もいうが , 少なくとも記者会見では明確に , 炉心 溶融と炉心損傷を使い分けていた。例えば今年 4 月号の本稿で触れたように , 東電は 2011 年 4 月 6 日の記者会見で炉心の状態について , 「炉心損 傷とは , 燃料の被覆管が形状を維持していない状 況ということで , たとえば割れがあったり , 被覆 管が溶けて燃料が露出しているというような状況 と考えている。必ずしも溶けてなだれ落ちている というような状況ではない」と定義づけて , 炉心 損傷という見方を堅持したのだ。こうした事実を 抜きにして , 当時の広報対応が隠蔽ではなかった という結論になるのは , 状況を見てきた筆者とし ては理解に苦しむ。 第 2 にわからないのは , なぜ東電が炉心溶融 という言葉を使わなくなっていったのかだ。報告 書では , 原子力安全・保安院の会見担当者が炉心 溶融を示唆した後 , 会見からはずれたことをきっ かけに , 「対外的には「炉心溶融」を肯定するよ うな発言は避けるべきという認識が徐々に広まっ た」としている。しかし社内に , そのような具体 的な指示はなかったのだという。いったいいつ , どうしてそうした「雰囲気」ができていったのか は検証されていない。 また報告書では , 事故発生当時 , 東電で事故対 応にあたっていた人たちは , 炉心溶融基準が書か れていたマニュアルを参照していたと認定してい る。ところが前述のように , 保安院への通報連絡 では炉心損傷割合を記載しただけで , 「炉心溶 融」という言葉を使わなかった。このことについ て第三者委員会は , 「徹底したヒアリング」を実 施したが , 「真意を認定するに足りる証拠はなか った」という。そしてここでも社内の空気感が登 場し , 「「炉心溶融」の用語の使用を事実上控える 必要があるとの認識が東電社内においてある程度 共有されていたことの結果によるものとの推測」 をしたのだという。証拠抜きになされた推測に どんな意味があるのだろうか さらに報告書では , 炉心溶融の通報をしなかっ たことによる避難指示などへの影響は「ほとんど なかった」と評価している。が , 同時に , 炉心損 傷割合だけでは自治体への説明は不十分とも指摘 しているため , 記者会見では , 住民の避難判断の 遅れや余計な被ばくにつながった可能性を問う質 問があった。田中弁護士はその可能性を否定せず , 「親切度が足りない面はあっただろう」という考 えを述べたが , そうであればなせ , 影響はなかっ たという結論になるのかがわからない。報告書の 記載と委員らの説明が , 微妙にズレていた。 すでにさまざまなメディアが取り上げている , 2011 年 3 月 14 日夕刻の記者会見で武藤栄副社 長 ( 当時 ) に広報担当者がメモを渡しながら , 「官邸 から , これ ( 炉心溶融 ) とこの言葉は使わないよう に」と耳打ちしたことについては , どうなってい るか 報告書では当時の清水正孝社長が広報担当者に 直接 , メモの指示をしたとしている。他方 , 官邸 からどのような要請を受けたのか , そもそも「官 邸から」が誰を指すのかについて , 報告書では 「推認」できるとするだけで具体的な事実をつか んでいない。 それにもかかわらす , 第三者委員会は当時の政 府関係者にまったくヒアリングをしていないだけ でなく , 要請すらしていない。この点について田 中弁護士は「最初から聞かないつもりでいたとい うわけではないが , あまり予定していなかったの も事実。まず東電側で調べて , そのうえで何かが 出てくれば」ヒアリングをしたかもしれないと釈 明した。また佐々木弁護士は , 清水社長の話が 「曖味模糊としたもの」だったので , 官邸側にヒ アリングするほど先に進まなかったと述べた。 ところで事故発生当時 , 官邸には東電の関係者 が連絡役として詰めていた。その筆頭が , 各種の 事故調査報告書や , 東電のテレビ会議にも頻繁に 登場する武黒一郎フェロー ( 当時 ) である。しかし 武黒氏の名前は , 報告書のどこにも出てこない。 報告書では冒頭 , 各事故調査報告書に名前が記 載されているという理由で , 清水元社長 , 武藤元 副社長 , 小森明生元常務 , 吉田昌郎元福島第一原 発所長が実名で記載するという断り書きがある。 ではなぜ , 同じく事故調査報告書に名前の出てい 科学通信科学 0761
を投与された患者の追跡調査では甲状腺がんは 発生していないので , ョウ素 1 引の内部被ば くは同線量の外部被ばくより影響は少ないと思 われる。甲状腺がんおよび結節の誘発も放射線 の影響としては晩発性のものであり , 被ばくか ら 5 年以内に起きることがあるとしても稀で ある。一般的には子ども時代の被ばくの影響は 最も大きいが , 思春期前に被ばくした場合 , 性 成熟後にならないと腫瘍は現れてこない。 UN S CEAR ( 国連原子放射線の影響に関する科学委員会 ) の 1988 年報告によれば , 甲状腺がんの致死率は 5 ~ 10 % である。 これらの「基本説明」ののち , ウクライナとべ ラルーシの公式データが検討される。 ウクライナ : 汚染地域で発見された甲状腺が ん 5 例のうち病理学的には 1 例しか真のがん と確認されていないという報告がある。通常 , 放射線誘発性と考えられていない未分化がんが 2 例報告されている。 