静寂に包まれた周囲を見回しながら仲間を呼んでみたが応答はない。 何がど、つなっているのかまったくわからないが、このままここにいるのは危険だとい、つことだけは 判断できた。 仁は急いで運転席に乗り込むとエンジンをかけてアクセルを踏んだ。 木々に覆われた暗い山道をしばらく走らせても、幹線道路につながる道がわからない。ここに来る あたりは真っ暗でどの道を通ってきたかもよくわからないでい ときにはバ 1 ポンが道案内をしたが、 る。 ポケットから携帯を取り出してバ 1 ポンに連絡してみた。 電話がつながらないというアナウンスを聞いて舌打ちした。すぐにラムとテキーラにも連絡した。 こちらもつながらない。 暗闇の中をさまよいながら、心細さと不安に押しつぶされそうになった。 静まり返った山道にサイレンの音が響いてきた。次第に大きくなってくる。前方から赤い光が近づ いてきた。消防車のようだ。車一台しか通れない狭い山道で鉢合わせしてしまった。 「車をバックさせて道を空けてくださいー 助手席に乗っていた消防隊員がマイクに向かって叫んだ。 後ろを振り返ったが、真っ暗で道はほとんど見えない。正面を向くと、消防隊員が苛立ったようなツ 表情でこちらを睨みつけている。慎重に車をバックさせて何とか崖の縁で停めると、消防車が三台連 なって通り過ぎていった。 走り去っていく消防車を見やり、重い溜め息を吐くと、ふたたび車を走らせた。 しばらく進むと車のテールランプが見えた。前を走る車についていき、ようやく幹線道路に出るこ
「わたしはみんなが屋敷に押し入った後、予定通りに車に戻って待機してたわ。だけど、みんななか なか戻ってこなかった。心細い気持ちで待っていると、屋敷の裏のほうから車が走り去っていく音が 2 聞こえたの : 車が走り去る音 ・ : どんどん炎が大きくなっていって : : : わたし 「それからしばらくして、ばっと屋敷が燃えだした : ・ : 怖くなって : : : 」 ラムのからだが小刻みに震えている。寒さのせいばかりではないのだろう。 「それでその場から逃げだした ? 「そう。わたしは車の運転できないもの。しかたがないから、真っ暗な山道を当てもなく歩き出した もしかしたら、あの家の玄関に の : : : 仲間に連絡をしようと思って携帯を探したらなくなってた 行ったときに落としちゃったのかもしれない。ひたすら山道を下っていって何とか大きな道路に出た。 お金はもう東京に戻る電車賃ぐらいしか残ってなかったから、コンビニで地図を立ち読みして軽井沢 駅まで歩いていった」 そうだったのか 「わたしは今まであなたたち三人に裏切られたとばかり思ってた。わたしが車で待っている間にお金 を奪って、自分たちは別に用意した車に乗って逃げたんだと : : : わたしとしては当然の主張をしたま でだと思ってるけど、五十万円多く分け前をくれって言ったから : : : それで : ラムの話を聞いているうちに、自分の記憶に欠けていたピースが次第に埋まっていくのを感じた。 「車で待っている間に、誰かが屋敷を出入りするのを見なかったか ? 誰がおれを屋敷の外に出した のか :
、じゃない ねえ ? すためにちょっと冗談を言うぐらいいし 同意を求められて、ちいっとラムを見た。 たしかに緊張しているようで、表情が強張っているのがわかった。 バックミラ 1 に映るバ *- ボンもテキーラも表情が硬い。特にバ 1 ポンは、先ほどまでの余裕が嘘の ようにかなり緊張しているようだ。 自分は = = = 緊張どころ = はなか 0 た。今にも心臓が飛び出してしまうのではないかと思うほど、胸 が苦しくてしよ、つがなかった。 大きな道路から街灯のない山道に入った。ヘッドライトの明かりだけが頼りで、眼前には雪で白く なった地面しか見えない まるで迷路に迷い込んだみたいだ。 「こんなところで車が動かなくなったらおしまいね」 ラムが呟いた。 今ならまだいい。どが、 オ強盗をして逃げるときに車が動かなくなってしまったら最後だ。 ーボンの誘導で慎重に車を走らせ、何とか屋敷の手前まで来た。 「ここで停めてライトを消せ」 車を停めてライトを消すと、薄闇に包まれた。 車から降りたバ 1 ボ、が屋敷のほうに向かっていく。 車に戻ってきた。 「明かりがついてる」 ーボンがシートに置いた紙袋を取った。中から今日買ったものを取り出す。かつらとメイク道具 ーポンの姿が闇に消えた。しばらくすると ノ 02
