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1. 日経ビジネス 2017年2月20日号

正しい独裁力で改革断行 編集長インタビュー 昨年 9 月に新たなプロバスケットホ ールリーグ「 B リーグ」が開幕しました。 1 部の観客動員数は「 NB 凵と「 TKbj リー グ」に分裂していた前季より 40 % 増えた そうですが、とう評価していますか。 「非常に順調に来ていますよ。日本バ スケットボール協会改革とリーグ統 合のために、僕はサッカーの世界から こっちに飛び込みましたが、今は三屋 裕子さん ( ロサンゼルス五輪バレーポ ール女子銅メダリスト ) に協会会長を、 J リーグ理事だった大河正明氏にリー グチェアマンを譲っています。もう若 手に任せて大丈夫だという確信がある ので。ロ出しする必要もありません」 1 月 15 日に開催された初のオールス ターゲームを観戦しましたが、日本にはな かった演出空気感で盛り上がりました。 「若手の優秀な人材が米国の NBA な んかをものすごく研究しているからね。 でも僕は 1 つだけ、オールスターで断 固許せなかったことがあるんです」 ーーそれは何ですか。 「 MVP の賞金が 30 万円だったこと。 桁が違うじゃないか、なんぽ安くても 100 万円だろと後から伝えました。賞 金は B リーグの価値そのものなんだよ。 それが 30 万円だったら世間はそれぐら いのものだと思ってしまうでしよ」 競技の本質にはロ挟まない ということは、事前に企画の細部ま では聞いていなかったのですね。自ら決 める範囲と任せる範囲はとう線引きして いるのでしようか。 「僕はバスケットボールのルール、 競技の本質に関わることには一切ロ出 ししません。だって素人だから。唯一 の例外は、外国人選手出場枠の制限ル ールでした。これだけは代表強化のた めに必要だと思ったので導入を決めま した。例えば、 B リーグのロゴについ て意見を求められたけど、あえて何も 言わなかった。僕のセンスで決まった らロクなことがないしね ( 笑 ) 」 10 年間続いたリーグ分裂状態を解 消するため白羽の矢が立ちました。外部 から入り、改革する難しさを感じましたか。 「協会の人間は派閥争いに明け暮れ てばかり。むしろ外の人間じゃないと 解決できない状況でした。ガバナンス が全くない状態で、 2 年間ずっと組織 をどう変えていくのかという問題に取 り組みました。 B リーグの立ち上げは 新しいものを生み出す作業なので人に 任せられます。でも組織改革は違う。そ こでは独裁力が必要になります」 昨年出版した著書のタイトルも『独 裁カ』でした。独裁力をどのように発揮し たのでしようか。 「 2015 年 2 月に初めて 2 つのリーグ の代表者を集めた会議を開きました。 その冒頭で『僕はみんなに好かれようと 思ってやっているんじゃない』とたんか を切ったんです。我ながら相当迫力が ありましたよ」 「僕はバスケットボールのルールに ついては知らない。トラベリングとか 細かな反則のこともよく分からない。な んであのプレーで笛が吹かれるのかと かしょっちゅう尋ねるぐらい ( 笑 ) 。け れども経営は別次元の話。僕は経営に [ 日本バスケットボール協会エグセクティプアドバイザー ] サッカーから門外漢だったバスケットボールの世界に飛び込み、リーグ分裂の窮地を救った。 トップダウンで改革を断行する「独裁力」は、ともすれば横暴に見えてしまう。 成功の鍵は、理解を得られるような正しい課題設定にあると説く。 ( 聞き手は本誌編集長飯田展久 ) NIKKEI BUSINESS ・ 2017.02.20

