んなことをしても責められないよな」 ことば というばくの言葉に、エバンナは、ふん、と鼻を鳴らした。 じゃあく 「天は身がわりを用意する時点で、ヒトラーに負けないくらい邪悪な心を持っ子どもしか作れないのさ。 わる ぜんり 善良な人間に悪いことをさせようとしたって、むりだからねえ。たしかに身がわりとして作られちまっ うんめい ぎせい た以上、その人間は運命の犠牲になる。まあ、そうしよっちゅう、おこることではないけどねえ。父上 れきしじさつじゅうよう だって、歴史上の重要な人物を消すなんてことはめったにしないから。たいていの人間は、自由な意志 を持っている。でもなかには、そうでない人間もいるってことさ」 「ばくも、そのひとりなのか ? 」 声か小さくなる。答えを聞くのがこわい エバンナが、ほほえんで答えた。 げんぎい 「いいや、ちがう。おまえさんは、現在の人間じゃないか。だれかの身がわりなんかじゃない。たしか に、生まれたときから父上にあやつられてきた。でも、最初から運命が決められてたわけじゃない せつめい エバンナはいったん口をつぐみ、考えをまとめ、ばくにわかりやすく説明しなおしてくれた 「あたしたちの父上は、過去におきちまったことまでは変えられない。でも、過去をほんの少し変える ことならできる。父上は、現在の世界で『気に食わないこと』があったら、過去にさかのばればいい。 さいしょ 202
えいきさっ だっては動けないけど、さりげなく影響をおよばしてきた。父上が目もくれなかったのは、文学だけさ。 g がんちゅう ふしぎ 父上は、作りごとの世界はお好きじゃない。現実しか眼中にない。人間がつむぎだす不思議な物語には、 き」 - み しさっせつ かんしん なんの興味もない。作家なんてものは、どうでもし ゝい。父上は小説なんて読まないし、なんの関心もし めさないからねえ」 「それがなんだって言うんだよ ばくにはそれこそどうでもゝ ミスター・タイニーかなにを読もうが読むまいか 「ミスタ 1 ・タイニーが、人間の世界をどう乱してきたのか。どうやって時間を行き来するのか。もっ ヂんざいみらいか かこ とくわしく教えてくれよ。ミスター・タイニーは、現在や未来を変えるために過去にさかのばるって言 むじゅん ったよな。そうすると、過去と現在とで矛盾が : : : タイムパラドックスがおきるよな ? この問題は、 どうなるんだ ? 」 かんけい エスエフえいが ばくは映画やに関係のあるテレビ番組をいろいろと見たことがある。だからタイムトラベル にまつわる問題にくわしいのだ。 しつもん ばくの質問に、エバンナはすずしい顔で答えた。 さしく 「問題なんてないさ。父上がどんな細工をしようが、おこるべきことはまちがいなくおこるんだから。 過去の大きなできごとは、変えようがないんだよ。変えられるのは、そのできごとにかかわった人間た げんじっ みだ ( 時間旅行 )
「えっ ? じゅうだい 「いいかい、ダレン、現在の世界でなにか重大なことがおきてしまったら、その事実はなにがあろうと ぜったいに変えられない。なにが重大で、なにが重大でないかは、絶対的な力が決める。その力にしい て名前をつけるなら : : : 天、かねえ。 だいにじせかいたいせん そう、事実は変えられない。でも、だれがかかわるかは変えられる。たとえば第二次世界大戦はすで におきちまった重大なことだから、過去にさかのばってもふせぐことはできない。でも、過去にもどっ てアドルフ・ヒトラーを亡きものにすることなら、できるんだよ。そうしたらすぐに天が、ヒトラーの せいちさっ 代わりとなるべつの人間を作りだす。その人間はごくふつうに生まれてきて、成長し、ヒトラーとおな けつか とうじ」らじんっ じことをして、おなじ結果をもたらす。登場人物は変わるけど、結果はなにも変わらないってことさ どくさいしゃ 「でも、ヒトラーはとんでもない独裁者だ。おおぜいの人の命をうばった独裁者だぞ。そのヒトラーを、 うん かんけい ミスタ 1 ・タイニーが過去にさかのばってしまっしたら、かわりになんの関係もない人がヒトラーの運の 命を背おわされることになるのか ? ヒトラーがいなくなっても、おおぜいの人かころされるのか ? 「そのとおりさ 「でも、それなら、ヒトラ 1 の身がわりにされた人は、自分でそういう運命を選んだわけじゃない。ど 0 ぜったいてき じじっ