1990 年以前の最年少の 甲状腺がん患者は 18 歳であった。 1990 年の上 半期で 5 例が発見され , うち 2 例は 10 歳未満 であるが , これらの例が組織学的に検討された か不確かである。 1990 年末までに 20 例の小児 甲状腺がんが検出されているが , うち 1 1 例は 非汚染地域のものである。 べラルーシ : ゴメリの医師が甲状腺がん 2 例を報告しているが , 発生年やべースラインの 発生率が入手できない。甲状腺結節については , 汚染地域でも非汚染地域でもデータをみつけら れなかった。 べラルーシのデータの評価は上記のとおり非常 に短いもので , わずか 7 行しかない。「報告書」 はこれらのレビューをもとに , 各共和国からの報 告やデータの「稚拙さ」を強調して甲状腺がんの 問題は「切って捨てる」と言うほどの論調でまと められている。 放射線誘発性と知られているタイプの甲状腺 がんの増加を病理学的に裏付ける明らかな証拠 はない。データ収集方法も , 甲状腺がんは「そ の他のがん」に含めて分類されており , 真のべ ースラインの発生率を突き止めるのが極めて困 難。母集団のサイズや年齢構成に関する証拠も ほとんどない。甲状腺がんの報告のほとんどは ただの逸話のようなものにすぎない。事実とし てあるのは , 他の被ばくした集団では被ばくか ら 5 ~ 10 年以内に甲状腺がんは発生していな いということであり , 腫瘍のタイプも特定のも のである。現時点では , これまで報告された甲 状腺がん例のすべての病理切片を集めて再検討 することを勧める。事故時に大量の放射性ョウ 素が放出されているので , 放射線による甲状腺 がんの過剰発生は今後の数十年で出てくるもの と予想される。このリスクは事故後最初の 1 カ月にうけた甲状腺被ばく量に関係するので , 後で非汚染地域に移動してもそれが変わること はない。 といった調子である。 べラルーシとウクラ イナの科学者から の反言侖 潜伏期をめぐるこう した評価に対し , べ ラルーシとウクライ ナの科学者は上述し た 91 年 5 月のウィ ーンでの「報告書」発表と討論のための IAEA 会 議の中で反論しており , 発言は議事録に残されて いる % たとえばべラルーシの「チェルノブイリ 事故の影響に関するべラルーシ共和国委員会」の 議長であるケーニク博士は , 「 1990 年ゴメリ州におきまして , 14 件の甲状 腺がんが公式に記録されています。地方の医者は 間違いをしたり , 病気を誤って分類したりする , と多くの人たちが考えることは私も理解します。 しかし , この特殊な事例についてはミンスクの研 究所でチェックされ , モスクワでも確認されてい ます。 1985 年までにはたった 1 例が記録された に過ぎません。にもかかわらす , 報告書にはそう 0792 KAGAKU Aug. 2016 VOL86 No. 8
東電が , 事故から 2 カ月もメルトダウン ( 炉心溶 に第 1 回会合が開かれた。委員会開催にあたっ 融 ) を否定し続けた経緯や , 事故から 5 年も経過 ては , 多数の関係者 , 自治体や記者などから , 公 してから基準が記載された社内マニュアルが「発 開で会議を行うよう要望が出ていたが , 最後まで 見」された問題について , 東電の依頼で調査をし 非公開で行われた。 ていた「福島第一原子力発電所事故に係る通報・ 第三者委員会のメンバーは 3 人で , うち 2 人 報告に関する第三者検証委員会」 ( 以下 , 第三者委員会 ) は 2013 年に東電が国会事故調の調査を妨害した は , 6 月 16 日に報告書を手交した * 1 。 問題を検証した時にも携わった , 元仙台高裁長官 結論からいえば , 事故発生直後に東電は「炉心 の田中康久弁護士と , 元東京地検特捜部副部長の 溶融」という言葉を避けていた「可能性が濃厚」 佐々木善三弁護士だった。佐々木弁護士は , 都議 だが , 理由は社内に炉心溶融という言葉を避ける 会や記者会見で強い批判を浴びた , 舛添要一東京 「雰囲気」があったためであって意図的な隠蔽で 都知事の第三者調査にも関わっていた。 はないとしたほか , 5 年後に発見されたのはマニ ちなみに国会事故調の調査妨害問題については , 田中弁護士らの第三者委員会は東電社員だけにヒ ュアルの存在を忘れていただけだった , という主 アリングを実施し , 妨害を告発した事故調委員側 旨であった。 にはなんの問い合わせもしないという手法で , 意 一方で , 報告書には考察の過程や結論部分に 図的な妨害ではなかったと結論づけた。実は今回 「推認」が 6 回 , 「推測」が 4 回 , 「可能性が濃 も , 同じようなことが起きたのだった。 厚」という表記が 2 回 , 出てくる。これでは事 では報告書のどこに問題があるのだろうか 実がどこにあるのか判然としない。さらにいえば , まず第 1 に , 東電が事故から 2 カ月後に炉心 報告書で書かれていることと 5 年前の記者会見 の状況を照らし合わせると , 明らかに認識が違う 溶融をようやく認めたことについて , 報告書では , 炉心溶融という言葉は東電社内でもさまざまな意 と思われる部分もあった。 