でもローラは気も狂わんばかりでした。本当におかしくなりそうでしたよ。泣いて泣いて。彼女は中 絶したがりました。すべてから逃げ出したがったのです。わたしからも、コナーからも、牧場からも、 赤ん坊からも、自分の体からも。 でも、わたしたちはまさか妊娠するとは思っていなかったので、彼女がほんとうに妊娠しているとわ かったときには、なにか手を打つにはもう遅すぎたのです。もしほかに手段がみつかれば、彼女はそれ でも中絶していたと思いますが、わたしはなんとかやっていけるといいつづけました。結局最後にはな んとかなるもんだってね。実際、最後にはそうでした。だってモーガナはあんなにかわいい子だったの ですから。これほど望まれない子だったのだから、あの子がすごくいやな子として生まれてくることだ ってあり得たんです。でもあの子は最初から特別でした。すごく扱いやすい赤ん坊だったんです。育て やすい子だったので、ローラも結局はあの子のことをすごく愛するようになりました。だから、モーガ ナはわたしたちの家族になるように運命づけられていたのだと思うのですー 「ええ、あの子はほんとうにかわいい子ですねー しばらく間があった。 「でも、わたしはあの子のことが心配なんですよ」といってアランはジェームズを見た。「あの子のこ とが、少なくともコナーと同じくらい心配なんです。だってわたしたち、つまり口ーラとわたしの二人 でやっていることであの子をずたずたにしてしまったことがわかっているからです。なんでこんなこと になってしまったのかって、自問しつづけているんですよ。ローラもわたしもこんなことは望んでいな かったのに、どうしてわたしたちはこんなことになってしまったんだろう、ってね」 沈黙が広がった。 「それにあの子はコナーのことでもいろいろ大変ですしね」とアランは付け加えた。「あんなふうな兄 を持つって、あの子には大変ですよ。なにかとコナーにすごく時間がかかるので、あの子は待たなけれ れ 6
たしはあの子がライオンやトラなんかの絵を見るのが好きだって知ってたし、ほんとうにすてきな絵だ ったんだから。でもあの子はそれを台無しにした。だって絵を見ようともしなかったんだもん。それで けんかになったの」 「がっかりもしただろうね」 モーガナはうなずいた。 しばらく間があった。 「あの子、いつもあたしに正しいことをしなきゃいけないっていうの。あたしたちは生まれたときに計 画が決められていて、その計画はあたしたちをなにかの一部にするものなんだって。だからあたしたち はその計画に従わなければならないんだって。従わないことを選ぶこともできるし、それは自由意志っ ていうんだって。でもほんとうは、従うことを選ぶものなんだって。それも自由意志で、そっちのほう が正しいことなんだって」 「ライオンキングって何歳だっていったつけ ? 」 「八歳だよー 「かなり変わった少年みたいだね」 「ううん、ただあの子といとこはそういう勉強をしてるから。男の人があの子たちの家にやってきてあ の子たちを教えるの。だから、あの子はいいとか悪いとかそういうどうでもいいことばっかり知ってる 「それなのにその男の人はその子たちに読み方を教えないの ? 」とジェームズはきいた。 「うん。でもそれはいいんだよ。だってあたしがあの子に教えてあげてるから。あの子、もう字はぜん ぶ覚えたよ。あたしが歌を教えてあげたから」とモーガナは答えた。 「きみはそのいとことも遊ぶの ? 」 r81
甘やかされてしまうことがわたしは心配でした。でもそのことで喧嘩はしませんでした。ローラ相手に 喧嘩をしても始まらないんですよ。彼女はただ動転するばかりで。初めての子だし、しかたないか、と わたしは思いました。それでわたしはコナーを牧場に連れていきはじめたんです。あの子にも少しは男 の世界っていうものを味わわせてやろうと思ってね。家畜をチ = ックするために馬に乗ってでかけると きに、あの子を鞍のわたしの前にのせて、それで一緒に出かけたんですよー 「そのときコナーは何歳でしたか ? 「さあね。一歳半くらいだったんじゃないかな。あの子は牧場に行くのが大好きでしたよ。あれはあの 子がおかしくなりはじめる前のことだったから、あの子はものすごく賢かったんですよ。特に鳥を見る のが大好きでね。鳥の名前もいくつかは知っていましたよ。鞍にすわってこういうんですよ。「フルー マキバドリだ ! 』とかね。そういうことがいえたんですよ。どの鳥がなんて名前 かちゃんとわかっていたんですよ」 「賢い子だったんですね ? 」 「ええ、あんな子は見たことがありませんでした。モーガナでさえ、ああじゃ アランはうなずいた。 なかった。