろう広い板張りの稽古場で、十人ほどの劇団員たちが柔軟体操や発声練習をしてい る。だが、 突然の刑事の訪問に気が散っているようだ。久米の隣に座っている勝瀬や若林をちらちら と見ている。 「それにしても、成海がそんな事件に巻き込まれてしまったかもしれないなんて : : : 」 久米が感慨を引きずるように腕を組んで呟いた。 劇団サードハウスの稽古場と事務所があるここを訪れてすぐに、代表である久米に成海俊が殺人事 346