芳一 - みる会図書館


検索対象: 怪談 (1980年) (ポプラ社文庫)
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1. 怪談 (1980年) (ポプラ社文庫)

ーうしち 「あなたは、化かされているんですよ、芳一さんったら。」 でも、芳一には、その声は聞こえないようでした。芳一は、力いつばい琵琶をかきならし、 ちょうし だんうらかっせん ますますはげしい調子で、壇の浦合戦のくだりをかたるのでした。寺男たちは、芳一をつかま しいました。 え、ロを耳もとによせて、 「芳一さん、芳一さん。さあ、わしらといっしょに、寺へもどりましよう。」 しました。 すると、芳一は、しかりつけるようにいゝ 」、つき ごぜん 「この高貴なかたがたの御前で、じゃまをすることは、ゆるされませんぞ。 何ともぶきみなことでしたが、このことばには、寺男たちも、思わずわらわずにはいられま せんでした。たしかに、芳一は、何ものかに化かされているのです。寺男たちは、芳一をかか えて、むりやりに立たせ、カずくで寺へつれて帰りました。 じゅうしよく きもの 寺につくと、住職は、芳一のぬれた着物をきかえさせ、食べ物や飲み物をやるようにと、 ろいろさしずしました。それから、芳一に、 「いったい、、 とうしたことなのだ。くわしく話してごらん。」 と、やさしくいいました。

2. 怪談 (1980年) (ポプラ社文庫)

ほういち がいしゆっ 芳一が帰ったのは、かれこれ夜明けちかくのころでしたが、だれにも、外出のことを気づか じゅうしよく れませんでした。住職は、たいへんおそく帰ったので、芳一が寝ているものと思ったのです。 ひるま できごと あくる日の昼間、芳一は、 ) しくらか休むことができました。でも、昨夜のふしぎな出来事に ついては、だれにもひとことも言いませんでした。 夜なかになると、あのさむらいが、またむかえにきて、芳一を、身分の高い人びとの集まっ ているところへつれていきました。芳一は、そこで、また、前の夜とおなじように、みごとに びわえんそう 琵琶を演奏しました。しかし、ふとしたことから、芳一が夜、寺をでていくことが、住職に感 づかれてしまいました。朝になって、芳一が、寺に帰ってくると、芳一は、住職によびだされ ちょうし ました。住職は、おだやかな調子で、芳一をとがめました。 「芳一、私たちは、おまえのことをたいへん案じていたのだよ。目の見えぬからだで、あの時 こく 刻に、たったひとりででかけるなんて、あぶないじゃないか。なんで私たちにことわらずにで てらおとヤ」とも かけるんだね ? ひとこと、声をかけてくれさえしたら、寺男を供につけてやったのに。い どこへ行ったのだ ? 」 みぶん さくや

3. 怪談 (1980年) (ポプラ社文庫)

さいなん でも、よろこふ力ししー 、ゞゝ ) 。災難はもうすっかり去ってしまった。おまえは、もう二どとふたたび、 もうじゃ あんな亡者に苦しめられることはあるまいよ。」 ほういち でき′」と 芳一のきずは、よい医者の手あてで、まもなくなおりました。ふしぎな出来事の話は、遠く ゅうめい おおぜい までひろがりました。芳一は、たちまち、さらに有名になりました。大勢の身分の高い人たち あかませき か、赤間が関へ、芳一の琵琶を聞きにやってきました。そして、芳一に、お礼のお金をどっさ りくれました。芳一は、金もちになりました。 しかし、あの出来事からこのかた、芳一はただ「耳なし芳一という呼び名で知られるよう になりました。 しゃ よ

4. 怪談 (1980年) (ポプラ社文庫)