木陰で身を隠すように待っていると、公園の前に見覚えのある車が停まった。 仁は急いで公園から出ると車に駆け寄っていき、助手席のドアを開けて乗り込んだ。 「きみみたいな有名人とご一緒できて光栄だよ。もっとも、三人を殺害した凶悪犯にしてはニュース に出ていた写真は少し迫力不足だけどね」 「もうすぐ四人ですよ」 ぶぜん 仁が憮然と答えると、森下がちらっとこちらを見た。 「主犯だと思っていたバーポンが殺された」 「八方ふさがりというやつですか。で : : : わたしに用というのは ? 「その前に少し車を走らせてください。できるだけ遠くに行きたいんですー 「有名人と楽しいドライプというわけですね」 森下が鼻で笑うように言って車を出した。 十分ほど走ったところで携帯の電源を入れた。鈴木の写真を添付すると先ほどカッセから聞いたメ ールアドレスに送信する。すぐに電源を切った。 「どこかで停めてくださいー 仁が言うと、森下は少し先にあるパチンコ店の駐車場に入っていった。 「ここに住んでいる男のことを調べたいんですー 車を停めると、ポケットからピザ店の伝票を取り出して渡した。 「サトウショウゴ : 森下が伝票に書かれている名前を読み上げた。 339 ハードラック
なる。 周囲のざわめきを聞きながら、ふたたび先ほどの疑問が頭をかすめた。 犯行の痕跡を消すために火を放っているというのに、指紋のついた凶器を敷地内に捨てている 捨てたのではなく、うつかり落としてしまったのか 勝瀬はメモ帳に『マヌケ』と書いた かん 「次、鑑捜査ーーー」 捜査一課長の声に、上杉が立ち上がった。 勝瀬と平沢が神谷邸を出た後、上杉たちは周辺の聞き込みに回っていた。 「先ほどまで神谷邸の周辺で聞き込みをしていましたが、残念ながら事件当時の目撃情報はまだ得ら れていません。周辺が別荘地であり、定住している人も少ないので、被害者に関することもほとんど わからない状況です。ただ : : : 昨夜、神谷邸の消火に向かった消防隊員から興味深い話がありました 上杉の話によると、神谷邸の消火に向かった消防車と一台の車が山道で鉢合わせになったとのこと だ。神谷邸から少し下っていったあたりで、今の時期はほとんど利用されることのない道だという。 「時間的にみて、その車に乗っていた人物が事件に関与しているか、もしくは事件や犯人について何 か目撃している可能性があると考えられます。運転していたのは若い男性で、焦った様子で車をバッ クさせて消防車に道を譲ったそうです。車は大型ので、番号までは覚えていないそうですが、 練馬のわナンバーだったと証言しています」 とい、つことはレンタカーか わナンバ 「乗っていたのは何人だ」 127 ハードラック
タクシ 1 はアパートの向かいに停まった二台の車の横をすり抜けて行く。しばらく行ったところに あった五階建てのマンションの前でタクシーを停めてもらった。 仁は残り少なくなった血痕のついていない一万円札を運転手に渡し、釣りをもらうとタクシーから 降りた。 「あれ : : : 警察の車かな ? 」 タクシーから降りると舞が小声で訊いた 「わからないけど : : : そうかもしれない」 仁は坂口のアパ 1 トのほうを見ないようにしながら、マンションのエントランスに入っていった。 エレベータ 1 はついていたがそれには乗らず階段を探した。外付けになっている階段を、壁に身を隠 かが すように屈みながら上っていく。 「こんなところを住人に見られたら怪しまれるね」 こつけい 舞が自分たちの滑稽な姿を笑うように言った。 「しかたがない」 これだけの距離があれば、仁の顔をすぐに認識されることはないだろうが、用心に越したことはな 三階の踊り場まで来ると、少しだけ壁から顔を出して外の様子を窺った。坂口のアパートの前には 二台の車が停まったままだ。ちょうど車の中から背広姿の四人の男たちが出てきてアパ 1 トに向かっ ていく。 「ど、つ ? 」 舞が訊いてきた。 2
