特許 - みる会図書館


検索対象: ジュリスト 2016年11月号
81件見つかりました。

1. ジュリスト 2016年11月号

V. 第 5 要件 ( 意識的除外等の 特段の事情の不存在 ) について 1 . 第 5 要件に関する問題点 均等の第 5 要件は , ポールスプライン最高裁 判決において , 対象製品等が特許発明の特許出 願手続において特許請求の範囲から意識的に除 外されたものに当たるなどの特段の事情がない こととされた。この要件については , 従来 , ① 出願経過において , 特許請求の範囲を減縮する 補正または訂正があった場合に第 5 要件の充足 を認めるか否か , 及び , ②出願時に既に存在し ていた他の物質・技術であって当初から当該構 成を含むように特許請求の範囲を記載すること が可能であったような場合 ( いわゆる「出願時 同効材」の場合 ) に第 5 要件の充足を認めるか 否か , という論点を中心に議論され , 学説等に おいて , 大きく見解が分かれていた 13 ) 。本大 合議判決は , このうち②の出願時同効材の問題 に関して判示している。 2. 出願時同効材に関する本大合議判決の判示 本大合議判決は , 「特許請求の範囲に記載さ れた構成と実質的に同一なものとして , 世願 に当業者が容易に想到することのできる特許請 求の範囲外の他の構成があり , したがって , 出 願人も出願時に当該他の構成を容易に想到する ことができたとしても , そのことのみを理由と して , 出願人が特許請求の範囲に当該他の構成 を記載しなかったことが第 5 要件における『特 段の事情』に当たるものということはできな い」と述べ , 出願時同効材であるというだけで 第 5 要件が否定されないことを明らかにした。 その理由としては , 「先願主義の下においては , 出願人は , 限られた時間内に特許請求の範囲と 明細書とを作成し , これを出願しなければなら 13 ) 出願時同効材の場合については , 例えば , 「特許出願 時に既に存在していた他の物質・技術に対しては , ー特許請求 の範囲の文言解釈を超えた特別の保護を及ほさず , 文言解釈 特集 / 知財システムの次なる方向性 ないことを考慮すれば , 出願人に対して , 限ら れた時間内に , 将来予想されるあらゆる侵害態 様を包含するような特許請求の範囲とこれをサ ポートする明細書を作成することを要求するこ とは酷である」と述べ , また , 特許発明の実質 的価値の保護という趣旨から , 出願時に容易想 到というだけで , 一律に均等を否定すべきでは ないとして , 特許権者の保護に配慮する一方 で , 「特許出願に係る明細書による発明の開示 を受けた第三者は , 当該特許の有効期間中に , 特許発明の本質的部分を備えながら , その一部 が特許請求の範囲の文言解釈に含まれないもの を , 特許請求の範囲と明細書等の記載から容易 に想到することができる」と指摘して , 第三者 の保護とのバランスにも配慮する。 3. 第 5 要件「特段の事情」に該当する場合 についての判示 出願時同効材というだけでは第 5 要件は否定 されないというのであれば , どのような事情が 均等侵害を否定すべき , 「特段の事情」に該当 するのか。 本大合議判決は , 「出願人が , 出願時に , 特 許請求の範囲外の他の構成を , 特許請求の範囲 に記載された構成中の異なる部分に代替主をも . のとして認識していたものと客観的 , 外形的に みて認められるとき」がこれに当たるとする。 さらに , その例として , ①「出願人が明細書に おいて当該他の構成による発明を記載している とみることができるとき」や , ②「出願人が出 願当時に公表した論文等で特許請求の範囲外の 他の構成による発明を記載しているとき」に , 出願人が特許請求の範囲に当該他の構成を記載 しなかったことが「特段の事情」に当たるとす る。その理由としては , 「上記のような場合に は , 特許権者の側において , 特許請求の範囲を に柔軟性を持たせることで十分であり , また , その限度でし か権利の拡大を認めるべきではない」 ( 高林龍「標準特許法 〔第 5 版〕」〔有斐閣 , 2014 年〕 155 頁 ) という見解がある。 [ Jurist ] November 2016 / Number 1499 53