まるでスポンジみたいだった。なんでも吸収して。質問ばかりしていました : : : でも、それ その始まり方が不思議でしてね。あの子がまとわりつくようになったんですよ。それも急にというの ではなくて。一定の期間をかけてそうなったんですが、どんどんひどくなっていきました。そうなって しまうと、ローラが片時でも離れるのをいやがるんです。トイレにも行けないくらいで。このことはわ : よく喧嘩をしましたよ。最初、わたしはローラがあの子 たしたち二人にも悪い影響を及・ほしました : を甘やかしすぎたから彼女のせいだと思いました。それで彼女を責めたんです。あの子がもうわたしとリ 一緒に出かけたがらなくなって、わたしもとても傷ついていたんでね。でも、やがて彼女のほうでもこ
「あたしがその子に教えてあげるの。あたし、教えてあげられるよってその子にいったの。だってあた し、読み方の班の中でいちばんできるんだもの。だから、学校から教科書を家に持って帰ることにした の。その子にどう読むかを教えてあげるんだ」 「きみはすごく思いやりのある友達みたいだね」 「そうだよ。あたしたち、親友なの。いつも一緒に遊んでいるんだよ。ほとんど毎日ー 「どんなことをして遊ぶの ? 」とジェームズはきいた。 「たいていは王様とお妃ごっこかな。何でだと思う ? その子がなんていってるか知ってる ? その子、 大きくなったら王様になるっていってるの。もう本物の王様なんていないんだ、そんなのはおとぎ話の 中だけなんだっていったんだけど、その子は、ううん、本物の王様はいるんだっていうの。それで自分 もそうなるんだって。で、あたしがどうするか知ってる ? からかってやるの」彼女はうれしそうに笑 った。「あたし、その子のことをいつもライオンキングって呼んでるの」 「なんでそういうふうに呼ぶの ? 」 「だって、いまいったでしよ。その子は大きくなったら王様になりたがってるって。それにその子、ラ イオンみたいな髪をしてるんだもの。髪がこんなふうに肩まであるんだよー彼女は身振りで示して見せ た。「女の子の髪みたいなの。でもその子が気を悪くするといやだから、そのことはいわないようにし てるんだけど。意地悪なからかい方はしないんだ。だってそんなのよくないもん。それに、その子はラ イオンキングって呼ばれるのが好きなんだよ。自分のことをいつもネコだっていってるくらいなの」 「ネコ ? 興味を引かれてジェームズはきいた。 「どういう意味なの ? 」 「あたしたち、 小川のところで会うの。そこで遊ぶんだよ。もしその子のほうが早く来てたら、その子 は岩のあいだに隠れて自分がクーガーになった振りをするの。ジャンプして『ガオーツ。気をつけろー おれはグレート・ キャットだそ ! 』っていうの。でもあたしはちっとも怖くない。あたしのほうがその
「ええ、ほんとに。あの子がそんなふうに話すのをきくのは : : : そうですね、六年か七年ぶりでしよう か。あの子がよちょち歩きだったころ以来だってことはまちがいありませんよ。それをあんなにふつう にいったんですよ 『黄色い葉っぱがある』ってねー 「すばらしいニュースですね」 「こんなに興奮してばかみたいにきこえるでしようね。自分の九歳の子どもが完全な文をしゃべったと いって、まるであの子がハーヴァードに入学を許可されたかのように騒いでいるんだから。でもね : あの子がしゃべるのをずっと長いあいだきくこともなかった後でこれがどんな気持ちのするものなのか 先生にはわかっていただけないでしようよ をいいたくないんですが、わたしはあの子が自閉症だという診断に疑問 「ここであまりに楽天的なことよ を持ちはじめているんですよ。コナーとっきあえばっきあうほど、あの子にはもっと着実に進歩できる 可能性があるんじゃないかという気がしてきているんですよー アランは目を見開いた。 「たしかにあの子には自閉症的な行動が見られます。でも自閉症だと診断された子どもからわたしが予 想するよりも、あの子はずっと反応を示すんですよ。特に言葉の点でそういえると考えています。コナ ーは言葉を使わないかもしれないけれど、あの子はちゃんと意味をもってそれもかなり深いことをいえ る一言葉を持っているように思えるんですよ 「こんなふうに理解していいんでしようか ? つまり : : : あの子はもっとよくなれる、と ? 」とアラン カきいた。 慎重な″はい〃ですがね。どれくらいよくなるかは、わかりません。でもコナーに会うたびに、 どんどん積極的な気持ちになっていくんですよ」 「こりあ、すごい」 211
