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検索対象: 日経サイエンス 2016年12月号
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1. 日経サイエンス 2016年12月号

酵母 少し驚いている。昨日 ( 受賞発表前 で , 私のような基 日 ) の夜中 , もし受賞するようなこと 礎分野の研究者で があったら誰と一緒になるかなと考え も , 運がよければ ていた。オートフアジーの研究では , こういう機会に恵 海外に候補者はいない。水島さん ( 水 まれるということ 島昇東京大学教授 ) , 吉森さん ( 吉森 をわかってもらえ 保大阪大学教授 ) , 小松さん ( 小松雅 たらうれしい。 明新潟大学教授 ) らが牽引してきたの で , 一緒に受賞したらいいなと思って オートフアジ いたが , ふたを開けてみたら単独とい ーとはどんな現象 ですか。 うことになった。 私たちはタンパ ーーー水島 , 吉森両博士とは早くから共 ク質を毎日 70 ~ 80g 食べ , これを 同研究をされていました。 私自身は酵母の研究をずっと続けて アミノ酸に分解し いるが , ほかの高等生物でも研究した ている。一方 , 私 いと思って , 岡崎国立共同研究機構 たちの体では毎日 ( 自然科学研究機構の前身の 1 つ ) の 300g ほどのタン 基礎生物学研究所に職を得た時 , 吉森 パク質が作られて さんを助教授として迎えた。基生研は いる。食べた分だ とてもありがたい研究所で , 酵母を中 けでは足りないわ 心としながら動物細胞も植物細胞もや けだが , その不足 るという世界に類のない研究室をつく 分のアミノ酸はど ることができた。 こからくるのかと 今思えば , 基生研で吉森さんや水島 いうと , 私たちの さんに出会ったのが転機だったと思う。 体内のタンパク質 全員が研究所のすぐ近くに住んでいて , が分解され , 再利 いつも飲みながらわいわいと議論して 用されている。 いた。こうした環境は , ある時期には もう 1 つ例を挙 とても大事だ。研究は常に少しずつ進 げれば , 海で遭難 んでいくものではなく , 低迷期の後で して 1 週間何も食べず水だけで生き ポンと上がる時期がやってくる。彼ら ていたという場合だ。その間 , タンパ と出会うことができたのは , オートフ ク質の合成を止めていたわけではない。 アジーの研究の幅が広がるという意味 巧妙にタンパク質を分解しながら再利 で大きかった。 用している。タンパク質を食べて分解 するだけでなく , 細胞の中でタンパク 人がやらないことをやリたいと考 質を作っては壊し , 作っては壊して生 えたきっかけは何だったのですか ? 命は維持される。分解は生命を支える 私はあまり競争が好きではない。人 1 つの大事な働きで , これがオートフ が寄ってたかってやっていることをや るよりも , 人がやっていないことをや るほうが楽しい。それがサイエンスの 日本の研究者の単独受賞は 1987 子九尸 ノいつ 1 つだけ強調しておきたいのは , 私 学総合研究センター長・米マサチュー が研究を始めた時 , オートフアジーが セッツ工科大学教授 ) 以来ですね。 ノーベル 生理学・医学賞 大隅良典氏 大网良典・下田親・編 酵母 のすべて ◎系細胞から分子まで のすべて 系統 , 細胞から 分子まで 大隅良典・下田親編 B5 判・ 348 頁 定価 ( 本体 6 , 500 円 + 税 ) ISBN978-4-621-06232-6 「オートフアジー」含め、真核 単細胞生物の代表的モテ ル生物として研究が盛んな 酵母 , その基礎から最先端の 研究成果までを解説した酵 母研究の決定版 . ◎シュプリンガー・ジャパン ( 2007 年 ) 刊行、 丸善出版 ( 2012 年 ) 移管。 丸善出版株式会社 - 了 7777 「 7 「了了 77 了 : : : : ー 〒 101 ー 0051 東京都十代田区神田神保町 2 ー 17 TEL ( 03 ) 3512 ー 3256 FAX(03) 351 2 ー 3270 http://pub.maruzen.co.jp/ く資料請求番号 19 > http://www.nikkei-science.com/