2. 日経ビジネス 2017年2月20日号

確にすることが重要なのですね 「それが一番大事です。その上で、課 題解決に向けて何をしないといけない のかという理論武装、堅実に実行でき る方法をみんなに示していくことが重 要になります。説得できなきや意味が ないですから。でも理論武装は 1 人だ けでできるものではありません」 「幸いにして優れたスタッフがいて くれたのが大きかった。分析、準備、そ して方針の徹底まで、彼らが手掛けて くれました。自分の意見に心から賛同 してくれて、何とか成功させようとサ ポートする人を見つけないと、大きな 改革はできません。方針の徹底という 面でも、 1 人でこうやれと言っても途中 で薄まってしまい、下まできちんと届 きませんから」 ビシネスの世界でも外からトップを 招くことがあります。うまくいかない場合 何が足りないのでしようか。 「課題の設定がズレていることが多 いのではないでしようか。何が悪くて どう改革しないといけないという的を 射た方針の設定ができていない」 「もちろん最初は相当反発があるわ けですよ。『外から来て何も知らないく せに好きなことをぬかしやがって』と。 でも、話していることは理にかなって いるな。この方向に進めばいいかもし れないという理解が広がれば、徐々に 一緒にやっていこうと考えるようにな る。敵が味方になるわけです。でも最 初の設定がズレていればいつまでも反 発が続くことになります」 ところで、今の J リーグをどう見ていま すか。 「順調以上ですね。僕は J リーグ立ち 上げの頃、 10 年後に 16 チームになっ ていれば成功、できれば 100 年後に 100 チームにしたいと話しました。当時は 何をばかなことを言っているんだと批 判されましたが、 23 年間で既に五十数 チームに増えました。専用スタジアム を新たに作る動きも出てきた。地域密 着の活動も広がった。僕が考えもしな かった、アジアの国々と連携する企画 も動き出しています。だからもう何も 言うことはありません」 B リーグも J リーグのように発展して いくと考えていますか。 「十分可能だと思います。琉球ゴール デンキングスや秋田ノーザンハヒ。ネッ ツなど地方主体の bj リーグで強豪だっ たチームは、今の B リーグで下位に沈 んでいます。企業主体のチームと比べ 資金力がなく、なかなか一流の選手を 採れないわけですから。でも例えば沖縄 には米軍キャンプがあり、バスケット ポール人気はすごく高い。秋田もそう」 20 代女性の人気を武器に 「人気が高いのでファンからの突き 上げがある。だからクラブの責任者は 何とかチームを強くしないといけない と思うわけです。最初の 1 ~ 2 年は苦労 するだろうけど、それは一過性のもの。 将来については悲観していません」 「バスケットボールが他のスポーツ と大きく異なるのは、 20 代の女性ファ ンが多いこと。バスケットボールはも ともとプロリーグがあったわけですか 傍白 「僕も 80 歳になりましたから。さすが に疲れましたよ」と言いながらも、熱のこ もった話しっぷりで、 1 時間のインタビュ ーはあっという間に過ぎました。人を引 き付けるリーダーとはこういうものかと感 じました。「今年は少しお休みするので すか」と尋ねると、「東京五輪・バラリン ピックまではいろいろあってね」と周囲 が放っておかない様子です。 編集長インタビュー ら、 J リーグのように最初から爆発的な 人気が出て画期的に変わることは難し い。でも、女性人気が高いという特徴 を認識して対応策を打ち出せば、成功 するのは間違いありません。うちの女 房を含めてバスケットボールが面白く ないと言った人はいませんでしたしね」 奥様はスホーツ嫌いだそうですね 「そうなんです。本当にスポーツが嫌 いで。でもその女房が試合を見て『面白 いわね』と言ったので、間違いないなと 確信しました ( 笑 ) 。試合の合間もチア ガールのショーなどがあり、飽きませ ん。一度試合を見たらまた来たくなる。 だからいかにアリーナに足を運んでも らえるかが重要なのです」 ーー - 動員を増やすための課題は。 「一番の課題は選手名が知られてい ないことですね。アンケート調査した ら 3 割が田臥勇太選手 ( 栃木プレック ス ) で、後は五十嵐圭選手 ( 新潟アルビ レックス BB ) が多少知られているぐら い。開幕前後でその数字はほとんど変 わっていません」 「 B リーグには NBA から結構いい選 手が来ているんですよ。今後はチーム だけでなく、選手も売り出していこう と思っています。特に冬はメジャース ポーツがシーズンオフ。だから露出を NIKKEI BUSINESS ・ 2017.02.20 いぶんケチだな」と思っていました。 30 万円は正直、私も「少なすぎる。ず 勇樹選手が MVP を獲得した時の賞金 ルスターゲームで千葉ジェッツの富樫 ったく枯れていません。 B リーグのオー 回を目標にしています」と言うあたり、ま 成したとか。「今年はエージシュート 10 ( 年齢以下のスコアでのラウンド ) を達 年明け早々、ゴルフでエージシュート 高めるチャンスなんです」

