かんぬきをぬく音がして、二人は中にはいっていきました。 ひろい庭をとおり、また、どこかの入口の前で立ちどまると、さむらいは、大声でさけびま した。 ほういち 「だれかある、うちにおられるかたがた ! 芳一をつれてまいりましたぞ。」 あまど すると、あわただしい足音、ふすまをあけたてする音、雨戸のひらく音、それから女の人の 」ら・き 話しあう声が聞こえてきました。その話し声で、その人たちが、高貴な家の女官らしいことが わかりました。しかし、いったいどんな場所へつれてこられたのか、まるつきり見当がっきま せん。けれど、そんなことを考えるひまもありませんでした。芳一は、すぐさま、手をとられ、 かいだん 階段を五ー六段のばりました。のばりきったところで、ぞうりをぬげといわれました。ぞうり をぬぐと、こんどは、女の人に手をひかれ、はてしなくどこまでもつづいているらしい、みが ろうか きこまれた廊下にそって、おばえきれないほどたくさんの柱のかどをまがりました。つぎは、 たたみ おおひろま びつくりするほど多い畳じきの床でした。そこをとおりすぎて、芳一は、どこか大広間らしい あんない ところのまんなかに案内されました。 おおぜい 大勢のえらいかたかたが集まっていられるのだな、と芳一には思えました。きぬずれの音が、 はしら じよかん けんとう
し十 / し どうしたことでしょ一つ。 のに、 ほういち てらおとこ 寺男たちは、大いそぎで大通りをとおりすぎ、芳一がいつもいく家を、一けんのこらずたず ねてみました。でも、芳一のいった先を知っている人はありませんでした。 あみだじ うみべ あきらめた寺男たちが、海辺の道から寺へ帰ってくると、阿弥陀寺の墓地のなかで、いっし んに琵琶をかきならす音がするではありませんか。みんなは、びつくりぎようてんしました。 おにび くつか、ちら しつもあたりを飛びまわっている鬼火が、い 墓地はまっ暗でした。暗い夜には、ゝ ちら燃えていました。 しかし、寺男たちは、いそいで墓地にかけこみました。そして、ちょうちんのあかりで、芳 あんとくてんのうぼひ ただひとりですわって、雨にぬれながら、琵琶を 一を見つけました。安徳天皇の墓碑の前に、 だんうらかっせんだん かきならし、壇の浦合戦の段を声高くかたっている芳一を はかいし 芳一のまわりにも、たちならぶ墓石の上にも、死人の火が、ろうそくのように燃えていまし た。今まで、だれが、こんなにたくさんの鬼火を見たことがあるでしようか。 「芳一さん、芳一さん。」 寺男たちは、さけびました。
くうきょ 中がなんだか空虚なのです。そのうちに、私は草ヒバリがいつもとちがってだまっているのに しず 気がっきました。私は、ひっそりと静まったそのかごに近づいていきました。すると、ひから びたナスの切れはしのかたわらで、灰色に、石のようにかたくなって、死んでいました。たし かに、かれは、三ー四日間、食べ物をもらわなかったのです。でも、死の前の晩、びつくりす るほどさかんにうたっていました。そこで、私は、おろかにも、かれはいつもよりまんぞくし しよせいあき ているのだろうと思っていたのでした。虫のすきな書生の光が、いつも、食べ物をやっていた じよちゅう のですが、一週間のひまをとっていなかへ帰っていました。そして、草ヒバリのせわは、女中 のハナかかわりにやっていたのです。ハナには、思いやりというものがありませんでした。 わす 「その小さな虫のことは忘れませんでしたが、もうナスがありませんでしたので。」 と、彼女はいうのでした。ナスがなければタマネギかキュウリの切れはしをやろうなどと、彼 女は考えてもみなかったのです。私は、ハナをしかりました。ハナは、申しわけございません ようせい とあやまりました。けれど、もうあの妖精の音楽は聞こえないのです。さびしさが私を責めま す。ストープが燃えているのに、へやはひえびえとしています。 168