言っている意味が理解できないまま、若林の視線の先を振り返った。 反対側の歩道に、人波にまぎれるように帽子をかぶった男がこちらに向かってくるのが見えた。そ 3 の隣にはポストンバッグを抱えた背の高い女が歩いている。さらに少し後ろから足を引きずりながら 男がついてくる。三人は何か話をしながらこちらに向かってきた。 まさか と思ったが、 こちらに向かってくる男の姿を見つめているうちに鼓動が激しくなるのを 感じた。 勝瀬は携帯を取り出して後ろの車に乗っている上杉に連絡を入れた。 「どうしたんですか 上杉の声が聞こえた。 「さりげなく斜め右後方の歩道を見てくれ。三人の男女が向かってくるのが見えるだろう。相沢じゃ ないか ? 」 そう告げると、上杉が絶句したのがわかった。 「こちらに気づかれないように注意してくれ」 勝瀬は釘を刺してとりあえず電話を切った。すぐにさらに後ろに停めている車の捜査員にも電話を かけて同様の報告をした。 歩道を歩いていた帽子の男がこちらに目を向けて足を止めた。そばにいた男女もつられたように足 を止める。 三台連なって停まっている車を見て何かを感じ取ったようだ。 後ろの車から上杉たちが表に飛び出した。その瞬間、三人の男女が反対方向に向かって走り出した。 しまったーー気づかれた
「我々はそろそろ失礼します 勝瀬は告げると、リビングのソフアから立ち上がった。 : この後、警察署に来ていただいてお話を伺うことになると思いますので、よろしくお願い 「ただ : します 目の前のソフアでうなだれるように座っている相沢の母親は放心していて、勝瀬の言葉にもまった く反応しない。代わりに父親が、「こちらこそ、ご迷惑をおかけいたします」と気丈に対応した。 抜け殻になったみたいな母親を残していくことに若干の不安とためらいがあったが、夫が一緒にし ればとりあえずは大丈夫だろう 勝瀬たち刑事は両親に一礼すると、相沢家から出て行った。 まさかこの状態で、相沢が実家に立ち寄るとは思えなかったが、一応数人の捜査員を家の周辺に残 して、勝瀬は車に乗り込んだ。 運転席に座った若林が車を出すと、数台の車が後に続いた。ここに残していく捜査員以外は、これ から東京で捜査をしている班と合流する。 「さっき、被疑者と何を話してたんですか ? 若林が訊いてきた。 「自分は殺ってない : : そう言ってきた」 7 255 ハードラック
テキーラが自分たちと同様にバーポンに嵌められたのだとすれば 仁と舞と坂口の三人で事件の話をすれば、警察も少しは自分たちの話に耳を傾けてくれるかもしれ幻 「わかったわ : : : 」 しばらく考え込むようにうなだれていた舞が、顔を上げて頷いた 仁は警戒するように少しずつ壁から顔を出してアパートのほうを見た。二階の一番左の部屋の前に ふたりの男が立っている。こちらには目を向けていない。ひとりが部屋のドアを叩いている。 しばらくすると、ドアが少し開いた。だが、 中にいる人物の姿ははっきりとは見えない。ドアを挟 んでふたりの男と押し問答をしているようだ。やがて、男のひとりがドアを全開にした。そのままふ たり同時に部屋の中に押し入っていく。 「ど、つ : 舞がふたたび訊いてきた。 「ちょっと待ってくれ」 しばらくするとドアが開き、ふたりに挟まれるようにしてラフな格好をした男が出てきた。男を凝 視した。 テキーラではない 男はそのままアパートの向かいに停めた車に乗せられた。続いてアパートの裏に回っていたふたり も車に向かってくる。 それぞれ二台の車に乗り込むと、その場から走り去っていった。 仁はそこまで確認すると身を屈めて溜め息をついた。
さすがに裏の住人らしく、すぐに察した。 「そうだ。使っていないカードが何枚かあった」 「カ 1 ド ? 仁は訊いた。 「携帯の中に入っているカードを入れ替えると、同じ携帯であってもちがう電話番号として使 用できるんです」 つまり、名義が変わるわけだから、携帯を使用しても警察に仁の居場所を知られる心配はないとい 、つ、」 A 」カ 「あいにくですが、カードは今持っていません。これから事務所に行って入れ替えてきますよ」 森下が手を差し出してきたので、仁は携帯を渡した。 「三十分ほどで戻ってきますから、ここで待っててくださいー 仁が降りると森下がすぐに車を出した。車が駐車場を出て行くのを見て、仁はディスカウントショ ップの建物に入った。店内をうろついて、ニット帽と風邪用のマスクを買った。 もしかしたら、もうすぐテレビのニュースに自分の顔が映されるかもしれない。 殺人事件の容疑者として サングラスも買おうかと思ったが、よけいに怪しく見えるのではないかと思い直した。 駐車場に出ると森下の車が停まっていた。仁が近づいていくと運転席の窓ガラスが下りて森下が携 帯を差し出した。 「これで大丈夫でしよう」 「いくらですか : 195 ハードラック