2. 日経サイエンス 2016年12月号

0000 000 000 渦々した体験 グランドキャニオンの川下りが教える地質学的時間 S. マースキー (SCIENTIFIC AMERICAN 編集部 ) 大渦へと投げ出される恐れ かあるからた。そうなると 実に面倒で , あらゆる種類 の書類事務が必要になるた ろう。 毎日 , 午後遅くになると ボートをとめてキャンプを 設営した。その際にプロの ガイドが直面する重要な問 題は , 2 つの衛生施設をど こに設置するかだった。小 だ下りを毎年何回も開催し , ノアの洪水 便は川の急流に直接流されるが , 固形廃 私には怖いものがたくさんあるが , 心 が約 4400 年前に起き , グランドキャニ 棄物は 1 週間にわたって回収されてから 底ぞっとするのは 2 つ。高所と荒波た。 オンの岩壁を急速に堆積させたという考 運び出される。その金属製の回収装置は なので , 7 月上旬のグランドキャニオン・ えをはじめとする自説を参加者たちに吹 グルーバー ( 溝付け器 ) と呼ばれている。 コロラド川急流下り旅行 ( 絶対下を見ち これは , かって戦場で兵士たちが空にな やいけない景観が売り物の峡谷ハイキン き込んでいる。 グつき ) に迷わず申し込んだ。血迷った 「もちろん , 多くの専門分野の科学者 った弾薬箱をこの目的に用いていたこと たちによって , グランドキャニオンがそ に由来するという。彼らには , 私たちが わけじゃなく , ありったけの勇気を振り れよリもずっと古いことが解明されてい 旱受した便座という贅沢がなかった。こ 絞って。というのも , この企画は全米科 のため , 弾薬箱の細い縁は臀部に一時的 学教育センター (NCSE) 主催の年次峡 る」と , ほんの 500 万 ~ 600 万年前と いう地質学的にはそれでもまだ驚くほど な圧痕を残した。すなわち尻溝。 谷遊覧旅行だったからた。 新しい形成年代についてリードは述べた。 私たちは沐浴と洗濯を川で行ったが , カリフォルニア州オークランドに本部 「ここにはそれを示す岩石があり , 生物 そのせいで私はある夜遅く , ひいおばあ を置く NCSE は 1981 年以来 , 生物の授 があリ , 水文学的証拠もある。科学者が ちゃんの亡霊の訪問を受けて厳しく叱ら 業内容から進化論を外そうとする勢力 , この世界をどう説明しているかを学ぶの れた。「川で身体を洗い , 川で洗濯だっ あるいはそれ自体が言語矛盾である「科 て ? 祖国を離れたんだから川に行って 学的創造説」やその突然変異体「インテ にうってつけの場所なのです」。 そばに寄って簡単に観察できる地質学 する必要なんかないでしように」。さら リシェント・デサイン」などを追加する 的歴史について次号でいくつか取り上げ に , 私がお金を払ってこの旅に出かけた ことで進化論と″バランス″をとろうと るつもりだが , 今回はグランドキャニオ と知って , 幻の曾祖母の顔色か変わった。 する勢力からの絶え間ない脅威から , 公 ンで過ごした 1 週間について話したい。 「バカじゃないの」。夜の間に乾かそうと 立学校における進化論教育を守ってきた。 木に掛けておいた下着が曾祖母に見つか 私たち一行 25 人が乗リ込んたのは 1 週間の旅が終わる前々日 , コロラド 川沿いのファーングレン・キャンプ場で 「 / ヾロー ・ボート」という蔑称で呼ば らなくてよかった。 れることもある小さな乗リ物だった ( 訳 焼けるような暑さ , 燃える日差し , 冷 流木に腰掛けた一同に向かい , NCSE の 注 : バローニはボロニアソーセージのほ たい水は覚悟していた。想定外だったの 専務理事リード (Ann Reid) はこう問 かに「とんま」の意味も ) 。長さ 10m ほ は , 持参したタッチスクリーン式のキン いかけた。「グランドキャニオンの川下 どのいかだの両脇に大きな空気注入式の ドルが夜は使えないことたった。頭に着 りが科学教育と何の関係があるか , 了解 浮きがついている。これらの浮きがボロ けているヘッドランプ ( 暗がリで溝付け いただけましたか ? 」 リードはこう説明した。「 NCSE にと ニアソーセージみたいというわけ。小説 器まで行くのに欠かせない ) に引き寄せ られて飛んできた虫が , キンドルの画面 って , グランドキャニオンは宗教的思考 『白鯨』の捕鯨船ピークオド号がもしバ ・ボートだったら , 語リ手イシュ に止まるからだ。しかも勝手にページを と科学的思考の違いを示すためにまたと ロー めくったり文字サイズを変えたリするし ない場所なのです」。そして , 「地球が メイルはかなり月並みな出来事を語る羽 ネットに接続している場合 , へたをする 目になったことだろう。 6000 年前にできたと信じているごく少 とファーブル全集を購入してしまいかね 数のクリスチャンは」 , グランドキャニ とはいえ私たち一行は , 激流に突入す る際には身を伏せてしつかり綱につかま ない。幸い . 代わリにできることが残っ 、、水を最も如実に物語る ていた。ヘンドランプを消し , ー川から空 るよう言われたも一一一ボートが浮き - 上がると 証拠」一一一とみなしているという。 を見上げると , そこは星の海だった。・ き , しつかりつかまっていないと簡単に 創造説信奉者たちはコロラド川のいか の NIIIO LLVbN 日経サイエンス 2016 年 12 月号