ばんせきない ひばん つぎの晩、関内は非番でしたから、両親といっしょに家にいました。すると、かなりおそく なってから、見知らぬ人たちがたずねてきて、ちょっと、お話をしたいというのでした。 かたな げんかん しきだい ぶそう 刀をとって、玄関へいってみると、さむらいらしい三人の男が、武装して式台の前に立って いました。 ) ました。 三人は関内にむかって、ていねいに頭をさげました。中の一人が、いし まつおかへいぞうっちばしぶんごおかむらへいろく しきぶへいないどのけらい 「われわれは、松岡平蔵、土橋文吾、岡村平六といし ゝます。式部平内殿の家来でございます。 さくや 昨夜、主人がおたずねしたおり、あなたは刀をもってうちかかられたとか。主人はひどいきず おんせん をおわれました。そのきずをなおすためにいたしかたなく、温泉へでむかれましたが、来月の きたく せんや 十六日には帰宅のはずでございます。そのせつ、先夜のおしうちに対して、しかるべきご返礼 をいたしますぞ。」 関内は、もう、あとを聞いていませんでした。刀をふりあげて、とびかかり、右に左に斬り となり まくりました。ところが、三人の男は、隣の家の塀へとびのき、かげのように、その塀をとび こえて : この古い話は、ここできれています。話のつづきは、だれかの頭の中にあったのでしようが、 へんれい 154
もり ふぶきは、明けがたまでにやみました。渡し守が、日の出の少しすぎに小屋にやってくると、 もさく みのきち 茂作はこごえ死んでおり、巳之吉はそのそばに気を失ってたおれていました。 しようき 巳之吉は、すぐに手あてをうけたので、まもなく正気にもどりました。けれども、あのおそ ね ろしい晩の寒さがたたって、長いこと、病気で寝たままでした。考えてみれば、茂作の死んだ ことは、おそろしいことでした。けれども巳之吉は、あの白い女のまばろしのことは、ひとこ とも口にはだしませんでした。 からだがよくなると、巳之吉は、すぐまた仕事にかえって、毎朝、ひとりで森にでかけてい き、タがたになると、たきぎのたばをせおって帰ってきました。たきぎは母親が手つだって売っ ていました。 あくる年の冬の、あるタがた。家に帰るとちゅうで、巳之吉は、ちょうどおなじ道を歩いて いた、一人の娘に追いっきました。せいが高く、ほっそりとして、たいへんきれいな顔だちの 娘でした。巳之吉があいさつをすると、小鳥がさえずるような美しい声でヘんじをしました。 二人は、ならんで歩きながら、話しはじめました。 娘は、お雪という名で、最近両親をなくしたこと、これから江戸へいこうとしていること、
しゅんかんかいりゅう しかし、つぎの瞬間、回竜は、頭のない首は、血も流していず、斬り落とされたようには見 えないことに気がっきました。 そこで、回竜は、心の中で考えました。 ( これは、他け物のしくんだまばろしか、それとも、わしがろくろ首の住みかにさそいこまれ そうしんき たか、どちらかだ。「捜神記』という本には、頭のないろくろ首を見つけて、そのからだをほか 、と書いてある。 の場所にうっすと、頭はどうしてももとのからだにくつつくことができない それから、また、頭がもどってきて、からだが動かされているのを知ると、床に三ど、頭をぶつ つけ、まるでまりのようにはねあがって、やがて死んでしまうとも書いてある。もし、この五 つのからだがろくろ首なら、わしのためによくないにちがいない。だから、あの本に書いてあ るとおりにしてもかまわんだろう。 ) 回竜は、五つの胴体のうち、まず、あるじの足をつかんで、窓のほうへひつばっていき、外 へ押しだしました。それからうらロにいってみると、戸にはかんぬきがかかっていました。 ああ、それでは、頭は屋根のけむだしからでていったのだな、と、回竜は考えました。なぜ なら、そのけむだしは、あけつばなしになっていたからです。 どうたい
「こんなにおそくなってしまったわけを話さなければならん。わしが出雲へ帰ってみると、国 との めいくんえんやどの とだじよう の人びとは、前の殿さま、明君塩冶殿のごしんせつをおおかた忘れてしまい、富田城をのっとっ むほんにんつねひさ た謀反人、経久のごきげんをとろうとむちゅうになっていたのだ。 あかなたんじ ところで、わしは、ゝ しとこの赤穴丹治をたずねたいと思った。このいとこも、経久の家来に じようない なって城内に住んでいたのだがね。 いとこは、私に、経久にあうようにと、くどくすすめた。わしは、新しい主君の顔を見たこ ぶげい とがなかったので、どんな人物か見たいばかりに、そのすすめにしたがった。経久は武芸につ ゅうき ざんにん うじて、ひじように勇気もあるが、しかし、ずるくて、残忍な性質をもっている。だから、わ しは、どんなことがあっても、経久につかえる気もちにはなれなかった。そのことを、はっき ひつよう り、経久に知らせておく必要があるとも思った。ところが、わしがかれの前からひきさがると、 かれは、 ) しとこに命じてわしをひきとめさせた。わしを、城内にとじこめようとしたのだ。 やくそく わしは、九月九日には播磨へ帰る約束があるのだといいはったが、たっことをゆるされなかっ た。そこでわしは、夜、城をぬけだそうと思った。けれども、しじゅう見はりをされていたの で、とうとう、きようまで、どうしようもなかったわけだ。」 しろ いずも しゆくん 124