やみせかい のうり、 も父上が、バンパイアを闇の世界に閉じこめた。子どもを作る能力もとりあげた。バンパイアの能力を せいげん たくみに制限し、自由をうばうことで、バンパイアを人間の世界からへだて、闇の世界に閉じこめた。 じゅうよう おかげでバンパイアは、人間が過去に引きおこした重要なできごとに、 っさいかかわらすにすんだ。 まっさっ げんざい だからこそ天に抹殺されることなく、現在まで生きのびられたんだよ。現在まで生きのびてくれさえす りよう れば、父上は好きなようにバンパイアを利用できるからねえ」 じだい 「その現在というのが、ばくが生きた時代ってことか ? 」 そうさ、とエバンナかうなずく。 みらい 「父上が過去にさかのばろうが、現在にいようが、未来に行こうが、時間はおなじようにすぎていく。 じんるい さいく 父上は人類の平和をみだす細工をするために、過去の世界で二十年ほどすごした。そのあと父上が現在 せいきすえ にもどったときは、現在の世界でもおなじように二十年たっていて、二十世紀の末になっていたのさ そんぎい えい - 「つまりバンパイアは現在に存在するから、現在の世界で未来にいくら影響をおよばしてもまったくか まわない、 ってことかフ・ ないよう あまりにも信じがたい内容に、ばくはついていくのがせいい つばいで、目が回りそうだ。 そのとおり、とまたしてもエバンナがうなずいた。 いちぞく 「でも父上は、さとってしまった。このままではバンパイア一族は人間をおそったりしない、 かこ と。バン 204
まんぞく ひび ハイアは、人間といっさいかかわりをもたない日々にすっかり満足してたからねえ。そこで父上は、ま たしても過去にさかのばった。このときは、過去の世界に数か月とどまっただけだけどね。そして、 でんせつ どくりつ ンパイア一族からバンパニーズを独立させた。さらにバンパニーズ大王の伝説を流して、バンパニーズ たいりつ をバンパイアと対立させた : : : 」 ものい′哀」 さいしゅうてき きず 「で、傷ある者の戦を引きおこして、最終的に人間をほろばすつもりなんだな」 わる ばくは、うなった。なんという、いやらしい悪だくみーー・・・。胸が、むかむかする。 エバンナが、にやりとして言った。 「そう、そのはずだったんだよ」 「そのはすって : ばくは、思わず身を乗りだした。エバンナがにやりとしたのは、いゝ し 1 つ、とエバンナがばくをだまらせた。 「すぐにぜんぶ教えてあげるよ。そろそろ動かないとねえ」 ちへいせん と、地平線にしすんでいく太陽を指さす。 さむ 「この時代の夜は、おまえさんがいた世界の夜より寒いんだよ。地下にもぐったほうがいい : それに、と言いながら、エバンナが立ちあがった。 むね し意味にちがいない 20 うー第 14 章竜の世界
そして、現在の『気に食わないこと』につながるおおもとのできごとに手をくわえ、『気に食わないこ さいく いちぞく いちだいせいり、 と』がおこらないように細工する。バンパイア一族がいまのように一大勢力となったのも、父上が過去 で細工したからさ 「ええつ、 バンハイアはミスター・タイニーが作ったってことか ? ばくは、思わず声をあげてしまった。バンパイアはミスター・タイニーが作ったという話は聞いたこ とがあるが、ばくははなから信じていなかったのだ。 エバンナは、首をふった。 たんじさっ 「ちがうよ。バンパイアは、ひとりでに誕生したんだ。でも、数はけっして多くなかった。力もないし、 けっそく せいき まとまってもいなかった。そんなおり、二十世紀のなかばをすぎたあたりから、父上は人間が結束して 平和に向かっていると感じ、むっとした。そこで過去にさかのばり、人間の平和をみだすため、二十年 ほどかけていろいろと細工をしてみた。その中で目をつけたのがバンパイアだったのさ。父上はバンヾ ィアに、とくべつな力とスピ 1 ドをあたえた。フリットする力とか、テレバシ 1 で話をする力とか、人の ぐんたい 間にはない力をね。さらに父上は、バンパイアを軍隊にまとめあげるリーダーもあてがった。 こうしてバンパイア一族は力をつけた。でも父上は、時期が来るまでバンパイアが人間のじゃまをす第 ることのないよう、細工するのをわすれなかった。もともとバンパイアは、昼間でも動けたんだよ。で