ししよう びわほうし 子供のころからならい、少年のころには、もう、師匠をしのぐほどの名人でした。琵琶法師を ほういち ほんしよく げんべい 本職とするようになってからは、芳一はおもに源平の物語をかたるのがとくいでした。芳一が きじん だんうらかっせんだん 壇の浦の合戦の段をかたると、鬼神も泣くほどだったといわれています。 びんぼう いろいろと ひとりだちになったはじめのころ、芳一は、たいへん貧乏でしたが、さいわい あみだじじゅうしよく たすけてくれる人がありました。それは、阿弥陀寺の住職でした。この人は、詩や音楽がすき で、芳一をたびたび寺へまねいては、琵琶をひかせたりかたらせたりしたのです。 うで 芳一のすばらしい腕まえに心をうたれた住職は、あとでは、とうとう、芳一を寺へひきとろ もうで うといいだしました。芳一は、よろこんで住職の申し出にしたがいました。 ばん しつ れい 芳一は、寺の一室をあてがわれました。このお礼は、住職が、べつに用のない晩、琵琶をひ いてよろこばせさえすればいいのでした。 こぞう だんかほうじ ある夏の夜のこと、住職は、檀家の法事によばれたので、小僧をつれてでかけました。芳一 は、ひとり、寺にのこってるすばんをしていました。 めいじん

5. 怪談 (1980年) (ポプラ社文庫)

むし暑い晩でした。 うらて えん ねま ほういち 芳一は、すずもうと思って、寝間の前の縁がわにでました。ここからは、寺の裏手にある小 じゅうしよく さな庭が見おろせました。芳一は、琵琶をひいてさびしさをまぎらせながら、住職の帰りを 待っていました。 カ住職は帰ってきません。へやの中はまだ暑くて、ねむれそうも ま夜なかがすぎました。、ゝ、 ないので、芳一はそのまま、外にいました。 しばらくして、だれか、うら門から近づいてくる足音が聞こえました。足音は、庭をよこぎつ て、縁がわへ近づき、芳一の前でとまりました。でも、それは住職ではありませんでした。 そこぢから ふとい、底力のある声が、芳一の名をよびました。ぶつきらばうに、そして、さむらいが目 下の者をよぶようにぶえんりょに、 芳一は、びつくりして、しばらく、返事をすることもできませんでした。すると、その声は、 ちょうし きびしく命令するような調子で、またよびました。 「芳一 ! 」 した あつばん

6. 怪談 (1980年) (ポプラ社文庫)

かなり足ばやに歩かねばならぬことだけでした。 てつ ほ、ついち 芳一の手をとってくれているさむらいの手は、鉄のようでした。大またに歩くたびにがちゃ がちゃと立日がしました。このさむらいがよろいかぶとに身をかためているらしいのがわかりま やかた した。たぶん、このさむらいは、館を守りかためる役なのでしよう。 芳一の、はじめのおどろきは、いっか消えていました。芳一は、よかった、と思いはじめま した。というのは、さっき、このさむらいが、「たいへん身分の高いかた」といったのを思いだ しよもう との したからなのです。自分の琵琶を聞きたいと所望している殿さまというのは、少なくとも第一 だいみよう 流の大名にちがいないと、芳一は思ったのです。 やがて、さむらいは、足をとめました。芳一は、大きな門の前についたことに気がっきまし あみだじ 「はてな、このへんの大きな門といったら、阿弥陀寺の山門のほかに考えられないが。」 と、芳一は、ふしぎに思いました。 かいもん 「開門ー さむらいがさけびました。 さんもん

7. 怪談 (1980年) (ポプラ社文庫)

ていました。せきはせず、息をする音もたてないでおこうと気をつけました。何時間も、ずつ と、こうしていました。 すると、道のむこうから、足音がこちらへやってくるのが聞こえました。その足音は、門を えん ほ、ついち くぐり、庭をよこぎり、縁がわに近づいて、芳一のまん前でとまりました。 と、ふとい声がよびました。 しかし、芳一は、息をのみ、身うごきもしませんでした。 「芳一。」 二どめの声がきびしく、つづいて、三どめの声が、あらあらしく、 「芳一つ。」 芳一は、石のようにじっとしていました。 すると、その声がつぶやきました。 これはいかん。やつはどこにいるのか、しらべねばならんわい。」 「へんじがない。 縁がわにあがってきたおもい足音が、ゆっくりと芳一のそばまできてとまりました。

