かいりゅう しかし、うら口からはいっていった回竜を見ると、 ぼうず 「坊主だっ、坊主だっ。 と、ロぐちにさけんで、べつの戸口から森のほうへにげてしまいました。 しら ようかい 東の空が白んで、夜が明けようとしていました。回竜は、妖怪の力が暗いうちしか役だたな いことを知っていました。それにしても、そでにくゝ しついている、血とあわとどろでよごれた 頭の、きたないことといったらー ( 何というみやげだろう、化け物の首とは。 ) と思うと、回竜は、大声でわらいました。それから、わずかばかりの持ち物をまとめて、旅を ゅうぜん つづけるために、悠然と山をくだっていきました。 しんしゅう どんどん足をすすめた回竜は、信州長 ) の諏訪に着きました。諏訪の大通りを、そでに 頭をぶらさげて、まじめくさって歩いていく回竜に、女たちは気をうしない、子供たちはきやっ ものみ と声をあげてにげだしました。でも、物見だかい人たちがあとからあとから集まり、大さわぎ とりて になりました。とうとう、さわぎを聞きつけた捕手 ( の警察 ) がやってきて、回竜をつかまえ、 ろうや 牢屋につれていきました。その頭は、殺された人間の頭で、殺されたときに回竜のそでにかみ ころ
かいりゅう そのことばがおわるやいなや、あるじの頭は、ほかの四つの頭をしたがえて、回竜にとびか かってきました。 わかぎ しかし、この強い僧、回竜は、すでに若木をひきぬいて身がまえていました。その木で、と びかかってくる頭を、つぎつぎと思うぞんぶんなぐりつけました。すると、四つの頭は飛びさっ てしまいました。 が、あるじの頭は、くりかえしくりかえしたたきつけたにもかかわらず、死にものぐるいで 」ろも しつきました。 僧にとびかかり、とうとう、衣の左そでにくゝ 回竜は回竜で、すばやく、頭のまげをつかむと、つづけざまになぐりつけました。頭は、な おもくいついてはなれませんでしたけれど、長いうめき声をたて、それからは、あばれなくな りました。死んでしまったのです。でも、歯は、しつかりと、衣のそでをくわえていました。 、いり強、 回竜の大力をもってしても、そのあごをむりにあけることができませんでした。 そでに頭をぶらさげたまま、回竜は、家にひき帰しました。 と、家の中には、四つのろくろ首が、きずついて血だらけな頭をそれぞれの胴体にくつつけ て、ひとかたまりになってうずくまっているのでした。 そう は どうたい
かいりゅう しかし、とうとう、回竜は、山のいただきの、切りひらかれたところへつれていかれました。 于 . じよう まんげつ おりしも、頭上には満月がこうこうと照っていました。そして、目のまえには、わらぶきの小 屋があって、中から明るい光がもれていました。きこりは、回竜をその小屋のうらにたってい かけひ る離れへつれていきました。そこへは、どこか近くの流れから、竹の筧 ( 水 地上にかけ渡ルて ) で水が ひいてありました。二人は、その水で足をあらいました。離れのむこうはやさい畑、そしてそ すぎこだち のさきには、杉木立と竹ゃぶがあり、木立のむこうには、月の光をうけて、長い白衣のように たき ゆれているひとすじの滝が落ちていました。 ひろま 回竜が、きこりに案内され、小屋の中へはいっていくと、四人の男女が、広間のいろりに燃 えているわずかな火で、手をあぶっていました。その人たちは、回竜にむかって、ていねいに びんぼう ひとざと 頭をさげ、うやうやしくあいさっしました。こんなに貧乏で、おまけに人里はなれたさびしい ところに住んでいる人たちなのに、きちんと、あいさつをするので、回竜はびつくりしました。 ( りつばな人たちだ。 ) 回竜は、心のなかで思いました。 はな あんない びやくえ