3. 日経サイエンス 2016年12月号

未来の繁栄の基礎である革新と成長を 抑えつけるリスクを冒している。 悲観的な現実 所得格差を縮小に転じるのは難しい だろう。国家政策が異なるにもかかわ らず , また一部の国は格差を抑えるべ く積極的な社会福祉政策を取っている にもかかわらず , 富裕国全体で所得格 差は拡大している。 気がかりなのは , 技術の進歩や自動 化 , グローバリゼーション , 仕事の海 外移転が , 労働者を一時的に再配置す るという従来の効果を生むだけではな くなったことだ。一時的な再配置なら , 長期的には ( 少なくとも自分の子供の 時代には ) , こうしたカがもたらす大 きな繁栄の益にあずかることができる 置き去り去る 6 月の国民投票で EU 離脱に投票した英国民の多くは , EU のメンバーであることによ って得られるはずの恩恵が自分たちに届いていないか , 他の人々に回っていると感じていた。 だろう。だが現在 , これらの変化は , 自分に益をもたらさない , あるいは外 とは違う。社会の仕組みは変えること 国人や機械装置の所有者だけを益する はない。 ようなプロセスを作り出してしまって 2 番目のそして最も強力な希望の光 が可能であり , 変える必要があるだろ は , この記事の最初の部分で引き合い う。現在のようなレントシーキングと , いるように思える。 それが生み出す国内的・国際的な著し この種の懸念は歴史上 , 同様の状況 に出した歴史のなかにある。人々が , い所得格差を放置すると , 人類は破滅 少なくとも長期的には , 自分たちのニ のなかで何度も浮上し , すべて杞憂に ーズに合わせて環境を形作ってきたと するだろうと私は思う。だが私は楽観 終わった。だから , 技術の進歩が経済 いう事実だ。ここで採り上げた問題は , 的だ。幸福の追求は , 18 世紀にそう 的繁栄と長寿化の基盤であると信じる ならず者の小惑星が地球に近づいて衝 だったように , 現在も強力な欲求であ なら ( 私はそう信じている ) , 変化に 介入するのは極めて慎重であらねばな 突の脅威をもたらしているといった話 り続けているから。 ( 編集部訳 ) らない。また , 長く続く大恐慌の余波 のなか , 私たちが悲観的になりやすい 著者 Angus Deaton のも疑いのない事実だ。そうはいって プリンストン大学の公共政策・国際関係大学院および経済学部で経済学・国際 も数々の懸念は現実であり , 経済に関 関係のドワイト・アイゼンハワー記念名誉教授を務めている。消費・貧困・福祉 する心配はかってよりも数多い。 に関する分析で 2015 年のノーベル経済学賞を受賞。英国と米国の市民権を持ち , 英国学士院のフェローかっ米国科学アカデミーのメンバー 幸福を求める意思 この悲観論を打ち消すプラス材料は 原題名 The Threat of lnequality (SCIENTIFIC AMERICAN September 2016 ) 何だろうか ? 1 つは , 民主主義が最 もっと知るには・・ 終的には勝利し , いまはその声がよく RENT SEEKING. David R. Henderson in The Co れ ci E れ c. ア cl 叩 e 市 4 可 Eco れ 0 襯 5. Second edition. Liberty Fund, 2007. www.econlib.org/library/Enc/RentSeeking.html 反映されていない人々が民主的なプロ GROWING UNEQUAL? INCOME DISTRIBUTION AND POVERTY IN OECD COUNTRIES. セスを通じて , 自分たちの意思をもっ Organization for Economic Co-operation and Development, Oct0ber 2008. www. とよく代表するリーダーを選ぶだろう oecd.org/els/soc/growingunequalincomedistributionandpovertyinoecdcountries.htm ーこ一と 7 ー了こ - れは - ・困難な逼程になー。。。。。。。。 , 。。。。。。。。一一第読 ESCA : : : HEA は最、Ⅵ生以 ORIGINS l-NEQVALITYÄngusDeaton— P rinceton University PressQ 01 引ー るだろうし , 一方では民主主義を脅か 「米国における所得分布の不平等化」 , L. C. サロー , サイエンス ( 日経サイエンスの前身 ) 1987 年 す危険も存在するが , 決して不可能で 7 月号。 を We want 00 t 「 y back VO to Leave 62E 、も 9 9N0 」コ」 3 工 dOIS をエ http.//www nikkei-science.com/