3. 日経ビジネス 2017年2月20日号

0-5H00 B. LEAGUE ヾ、い都ツ・ 5 完璧な理論武装があれば、敵は味方に変わる。 優秀なスタッフがいなければ、方針は徹底できない。 満たせないチームは新リーグに加盟さ ついては誰にも負けない自信と経験を チームがあることを知ったんです。代 表に直結しないリーグなんて世界中の せない』という条件を突きつけました。 持っています。そのことも最初の会議 一番大きな決断で、これが実現できな ではっきりと伝えました」 どこにもない。それを聞いて本当に何 を言っているんだと烈火のごとく怒っ かったら新リーグは失敗するとまで考 最初にバーンと言い切ったのが良 えていました」 たね。なめんじゃねえと」 かったわけですか。 「意図的に上から目線で言いました。 「 J リーグの時もそうでしたけど、怒 反発はありませんでしたか。 最初に『よそから来ましてバスケット 「チームの代表者はほとんど全員が りが僕のエネルギーなんです。怒って ポールのことは知らないので、皆様の いるから短期間でもガーツと思いっき 反発しましたよ。そんなのできるわけ 協力を仰ぎながら・・・』とか、下手に出て がない。何をばかなことを言っている り集中して取り組める。絶対に成功さ いたら絶対にうまくいきません。ただ、 んだと。でも僕はそんな反発は百も承 せてやるという執念も生まれる。同時 独裁力と言っても的外れな方向を示し に血圧も上がって大変でしたが ( 笑 ) 」 知だった。バスケットボールは自治体 たらダメ。僕はその会議までの数週間、 から複数の体育館を借りて試合を開催 優先的に手をつけなければならない 徹底的にバスケットボールについて考 していましたが、彼らが交渉するのは と考えた問題は何だったのですか。 体育館の使用許可を出す責任者クラス。 え抜き、何を優先すべきか完璧な理論 「試合会場の広さの問題です。平均入 武装を作り上げた自信がありました」 でもそれでは何も変わりません」 場者数は 1500 人と聞いていましたが、 「僕には確信があった。体育館を持っ 実際に試合を観たら 800 人ぐらい。 怒りが改革のエネルギー 知事や市長のところへ、『プロクラブと れは相当水増ししているなと思いまし 「そこまで徹底的にやれたのはすごく た。プロとして成功するには観客動員 して地域の発展、子供の教育に貢献し 怒っていたから。分裂騒動に揺れてい の底上げが欠かせない。当時メーンで たいので支援してほしい』とお願いに行 た日本のバスケットボールは当時、無 けば、絶対に状況は変わると。それは 使っていた 3000 人収容のアリーナで 期限の国際試合停止処分を受けていま J リーグの経験があったから分かるん は入れ物が小さく、動員を大きく伸ば した。そんな異常事態にもかかわらず、 です。関係するすべての知事、市長に すのは難しいと感じたんです」 『うちには日本代表選手がいないので代 直接会うことで説得できましたから」 「そこで、『 8 割の試合は 5000 人収容 表の強化なんて関係ない』と言い放つ のホームアリーナで開催する。それを ーーー独裁力を発揮するには、課題を明 写真 = 左 : 都築雅人 : NIKKEI BUSINESS ・ 2017.02.20

4. 日経ビジネス 2017年2月20日号

PRO 日ぼ [ かわぶち・さぶろう ] 1936 年、大阪府生まれ。 61 年、早稲田大学商学部卒業後、古河電工入社。 サッカー日本代表響て 64 年東京五輪などで活 躍。日本代表監督も務めた。 91 年の J リーグ立 ち上げに奔走し、初代チェアマンに就任。日本サ ッカー協会会長を経ゑ 015 年、日本バスケッ ポール協会改革のためのタスクフォースのチェイ マンに選出。同協会長の後に現職。首都大学 東京の理事長も務める 0 サッカー協会会長時代 から「キャプテン」の呼称を好んで使う。首都大 粍 / 黝海小を ・ , ッ多ツを第をを 東京の名刺も「キャプテン も第氏 写真 = 都築雅人 NIKKEI BUSINESS ・ 2017.02.20 077