鈴木はそう返すと玄関に向かった。 「あなたもここにいたほうがいいんじゃない。それとも何かご用でもあるのかしら」 「何だよ、ご用ってのは」 鈴木が舞を睨みつけた。 「言っておくけど、あなたがバ 1 ポンの仲間かもしれないっていう疑いはまだ晴れてないんだからね。 ねん 舞が仁に同意を求めてくる。だが、何も答えなかった。もうどうでもよくなっている。 「ばかばかしい」 鈴木は吐き捨てるように言うと、靴を履いてドアを開けた。 「明日、このマンションに行きます。朝になったらここに来てください かろうじてそう告げたが、鈴木は返事をしないまま部屋から出て行った。 「あのケンっていう男よりもあいつのほうが信用できない。行かせちゃってよかったの ? 舞が閉じられたドアを見ながら言った。 「もうどうでもいいよ : ・・ : 」 仁はカなく呟いた。 ク 「ど、つでもいいって : : : 」 「このままバーポンを見つけられなかったら : : : 」 これからのことを考えると恐怖と心細さに心もからだもがんじがらめになった。 「このままバーポンを見つけられなかったら、おれたちは無実の罪をきせられたまま死ぬことになる 2 のか ? 」
そう言うと、女性の顔が少し反応した。心当たりがあるようだ。 「彼女はこのアパートに住んでいるんでしようか。どうしても会って話をしなければならないんで幻 「そんな女性は知りません。帰ってくださいー 「だけど : : : 」 「警察に通報しますよ」 女性がハンドバッグから携帯を取り出した。 「いいんですか ? 噛みつくような鋭い眼差しで言った。 「それはマズイです。だけど、そんなことをしたら彼女にとってもやばい事態になってしまいます 仁が言い返すと、女性の表情が変わった。 「ど、つい、つこと ノンといえばわかります。彼女 「それは彼女に会ったら説明します。彼女と連絡を取ってください。、、 の居場所を教えろとは言いません。彼女にばくの携帯番号を知らせてくれればいいです。それでどう ですか」 「連絡っていっても : ・ : この数日、マイの携帯に電話してもつながらないの」 女性は言った後で、あっという顔をした。 マイーーーとい、つのか 「お願いします。一刻を争うことなんですー
後ろから声がして、仁は振り返った。鈴木が所在なさそうな面で立っている。 「悪いけどさ : : : おれはとりあえず引き上げていいかな ? そう言いながら、右手を差し出してくる。 「もう朝だぜ。昨日からまともに寝てないからさ。そろそろどっかでゆっくりと休みたいんだけどな 昨日の昼過ぎからたしかに寝ていない。そもそもそんなことを感じている余裕などどこにもなかっ : なっ ? 」 「よかったじゃねえか。とりあえず仲間が見つかってさ。あとはふたりでゆっくり : 自分には関係ないと言わんばかりの顔に、腹立たしさを覚えた。 鈴木の目を見据えながら、ポケットから一万円札を取り出した。 「これで終わりじゃないですよ : : : 次の行動が決まったら連絡しますからー そう言いながら一万円札を差し出す。 「はいはい」 鈴木は鼻であしらうように言って一万円札を奪うと、足を引きずりながら公園の出口に向かってい 「人は殺さないって約東だったじゃないか : その声に、ラムのほうを向いた。 「おれは殺してない。それにラムのことも裏切ってない。もしそうだったら会いになんか来るわけな いだろう」 仁は訴えたが、ラムは睨みつけるようにこちらに視線を据えている。今まで激しい不安に襲われて 2 2