このため , 第三者委員会の委員による記者会見 味で使われていたとしたほか , 原災法にもとづく のほか , 東電の廣瀬直己社長と姉川尚史常務によ 通報基準の「炉心溶融」は物理的現象の「炉心溶 融」とは異なり , 記者会見等では物理的現象とし る記者会見ではともに , 報告書の内容に疑問を呈 する質問が相次いだ。さらに技術委員会でも , 冒 ての「大規模な炉心の溶融」 ( 報告書では「大規模」に 傍点をふっている ) を聞かれていたので , 事故から 2 頭で紹介したような批判が噴出したのだった。 批判は外部からも出た。インターネット上では , カ月後にデータ解析ができるまで炉心溶融の判断 過去に九州電力の第三者委員会を引き受けた郷原 ができなかったのは不当とはいえないなどと結論 信郎弁護士が , 「「マムシの善三」 , 東電「第三者 づけていた 委員会」でも依頼者寄りの。推認 " 」と題したプ また , 原災法 15 条にもとづく原子力安全・保 安院 ( 当時 ) への通報連絡に , 東電の社内マニュア ログを発表 * 2 。すさんな調査を批判するとともに 「このような「第三者調査」をのさばらせておい ルでは炉心溶融にあたる状態 ( 炉心損傷割合が 5 % 超 ) たのでは , 弁護士の第三者調査そのものへの信頼 だったにもかかわらす炉心溶融と記載していなか が著しく損なわれてしまうことになりかねない」 った問題については , 3 月 14 日に CAMS ( 格納容 と警鐘を鳴らした。 器内部の雰囲気線量 ) の数値から得られた炉心損傷割 東電は 2016 年 2 月にメルトダウンの基準を 合を記載しており , 隠蔽ではないとしていた。 ここには明らかな事実誤認がある。 「発見」した後 , 第三者委員会を設置。 3 月 17 日 けれども , まず東電はある時期から , 炉心溶融の判断をし * l—http://www.tepco.co.jp/press/release/2016/13000()3 なかったのではなく , 否定していたのである。社 8626. html 内では炉心溶融をさまざまな意味で使っていたと * 2—https://nobuogohara.wordpress.com/2016 / 06 / 17 / 0760 KAGAKU Aug 2016 VoI.86 No. 8
メルトダウンの公表経緯は事故直後から重要な 問題だったはずだ。だからこそ社内事故調の報告 書でも経緯を詳述している。それにもかかわらす 重要ではないと判断するのはまったく理解しがた いし , 脚注の記述の通りなら , 東電の社内事故調 の報告書は , このほかにも重要な事実が伏せられ ていると考えるほかない。 そして , このように重要な事実を無視した理由 を確認しない第三者委員会の調査の , 信頼性は乏 しい。 次に , 第三者委員会の調査手法の疑問点につい て少し考えてみたい。 ます第 1 に , 佐々木委員は技術委員会で , 調 査期間に制約があったことを認めている。田中二 彦委員から , 国会事故調に対する調査妨害問題の 時と同じメンバーが選ばれているのは東電と関係 があるように見えると問われて , 佐々木弁護士は , 「短期間でまとめる必要があった」ので予備知識 のある自分たちが選ばれたのだろうという認識を 述べたのた。 一方で姉川常務は , 東電が調査期間の指定をし たことはないと明言しているのである。両者の考 えが明らかに矛盾しているため , 依頼者である東 電の責務として説明が矛盾している部分を第三者 委員会側に確認しないのかと聞いたが , 姉川常務 から明確な回答はなかった。前述した第三者委員 会の主旨に照らせば , 確認があってしかるべきだ ろう。 ヒアリング方法にも問題がある。第三者委員会 は東電社員へのヒアリングの時 , 一般職の場合は 職場の上司を同席させていたというのである。 れに対して国会事故調の委員をしていた田中委員 は , 対象者の発言権を大きく制限する「最悪」の ヒアリングだと強い調子で非難した。 さらに第三者委員会は , 調査の補助として東電 の内部監査室に協力を求めていたこともわかった。 社員への連絡や , ヒアリングの文字おこしを依頼 していたという。これについても田中委員は「ヒ アリングを受けた人の立場が守れない」と指摘し ている。 おまけに第三者委員会は , 技術的な部分のチェ ックという目的で , 報告書の公表前に東電に見せ ていたというのである。東電は , 修正しなかった と説明しているが , これで中立性を担保するのは 不可能であろう。 数々の疑問点がある報告書であるが , 東電は報 告書を受領した 5 日後の 6 月 21 日に「反省と誓 い」 * 3 を公表。廣瀬社長は記者会見で , 報告書の 内容を重要なこととして受けとめ , 「再び当社が 原子力事業を担うにたる事業者であると認めても らうよう , 不退転の決意で取り組む」とした。ま た , 今後はどんなことがあっても事実を公表して いくという趣旨の決意も述べた。 しかし新潟県技術委員会の立石委員は , 東電が 2002 年のトラブル隠しなどを受けて策定した企 業倫理順守の対策を原発事故の 2 年前に改訂し , それまでの「しない風土」「させない仕組み」に 「いいだす仕組み」を付け加えたことを指摘。結 局は社内の空気で炉心溶融という言葉を避けると いうことになったことに対して , 「その反省がな く制度を作るといっても , ぜんぜん機能しなかっ たものをまた作るのか」と批判した。曖昧な推認 と推測が並ぶ報告書をベースにした対策の実効性 には大きな疑問があると言うほかない。 今後 , 東電は新潟県と合同検証委員会を立ち上 げて , 残った問題を検証していく。第三者委員会 が積み残した多数の疑問を , この委員会できちん と調査できるのかどうか。注意深く見ていく必要 がある。 * 3—http://www.tepco.co.jp/press/release/2016/1300453 8626. html 科学通信 科学 0763