いそがいへいたざえもんたけつら をも決しておそれはしませんでした。とうじの私の名は九州の磯貝平太左衛門武連と申しまし た。みなさんの中には、この名をおばえていられるかたもおいでかもしれません。 かんたん しらす 磯貝の名をきくと、白州じゅうに感嘆のささやきが起こりました。というのは、その名をお おおぜい ばえている人たちが大勢いたからです。 たいど ぶぎよう 奉行たちは、つい今しがたまでのきびしい態度とはうってかわって、親しい友だちのように こう かいりゅう きょ , っい うちとけ、兄弟のようなあたたかい好意をみせて、回竜をほめそやすのでした。人びとはてい だいみようやしきあんない ちょうに、回竜を大名の屋敷に案内しました。大名も、回竜をよろこんでむかえ、おおいにも てなし、りつばなおくりものまであたえました。 そう しゆったっ 出立をゆるされて、諏訪をはなれるとき、回竜は、この世のどんな僧もあじわえないような 幸福を感じていました。頭は、みやげにするのだとおもしろはんぶんにいって、持っていきま した。 さて、あとは、その頭がどうなったかというお話がのこっているだけです。 諏訪をでてから一ー二日後のこと、回竜は、おいはぎにであいました。おいはぎは、とある
ついたのだと、捕手たちは考えたのです。 かいりゅう ところで、回竜は、捕手が問いただしても、ただわらうだけで、何もいいませんでした。そ ぶぎよう こで、牢屋での一夜があけると、回竜は、その土地の奉行の前にひきだされました。 僧の身でありながら、どうして人間の頭をそでにつけているのか、また、なぜ、あっかまし つみ せつめい くも、人びとの前に自分のおかした罪を見せびらかして歩いたのか、そのわけを説明せよ、と いわれて、回竜は、長いこと、大声でからからとわらっていましたが、やがて、答えました。 やくにん 「お役人さまがた。わしは、頭をそでにつけたりなどいたしません。頭が、かってにわしのそ でにくつついたのです。まったくめいわくな話です。それに、わしは、何の罪もおかしはいた しません。なぜなら、これは人間の頭ではなく、化け物の頭だからです。化け物が死んだのは、 あんぜん あるいはわしのせいであったかもしれぬ。しかしわしは、血を流してでなく、わが身の安全を まもるために必要な用心をしただけの話です。」 できごと そして、回竜は、出来事のいちぶしじゅうを話しはじめ、話が、五つの頭にであったところ へくると、もういちど、腹の底からわらいました。 でも、奉行たちはわらいませんでした。それどころか、回竜は、手におえぬ犯人で、その話 そう とりて はら はんにん
、」ろも かいりゅう しつも、身にまとう衣の下には、さむらいの精神をあ 僧になったとはいうものの、回竜は、ゝ むかし たたかくいだいていました。昔、あぶないときでも、わらってきりぬけたように、今でもあぶ てんこう ないことにであっても、うすわらいを浮かべるだけでした。そして、どんな天候のときでも、 きせつ どんな季節でも、ほかの僧がどうしてもいけなかったところへも、ありがたい教えをつたえる みだ ために平気ででかけていきました。というのは、そのころは、乱れきった世の中で、たとえ僧 かいどう であっても、街道のひとり旅は決して安全ではなかったのです。 ながたび さて、はじめての長旅で、回竜は、甲斐の国 ( 黔山 ) をおとずれたことがありました。あるタ すうり ゞた、山中を歩いていたときのことです。どの村からも数里もはなれたさびしいところで、日 のじゅく が暮れてしまいました。そこで、回竜は、あきらめて、野宿することにしました。道ばたに、 手ごろな草のしげみを見つけると、横になってねむろうとしました。回竜は、いつも、苦しみ をよろこんでむかえてきたのでした。ですから、ほかにけっこうな寝どこが見つからないとき は、はだかの岩の上にでも平気で寝ました。マツの木の根が、寝ごこちのいいまくらになりま しも てつ した。回竜のからだはまるで鉄さながらで、露も、雨も、霜も、雪も、ちっとも苦になりませ せいしん
