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検索対象: 機械じかけの猫 上
281件見つかりました。

1. 機械じかけの猫 上

でさぐっているように、猫を上にあげ、それからまた下げた。もっともジ = ームズはまだその子から少 し離れたところにいたのだが。 「ネコは知ってる」とその子はささやくようにいった。 遊戯療法室は広々としていて、ジ = ームズの意向で太陽の光を思わせる淡い黄色に塗ってあった。だ が、ほんとうはそんなことをする必要もなかったのだ。西側に面した大きな窓から本物の日の光がたっ ぶりと降り注ぎ、夏の熱気でその部屋にいるとサハラ砂漠にいるような感じがした。それでも、ジェー ムズはこの部屋の色が気に入っていた。 部屋そのものもそうだった。部屋にあるものは、おもちゃもその他のものもすべてジ = ームズが自分 彼こま自分がこの遊戯室をどんなものに創り上げるつもりなのかはっきりとわか で選んだものだった。 / 冫を っていた。つまり、子どもを束縛するものが何もない部屋、あまりに壊れやすかったり、立派すぎて手 に取ることができないようなものは何も置かず、どれも手にとって遊びたくなるようなものを置こうと 思ったのだ。あなたって成長してないわね、あなたがここに再現したものは自分の子ども時代じゃない の、とサンディならいうところだろう。たしかにそういう部分もあることはジェームズも認めていた。 人間、年をとってもそんなには変わらないのだから。だが、こういうものが彼の商売道具だという点が 彼女にはわかっていなかったのだ。 ひじように警戒しながら、コナーは部屋のヘりを動きはじめた。猫のぬいぐるみを水脈をさぐる占い 棒のように自分の前にかかげて、コナーは時計回りに、壁にびったりくつつくようにして進んでいった。 「ニヤオ ? ニヤオ 猫の鼻先が途中にある家具や棚や様々な遊具に触れるのはだいじようぶだった。 ? 」コナーはこれしかいわなかった。彼が動くのにつれて、アルミホイルをつけた紐がリノリウムの床

2. 機械じかけの猫 上

かなり強迫的な行動だった。 レゴが入った大きなバスケットのところまでくると、コナーは立ち止まり、猫の鼻先をそこに押しつ けた。それから自分自身も近づき、片手でつかめるだけレゴをつかんだ。「赤、青、黄色ーと彼はいっ 「そう、・せんぶの色がそこにはあるね」とジェームズはいった。 「せんぶの色がそこにはあるねー 言葉がとぎれた。それからわずかに困惑したような表情がコナーの顔に浮かんだ。 「赤、黄色、青」とコナーはひとつずつはっきりと言葉を口にした。「せんぶの色 ? [ これは明らかに 質問だった。 「きみは・ほくがどうして″ぜんぶの色〃といったのかと思っているようだね」とジ = ームズはいった。 「だってそれだけだとぜんぶの色じゃないものね ? きみはそのことに気づいたんだ」 はっきりと驚きとわかる表情がコナーの顔に浮かび、彼は顔を上げてまっすぐにジェームズを見た。 「そうだよ。緑がない。紫がない。・ せんぶの色じゃない」 「そうだね、・ほくがまちがえちゃったね」とジェームズがいった コナーはバスケットの中に手を伸ばして、レゴの小さな人間を取りだした。そしてそれを丹念に見た。 「ここに男の人がいる。黒い髪で黄色いシャツを着た」この男の人形をぬいぐるみの猫を持っているほ うの手に一緒に持って、彼は体を乗り出し、さらに箱の中をさがした。 「お庭のものだ ! 」彼は突然そう叫んだ。この発見をびつくりしながらも喜んでいるのがその声に表わ れている。彼はレゴの花をいくつか取りだした。 「お花をみつけてうれしそうだねーとジェームズはいった。 コナーはふたたび箱の上にかがみこんだ。「それから木。花と木だ。お庭にあるものだ」彼は一生懸 リ 4