4. 日経サイエンス 2016年12月号

人新世を考える % 特集 私たち人類は , 自らとこの世界をまったく新しいものに変えつつある それらの変化が未来にとってどんな意味を持つのか 9 つの問いを通じて考察する ~ 人類は 第老化に 打ち勝てるか ? ( 次号に掲載 ダ遺伝子 第改変人類が ー誕生するのか ? ー 、 88 ヘージ ー。ーー自由・平等な , 第市民社会は ~ 続くか ? 82 ヘージ 日経サイエンス 2016 年 12 月号 60

5. 日経サイエンス 2016年12月号

要な部分だが , 人間の幸せは別のこと にも依存している。身体が不自由にな ったり死んでしまったりしては , 物質 的豊かさはあまり価値がない。健康は それ自体が幸せの重要な要素だ。教育 は所得に貢献し , 物質的豊かさに寄与 するが , 質的により豊かで有意義に暮 らすことも可能にする。富や健康 , 教 育と同様に , 自由も繁栄を構成する要 素だ。市民社会に参加する自由 , 移動 の自由 , 差別や暴力 , 恣意的な逮捕・ 投獄からの自由など , 現在は歴史上で こうした自由が最も広く浸透している。 250 年前 , 18 世紀後半の世界に立 ち戻ると , 少数の国が , 貧困と不健康 が常態だった過去から抜け出し始めて いた。歴史の大半において , 多くの子 供は 5 歳を待たずに死に , 疫病の流行 は常に脅威たった。持続的な経済成長 と健康状態改善が世界に広がったのは , 産業革命とそれに伴う健康革命の後に なってからだ。 だが当時も , 人々の暮らしの改善は まずごく少数の国で始まり , それから 世界の他地域へ徐々に広がった。進歩 は新たな格差を生み , ロンドンとアム ステルダムの生活水準をジャカルタと 北京の生活水準よりも高め , 欧州北西 部の平均寿命を延ばし幼児死亡率を下 げた一方で , アフリカとアジアは変わ らずに残された。 この「大分岐 (great divergence) 」 の残光は , 近年のインドと中国の目覚 ましいキャッチアップ成長と , 貧困国 K E Y ( 0 N ( E P T S におけるさらに目覚ましい平均寿命の 延びを経た現在も , いまだに見られる。 現在 , 米国の国民 1 人あたりの所得は 中国の 4 倍 , インドやナイジェリアの 10 倍 , ケニアに比べると 20 倍近く , 中央アフリカ共和国の 90 倍を超える ( これらの数字は貧困国での生活コス トの安さを勘案して補正ずみの数値 だ ) 。こうした巨大な国際格差は , 進 歩の結果である。ほとんどの場合 , 誰 かが恩恵にあずかる前に , 別の誰かが 恩恵を受けるのだ。だが , これは今後 の進歩を脅かすことにもなる。 進歩と停滞 産業革命の原因について歴史学者が いつの日か統一見解に達するとは思え ないが , 啓蒙思想 , とりわけ「有用な 知識 (useful knowledge) 」の考え方 が , その先駆として不可欠だったのは 疑いない。有用な知識は自然に対する 問いと基礎科学の発達から生じ , 科学 を技術と機械 , 生活改善の知恵に変え , 「幸せの追求」を促す。 新たな知識は天から降ってきはしな い。社会環境と時代の要請が , 新知識 が生まれるスピードと方向に大きく影 響する。市場も関係する。品物の値段 が高いと , 人々は浪費を避けるように なり , それを実現する 1 つの方法とし て , 少ない資源消費ですむ新たな手法 を発明する。産業革命前の英国の賃金 は高かった。このこと自体が , 産業革 命の中核をなす様々な手法の開発を促 所得格差が増幅する社会矛盾 ・ここ数十年 , 多くの国で貧富の差が拡大してきた。様々な理由による。 ■所得の差かすべて社会的に有害というわけではないが , 少数の人々が政治 や経済のルールを自分たちが有利になる方向に変えるようになると , 技術 革新と経済成長が阻害されるだろう。 ■この問題に対処し , 所得格差が助長する有害な行動を抑えなければ , 社会 がさらなる繁栄を達成する見込みは薄い。 進した要因だったと思われる。 政治的自由と知的自由も繁栄に寄与 した。発明はしばしば , シュンペータ (Joseph Schumpeter) が「創造 的破壊」と呼んだものを通じて機能す る。新技術は以前の手法を破壊するだ けでなく , そうした従来法に頼ってい た人々の生計も破壊する。だから変化 は激しい抵抗を受け , 特に現職者の政 治的力が強い場合には激烈となる。 だが , 政治的な取り計らいによって この抵抗を緩和することができる。欧 州で持続的な成長が起こり中国では起 こらなかった一因は , 欧州が政治的に 異なる小国家の集合であって , 新しい がまだ馴染みのない考え方 ( あるいは 宗教 ) を持つ人が , ある政治的支配圏 を捨てて別のどこかへ移ってやってい けたからだ。近年のグローバリゼーシ ョンは製品やサービス , そして製品・ サービスほどではないが人間を低コス トで大きく移動することを可能にし , この移動の自由がインドと中国の貧困 からの脱出にも一役買った。 現在の問題は , 1750 年以降の成長 が今後も永久に続くとあてにしてよい のか , あるいは現在の暗雲は井戸が涸 れたことを示すしるしで , 私たちのお しまいを告げているのかだ。過去 250 年が進歩の時期だった ( いくつかの恐 ろしい中断はあったものの ) からとい うだけで , そうした進歩が続くと想定 することはできない。これまでの歴史 でも , 進歩と停滞の時期が繰り返して きた。 レントシーキングの罠 私は所得の差そのものが本質的・本 来的に有害だとはみていない。誰かの 暮らし向きがよくなっても悪くなって も , それで私の暮らし向きが変わるこ とはない。所得差は時にインセンティ プと同義である。私たちみなの暮らし 向きをよくする革新を成し遂げた人は しばしば大きな富で報われており , そ 日経サイエンス 2016 年 12 月号