た武黒氏の名前がないのか。 表遅れは市民の安全に直結する問題であり , 第三 己者会見でヒアリングをしたのかどうかを聞く 者委員会が説明責任を負っているのは原発事故で と , 「したともしてないともいえない」という答 影響を受けた人たちゃ , 今後の再稼働で影響を受 ける可能性のある人たちではないのか。委員会は えしか返ってこなかった。名前が出ていない人に ついては匿名を条件に聞いているので , 話せない 解散したので説明はしないという田中弁護士の言 葉には , この視点が決定的に欠けているように感 のだという。「官邸から」の意味をある程度明確 じる。そもそも田中弁護士も , 住民の避難判断の にできると思われる武黒氏のヒアリング結果が非 公開になっているのは , 報告書の公平性を疑う大 遅れへの影響を否定していないのだ きな要因になっている。これでは中立な調査とは いったい第三者委員会は , だれのために調査を したのか。依頼者である東電のために調査したの とてもいえないだろう。 だとしたら , 東電の持続可能性は確保できないだ 後日 , 責任を押し付けられた形の菅直人元首相 は自身のプログで強く抗議し第三者委員会からの ろう。日弁連のガイドラインにある説明責任は , まったく果たされていないとしか言いようがない。 説明を求めたが , 「説明する義務はない」と回答 そして , 問題のマニュアルが発見された経緯に があったという。事故発生時に官房長官だった民 も不思議な点がある。報告書では , たまたまラッ 進党の枝野幸男幹事長も記者会見で「 ( 当時官房長官 クからマニュアルが発見されたとしていたが , 技 だった ) 当職の信用を毀損させかねない報告書を発 術委員会の会合で第三者委員会側から「責任者の 表したことは著しく不適切だ。厳重に抗議する」 処罰を社内で検討するという話が出た」ことがき ( 6 月 17 日付時事通信 ) と話し , 法的措置をとることも っかけだったという説明があった。このため , 吉 示唆している。 川榮和委員が詳しい経緯の説明を求めると , 佐々 一方の第三者委員会は , 田中弁護士が技術委員 会で , 「委員会は解散済み。私はもともと裁判官 木弁護士がこんな説明をしたのだった。 「ヒアリングしていて , そういう話が唐突に出 なので , 書いた案件については抗弁も説明もしな てきた。 ( 中略 ) どうしてそんな話が生じたのか私 い」と述べ , 今後は説明を求められても応じない もよくわからなかったが , とにかくそうなんです 姿勢を示している。 ということだったので , 私としては , そうなのか けれどもこれは裁判ではない。例えば日弁連が なあと。ご本人がそういうふうにいっているので , 策定した第三者委員会のガイドラインでは , 基本 まあそうなんでしようと」 原則を次のように定めている。 「第三者委員会は , すべてのステークホルダー まったく説明になっていなかったが , これ以上 の情報は持っていないようだった。 のために調査を実施し , その結果をステークホル ちなみに前述した武藤元副社長に渡ったメモの ダーに公表することで , 最終的には企業等の信頼 件でも , 極めて中途半端な調査しかしていなかっ と持続可能性を回復することを目的とする」 た。報告書には脚注で , このメモについては東電 さらに説明責任については , 「不祥事を起こし が 2012 年 6 月に公表した社内事故調の調査過程 た企業等が , 企業の社会的責任 ( CSR ) の観点から , で , 調査担当者が事実をつかんでいたが , 「調査 ステークホルダーに対する説明責任を果たす」 担当社員は , その事実が重要性の低いものとして , とが目的だとしている。 社内事故調の報告書に記載しなかった。その結果 , このガイドラインが考え方のすべてではないだ その事実は , 社内の限られた範囲の社員のみが知 ろうが , 少なくとも第三者委員会の調査は田中弁 る情報に止まった」という記載がある。 護士が引き合いに出した裁判とはまったく性質が しかし , なぜ重要性が低いと判断したのかには 異なるのは間違いない。 それに福島第一原発事故でのメルトダウンの公 触れていない。 0762 KAGAKU Aug. 2016 VOL86 No. 8 一三ロ
一い申状腺がん人の現実 「過剰診断」論の背後て 何か起きているのか ? 白石草 89 原発事故と甲状腺がんをめぐる 30 年 吉田由布子 797 甲状腺がんデータの分析結果 津田敏秀 8 。 6 3.1 1 以後の科学リテラシー牧野淳一郎 甲状腺検査を求める福島県外の被災者たち 清水奈名子 福島第一原発での安定ョウ素剤おしどりマコ 783 ーー甲状腺がんの再発予後と治療 —20 ] 6 年 6 月 6 日第 23 回福島県「県民健康調査」検討委員会発表より・ 栃木県からの報告 819 広島原爆被爆者における健康障害の 主要因は放射性微粒子被曝である大瀧慈・大谷敬子 830 ウクライナ国家報告書に学ぶ 大規模核災害の影響と対策進藤眞人