2. ジュリスト 2016年11月号

場合 , 延長された特許権の効力は , 処分 ( 承 『当該用途に使用される物』の均等物や実質同 認 ) の対象となった物 ( 処分において特定の用 一物に当たらないとみるべきときが一定程度存 途が定められている場合は , 当該用途に使用さ 在するものと考えられる。」と論じた。 れるその物 ) についてのみ及び , その同一性は 被告製品は , 上述のように , 成分において濃 「成分 ( 有効成分に限らない。 ) 及び分量」 , 「効 グリセリンの添加という点で原告製品 ( 延長登 能 , 効果」及び「用法 , 用量」によって特定さ 録の理由となった処分〔承認〕の対象物 ) と異 れるが , 「周知技術・慣用技術の付加 , 削除 , なっているため , 均等物ないし実質同一物に該 転換等であって , 新たな効果を奏するものでは 当するか否かが問題となった。そして , 原告の ないと認められるなど」その均等物や実質同一 特許発明は製剤に関する発明であって医薬品の 物と評価される物にも及ぶ , とされた。この判 成分全体を特徴的部分とする発明であるとこ 旨は , 平成 26 年知財高判の傍論とほば同様で ろ , 被告製品における濃グリセリンの添加は , あるが , 「分量」も「物」の同一性を画する要 オキサリプラチンの自然分解とそれによる不純 素であるとする点で異なる。この点につき , 平 物の生成を抑制することを目的としたもので , 成 28 年東京地判は , 分量のみが異なっている 被告製品の処分 ( 承認 ) を受けるのに必要な試 場合には均等物ないし実質同一物と通常評価さ 験が開始された時点 ( これが判断時 ) で単なる れることを平成 26 年知財高判は注意的に述べ 周知技術・慣用技術の付加等にあたるものでは たものと理解するのが相当 , と言及した。 なく , むしろ新たな効果を奏しているとみるこ そして , 平成 28 年東京地判は , 均等物や実 とができる , として均等物ないし実質同一物に 質同一物の考え方について , さらに説明を加 該当しないと判断された ( 請求棄却 ) 。 え , 「新規化合物に関する発明や特定の化合物 平成 28 年東京地判は , 均等物ないし実質同 を特定の医薬用途に用いることに関する発明な 一物の範囲について 1 つの考え方を示した点で ど , 医薬品の有効成分 ( 薬効を発揮する成分 ) は意義がある。しかし , その範囲は依然として のみを特徴的部分とする発明である場合には , 明瞭になったとは言い難い。また , 均等物ない 延長登録の理由となった処分の対象となった し実質同一物の範囲を解釈する際に発明の内容 『物』及び「用途』との関係で , 有効成分以外 を考慮するにもかかわらず , それに先立って特 の成分のみが異なるだけで , 生物学的同等性が 午法 70 条 1 項の発明の技術的範囲の解釈を行 認められる物については , 当該成分の相違は , わなかった点において , 違和感がある。平成 当該特許発明との関係で , 周知技術・慣用技術 28 年東京地判が , 均等物ないし実質同一物に の付加 , 削除 , 転換等に当たり , 新たな効果を 該当しないと判断した根拠として述べた上記理 奏しないことが多いから , 『当該用途に使用さ 由は , 特許法 70 条 1 項の発明の技術的範囲に れる物』の均等物や実質同一物に当たるとみる 該当しない理由としても納得し得るものであ べきときが少なくないと考えられる。他方 , 当 る。延長された特許権の効力を適切な範囲に画 該特許発明が製剤に関する発明であって , 医薬 するためには , 発明の内容を考慮することは必 品の成分全体を特徴的部分とする発明である場 須であると考えるが , そうだとすれば , まずは 合には , 延長登録の理由となった処分の対象と 特許法 70 条 1 項の発明の技術的範囲の解釈を なった『物』及び「用途』との関係で , 有効成 先にすべきではないだろうか。そして , 均等物 分以外の成分が異なっていれば , 生物学的同等 ないし実質同一物の範囲の解釈に際して発明の 性が認められる物であっても , 当該成分の相違 内容を考慮するのであれば , 特許法 70 条 1 項 は , 当該特許発明との関係で , 単なる周知技 の発明の技術的範囲 ( 5 要件を充たす均等侵害 術・慣用技術の付加 , 削除 , 転換等に当たると の範囲を含む ) に属さないものの均等物ないし いえず , 新たな効果を奏することがあるから , 実質同一物に該当する , という場合は想定でき [ Jurist ] November 2016 / Number 1499 薹一口 60