菅野は空のストレートグラスをカウンターに叩きつけた。 「どうしたんですか、先輩 : : : 今日はいつもと飲み方がちがいますね、 テッに不思議そうな顔で見つめられ、菅野は少し顔をそらした。 「それに髪型まで変えちゃって : : いったい、どうしちゃったんですか ? まったく、「どうしたんですか」が多い野郎だ 菅野が睨みつけると、テッはびくっとしたように口をつぐんで急いで酒を注いだ。 その酒も一気に飲み干した。ストレートグラスを持った手が小刻みに震えている 「寒いですか ? 」 菅野の手の震えを見てテッが訊いた。 もう一杯ーーと、グラスをテッの前に差し出して、ポケットから煙草とこの店のマッチを取り出し 煙草をくわえて残り一本のマッチを擦ったが、手が震えているせいでうまく火がっかなかった。 「マッチあるか」 テッから新しいマッチをもらうと煙草に火をつけた。 ゆらゆらと立ち上る紫煙を見つめながら、目の前で注がれた酒を一気に飲み干した。 「いったいどうしちゃったんだろ : : : 」 そこまで言ったテッがまずいと口を閉ざした。 たしかに普段の菅野を知っているテッからすれば、そう言いたくなるのもわからないではない。 菅野はけっして酒に強いほうではない。いつもはメーカーズマ 1 クもソーダで割っていて、ロック 169 ハードラック
「やつばり警察みたいだな。車から四人の男が出てきてアパートに向かっている」 「ここからで坂口の顔がわかる ? 」 さすがに顔まではわからないだろう。だが、全体的な雰囲気から、自分が知っているテキーラかど うかぐらいは判断できそうだ。 四人の男たちはアパートの前で二手に分かれた。ふたりはアパートの裏手に回り、もうふたりは階 段を上っていく。坂口の部屋は二〇一号室だ。左右どちらかはわからないが一番端の部屋だろう。 階段を上っていた男のひとりがこちらのほうに目を向けたように感じて、思わず身を屈めた。 「どうしたの ? 「こっちを見られたように感じた」 「どうする ? 逃げたほうがいいかな」 舞が身を竦ませながら問いかけてきた。 「いや : : : ここまで来たら坂口の顔を確認したい。そうでなきや、これからどう動ナよ、、、 し ( しし力の判断 もできないー 「そ、つね : 「なあ、舞 : : : もし、坂口がおれたちの知っているテキ 1 ラだったら : : : おれたちもこのまま警察に 一イ、刀ないカ ? ・ 仁が言うと、舞の表情が変化した。 ーボンとグ テキーラが他人名義のとばしの携帯ではなく自分のものを使っていたということは、バ ルではないのではないか。強盗殺人を実行するために闇の掲示板にアクセスしたのであれば、自分名 義の携帯を使うわけがない。 249 ハードラック
「仕事何やってんだ」 「ティッシュ配りつす」 仁はふたりを見ながら頭を抱えたくなった。両方とも苦手なタイプだ。もうひとりに期待するしか なさそうだ。 鈴木がコ 1 ラを持ってこちらに戻ってきた。 「何か冴えねえおっさんだな。おれにもコーヒ 1 を持ってきてくれ」 席に座ろうとした鈴木に、革ジャンの男が顎で指図した。 「じゃあ、ばくはアイスティ 1 を ピアスの男が言い添える。 鈴木は渋々といった様子で、ふたたびドリンクヾ 「あとひとりか。どうする ? 先に話を始めつか」 革ジャンの男が言った。 「もう少し待とう」 この状態で話を始めたら、革ジャンの男のペースに飲まれてしまいそうだ。仁は革ジャンの男から 顔をそむけて、入口のほうを見つめた。 しばらくすると店内に女性が入ってきた。肩までかかった茶髪に黒いコートを羽織った女性がきょク ろきよろとフロアを見回している。大きなポストンバッグを提げていた。やがて女性の視線が止まり、 ゆっくりとこちらに向かってくる。まさか 「ジンさん たす 仁の席まで来ると女性がハスキ 1 な声で訊ねた。 あご ノーに向かった。
「もしもし : : : 」 こわ 十数回目のコールでようやく鈴木が電話に出た。公衆電話からの電話だからか、警戒するような声 音だった。 「もしもし : : : ジンです : ・ うめ (_) 申、こ 0 仁が受話器に向かって言うと、鈴木がカのない声で「ああ だが、次の言葉がなかなか出てこない。いったい何から話せばいいのだろう。 「昨日は : : けつきよくどうなったんですか 言葉に詰まっていると、鈴木のほうから訊いてきた。 どうやら事件のことはまだ知らないようだ。 「そのことでちょっとお話ししたいことがあって : : : 今、どこにいるんですか ? 「昨日のことで : : : 話 : ・ けげん 怪訝そうな口調に変わった。 「ええ。電話ではちょっと : : : 大切なことなのでぜひ会いたいんですー 鈴木に会わなければならない。鈴木が中軽井沢で起こった事件を知る前に、自分は殺人を犯してい ないのだということを理解してもらわなければならなかった。 「腹が減ってからだが動かないんですよ : : : 」 ね 7 729 ハードラック