6. 日経サイエンス 2016年12月号

CIENTITIC ÄMERICAN サイエンス 考古学 50 年 , 100 年 . 150 年前の SCIENT 旧 C AMERICAN 誌から 豚コレラ ラックが展開されない場所では , 雪かきを持 「プタ」というと , 都市においては男たち った大勢の緊急隊員が大量の雪を押しのける が嘲りや侮辱のために用いる言葉だ。しかし ( 下のイラスト ) 。動力つきの除雪機は 5 トン 農民は自分が飼っている豚を「借金を返して トラックの前部に取り付けられる。ごみの除 日常生活で私たちが くれるもの」と呼んでいる。養豚が農家の収 去に使われている多数のトラクターも除雪作 体験している雑音を , 入の多くを支えているためだ。現時点で米国 業に適している。 高い離婚率や社会的不 には 6804 万 7000 匹の豚がいる。その価値は ( 1916 年当時の都市管理に関するスライドシ ツー昼ノ 和 , 消化不良などの臓 5 億 7189 万ドルだ。そして過去 40 年間 , 豚コ ョーを ScientificAmerican.com/dec2016 / 器不全 , 神経衰弱 , 高 レラによる年間の損失額は平均して 4000 万 urban-engineering にアップ予定 ) 血圧 , 心不全 , 果ては精神障害まで , 様々な ドルを下らない。 1914 年から 1916 年にかけ 事柄の原因だとする見方が以前からある。だ て行われた一連の実験で , 豚コレラを隔離と が , そうした主張のほとんどは , たくましす 衛生管理 , 予防的な血清療法によって抑制で ぎる想像の産物だ。騒々しい地域の住人を対 きるかどうかが調べられた。これらの手段に 色いろいろ 象に , 雑音が及ぼす影響を調べる一連の研究 よって , 85 % から 90 % の豚を救える可能性 が行われた。場所はロンドンの中心部 , ロン があることが示された。 「タ暮れ時に色を選 ドン空港近辺 , 米国にある数カ所の都市で , ぶな」というのは古く なかには空軍基地に近いものもある。住人の からの金言であり , そ 1 / 4 は , 高架鉄道やトラック輸送路 , 航空機 陸軍の参謀が開戦のずっと前から戦略を練 の正しさを身にしみて の飛行ルートといった騒音源の近くでも支障 っているのと同じように , ニューヨークの雪 感じた人も少なくない なく暮らせるようだ。一方 , 別の極端として , 対策は降雪シーズンのずっと前から道路清掃 ことだろう。この助言を知らないか軽視した 調査対象となった人の 1 / 10 は , 自分が出し 局によって準備されている。除雪機つきのト 多くの買い物客が , めったにない素晴らしい た音を除くほぼすべての雑音によって気分を 色合いの品を選んだと思ったのに , 商 乱されているようだ。 品を持ち帰って日光の下で見ると , ま るで期待はずれの色だった , という経 験をしている。可 ograp ん c N ビ ws 誌 の最近の記事が , この原因を解説して いる。スペクトル解析の結果 , 石油ラ ンプやガス灯の炎は , 燃えると黄色の 炎になるナトリウムや , 赤い炎になる ストロンチウム , 青い炎になるイリジ ウムを含んでいることがわかった。こ れが自然の色合いを変え , ある色を強 める一方で別の色を消しているのだ。 SCIE 、料呂 C 50 年前 AMERICA 、 1966 150 年前 1866 都市の除雪 100 年前 1916 トーマス・エジソン かく語りき われわれ米国人はた またま , 物事を能率的 にこなす方法をひょっ こり見つけた。