3. ジュリスト 2016年11月号

の所在を明らかにした。 が学説上唱えられ , その判断手法等が必ずしも 定まっていなかった。 Ⅳ . 第 1 要件 ( 非本質的部分 ) について そのような状況において , マキサカルシトー 1 . 「本質的部分」の定義と判断手法 ル事件の知財高裁平成 28 年 3 月 25 日大合議判 決 3 ) ( 以下「本大合議判決」という ) は , 均等 ポールスプライン最高裁判決が定めた第 1 要 件は , 特許請求の範囲に記載された構成中の対 の 5 要件の主張立証責任の所在について明らか 象製品等と異なる部分が特許発明の本質的部分 にした後 , 実務的に問題になることが多かった 第 1 要件及び第 5 要件の適用の判断手法等につ ではないことであるが , 特許発明の「本質的部 いて詳しく判断した。知財高裁の大合議判決で 分」とは何か。本大合議判決は , これを「当該 あるため , 今後の裁判実務は , そこで示された 特許発明の特許請求の範囲の記載のうち , 従来 判断手法等及び枠組みに従って運用されていく 技術に見られない特有の技術的思想を構成する ものと思われる。そこで , 本稿では , 以下 , 本 特徴 . 的部分」 ( 下線強調は執筆者。以下同じ ) 大合議判決のうち , 均等論の適用に関し , 規範 と定義した。その理由は , 「特許法が保護しよ として今後の下級審裁判例に影響を及ばしうる うとする発明の実質的価値は , 従来技術では達 汎用性が高い判示事項を中心に紹介し , 今後に 成し得なかった技術的課題の解決を実現するた 残された問題について若干の考察を試みたい。 めの , 従来技術に見られない特有の技術的思想 に基づく解決手段を , 具体的な構成をもって社 Ⅲ . 均等の 5 要件の主張立証責任 会に開示した点にある」とする 5 ) 。 ボールスプライン最高裁判決の判決文から 第 1 要件の判断手法については , 学説上 , 特 は , 均等の 5 要件のそれぞれの主張立証責任が 許請求の範囲の構成要件を本質的部分と非本質 必ずしも明確ではなく , 学説では , 特に第 4 要 的部分とに分けて判断するという見解 ( 構成要 件について議論があった 4 ) 。本大合議判決は , 件区分説 ) 6 ) と , 特許発明における課題の解決 「第 1 要件ないし第 3 要件については , 対象製 手段における特徴的原理を確定して , 対象製品 品等が特許発明と均等であると主張する者が主 の備える解決手段が特許発明における解決手段 張立証責任を負うと解すべきであり , 他方 , 対 の原理と実質的に同一の原理に属するか否かを 象製品等が上記均等の範囲内にあっても , 均等 判断するという見解 ( 解決原理同一説 ) が存在 の法理の適用が除外されるべき場合である第 4 した。本大合議判決は , 「特許請求の範囲に記 要件及び第 5 要件については , 対象製品等につ 載された各構成要件を本質的部分と非本質的部 いて均等の法理の適用を否定する者が主張立証 分に分けた上で , 本質的部分に当たる構成要件 責任を負う」と述べて , 5 要件の主張立証責任 については一切均等を認めないと解するのでは ロ一 = 1 ) 最判平成 10 ・ 2 ・ 24 民集 52 巻 1 号 113 頁。 2 ) 飯田圭「均等論に関する最近の裁判例の傾向につい て」牧野利秋ほか編「知的財産法の理論と実務 1 」 ( 新日本 法規出版 , 2 開 7 年 ) 177 頁。 3 ) 裁判所 HP ( 平成 27 年 ( ネ ) 第 1 開 14 号 ) 。事案の概 要等は , 小泉直樹〔判批〕ジュリ 1495 号 ( 2016 年 ) 8 頁及 び原審判決 ( 東京地判平成 26 ・ 12 ・ 24 判時 2258 号 1 頁 〔松田俊治〔判批〕ジュリ 1481 号 ( 2015 年 ) 8 頁〕 ) を参照。 4 ) 三村量一〔判解〕最判解平成 10 年度民事篇 ( 上 ) 152 頁は , 特許権者側の立証責任とする。 5 ) 従前の裁判例では , 本質的部分を「明細書の特許請 求の範囲に記載された構成のうち , 当該特許発明特有の解決 手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分」とし たものがあった ( 東京地判平成 11 ・ 1 ・ 28 判時 1664 号 109 頁 ) 。本大合議判決の定義は , 技術的課題の解決原理につい て従来技術との差異から把握すべきこと , それが具体的に開 示された点に着目すべきことを強調しているように思われ る。 6 ) 西田美昭「侵害訴訟における均等の法理」牧野利秋 = 飯村敏明編「新・裁判実務大系知的財産関係訴訟法」 ( 青 林書院 , 2 開 1 年 ) 182 頁。 [ Jurist ] November 2016 / Number 1499 50