ともただ と、友忠は考えました。 あおやぎ ( しかし、青柳が帰ってこないのなら、生きていたくなんかない。それに、切腹をおおせつかっ ほそかわとの たとしても、細川の殿さまをさすぐらいのことはできるだろう。 ) やしき 友忠は、両刀を腰に、屋敷へといそぎました。 じゅうしん えつけんま いかん 謁見の閒にはいると、細川の殿さまは、きちんとした衣冠をつけた重臣たちにとりかこまれ ちょうこく て、一段高いところにすわっていました。みんな、彫刻のようにおしだまったままです。友忠 は、礼をするために前へすすみでるあいだ、その静けさは、あらしの前の静けさのようなぶき みさで、おもおもしいものに思いました。 うで ところが、そのとき、とっぜん、細川の殿さまが、高い座からおりてきて、友忠の腕をとり、 こうしおうそんこうじんをおう あの詩「公子王孫逐後塵 : : : 」を、くりかえしはじめたのです。友忠がはっとしてふりあおぐ と、若い細川の殿さまの目には、やさしいなみだが光っていました。 しました。 - 殿さまはいゝ のと 「そちたちがそんなに深く愛しあっているのなら、能登の殿さまにかわって、わしがそちたち しき けっこん の結婚をゆるしてつかわそう。式は、今から、わしの前であげるがよい。客も集まっておる。 りようとうこし せつぶく 102
もらいました。 のと 馬にのって能登をたったのは、一年じゅうでいちばん寒いころのこと、あたりは雪でおおわ りよ .- つば れ、せつかくの良馬も、ともすれば行きなやみました。道は山の中をうねうねととおっていて、 人家とてほとんどなく、村と村のあいだも遠くはなれていました。 旅に出て二日めのことです。長いあいだ馬にのりつづけて、すっかりつかれてしまったのに、 いってもいっても人家はありません。はげしいふぶきがふきつけてくるし、馬はつかれきって ともただ います。友忠は、山の中で、とほうにくれました。 ところが、そのおりもおり、友忠は、思いがけなく、近くのとうげに、一けんのわらぶき屋 ゃなぎ 根の小屋が建っているのを見つけました。小屋のそばには、柳の木がのびていました。 つかれた馬にむちうって、やっとのことで、その小屋にたどりついた友忠は、しつかりとと ざされているその小屋のあらしよけの戸を、力いつばいたたきました。 わかもの すると、一人のおばあさんが、戸をあけてくれました。そして、美しい、見知らぬ若者のす がたを見ると、 「おお、おきのどくに、このふぶきの中をひとり旅なさるとはごくろうなことです。お若いか じんか
かしんこじ しました。果む居 このちかいに気づいた信長は、果心居士に、そのわけを説明するようにいゝ 士は、答えました。 ねだん 「はじめてごらんになったときの絵のねうちは、値段をつけられないほどすばらしいものだっ たのでございます。けれど、今ごらんになっています絵のねうちは、おはらいになられた、黄 ごんりよう 金百両だけのねうちをあらわしているのでございます。どうしても、こうならないわけにはい かないのでございます。」 これをきいて、みんなは、もうこのうえ居士に反対するのはむだだと考えました。居士はす ばっ あらかわ ぐさまゆるされて帰りました。荒川も、罪がじゅうぶんつぐなわれるだけの罰をうけたという ことで、ゆるされました。 のぶなが さて、荒川には、やはり信長につかえている、武一という弟がありました。武一は、兄がむ ろうや ちでうたれたり、牢屋につながれたりしたことを聞いて、ひどく腹をたて、果心居士を殺そう けっしん と決心しました。 いざかや 果心居士は、自由なからだになると、すぐその足でまっすぐに居酒屋へいき、酒を注文しま はんたい ぶいち はら ちゅうもん おう 137