一例は われわれが手にしている安価な自動車で , ヨ ーロッパの人々には合点がいかない代物であ る。われわれ米国人はむしろ労働力に多くの 金を支払うが , 米国人労働者は他国の労働者 よりも価値が高い。心理学者は国によって異 なるメンタリティーをもっと研究すべきだろ う。私はヨーロッパを旅して回った際に , 男 性のメンタリティーに関する私なりの法則を つかんだ。フランス人は他のどの国の人よーり一一一 も , 私が運転する自動車の警笛に素早く注意 を払った。一方スイスでは , 男が警笛に気づ く前に轢いてしまいそうになる。この違いは 人々の精神状態の相違を映している。 CIENTIFIC MERICAN UPPLEMENT スケート大流行 スケートが当世人気のスポーツにな ったことは , マサチューセッツ州ウー スターのとあるスケート靴工場で今年 になって以下の原材料が消費されたこ とから明らかである。すなわち真鍮 2 トン , ねじ 5000 グロス ( 訳注 : 1 グロ ースは 12 ダース ) , ー真鍮のはめ筒が 5 万 個 , 洋銀 1000 ポンド ( 約 450kg ) , ロ ーズウッド木材が 6 トン近く。 35 人の 男女工員がこれらを 2 万 5000 足のスケ 1916 年 : 寄せた雪を馬車の貨物台に積む緊急隊員。後ろに 描かれているのは最新式の除雪車 ート靴に加工した。 ノ 日経サイエンス 2016 年 12 月号

7. 日経サイエンス 2016年12月号

顕微鏡トに見えた 驚異の仁 詳報ノーベル生理学・医学賞 大隅博士 , 受賞の思いを語る 日本経済新聞 科学技術蔀 日経サイエンス 「酵母は飢餓に陥ると自分自身のタンバク質の分解を始める。その現象を光学 小さいころから研究者になりたいと 顕微鏡で捉えることができたという驚きが研究の出発点になった」。ノーベル生 思っていたので , ノーベル賞はある種 理学・医学賞受賞が決まった 10 月 3 日夜 , 大隅良典東京工業大学栄誉教授は同 の憧れとして存在していた。でも研究 大学での記者会見の冒頭の挨拶でこう語った。一人で始めた研究に , やがて若い 者になってからは , まったく意識の外 研究者たちか加わって裾野が広かリ , 世界に注目される分野に発展したという。 にあった。私は生命の基本的な単位で 大隅博士は会見で , 日本が中心となって引っ張ってきたオートフアジー研究の歴 ある細胞がいかに動的な存在であるか 史を振リ返り , 改めて基礎研究の重要性を強調した。 ( 10 月 3 日の共同会見および同 に興味を持っており , 人がやらないこ とをやろうという思いから , 酵母の液 日と翌 4 日に行われた日本経済新聞社による単独会見でのやリとりを再構成した ) 胞に着目した。 ーー授賞を知らせる電話を受けた時に 純に嬉しい気持ちだったかというと , 1988 年に東京大学教養学部のたっ は , どんなお気持ちでしたか。 そうでもない。 ( 正式発表まで ) 非常 た 1 人の研究室に移った時 , 液胞が 言っていいのかどうかわからないが , に中途半端な気持ちで過ごした。 タンパク質の分解に果たす役割の解明 実は連絡は正式発表の 2 時間くらい に興味を引かれ , 研究を始めた。それ 前に来ていた。これは私の性格のため ノーベル賞に対して , どのような から 28 年にわたって , オートフアジ だが , 「やった一 ! 」というような単 思いがありましたか。 ーの研究に携わっている。今回の受賞 日経サイエンス 2016 年 12 月号