4. ジュリスト 2016年11月号

例えば医薬品の剤型の発明に係る特許権につい て , 当該発明の実施が可能となった処分 ( 医薬 品の承認 ) が初めてなされたとしても , 当該処 分に係る医薬品が含有する有効成分とその効 能・効果については過去に先行医薬品に関して 処分 ( 承認 ) がなされていた場合には , 延長登 録はなされることはなかった。すなわち , 上記 のような医薬品の剤型の発明に係る特許権につ いて , 処分 ( 承認 ) を得るために侵食された期 間は補償されなかった。 これに対し , 平成 23 年最判は , 「先行医薬品 が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項 に係る特許発明の技術的範囲にも属しないとき は , 先行処分がされていることを根拠として , 当該特許権の特許発明の実施に後行処分を受け ることが必要であったとは認められないという ことはできない」と論じて上記運用を否定し , そのようなときには延長登録はなされるべきで あるとした。 特許・実用新案審査基準は , これを受けて , 平成 23 年 12 月 28 日に改訂された。ただし , 当該改訂審査基準では , 延長登録出願が理由と する処分 ( 承認 ) の対象医薬品の発明特定事項 ( 及び用途 ) に該当する事項によって特定され る範囲が , 先行処分 ( 承認 ) によって実施でき るようになっていた場合には , 延長登録を認め ないこととされた ( 第Ⅵ部 3.1.1 ②② ) 。その ため , 例えば , 先行処分 ( 承認 ) がなされた医 薬品と成分及び効能・効果を同じくしながらも 剤型や用法・用量が異なる医薬品についての新 たな処分 ( 承認 ) がなされた場合 , 当該剤型や 用法・用量を特徴とする発明に係る特許権の延 長登録は認められることとなったが , 他方で , 既に先行処分 ( 承認 ) に基づく態様での実施が 可能となっていた発明 ( この例では成分又は効 1 ) 特許法施行令 2 条が , ①農薬取締法の登録 , ならび に②医薬品 , 医療機器等の品質 , 有効性及び安全性の確保等 に関する法律に規定する医薬品・体外診断用医薬品に係る承 認・認証を , 当該処分と定める。 能・効果に関する発明 ) に係る特許権の延長登 録は , 従前どおり認められないこととなった。 2. 平成 27 年最判とその後の運用 上記改訂審査基準により , 延長登録制度の運 用はいったん落ち着くかに思われた。ところ が , 平成 27 年最判は , 上記改訂審査基準に 従ってなされた延長登録出願拒絶査定 ( を維持 した審決 ) を違法とした。 平成 27 年最判は , 「出願理由処分を受けるこ とが特許発明の実施に必要であったか否かは , 飽くまで先行処分と出願理由処分とを比較して 判断すべきであり , 特許発明の発明特定事項に 該当する全ての事項によって判断すべきもので はない。」として特許庁の運用を批判し , 「医薬 品の製造販売につき先行処分と出願理由処分が されている場合については , 先行処分と出願理 由処分とを比較した結果 , 先行処分の対象と なった医薬品の製造販売が , 出願理由処分の対 象となった医薬品の製造販売をも包含すると認 められるときには , 延長登録出願に係る特許発 明の実施に出願理由処分を受けることが必要で あったとは認められないこととなる」ところ , 「医薬品の成分を対象とする物の発明について , 医薬品としての実質的同一性に直接関わること となる両処分の審査事項は , 医薬品の成分 , 分 量 , 用法 , 用量 , 効能及び効果である。」と論 じた。そして , 具体的なあてはめにおいては , 「本件処分に先行して , 本件先行処分がされてい るところ , 本件先行処分と本件処分とを比較す ると , 本件先行医薬品は , その用法及び用量を 『他の抗悪性腫瘍剤との併用において , 通常 , 成人には , べバシズマプとして 1 回 5mg / kg ( 体重 ) 又は 10mg/kg ( 体重 ) を点滴静脈内 投与する。投与間隔は 2 週間以上とする。』と 2 ) 昭和 62 年改正により延長登録制度が導入された当初 は , 特許発明の実施を 2 年以上できなかったことが延長登録 の要件とされていたが , ーー平成 11 年改正により当該下限が廃 止され , 現行の条文となった。 [ Jurist ] November 2016 / Number 1499 57