3. 機械じかけの猫 上

木の塔のように倒れてしまいそうだった。 工 「ここでは、沛いと感じたら怖がってもいいんだよ。ここでは何かをする気になったら、きみが決める んだよ。だれもきみにそうしろなんていわないからー 「ヘンリック・イプセン。一八二八年から一九〇六年。『幽霊』を一八八 一年に書く。『人形の家』を 一八七九年に書く。ヘンリック・イプセン、一九〇六年に死去。ネコは知ってる」 ジェームズはだまっていた。 ハスケットのあいだ。棚 「ヨーク。オーロクス。オー・ロクス。そこの棚の上。赤いバスケットと青い の上。そうだよ。ここではきみが決めるんだ。ネコは知ってる」 「ここではたとえネコは知らなくても、それでもいいんだよーとジェームズは小声でいった。 「ここではきみが決めるんだ。ネコは知ってる」 ジェームズがこのあいだ見た、べッキーを追いかけて彼のアパート を走り回っていた自信に満ちた子 どもとは別人のように、今のモーガナは父親の手にぎゅっとしがみつきながら、ジェームズの待合室を 疑わしそうな目で眺めていた。 ジェームズは手を差し出した。「遊戯室はこっちだよ。見せてあげよう モーガナはしぶしぶ父親にさよならのキスをして、ジェームズと一緒にやってきた。ジェームズは遊 戯室へと通じるドアを開けた。モーガナはわずかにあとずさりしてから中をのそき込み、それから慎重 にドアのこちらがわへと踏み込んできた。モーガナが顔をこっちに向けたりあっちに向けたりして部屋 にあるものを調べているうちに、長い時間が流れた。ジェームズはそっとドアを閉め、部屋を横切って テープルのところに行き、そこに腰をおろした。 工

4. 機械じかけの猫 上

「ということは、共通性を持っことがキイ・ポイントなのかしら ? 」とローラはきいた。「手に触れら れないものを現実とみなすためには、それがだれもが経験できるものでなければならない ? 「それ以上だと思いますね。みんなが共有できる経験でなければならない。″神はほんとうにいるか〃 などというテーマがよく討論の題材となるのもそのせいですよー 「じゃあ、人々があなたのところにくるのもそうなのね。つまり、手に触れられない自分の経験をほか のみんなが共有してくれない、 といって来るわけね」とローラはいった。 「ええ、そうだと思います。もっとも、自分ではそういうふうに考えたことは今まで一度もなかったで すけどねーとジェームズは答えた。 ローラは微笑んでいた。かすかに挑みかかるような、ずるそうな笑みだった。「あなたとわたしは、 ものの見方の出発点が全然ちがいますね。この世におけるわたしの役目は現実にあることを拡張し、実 際には存在しないことを想像して創り上げること。一方あなたの役目は、想像力を制限し、現実を標準 に合わせることですものね」 「そういうふうに考えたくはないですね」 「でも、考えてみればそうじゃありませんか。たとえば、コナーのことを考えてみてください。あの子 があの電線やネコのことで想像していることは、あの子にとってはとても現実的なことなんですー 「あの子のは、主観的現実というやつです」とジェームズはいった 「だれのものでも主観的現実ですよ。コナーとわたしのちがうところは、わたしは書くことができる、 だからわたしの主観的現実を共通の領域にすることができるということです。でも、それでも主観的現 実ですわ。もしわたしがそういうことについて書かなかったとしたら、わたしにとって現実であること が精神の異常のせいだとされてしまうまでどれくらい時間がかかります ? 「あなたは、わたしやわたしの仕事をずいぶん狭量なものに考えていらっしやるようですねージェーム

5. 機械じかけの猫 上

れている。ついに彼はぐったりしてジ = 】ムズによりかかってきて、顔をジェームズのスーツの生地に 押しつけた。 ジェームズはコナーを見下ろした。牛乳のように白い肌が赤くまだらになっていて、涙の筋がついて いる。彼は完全に静かになるのを待った。 「ネコちゃんを洗ってあげようか ? ーようやくコナーが静かになったので、ジェームズはきいた。 彼よンエームズから体を引き離し 彼の目の色がふたたび恐怖で濃くなった。 , を、 コナーは顔を上げたが、 , たが、ジェームズがまだ彼を押さえていたので、そう遠くには離れられなかった。コナーがジェームズ の顔をじっと見つめているあいだに、長い時間が流れた。それからためらいがちに、コナーは手を伸ば してジェームズの頬に触れた。「死んでない ? 」とコナーはきいた。 「いや、・ほくは死んでないよ。 ジェームズが手を上げて顔を触ってみると乾いた絵の具がついていた。 これは血じゃないよ、コナー。絵の具がついているだけだよ 「ネコは死んだ」 「いや、ネコも死んでないよ。あのネコはただ絵の具の中に落ちただけだよ 「ネコは死んだ」 ジェームズはゆっくりと立ち上がり、コナーが立ち上がるのを助けた。「さあ、おいで。二人できみ のネコちゃんを洗ってあげようか ? 「あの人のネコはどこにいるの ? あの人のネコはどこにいるのか男の子に教えてあげて」 とコナーカしオ 「ネコちゃんならここの流しに入れたよ 「ちがうー コナーの声に興奮が戻ってきた。「あの人のネコはどこなの ? 男の子はあの人のネコを 見なきゃいけないんだー