「そうですかね。本当に追い詰められれば最後には何でもやりますよ。たとえ腐った藁だと知ってい てもそれにすがってしまうのが人間なんですー 森下の目が鈍い光を放ったように感じた。 この男は今までにどんな人間を、どんな世界を見てきたのだろう。ふと、そんなことを思った。 「無理強いはしないんじゃなかったんですか」 「そうですね。わたしは無理強いはしません。でも、あなたとはまたどこかで会いそうな気がする」 森下はそう言うと闇の中に消えていった。 目を開けると、机に置いた携帯が震えていた。 携帯を手に取った仁は着信を見て驚いた。母からだ。 仁は慌ててネットカフェの個室を出ると階段に向かった。個室の中は通話禁止になっている。 「もしもし : 電話に出ると、「仁なの 「そうだよ」 「本当に仁なの ? 「そうだよ。いったいどうしたのさ」 「やつばりそうだったんだ : そう言って母が黙り込んだ。 「だからどうしたのさ」 話が見えなくて苛立った。 : : : ? 」といきなり母かいカけてきた。 57 ハードラック
勝瀬が指示すると、他の三人が「わかりました」と頷いた 管理人がオートロックを開けると、まっすぐエレベーターに向かった。 「いやあ : : : なにぶん三年前に転居されているんでしよう。契約書なんかはすでに破棄しちゃってい るんですよねー 不動産会社の従業員がカウンター越しに申し訳なさそうな顔で言った。 「何か覚えていることはありませんか。どんな関係の仕事をされていたとか : 勝瀬は粘って訊いたが、相手は困惑の表情を浮かべながら唸るだけだ。 マンションでの聞き込みの成果がゼロだったから、何とかここで少しでも神谷に関する情報を引き 出したい。 マンションには六十五世帯が住んでいる。在宅中で話を聞けたのが三十七世帯。しかし、その中の 十八世帯は神谷が中軽井沢に移ってからあのマンションに越してきたのだという。残りの十九世帯に 関しても、神谷夫妻のことを知っている人物はいなかった。 「まあ : : : あのマンションを契約できたということは、収入の面でも保証人の面でもしつかりしてい たということでしようか : ・・ : それ以上のことは : ・・ : 」 従業員は、もう勘弁してくれと言わんばかりの顔でひたすら頭を下げる。 「どうしますか」 上杉が目で訴えてきた。 「妻のほうを当たってみようか」 妻の綾香は三年前に神谷と結婚するまで目黒にひとりで住んでいた。 205 ハードラック
ずっと礼を言いたいと思っていたが、男が何号室に入っているのかわからず、今まで挨拶できずに 「ああ、残り少なかったからよかったのに。ところで体調のほうはもう大丈夫なの ? んっと : 「おかげさまで助かりました。あの : ばくは相沢と言います」 しばた 「ああ、おれは芝田。よくここを利用してるの ? 」 「ええ : : : 芝田さんは : : : お酒は飲みますかー 「ああ、好きだよ」 芝田が頷くと、仁はウイスキーの瓶を差し出した。 「たいしたことはできないんですけど、お礼をしたくて : : : 」 「そんなに気を遣わなくてもいいのに。それよりもさ、どっかで食事でもしないか ? まだ顔色がよ くないし、何か栄養のあるものでも食べたほうがいいんじゃない せつかくの誘いだが、金銭的にあまり余裕がないので答えに窮した。 「大丈夫だよ。おごるからさ、といっても、たいしたものはおごれないけど」 「こ、ついう生活をしていると、人と話さなくなっちゃ、つじゃない」 向かいの席でうまそうに生ビールを飲みながら芝田が言った。 「そうですね」 仁は芝田の言葉に頷いて網の上の肉をひっくり返した。 ネットカフェから出ると芝田はくいだおれ横丁にある焼肉屋に仁を連れてきた。一時間ほど焼き肉 を食べながら世間話をしている。 9 ハードラック