しゅんかんかいりゅう しかし、つぎの瞬間、回竜は、頭のない首は、血も流していず、斬り落とされたようには見 えないことに気がっきました。 そこで、回竜は、心の中で考えました。 ( これは、他け物のしくんだまばろしか、それとも、わしがろくろ首の住みかにさそいこまれ そうしんき たか、どちらかだ。「捜神記』という本には、頭のないろくろ首を見つけて、そのからだをほか 、と書いてある。 の場所にうっすと、頭はどうしてももとのからだにくつつくことができない それから、また、頭がもどってきて、からだが動かされているのを知ると、床に三ど、頭をぶつ つけ、まるでまりのようにはねあがって、やがて死んでしまうとも書いてある。もし、この五 つのからだがろくろ首なら、わしのためによくないにちがいない。だから、あの本に書いてあ るとおりにしてもかまわんだろう。 ) 回竜は、五つの胴体のうち、まず、あるじの足をつかんで、窓のほうへひつばっていき、外 へ押しだしました。それからうらロにいってみると、戸にはかんぬきがかかっていました。 ああ、それでは、頭は屋根のけむだしからでていったのだな、と、回竜は考えました。なぜ なら、そのけむだしは、あけつばなしになっていたからです。 どうたい
した。 どきよう 長いこと、読経とお祈りをつづけていてから、寝るまえに、外のけしきをもう一どながめよ うと、窓をあけました。 美しい晩でした。空には雲もなく、風もそよがず、さえた月の光が、木の葉の黒いかげをくっ きりと落とし、庭の露の上にきらめいていました。鳴きしきるコオロギ、スズムシ。そして、 たき 近くの滝の音は、夜のふけるにつれていっそう深まっていくのでした。 かいりゅう 滝の音をきいているうちに、回竜は、ふと、のどのかわきをおばえました。そして、家の裏 かけひ 手にあった、筧のことを思いだしました。そこへいけば、ねむっている家人にめいわくをかけ ないで水がのめるのです。 ひろま そこで回竜は、うちの人たちの寝ている広間とのさかいのふすまを、音をたてないように静 かにあけました。と、回竜の目にうつったのは、ほのかなあんどんの光をうけている、五つの、 おお、それらには、首がありませんー 横たわったからだです。 いっしゅん 一瞬、回竜は、たじたじっとなって、立ちどまりました。だれかがしのびこんで、五人の首 を斬り落としたのか、と思ったのです。 ばん うら
ますようにと、お祈りをしているしだいでございます。もっとも、お祈りしたとしても、どう ふこう ごう にもなりますまい。でも、ともあれ不幸な人びとをお助けすることなどで、私のあやまちの業 いっしようけんめい に、うちかとうと、一生懸命なのでございます。」 かいりゅう 回竜は、このりつばな決心を聞いてうれしく思い、あるじにいゝ しました。 「ご主人。若いときおろかなことをしがちだった人が、のちにたいへんまじめになって、正し きよう あくじ い暮らしができるようになったのを、これまでに見てきました。お経の中にも、悪事に強い人 けっしん ぜんじ は、心をいれかえれば、りつばな決心のカで善事にも強い人になれると書いてあります。あな こんや こは、今はりつばな心をもっておられる。きっと、しあわせになられるでしよう。今夜は、お 経をあげて、あなたがこれまでおかされた罪の業にうちかちなさるように、お祈りするとしま しよう。」 やくそく こう約束して、回竜は、あるじにおやすみなさいとあいさっしました。 あんない とこ あるじは、回竜をごく小さいわきのへやヘ案内しました。もう、ちゃんと、床がとってあり ました。 さて、あるじと四人の家族たちは寝ましたが、回竜は、あんどんの光でお経を読みはじめま かぞく たす
んでした。 かいりゅう 回竜が横になるかならないかに、一人のきこりが、一ちょうのおのを持ち、小山のようなた きぎをせおってやってきました。 そのきこりは立ちどまって、回竜が横になっているのを、しばらくじっと見ていましたが、 やがて、びつくりしたような調子でいいました。 「もし、お坊さま、こんなところにひとりで寝ておいでになるなんて、あなたはいったいどう いうかたなんですか。このへんには、他け物がたくさんいますよ。あなたは、化け物がこわく ないんですか。」 「おまえさん。」 と、回竜は、元気よく答えました。 うんすい ず、ひろく諸国をめぐり歩き修行する僧だよ。化け物なんぞ、ちっともこわくない 「わしはな、雲水 ( 雲 ぞ。おまえさんのいう化け物とは、化けギッネや、化けダヌキのことだろう。こわくないとも。 それに、わしは、さびしいところがすきじゃ。考えごとをするにはもってこいだからのう。わ しゅぎよう のじゅく しは野宿になれている。・そして、自分の命のことを心配しないように修行しているのじゃ。