5. ジュリスト 2016年11月号

に , どう考えるべきかは , 今後に残された問題 己載する際に・・・・・・当該他の構成が特許発明の技 である。出願経過に直接関与していない特許権 術的範囲に属しないことを承認したもの , 又は の譲受人に対して , 意識的除外等の特段の事情 外形的にそのように解されるような行動をとっ を , 特許権の移転がなかった場合と同様に主張 たものと理解することができ , そのような理解 できるのか否かが問題になりうる。 をする第三者の信頼は保護されるべきであるか この問題は , 本大合議判決の射程外の問題で ら , 特許権者が後にこれに反して当該他の構成 あるが , 肯定すべきように思われる。 による対象製品等について均等の主張をするこ 均等論の要件を検討する場面で , 出願人兼売 とは , 禁反言の法理に照らして許されない」か 主である旧特許権者と譲受人を同視することを らであると述べる 本大合議判決カ : 例示した上記②の例によれ 認めなければ , 第 5 要件を満たさず均等論によ ば , 「特段の事情」は , 明細書外の論文等に基 る権利行使を旧特許権者ができなかった特許権 づいても認められうるが , 本大合議判決は , 本 について , 権利移転による , いわば「ロンダリ 件で特段の事情を認めなかったため , 例えば , ング」を経ることで , 均等論による広い範囲の 出願人の関連会社等による出願や出願人内部の 権利行使が許されてしまうことになる。しかし これでは , 当該譲渡前に均等侵害は成立しない 異なる部署の論文または所属の異なる共同研究 者の論文の場合のように , 本大合議判決で例示 と信じて事業を開始した第三者が譲受人から突 然権利行使を受けることになり , 法的安定性が された場合の境界線上または周辺に位置する微 損なわれてしまう。 妙なケースなどを含め , 具体的にどのような場 合に「特段の事情」が認められるのかは , 今後 本大合議判決は , 第 5 要件について , 出願人 の内心等の主観面そのものではなく , 出願人が に残された問題である。 出願時に出願時同効材について認識していたも 4. 特許権の譲渡がなされた場合 のと「客観的 , 外形的にみて認められる」こと 近時 , 企業による事業の集中と選択に伴い , を特段の事情に該当するとしており , この要件 不要になった特許権が第三者に売却され , また の充足は , 第三者によっても客観的に判断可能 と考えていると思われる。そして , 特許権の譲 は企業再編により移転し , またパテントトロー 受人は , 上記の意味での特段の事情の存否につ ルが特許権を購入して権利行使を試みるケース が増えている 14 ) 。第 5 要件の根拠として , 本 いて包袋などを調査した上で均等侵害の主張可 大合議判決は禁反言の法理 ( 自らの言動によっ 能性についても判断して特許権を取得すること が可能だったのであるから , 第 5 要件を検討す てある事実の存在を相手に信じさせた者は , 相 手がそれを信じて行為した場合 , その者に対し る場面では , 出願人兼売主である旧特許権者と 譲受人を同視してでも , 第三者を保護すべきと て当該事実の不存在を主張できないという法 考えられる 15 ) 。 理 ) を挙げるが , それでは , 侵害訴訟の対象特 許が , 出願後 , 訴訟提起前に譲渡された場合 なお , 本大合議判決及びポールスプライン最 一三ロ′ 1 万 3432 件 ) と近時多数に及んでいる ( 特許庁「特許行政 年次報告書 2016 年版く統計・資料編〉」「第 2 章主要統計 21. 登録した権利の変動に関する統計表 ( I) 特許権の変動に 関する統計表」 ) 。 15 ) 合併等の包括承継の場合は , 出願人兼旧特許権者の 地位がそのまま移転するので , 当然に同視しうるであろう。 14 ) 相続・合併以外の特許権の移転は , 特許庁の統計資 料によると , 1990 年から 1996 年には , その登録数が , 年間 25 開件にも及ばなかったものが ( 特許庁「特許年次報告書 2 開 0 年版」「第 3 部諸統計等第 2 章詳細統計 ( 17 ) 登録 した権利の異動に関する統計表」を参照 ) , 2013 年が 1 万 5345 件 , 2014 年が 2 万 139 件 , 2015 年が 1 万 6942 件 ( なお , 相続・合併の場合は , ぞれぞれ , 1 万 7177 件 , 1 万 2502 件 , [ Jurist ] November 2016 / Number 1499 54