ではなくて、あの子がわたしに嘘をいっている。三つ目はあの子が友達がいる振りをしていて、どこで 線引きをしていいのかわけがわからなくなっている場合。あの子はあまりにはっきりと自分の思ってい ることを一言葉にできるから、わたしたち、モーガナがまだすごく幼いってことをついつい忘れてしまう のね。で、小さい子ってその言葉の正しい意味での現実ってことがあまりよくわかっていないものなの よ。あの年齢にはすべてがずっと流動的なの。自分の場合どうだったかを覚えているわ。特に黒い子馬 のバタフライに夢中になっていた時代には。あるレベルでは、わたしが頭の中で見ることすべてがまわ りの人々には見えないんだってことがわかっていたの。でも、別のレベルでは、そういうものがわたし にとって現実であると同じように、ほかの人にとっても現実に思えてほしいと思っていたのよ。わたし の里親のお母さんにすべてを事細かに話すことができれば、そうすればお母さんもそれらがほんとうの 出来事のように興味を持ってくれるのにと思っていたわ。だって、わたしにとっては現実のことだった んだもの」 「ということは、あなたはモーガナが一緒に遊んでるという男の子は彼女の想像力の産物だといってる わけですね ? 「そうね、この状況に目を光らせていることにしておきましようよ。あなたがいってくださったことに は感謝しているわ。だって、もしそういう子が現実にいるとしたら、その子がどこから来ているのかほ んとうに知りたいもの。でも : 、そうね。あの子があれはごっこだっていってるんだから、そう信じ てあげたいわ。あの子がそんな細部にわたるまで嘘をつける能力があるとは思いたくないってこともあ るけれども」 2 &
子で、多少お転婆といってもいいくらいです。あの子は外で木に登ったり、馬に乗ったり、探検したり しているときがいちばん楽しいって子ですからね。でも、それほど社交的な子ではないんですよ。友達 とあまり一緒に過ごしたがらないし、放課後や週末に友達と遊ぶってこともほとんどしません。それな のに今回はその友達のパーティーのことではえらく興奮していたんです。何を着て行ぎたいだとか、そ の子のお誕生日のプレゼントに何を買いたいかなどをずっとしゃべってましてね。その日の朝になると、 もう喜び勇んで学校に出かけました。 牧場まわりの仕事が思っていたより早く終わったので、町に時間より早く行くことにしたんです。 ラックを牛がひどく汚していたんで、洗車しようと思ったんですよ。でも、町の入口まで来ると、メイ ンストリート で工事をしていたので、洗車する場所に行くには公園のわきのほかの道を通らなければな らなかったんです。その公園のそばを通ったとき、だれを見たと思います ? モーガナですよ。それも たったひとりで。 あの子だって気づくまでに少し時間がかかりましたよ。それで車をターンさせて戻ってくると、も うあの子は消えていました。あれはなんだったんだ ? ほんとうにあの子を見たのか ? もしそうだっ たとしたら、あの子はここで何をしていたんだ ? あの子はたった六歳で、田舎に住んでいるので、あ まり世知にたけていません。わたしが唯一思いついたことは、みんなで。ハーティーの一部として公園に 遊びに来て、帰るときにちゃんと点呼しなかったんだということでした。あまりの無責任さにひどく腹 が立って、わたしはその子の家に猛然と向かいました。 そこの母親にいったいどういうことなんだときくと、その母親はわたしのことをまるで頭がおかしい 人かなにかを見るような目で見ました。そして『うちでパーティーなんかしていませんよ。今日はケイ トリンの誕生日じゃありませんもの。ケイトリンの誕生日は八月なんですよ』っていわれてしまいまし た。モーガナがお宅に行くといったんだとわたしがいうと、その母親はモーガナなんてまったく見かけ
と思われたのだった。 ゆっくりと、悲しそうに、アニールは赤ん坊を包みこんでいた着衣をほどき、赤ん坊を待っていたト ーゴンの手に渡した。 「ああ」とトーゴンはいって、赤ん坊を抱いたまま立ち上がった。「月のキスを受けた子だったのです 赤ん坊の唇は鼻まで裂けていて、割れ目が見えていた。赤ん坊のロの中にそっと指をつつこんで、 ーゴンは調べてみた。リ 害れ目は軟ロ蓋にまで及んでいた。 トーゴンは赤ん坊の顔から目をそらした。「これじゃあ、食べられないですねー 「小さなスプーンでわたしの母乳をやりま 「わたし、この子に食べさせました」とアニ】ルが答えた。 した。この子は健康な子です。三日目のお食い初めの日まで生きながらえました。強い子なんですー え」とトーゴンはやさしくいった。 「わたしが自分でこの子に食べさせますから」とアニールは懇願した。目から頬に涙が転がり落ちた。 「この子は吸うことはできません。でもスプ 1 ンからなら食べられるのです。わたしが面倒をみます。 みなさんにご迷惑はおかけしませんからー 、え」とトーゴンはいった。「月のキスを受けた子は育たないのです」 アニールは汚い床の上にひれ伏した。 / 彼女の手が敷藁をかきむしり、埃が立ち上ってトーゴンの鹿革 「この子は強い子です。お願いですから。お願いですー の靴の上にふりかかった トーゴンはひざまずいて母親の頭に触れ、その手を頭頂部にのせた。「望みとあれば、あなたに祝福 を与えましよう 空気は冷え込んできていた。今夜は霜が降りそうだった。トーゴンは赤ん坊を自分のマントを幾重に 226