があるかどうかの判断が困難。ほとんどの報告 は逸話の類で , よく訓練された甲状腺病理医の グループの同意による確認を欠いている。この 時点で甲状腺がんが増加しているという考えに は無理がある。もしそれが真実なら , チェルノ プイリ周辺での放射線誘発性甲状腺腫の潜伏期 は , マーシャル諸島や日本でのような , その他 すべての放射線被ばく状況でのものより短くな っているということである。さらに , 各共和国 で報告されている甲状腺腫瘍の大半が非乳頭型 あるいは非濾胞型のものであり , これは放射線 被ばく後のものとしては普通とは言えず , 経験 のある甲状腺病理医のグループによる病理切片 の徹底的な再検討をすぐ行うべきである。甲状 腺病理は極めて困難であるため , そうしたレビ ューが必要である。各共和国で統一した方法で の専用のがん登録を活用できれば有用である。 残念だが , そうしたデータを統一した形式で遡 及的に収集することは , 不可能ではないにして も困難である。また , 非常な努力をしてデータ を集めている科学者たちが , お互いにそのデー タを共有しようとしていない状況があることも 明白である。これが将来改善できるかどうかも まだわからない。 べラルーシやウクライナの科学者たちがすぐさ ま反論したのも無理のない評価といえるだろう。 そして時の経過とともに , 甲状腺がんをめぐる論 争は , 現地の科学者たちが現実に根差して対応し , 研究し , 主張し続けてきたことを「国際専門家」 も認めざるを得ない状況に至ったのである。 事故から 5 年後に 発表された IAEA 国 際諮問委員会の報告 書の中で甲状腺がん をめぐる論議を中心 にみてきた。この「報告書」の記述を長々と引用 ここで語られている内容とそれを取り したのは , 巻く状況が , 福島第一原発事故後の日本の状況と 相似しているからである。一方 , 被災国の科学者 相似形の議論 : チェルノブイリと日本 らが , 甲状腺がんの出現という事実に向き合い , 国際機関や海外の専門家の批判に立ち向かってい ったという点では , 日本の現状はまったく異なる 様相を呈している。日本の多くの専門家は , チェ ルノブイリ事故後の事情に合わせて潜伏期間の短 縮など若干の変更は加えているものの , 今も 1991 年時点の「国際専門家」の側に立っている。 現状の論議の立て方が「報告書」とそっくりであ る。潜伏期の問題然り , 「微小がん , オカルト甲 状腺がん」はいまの「過剰診断」論につながる。 直面している現実から論議を出発させることがで きていない。 チェルノブイリでは , 遅くとも事故後 2 カ月 までに数十万人規模 ( 成人含む ) で甲状腺スクリー ング検査が行われた。その数値は現在までの甲状 腺被ばく量再構築の重要な基盤となっている。日 本では 2011 年の 3 月 28 ~ 30 日にかけ福島県内 で 1000 人強の子どもの甲状腺スクリーニング検 査が行われたが , 周知のとおり , 直接測定はこ で終わっている。その直後の 4 月 1 日に首相官 邸に原子力災害専門家グループが立ち上げられ た 13 。チェルノブイリ事故後の甲状腺がんに関し , ョウ素 1 引のみならすその他の短寿命核種の外 部および内部被ばくの危険性を主張した長瀧氏を はじめ , 子どもたちの被ばく防護ならびに早期に 甲状腺被ばく量を測定することの重要性に精通し ていたはすの専門家たちは , 政府中枢に進言でき る可能性を得ながら , そうした働きかけを行った 節はない。 福島県民健康調査の甲状腺検査は , 震災時概ね 0 歳から 18 歳 ( 1992 年 4 月 2 日 ~ 2011 年 4 月 1 日生まれ ) の福島県民が対象であったが , 2 巡目の「本格検 査」から事故後の 1 年間 ( 2011 年 4 月 2 日 ~ 2012 年 4 月 1 日 ) に生まれた子どもを加えている。これは事 故時に胎児であった人と短寿命核種の影響がほば なくなった後に生まれた人も含まれる。年度別で 区切ると行政として施策の実施が容易になるかも しれないが , 何を目的としてこの人員を加えたの か明確でない。上述した長崎大学の調査では , べ ラルーシ保健省およびゴメリ州保健局に許可を得 , 原発事故と甲状腺がんをめぐる 30 年科学 0795