6. ジュリスト 2016年11月号

号 3 頁 ) ( 以下「平成 26 年知財高判」という ) は , 傍論としてではあるが , 「医薬品の成分を 対象とする特許発明の場合 , 特許法 68 条の 2 によって存続期間が延長された特許権は , 「物」 に係るものとして , 『成分 ( 有効成分に限らな い。 ) 』によって特定され , かっ , 『用途』に係 るものとして , 「効能 , 効果』及び「用法 , 用 量』によって特定された当該特許発明の実施の 範囲で , 効力が及ぶものと解するのが相当であ る ( もとより , その均等物や実質的に同一と評 価される物が含まれることは , 延長登録制度の 立法趣旨に照らして , 当然であるといえる。 ) 。」 と論じていた。大筋で , 上記懸念を裏付けるも のではあったが , 「分量については , 延長され た特許権の効力を制限する要素となると解する ことはできない。」とし , また均等物や実質同 一物が権利範囲に含まれるとしたことで , 上記 懸念への配慮をみせた。ただ , その範囲は不明 確であって , 予測可能性を欠くとの印象は拭え なかった ( 最判平成 10 ・ 2 ・ 24 民集 52 巻 1 号 113 頁が示した均等侵害の 5 要件が適用される ものではないだろうとは思われた ) 。なお , 平 成 27 年最判は , 平成 26 年知財高判の上記傍論 には触れなかった。 2. 平成 28 年東京地判 そして , いよいよ特許権侵害訴訟において , 延長登録に係る特許権の効力について判断した のが , 東京地裁平成 28 年 3 月 30 日判決 ( 裁判 4 ) 白金製剤に分類される抗癌剤であり , それ自体は原 告特許の優先日前から公知であった。ただ , 従来は凍結乾燥 粉末製剤として製品化され , 処方時に水に溶解しなければな らず煩雑であったところ , 原告の特許発明は , オキサリプラ チン粉末をただ水に溶解するだけで ( おそらく自然平衡によ り ) 安定化したというもので , いわば「コロンプスの卵」的 な発明である。 5 ) クレーム文言は次のとおり。「濃度が 1 ないし 5mg / ml で pH が 4.5 ないし 6 のオキサリプラテイヌムの水溶液か らなり , 医薬的に許容される期間の貯蔵後 , 製剤中のオキサ リプラテイヌム含量が当初含量の少なくとも 95 % であり , 該水溶液が澄明 , 無色 , 沈殿不含有のままである , 腸管外経 特集 / 知財システムの次なる方向性 所 HP 〔平成 27 年 ( ワ ) 第 12414 号〕 ) ( 以下「平 成 28 年東京地判」という ) である。 