「そうね。ほら、いまの子には、あなたやわたしが子どもの頃に与えられていたような自由は与えられ ないでしよ。わたしは家の近くの湖のまわりを自由に走り回っていたわ。モーガナとほとんど同じくら いの年に。わたしたち子どもはみんなそういうふうだった。でもこのごろは : : だれが、何をたくらん でうろうろしているかわからないですものね。牧場の敷地内でも心配だわ。特に夏には。旅行者やハイ カーがうろうろするから。モーガナには気をつけるようにつていってるの。誰とも話をしちゃいけませ んってね。知らない人をみかけたら家に帰ってきなさい、って。あの子はあのように好奇心旺盛な子だ から、ちゃんということを聞いてくれているかどうかわからないんだけど、でもだからといってあの子 を閉じこめることもしたくないの。遊び場がないとあの子は息がつまってしまうわ」 「近所にほかの子どもがいることをご存じですか ? 」とジェームズはきいた。 ローラは彼のほうを見た。「ええ、アランからあなたの話をきいたわ。モーガナがどこかの男の子と 遊んでいるとあなたからきいた、って ジェームズはうなずいた。 「それをきいて心配になったの。だって、わたし、知らなかったんですもの。牧場のそばに子どもが住 んでいるなんて気がっかなかったわーとローラはいった。「で、あの子にきいてみたのよ。このあいだ の夜、わたしたち二人だけで静かなひとときがあったものだから。ちょうどアルがコナーを連れていっ ていたから、あの子に単刀直入にきいてみたの。そうしたら、そんな子はいないっていうのよ。あの子 はあなたが自分のいったことを勘違いしたんだっていうの。あなたにはごっこのお友達の話をしたんだ、 って。自分一人で遊んでいただけだっていうの」 「それがほんとうだと思いますか ? 」とジェームズはたずねた。 しばらく考え込んでから、ローラは肩をすくめた。「さあね。わたしが考えるに、三つの可能性があ るわね。ひとつは、それがほんとうで、あの子があなたに嘘をいっている。二つ目は、それがほんとう
か ? 」ジェームズはきいた。 「あの、あの子は自閉症なんです。最初に提出した書類に書いてありませんでした ? コナーは自閉症 ですー 「詳しく話していただけませんか ? 「どういうふうにですか ? 自明のことだと思いますが。あの子は自閉症の子の行動をします」 ジェームズは彼女をじっと見つめた。 「特にどういうことをお知りになりたいの ? あの子と家にいるとどんなふうだとか ? 地獄ですよ。 悪夢を生きているとでもいえま、 をしいかしら。ほら、何度も何度も同じことをしつづけて、それでも決し てそれを成し遂げられないし、何の意味もないっていう悪夢があるでしよ。あれですよ」 「もっと話していただけますか ? 」 「たとえば、コナーの生活の中ではすべてがきまりどおりでないとだめなんです。部屋も、おもちゃも、 食べ物も。すべて特別の場所の特別の秩序に従ってないとだめなんです。たとえばね、あの子がなにか を父親にしてもらいたいと思っているなら、わたしがそれをあの子のためにしてあげることはできない んです。それから、朝食のときなんか、最初にジ = ースを注がないと、卵をテーブルに出せないんです よ。すべてのことひとつひとつに前もって決まった秩序と決まった儀式があるんです。まず最初にすべ ての儀式がとりおこなわれるのを見ないと、コナーはどこへも行かないし、何もしないんです。あの紐 もそうです。あれをごらんになりました ? あの紐を ? あれも四本じゃなきやだめなんです。きっか り一八〇センチのね。そしてそれそれの紐にきっかり十二個の小さなホイルをひねってつけてないとだ めなんです。それからあのくだらないネコ。あのネコがすべてを支配しているんです。あのネコは必ず コナーの手のとどくところにいます。あの子の行くところならどこでも行くし、あの子がやることなら なんでもやります。コナーと接触を持つものすべてを事細かに調査するんです。