6. 機械じかけの猫 上

「だれを信じていいのかわから 「それでわけがわからなくなってきたんだね」とジ = ームズはいった。 なくなったんだ」 モーガナはだまっていた。ジ = ームズのそばを離れて、横にある椅子を引き、腰をおろした。そして テーブルに手を伸ばして粘土の竜巻を取った。 と彼女はとても小さな声でいった。「ネコはほんとうにいるものだけど、幽霊は人が作 「だって : ・ り上げたものでしよ。あたしが怖いのは、ネ 0 みたいにほんとうにいるものが人が作り上げたものを見 ることができるってことなの」

7. 機械じかけの猫 上

ケットの中に手を伸ばしてほかの動物をひつばり出した。「ゾウ ? 「そう、ゾウだよー 「ブーン、ブーン」コナーはゾウを馬の横に置いた。「ブタ ? ーそう いいながら、彼は次の動物を取っ た。コナーはジ = ームズのほうは見ず、少しも目を合わそうとはしなかった。実際、ジ = ームズの反応 をほんとうに待っていたわけでもなかった。というのも、もしジェームズがすばやく話しかけなければ、 コナーは先に進み、その動物を置いて次の動物をつかもうとしたからだ。 ハスケットから次にひつばり出された動物はヌーかなにかのようだった。動物のことにあまり詳しく ないジェームズにはよくわからなかった。困ったようにコナーはその動物を眺めた。「ウシ ? 」甲高い 声からして、ほんとうに質問としてきいているのがわかった。 「そうだよ。ウシだよ」とジェームズは答えた。 「エー」とコナーは小さい声でいった。「エ ーエー」唐突にコナーはそのプラスチックの 動物を、熱すぎて持てなくなったかのように手から落とした。それから、わきの下に挟んでいたぬいぐ るみの猫をつかんで、胸にぎゅっと押し当てた。「エ その朝遊戯室に来たコナーは、いつもと同じ行動をした。つまり、部屋をまわり、おもちゃの入って いるバスケットや、木馬、棚、人形の家、窓、床、そして最後にはジェームズ自身に猫の鼻先で触れた のだった。 二回目に部屋をまわるときになると、コナーはいつものように彼が部屋で見たものの名前をいいはじ めた。ジェームズはその名前を復唱した。コナーが「テしフル」というと、ジェームズは「そう、テー ブルだね」と答えた。もしコナーがもっと詳しくいえば、ジ = ームズはそれをひとつの文にしてくり返 した。「そう、黒と白のぶちの木馬だねーというふうに。 6

8. 機械じかけの猫 上

『男の人のいうことをきいちゃだめだ ! 』って」コナーは部屋を走って横切り、本箱の上によじの・ほっ てその後ろ側に隠れた。 時計が最後のときを刻んだ。 テーブルのところから立ち上がると、ジェームズは遊戯室のドアのところまで行ってドアを開けた。 「さあ。ネコちゃんはここにあるよ。ネコちゃんを持っていくのを忘れたらだめじゃない びつくりして、コナーは立ち上がり本箱のすきまからこちらをのそいた。 ジ = ームズには、ドアの向こうにダルシーとさらにその後ろにローラの姿が見えた。「きみのママも 待っているよ。ネコちゃんをママに渡しておこうか ? コナーは泣きだした。本箱を大急ぎで乗り越えて、ジ = ームズのほうに走ってきた。「いやだ ! ー彼 はそう叫ぶと、ぬいぐるみの猫をジェームズの手から奪い取った。 「さあ、機械ネコを箱のお友達のところへ返してやろう」とジェームズがいった。 「いやだ ! 」コナーは厚紙製の猫を自分の胸に押しつけた。 「ネコはきみが木曜に来るときまで待っててくれるよ。でもいまは遊戯室に戻らなきゃいけないんだよ。 いつもの居場所にね」 コナーは金切り声を出し、テーブルのまわりを走って開いているドアから飛び出した。ダルシーがっ かまえる間もなく彼女の前を走り抜けたが、ローラが彼のシャツの肩をつかんだ。 コナーの悲鳴があまりにひどいので、ジェームズの耳がぶるぶる震えた。 「この子、何を持っているの ? 」とローラがぎいた。 「コナー、手に何を持っているの ? 何なの ? さあ、ママにわたしなさい。それを遊戯室の外に持って出ることはできないのよ。さあ。イ = ス先生に 返しなさい」ローラはコナーの手首をつかんでいたが、三人がかりでようやくコナーの指をこじあけて 厚紙製の猫を離させることができた。 330