象とすると , 親の知識の有無によって子どもの受 検状況に差が出ることも問題となる。これらの点 をふまえれば , 多数の回答者が要望したように , 福島県外の被災地においても , 子どもたち全員を 対象とした健康調査を求める支援ニーズに対応す る必要があると言えよう。 謝辞 : アンケートおよび聞き取り調査に回答・協力してく ださった皆様にお礼を申し上げます。なお本研究は , 以下 の助成を受けて実施されました。生協総研賞・第 13 回助 成事業「原発事故後の健康を享受する権利と市民活動ー 『関東子ども健康調査支援基金』による活動分析を中心と して一」 ( 研究代表者 : 清水奈名子 ) 。 JSPS 科研費 16K12368 。 文献 1 ー原口弥生「低認知被災地における市民活動の現在と課題ー茨 城県の放射能汚染をめぐる問題構築」日本平和学会編 「「 3. 11 」後の平和学』早稲田大学出版部 , 2013 年所収。 2 一環境省 ( 報道発表資料 ) 「放射性物質汚染対処特措法に基づく 汚染廃棄物対策地域 , 除染特別地域及び汚染状況重点調査地域 の指定について ( お知らせ ) 」 ( 2011 年 12 月 19 日 ) http : ″ www. env. go. jp/press/14598. html(2016 年 6 月 30 日閲覧 ) 3 一環境省 ( 報道発表資料 ) 「放射性物質汚染対処特措法に基づく 汚染状況重点調査地域の指定の解除について ( お知らせ ) 」 ( 2016 年 3 月 18 日 ) http://www.env.go.jp/press/102235. htm ば 2016 年 6 月 30 日閲覧 ) 4 一文部科学省 ( 報道発表 ) 「文部科学省及び栃木県による航空機 モニタリングの測定結果について」 ( 2011 年 7 月 27 日 )http://ra dioactivity. nsr. go. jP/ja/C0ntentS/5000/4930/24/1305819 ー 0727. pdf ( 2016 年 6 月 30 日閲覧 ) 5 ー栃木県「県産農林水産物等の出荷制限と解除の状況につい て」 http://www.pref.tochigi 」 g. jp/kinkyu/yOO/shukkahikae. html ( 2016 年 6 月 30 日閲覧 ) 6 ー那須塩原市「食品の放射性物質簡易検査結果」 http://www city. nasushioba 「 a 」 g. jp / 2083 / 3501 / 005010. html ( 2016 年 6 月 30 日閲覧 ) 7- 栃木県北住民 12 名への聞き取り調査による ( 2015 年 2 月か ら 12 月 ) 。 8 一環境省「放射線量低減対策特別緊急事業費補助金交付要綱」 ( 2011 年 12 月 22 日 ) http://www.env.go.jp/jishin/rmp/fiscal/subsi dy01 / 01 ー yoko - h28. pdf , 同「放射線量低減対策特別緊急事業費 補助金取扱要領」 http://www.env.go.jp/jishin/rmp/fiscal/subsidy 01 / 02 ー yoryo ー h28. pdf ( 2016 年 6 月 30 日閲覧 ) 9 ー清水奈名子「震災を受けての乳幼児保護者アンケート ( 県北 地域 ) 結果報告」 ( 2012 年 10 月 24 日 )http://cmps.utsunomiya-u. ac. jp/fsp/fsp-a20121024. pdf 10 ー宇都宮大学国際学部附属多文化公共圏センター , 福島乳幼 児・妊産婦支援プロジェクト ( 清水奈名子・匂坂宏枝 ) 「 2013 年 度震災後の栃木県北地域における乳幼児保護者アンケート集計 結果報告 ( 2013 年 8 月 ~ 10 月実施分 ) 」 ( 「 2013 年北関東地域の 被災者アンケート調査・福島県からの避難者アンケート調査資 料集」 2014 年 2 月 8 日 , 17 ~ 35 頁 ) 11 ー放射線による健康影響に関する有識者会議 ( 栃木県 ) 「栃木 県における放射線の健康影響に関する報告書」 ( 2012 年 6 月 ) http://www.pref.tochigi.lg.jp/e04/documents/documents/docu ments/report. pdf(2016 年 6 月 20 日閲覧 ) 12 ー関東子ども健康調査支援基金ホームページより http://www kantokodomo. info/torikumi. htmI(2016 年 6 月 30 日閲覧 ) 清水奈名子 2006 年に国際基督教大学大学院行政学研究科博士後期課程修 了 ( 学術博士 ) 。 2007 年 10 月より宇都宮大学国際学部講師 , 2010 年 6 月より現職。国連の安全保障体制についての研究を 続けると同時に , 東日本大震災後の原発事故の被害についても 調査を行ってきた。近著に , 「原発事故・子ども被災者支援法 の課題一被災者の健康を享受する権利の保障をめぐって一」 『社会福祉研究』第 119 号 ( 2014 年 4 月 ) , 「危機に瀕する人間 の安全保障とグローバルな間題構造ー東京電力福島原発事故後 における健康を享受する権利の侵害ー ( 前編 ) ・ ( 後編 ) 」『宇都 宮大学国際学部研究論集』第 39 号 ( 2015 年 ) , "Humanlnse- curity Caused by the Dysfunction Of the State:New Security - sues in Post-Fukushima Japan," Asian Journal Of Peacebuild- ing, No. 3,Vol. 1 ( 2015 ) , 「核・原子力話しにくい原発事故の 被害」風間孝・加治宏基・金敬黙編著『教養としてのジェンダ しみずななこ ーと平和』法律文化社 , 2016 年など。 甲状腺検査を求める福島県外の被災者たち 科学 0813