いし なかま ばしょ わせ、石を使って仲間の居場所を調べたり、仲間に意思を伝えたりしてきた。血の石はバンパイア一族 きけん にとってかけがえのない宝だか、危険きわまりない宝でもある。万か一バンパニーズの手にわたったら、 ハンパイア一族はひとり残らず居場所をつきとめられ、しまっされてしまうからだ。 エバンナが、続けた。 さず 「父上は竜の脳を取りだして、過去に持っていき、バンパイア一族に授けたのさ。父上は、そういうこ げんざい とをよくやるんだよ。過去にもどって、現在や未来につながることを、ほんの少しいじくるのさ。父上 は血の石を使って、バンパイア一族を自分の望みどおりにまとめあげようとした。もしバンパイア一族 しはい きず ものい′きか が傷ある者の戦に勝てば、バンパイア一族は血の石を使って竜をあやつり、竜を使って空を支配する。 ばあい ハンパニーズ一族の場合は、勝っても血の石は使わないだろうよ。バンパニーズは、父上から授けられ た血の石を、はなから信用しなかったから。バンパニーズたちがバンパイア一族からはなれたのは、そ そこまでは、 のせいもあるんだよ。バンパニ 1 ズ一族が勝ったら、竜とどうおりあいをつけるか : ほ、つほ、つ あたしも知らないねえ。おおかた父上が、竜をあやつるなんらかの方法を授けるんだろうよ。いや、父の 上のことだから、バンパニーズと竜を戦わせて、高みの見物を決めこむかもしれないねえ」 ばくは光をはなっ竜の脳から目をそらすことができず、見つめたままつぶやいた。 きぼう ハンハイアかバンパニーズに負けても、血の 「血の石は、バンパイア一族の最後の希望だろ。万が一、 さいご かこ たたか のぞ まん いち まん
「うのみにはしない。タイニーとその娘は : : : 」 げんすい と、バンチャ元帥がエバンナをにらみつけ、続けた。 よげん 「おれたちとは信するものがちがう。おれは、タイニーたちの予言には耳をかたむけることにしてるが、 かならすそうなるとは思ってない」 「じゃあ、なんでここに来た ? 」 「万が一、当たるかもしれないからだ」 スティープは、とまどったようだ。 うんめい 「なんで信じねえんだよ ? デズモンド・タイニ 1 は、運命の声だ。未来を見通せるんだぜ。過去も、 未来も、すべてお見通しだ」 ハンチャ元帥も、負けずに言いかえす。 こんばん 「未来は、自分の手で切りひらくものだ。今晩おれたちがどうなろうと、わがバンパイア一族はいっか かならすバンパニーズ一族をうちまかすとおれは信じてる。でも、おまえの命はこのおれがもらう」 そしてにやりとして、ひとことつけくわえた。 ねん 「念には念を人れないとな」 いか スティープが、怒りのあまり体をふるわせた。 みらい いちぞく 1 10
「ス 1 プ、ごちそうさま」 「どういたしまして エバンナが答え、枝を火にくべてから、ばくのとなりに腰かけた。 「どうだい、ちょうしは ? 「だいぶにぶってるよ」 「自分の名前は ? おばえてるかい ? 「おばえてるに決まってるだろ」 せつめい きよとんとしたら、エバンナが説明してくれた たまレい きおく せいれいみつみ せいしん 「精霊の湖は、精神をゆがめちまうんだよ。記億をこわしちまう。自分がだれだか、わからなくなる魂 しさっき が多い。正気をうしなって、自分の過去をわすれちまうんだよ。おまえはずいぶん長いこと、閉じこめ られていたからねえ。もしやと思ったんだよ」 「ああ、たしかに、おかしくなりかけたよ たしかに、正気をうしないたい、つらい記意からのがれたい、 かを丸めて火に近づいた。 じ′」く 「あそこは、地獄だ。正気でいるより、おかしくなったほうが楽だよ えだ こし と願った ねが く は つ な き せ な 189 ー第 14 章竜の世界
ってくれとたのんでも父上がこばみつづけたように、あたしもぜったい首をたてにふらなかったからね ていあん も え。その父上が、数か月前、ある提案をしに来た。協力しあおうって持ちかけてきたんだよ。あたしが たま ) いすく 子どもをうむなら、ダレンの魂を救ってやろう、ってねえ」 「それで、うんと言ったのか ? ミスター・タイニ 世界を売りわたしたのか ? めだけに ? 」 「もちろん、ちがうさ」 「でも、おなかに子どもがいるんだろ」 「まあね」 と、エバンナがばくを見て、はにかんだ。 さいしょ 「父上にそう持ちかけられたとき、最初はことわろうと思った。でもねえ、父上の提案を逆手にとって りよう じさったい わかい うまく利用する方法を思いついたのさ。いまの状態では、バンパイアとバンパニーズが和解するかどう もし一つまくいかなかったら、また か、まだわからないだろ。うまくいきそうだけど、確実じゃあない い′き 戦だ。そうなったら父上の思うつばじゃないか。父上はきっと過去にもどって、新しいリーダーを作る。 スティーフのあとを引きつぐリーダをね ちょうどそんなことを考えていたときに、父上が提案を持ちかけてきた。あたしは思ったんだよ。ダ ほ、つほ、つ かくじっ ばくを助けるた さかて 2 2 2