9. 機械じかけの猫 上

ければと思っていた。別に賢者を傷つけたいと思っていたわけではない。賢者は怒り狂ってはいたが、 若さでも力でも身長でさえも彼女のほうが勝っていた。それなのに彼を傷つけるのは正義に反するとい うものだろう。さらにいえば、杖を奪い取らなければならないとは思っていても、まるで残飯を取り合 う浮浪者のように、自分たちがこのような取っ組み合いの闘いをすべきではないこともまたよくわかっ ていた。 トーゴンは杖の下をくぐり抜け、賢者の長 振り回される杖をどうしてもっかむことができないので、 衣をつかんだ。賢者がぐいと振り向いた。自由の身にさせまいとして、彼女は賢者の首をつかんだ。あ っという間に彼女は両手を賢者の首にまわし、親指で喉元を押さえていた。この瞬間、賢者の怒りは急 に恐布に変わった。 「あなたはあまりにも長いあいだ、わたしに君臨しようとしてきました」とトーゴンはいった。賢者の 顔に顔を間近に近づけていたので、闘いの後で息を切らしながらしゃべる彼女の声は、ほとんどささや きといってもいいくらいだった。「杖を捨てなさい からんと音をたてて杖が床に転がった。 親指の下で賢者の脈拍が感じられた。手にさらに力をこめるのは、川辺で乾いたアシを押しつぶすよ うなものだろう。一瞬、 トーゴンがそうするものと賢者が思っているのがわかった。 彼女は賢者が自分の目をふたたび見ざるを トーゴンが賢者の目をじっと見ると、賢者は目を伏せた。 / 得ないように彼の顔を上にあげた。「わたしは年老いた人を殺すような人間ではありません。自分より もずっと弱い人から命を奪うなんて見苦しいことはしませんよ」 彼女が手を離すと、賢者はよろめき、それからがくりとひざをついた。そしてついには前のめりにな ると動物のように四つん這いになった。 「あなたは聖なるべンナの足下にいるんですよ」とトーゴンはいった。「それにふさわしい服従の姿勢

10. 機械じかけの猫 上

0 0 、。、よ ハ。ハがどうしようもない子だっていうに決まってるもん あの子を遊びに連れてきたとしても、 きっとこういうよ。『やめなさい。おまえにこんなこと、やってもらいたくない』って」涙が彼女の丸 丸とした頬を伝わり落ちた。手をあげて、彼女は涙を拭いた。「それなのになんでしゃべっちゃった の ? ライオンキングはあたしになにも悪いことなんかしないのに。これからだって、ずっとあたしに 何もしないにきまってるのに。だってあの子はあたしの親友なんだからー 「ほんとに、ほんとに、悪かったよ、モーガナ。このことをもっとうまく扱うべきだったよ」 だまったまましばらく時間が流れ、モーガナの涙も止まった。それから彼女はただすわったまま、テ ーブルの上を見つめていた。 。、。、こ亠め ついに彼女が顔を上げた。「あたしがあの子ともう一度遊べる方法はたったひとつ、ママと / れはただのごっこ遊びだったっていうことなの。だから、あたしはそうするつもり彼女の声には反抗 的な響きがあった。「これからは先生にもそういうつもりだから。あの子はほんとうにいる子じゃない の。あたしが作った子なの」 ムーグーガイバン 「わたしの想像力はついに形を見出したのよ」ローラはそういうと、碆茹鶏片 (! しに蒸した広東料理 の入った紙箱を開けた。 図書館であの鉛筆を手にして書きはじめたとき、わたしの人生は変わったの。ついにトーゴンに満足 のゆく現実感を与えることができたわけだから。芸術とは何かの、これがもっとも単純な答えなんだと 思うわ。つまり想像力を現実のものにするってことよ。 とにかく、一度書きはじめると、やめることができなかった。まるでカずくでそうさせられているよ , うに、わたしはとりつかれたように書いたわ。わたしの家族はこの新しい段階をどう考えていいのかよ