者コホートデータにおける固形がん死亡危険度の初期放射線量 依存性および特異的な被爆時年齢依存性・被爆距離依存性につ いて一放射性 PM 2.5 の影響か ? ー . 広島医学 67 , 311 ー 315 , 2014. 18—Brenner D, DOII 日 , Goodhead D, HaIl E, Land C, Little J, Lu- bin J, Preston D, Preston J, Puskin J, Ron E, Sachs R, Samet J, Setlow R, Zaider M. Cancer risks attributable tO IOW doses Of ion- izing radiation: Assessing what we really know. Proceedings Of NationaI Academy Of Science USA 100 13761 ー 13766 , 2003. 19 ー大瀧慈 , 大谷敬子 , 冨田哲治 , 佐藤裕哉 , 原憲行 , 川上秀 史 , 瀧原義弘 , 星正治 , 佐藤健一 : 広島原爆被爆者における固 形がん死亡超過の主要因は初期被爆線量ではない一性別・被爆 時年齢階級別の初期線量・被爆距離の説明力の比較解析ー . 広 島医学 69 , 369 ー 373 , 2016. 20—NH K 広島局・原爆プロジェクト・チーム : ヒロシマ残留放 射能の 42 年 , 日本放送協会 , 1988. 21 ー Ke 「「 G, Egbert S, AI-Nabulsi し Bailiff l, Beck H, Belukha し Cockayne J, Cullings H, Eckerman F, Granovskaya E, Grant E Hoshi M, Kaul D, Kryuchkov V, Mannis D, Ohtaki M, Otani M, Shinkarev S, Simon S, Spriggs G, Stepanenk0 V, Stricklin D, weiss J, Weitz 日 , WOda C, Worthington P, Yamoto K, Young R. Workshop report on Atomic bomb dosimetry ーー Review Of dose related factors fO 「 the evaluation Of exposures tO residual radia- tion at Hiroshima and Nagasaki. Health Physics, 109. 582 ー 600 ; 2015. DO い 0.109 刀 HP. 0000000000000395. 22—TampIin A, Cochran T: Radiation standard fO 「 hOt particle, Natural Resources Defense COUnci/, 1974. 23 ー松岡理 : 放射線量の不均等分布とその生物効果ーー Tamp ⅱ n のホットノヾーティクル提案をめぐって . Radioisotopes25, 659 ー 669 , 1976. 24 ーー lmanaka T, EndO S, Tanaka K, Shizuma K: Gamma-ray ex- posure from neutron-induced radionuclides in SOil in Hiroshima and Nagasaki based on DS02 calculations. Radiation and Envi- ronmental Biophysics 47 331 ー 336 , 2008. 25 ー長倉三郎 , 井口洋夫 , 江沢洋 , 岩村秀 , 佐藤文隆 , 久保亮 五編 : 岩波理化学辞典第 5 版 , 岩波書店 , 1998. 26 ー朝日新聞社 : 広島・長崎の記憶ー一被爆者からのメッセー シ http://www.asahi.com/hibakusha/hiroshima/hOO-00071j.html 27—lmanaka T: lnitial process Of atomic bomb cloud formation and radioactivity distribution.ln Aoyama M, OOChi Y (eds) , Revisit The Hiroshima A-bomb with a database, Hiroshima City, 1-14 , 2011. ウクライナ国家報告書に学ぶ 見模核災害の影響と対策 進藤、人 ウクライナ政府緊急事態省は , 2011 年に『チ ェルノブイリ事故から 25 年 : 将来へ向けた安全 性』 ( 原文 : ウクライナ語・英語 ) という国家報告書を公 表した。この国家報告書は , 1986 年に生じたチ ェルノブイリ原発事故による影響 ( 以後 , チェルノブ ィリ核災害と略する ) の全貌と , 同核災害を克服する ために , ウクライナで執られた 25 年間の対策の 軌跡を網羅的に叙述している。さて , 歴史上 , チ ェルノブイリ核災害に匹敵する規模の核災害は , 東京電力福島原発事故による影響 ( 以後 , 東電核災害 と略する ) のみである。したがって , ウクライナで 得られた知見から学ぶことは , 東電核災害を克服 する上で非常に重要である。