8. 日経サイエンス 2016年12月号

立っている。タンパク質の合成はもち ろん重要だが , その分解も大事だとい うことは , 将来 , 疑いのない事実にな るだろう。医療 , 健康を含めて , たく さんの研究課題が我々の前にある。 東 ) ーー博士自身は今後 , どんな研究に取 り組みたいですか タンパク質の分解を定量的に扱うの は難しい。動物細胞ではオートフアジ ーの定量的な扱いにいまだに成功して いない。酵母がオートフアジー研究を 先導できる部分はまだある。あと数年 間 , 私に残された時間があるなら , オ ートフアジーが代謝にどう関与してい るのかという問題を解決したい。 ーー政府の研究開発投資は , 応用を重 視する流れになっています。 応用重視の流れを大変に憂えている。 サイエンスは , どこに向かっているか わからないから楽しい。すべての人が 成功するわけではないが , チャレンジ するのが科学の精神だ。余裕をもって 基礎科学を見守ってくれる社会になっ て欲しいと思う。 今は , トップ大学のトップの研究室 にいないと先がない , と若い人が感じ ざるをえない状況になっている。特に 地方大学はとても研究しにくい環境に ある。大学より企業に行ったほうが食 必ずがんの研究につながるとか , 人間 る。サイエンスにゴールはない。特に いはぐれがない , という情報が行き渡 の寿命にかかわるとかを確信していた 生命科学は , これがわかったらすべて り , 大学院の博士課程に進学する学生 わけではないということだ。基礎研究 がわかった , というようなことはない は減っている。色々な場所で研究をし , 成果を上げたら良い場所に移れるよう はそういうふうに展開していくことを と甲う ノ、 0 理解してほしい。 にしないと , 研究は回っていかない。 オートフアジーの研究は , 今後ど 日本では , 大学と企業の関係がよく ーーーそうした基礎研究を長年続けてき のように発展していくと思いますか。 ないのも問題だ。日本の企業は , 日本 たのは , どのような思いからてすか。 オートフアジーが色々ながん細胞や , の大学に期待しておらず , 海外の大学 アルツハイマー病のような神経疾患に サイエンスでは , 何かがわかったら には膨大な資金を出すが , 日本の大学 新しい疑問がわいてくる。私は酵母の には出さない。 1 割でも日本に還元し かかわっているのではないかとの報告 研究を続けてきたが一一謎がすべて解け がたくさん出ているのは事実だーーだが , てくれれば日本の大学の状況は変わ たと思ったことはない。今も酵母にた オートフアジーが原因だとわかってい る。良い人材を育てるために大学と企 くさんのことを問いかけてみて , 細胞 るものはほとんどない。細胞は , ( 様々 業が連携する仕組みをつくれないかと の理解につながればいいなと思ってい な生命プロセスの ) 平衡によって成り 思っている。 東、 . 業大学 一示イ のツ第 良直 日経サイエンス 20 日経サイエンス 2016 年 12 月号