8. 怪談 (1980年) (ポプラ社文庫)

し十 / し どうしたことでしょ一つ。 のに、 ほういち てらおとこ 寺男たちは、大いそぎで大通りをとおりすぎ、芳一がいつもいく家を、一けんのこらずたず ねてみました。でも、芳一のいった先を知っている人はありませんでした。 あみだじ うみべ あきらめた寺男たちが、海辺の道から寺へ帰ってくると、阿弥陀寺の墓地のなかで、いっし んに琵琶をかきならす音がするではありませんか。みんなは、びつくりぎようてんしました。 おにび くつか、ちら しつもあたりを飛びまわっている鬼火が、い 墓地はまっ暗でした。暗い夜には、ゝ ちら燃えていました。 しかし、寺男たちは、いそいで墓地にかけこみました。そして、ちょうちんのあかりで、芳 あんとくてんのうぼひ ただひとりですわって、雨にぬれながら、琵琶を 一を見つけました。安徳天皇の墓碑の前に、 だんうらかっせんだん かきならし、壇の浦合戦の段を声高くかたっている芳一を はかいし 芳一のまわりにも、たちならぶ墓石の上にも、死人の火が、ろうそくのように燃えていまし た。今まで、だれが、こんなにたくさんの鬼火を見たことがあるでしようか。 「芳一さん、芳一さん。」 寺男たちは、さけびました。

9. 怪談 (1980年) (ポプラ社文庫)

ほういち 芳一は、しどろもどろに答えました。 「おしようさま、おゆるしくださいまし。ちょっと自分の用がございまして、それが、昼間の うちにかたづけられなかったからでございます。 しんばい じゅうしよく 住職は、心配するよりは、むしろ、おどろいた顔で考えこみました。そしてそれつきり、何 も言おうとしないのでした。 わかもの 何かある。何かよくないことがあると、住職は思いました。この目の見えぬ若者は、魔もの にでもとりつかれ、まどわされているのではないだろうかと、気がかりでなりません。 てらおとこ しかし住職は、もう、それ以上、何もたずねず、寺男に、芳一から目をはなさぬよう、もし まんいち、夜になってまた寺をぬけだすことがあったらあとをつけるよう、こっそりいいつけ ました。 ちょうどっぎの晩、芳一が寺をでていくのを見つけた寺男たちは、ちょうちんに火をともし くら て、あとをつけました。ところが、あいにく、雨がふっていて、あたりがまっ暗だったので、 寺男たちは、道へでないうちに、芳一のすがたを見うしなってしまいました。 はやあし 芳一は、すごい早足で歩いていったものとみえます。道がわるいのに、それに目が見えない ばん

10. 怪談 (1980年) (ポプラ社文庫)

ほういち 芳一の胸の鼓動ははげしく、全身はがたがたとふるえました。死のような静けさでした。 そのうちに、とうとう、あらあらしい声が芳一のそばで、つぶやきました。 ほうし びわ 「琵琶があるぞ。だが、琵琶法師は : : : あっ、二つの耳が見えるだけた。どうりでヘんじをし なかったわけだ。口がないのにへんじをするわけにはいくまいって。耳のほかに何もない。そ との うだ、殿さまには、この耳を持っていこう。できるかぎりのことをして、おことばにしたがっ たというしるしに。 いた てつ しゅんかん その瞬間、芳一は、鉄のような指で両耳をつかまれ、もぎとられるのを感じました。痛さは はげしかったけれど、芳一はさけび声をたてませんでした。 えん おもおもしい足音は、縁がわづたいに遠ざかり、庭におりて、道のほうにでていって、消え ました。頭の両がわから、なまあたたかい、ねっとりしたものがほたばたと落ちてきましたが、 芳一は、手をあげようともしませんでした。 じゅうしよく 日の出まえに帰ってきて、大いそぎで、うら庭の縁がわへまわっていった住職は、何やらね ばねばしたものをふみつけて、つるりとすべりました。ちょうちんの光でよくそれを見ると、 こレ」う