上記国家報告書の日 本語訳は , 京都大学原子炉実験所のウエプサイト (http://www.ⅲ.kyoto-u.ac.jp/PUB/report/04—kr/) 力、らダウン 0830 KAGAKU Aug. 2016 VOL86 NO. 8 しんどうまひと 京都大学大学院法学研究科 ロード可能である。 害時緊急事態対応について検討する。 生から石棺の建設に至るまでに執られた核災 章は , チェルノブイリ事故の原因と , 事故発 に配慮した。 たっては , なるべく原文に忠実な表現になるよう 焦点を絞って紹介する。なお , 本要約の作成に当 の国家政策 ( 7 章 ) ・原子力の安全性の強化 ( 8 章 ) に 章 ) ・核災害の健康影響 ( 3 章 ) ・核災害克服のため 核災害の発生と執られた緊急事態対応措置 ( 1 きないので , 読者の方々の関心が高いと思われる , 紙幅の都合上 , すべての内容を紹介することはで した , 上記国家報告書の要約を紹介する。但し , 本稿では , 日本語訳の監訳者である筆者が作成
空間放射線量の測定を行った結果 , 県北の引の 教育施設で毎時 1 ″ Sv を超える値が測定された。 しかし , これらの施設の除染が行われたのは同年 の夏以降であり , それまでの時期は「通常通り」 に校庭等を使用する授業が行われていたのであ また除染のための費用を補助する「放射線量低 減対策特別緊急事業費補助金」の交付が環境省に よって発表されたのは , 2011 年 12 月のことであ った。さらに福島県外の地域は「比較的線量の低 い地域」として福島県内の対象地域とは区別され , 最も効果が高いとされる表土除去の作業は , 子ど もが長時間過ごす教育施設を除いて , 補助対象と なる除染作業からは外されている。その結果 , 「低認知被災地」は効果的な除染のための十分な 支援を受けられずにきたのである 8 。 栃木県北における乳幼児保護者 アンケート ( 2013 ) 筆者は栃木県北地域に暮らす子育て世帯の住民 からの要望を受けて , 2012 年 7 月に那須塩原市 の幼稚園および保育園それぞれ 1 園すつに子ど もを通わせている保護者を対象として , 原発事故 後の子育てに関する無記名のアンケート調査を行 った。 245 世帯から得た回答 ( 回収率約 53 % ) では , 94 % の保護者が「原発事故後の子育てに関して 心配なことがある」と答えたのである 9 そこで翌 2013 年の 8 月から 10 月にかけて対 象を広げて調査を実施し , 那須塩原市と那須町に あるすべての公立保育園・幼稚園 ( 22 園 ) と , 部 の私立幼稚園 ( 16 園 ) の協力を得て , 2202 世帯から 回答を得た ( 回収率約 68 % ) 。この調査の結果 , 8 割 以上の保護者が , 原発事故後の内部および外部被 ばくが子ども健康に及ばす影響について不安に感 じていると回答している。さらに , 現在は知って いる原発事故や放射性物質に関する知識や情報が 事故当時にあったら , 事故当時の行動は変わって いたかどうかをたずねたところ , 「変わってい た」が 21.5 % , 「たぶん変わっていた」が 41.6 % で , 合計すれば 6 割を超えている。事故当時に 0 栃木県も汚染されているとの情報がなく , 子ども たちを最も線量の高い時期に適切に防護すること ができなかったことを悔やんでいる保護者が少な くないことが読み取れた 県有識者会議による健康調査不要 という判断 アンケート結果に示されているように , 汚染が 深刻な栃木県北地域の保護者を中心に , 低線量被 ばくの健康影響が懸念されているにもかかわらす , 栃木県は現在に至るまで , 県の事業として健康調 査を実施していない。県が実施しない根拠として いるのが , 鈴木元国際医療福祉大学クリニック院 長を座長として , 栃木県が設置した「放射線によ る健康影響に関する有識者会議」が , 2012 年 6 月に提出した報告書である。 有識者会議はこの報告書のなかの「県への提 言」として , 栃木県内の被ばく状況や現時点での 科学的知見をふまえ , 「栃木県内は将来にわたっ て健康影響が懸念されるような被ばく状況にな い」と評価し , また , 「今後 , 臨床的な検査を含 む健康調査等は必要ない」と判断した。報告書の 推計によれば , 個人差を考慮しても「県内の多く の地域で 1 年間の被ばく線量は 5 mSv 程度まで に収まる」とし , 「今後 1 年間の追加外部被ばく 線量は年間 3 mSv 以下」となるという。そして 「年間 1 ~ 数 mSv 程度の被ばくの発がんリスクは , 個人が持っている喫煙や肥満 , 野菜不足等による リスクよりも小さい」ことから , 健康影響を懸念 する被ばく状況にはないと結論づけたのである " 民間基金による検査の取り組みと 保護者の要望 このように , 低線量被ばくの健康影響を低く見 積もる報告書の提言には , 県北の住民を中心に批 判が寄せられてきた。「健康調査を十分に行わず に安心しろと言われても説得力がない」「福島県 では甲状腺ガンと診断される子どもの数が増えて いるので , 栃木県の子どもたちも心配だ」といっ 0 0 甲状腺検査を求める福島県外の被災者たち た健康不安が多く聞かれたことから , 地域の市民 科学 0811