9. 日経サイエンス 2016年12月号

日経サイエンスホームページ www.nikkei-science.com 過去の主要記事ダウンロードは WWW. nikkei-science. れ et へ 人類が地球環境や生態系 , 気候に大きな影響を与えるようになった 人新世を 現在 , 地球は新たな地質時代「人新世 ( アントロポセン ) 」に突入し たといえそうだ。人類は地球をどのように変え , それが私たち自身 考える をどう変え , 人新世の未来はどうなっていくのか , 9 つのポイントか ( 前 編 ) ら考察した特集を 2 号にわたって掲載する。 地層に刻まれる人類の時代 J. ザラシーウィッツ 気候変動が変える社会 K. ピーク 新人口爆発と超高齢化 M. ヴィステンドール 人類を追い詰める格差社会 A. ディートン 遺伝子改変人類が誕生 ? 「 2016 年総目次」は本誌ウェブサイトから無料ダウンロードできます。 リンクは 12 月号の目次ページ (http://www.nikkei-science.com/page/magazine/201612.html) に。 060 地質学 062 環境 072 人口 076 経済学 082 生命科学 088 088 S. S. ホール 海外ウォッチ 032 ・クローン動物短命説は誤リだった ・医療用マリファナの挑戦 ・乳房にマイクロバイオーム NEWS SCAN ・ GOES-R, アー , ゴー ! ・好きなことをするのが一番 ・シカは南北方向へ逃げる ・大統領候補の科学評定 ・ニュース・クリップ ・ハイハイ支援ロホット 032 From Nature タイジェスト 砂漠の駝鳥 当世かがく考 ANTI GRAVITY クマムシの保護タンバク質を発見 039 廃炉で終わらない「もんじゅ」問題 011 滝順ー 渦々した体験 071 S. マースキー 続・賢者たちのチーム戦 097 坂井公 プラッシャー天体写真儀 100 ゲノム医療と人の未来 104 石井哲也 人工知能とロポットを知る 森山和道 私たちは何者なのか 一人類の歴史を考える 渡辺政隆 ダイジェスト サイエンス考古学 lnformation 次号予告 SEMICOLON 今月の科学英語 PR 企画 秋の書籍 & デジタルメディア・ガイド 108 お断り「 Front Runner 挑む」と「ヘルス・ トピックス」「グラフィック・サイエンス」は休 みました。 004 010 113 114 116 パズルの国のアリス nippon 天文遺産 BOOK REVIEW 特集 日本 A B C 協会加盟誌 ( 新聞雑誌部数公査機構 ) http://www.nikkei-science.com/ 9

10. 日経サイエンス 2016年12月号

集技術が使いにくく低効率だったため 1 ヒトゲノムの編集は「荒唐無稽」だっ たとしたうえで , こう述べた。「しかし , 過去数年で , その " 荒唐無稽 " が " 考え うるもの " に変わった。ヒトゲノム編 集の実施もまもなくと思う」。さらに こう続けた。「最優先の問題は , 結局 のところ , 社会がどれだけこの技術を 必要としているかだ」。 3 日に及ぶ会議の参加者 ( 私も出席 していた ) のおおかたの答えは , 「よ くわからないが , ゆっくり考えるだけ の時間はあるだろう」だった。プロー ド研究所 ( マサチューセッツ工科大学 とハーバード大学が共同で運営する生 命科学関連の研究所 ) に所属する遺伝 子研究者ランダー (Eric Lander) の 基調講演をはじめ多くの講演では , 技 術的問題と , ゲノム編集をヒト生殖細 胞の改変に用いる医療上の差し迫った 必要性が存在しないことが強調された。 「人類の遺伝子プールに恒久的な変化 を生み出す前に十分な注意を払うこと が , おそらく現状では妥当といえるか もしれない」とランダーは警告した。 会議開催委員会はアシロマ会議のよ うなモラトリアム ( 一時停止 ) を巧妙 に避けた。現時点で不妊治療クリニッ クでヒト生殖細胞のゲノム編集を追求 するのは「無責任」だろうとする会議 開催委員会の熟慮された声明をポルチ ゲノム編集ヒト胚 ( 1 ) の遺伝子改変も研究されているが , 精子 ( 2 ) で実施するほうが容易だろう。 モアは読み上げた。ボルチモアは会議 閉会時に , 会議開催委員会として禁止 や一時停止を呼びかけることを意識的 チャーチ (George Church) によると , この考え方が科学界でコンセンサス に回避したのだと説明した。「そのど ゲノム編集サミットの目的は「現状維 が得られているというわけではない。 ちらの用語も使いたくなかったし , そ 持」とも科学界では見なされている。 ゲノム編集サミット開催委員会は問題 のどちらも使わなかった」。学術研究 「会議の目的は , 基本的には世間を落 を「結局 , いっ解禁するか」に置き換 は妨げられることなく遂行すべきであ ち着かせること」と言う。「それが目 えたのである。しかし , ヒトゲノム編 り , そうでなければならないが , 社会 標だ。どのように議論しようとも , 結 集の今後について , 生物学者に個人的 は必ずしも急激な発展を切望している 局はそこが落としどころだ。私は世間 な意見を求めると , 別の言葉になる。 わけでもない。生殖細胞ゲノム編集の を扇動する気もなだめる気もない。現 「禁止できない」。 ヒトへの応用は現時点では , 考えにく を正確に理解してもらいたいと思っー 土 / 今後の時間経過の予想 ている」。そして , 今や一般の人々も とも差し迫った必要性がないのは明ら ヒトゲノム編集を真剣に考える必要が ハーバード大学医学部の生物学者の 2 ( へ ) S3DVlAll ÅI ト 39 ( ( 【 ) 62E 一 9 DNIOHV エコ工 N http://www nikkei-science.com/