原告の特許権 ( 特許第 3547755 号 ) に係る発 明は , 濃度と pH を特定したオキサリプラチ ン 4 ) の水溶液からなる医薬的に安定な製剤に関 するものであり 5 ) , その実施品である「エルプ ラット点滴静注液 50mg 」等 ( 以下「原告製 品」という ) に係る各処分 ( 承認 ) に基づき , 合計 7 件の延長登録がなされていた 6 ) 。これに 対し , 被告は後発医薬品メーカーであり , 原告 製品と生物学的同等性が認められる後発医薬品 として承認された「オキサリプラチン点滴静注 50mg 『トーワ』」等 7 ) ( 以下「被告製品」とい う ) の製造販売を行っていた。そして , 被告製 品は , 成分 , 分量 , 用法 , 用量 , 効能及び効果 のうち , オキサリプラチン水溶液への添加物 ( 安定化剤 ) として濃グリセリンを含むという 1 点において , 原告製品と異なっていた。被告 は , 非侵害論として , 濃グリセリンの添加を理 由として , 被告製品はオキサリプラチン水溶液 のみからなるべき特許発明の技術的範囲 ( 特許 70 条 1 項 ) に含まれないと主張し , 加えて , 延長された特許権の効力 ( 特許 68 条の 2 ) も 被告製品に及ばないと主張した。 平成 28 年東京地判は , 「本件事案に鑑み」と して , 特許発明の技術的範囲 ( 特許 70 条 1 項 ) の解釈に立ち入ることなく , 延長された特許権 の効力 ( 特許 68 条の 2 ) について論じた。す なわち , 医薬品の成分を対象とする特許発明の 路投与用のオキサリプラテイヌムの医薬的に安定な製剤。」 ( 「オキサリプラチン」と「オキサリプラテイヌム」は同義で ある。 ) 6 ) 処分 ( 承認 ) の対象となった物は , 工ルプラット点 滴静注液 50mg, 同 100mg 及び同 2()()mg の 3 種 , 処分 ( 承 認 ) において特定された用途も「結腸癌における術後補助化 学療法」 , 「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」及び 「治癒切除不能な膵癌」の 3 種あり , 合計 7 つの処分 ( 承認 ) を理由として , それぞれ延長登録がなされていた。 7 ) 後発医薬品の製品名については , 取り違いを防止す るため , ー厚生労働省の通達により , 一般名称 + 分量 + ーメーー カー名とするよう指導されている。 [ Jurist ] November 2016 / Number 1499 59

7. ジュリスト 2016年11月号

Article Special Feature 特集知財システムの次なる方向性一立法的課題と裁判例のインバクト 一知財高裁平成 28 ・ 3 ・ 25 大合議判決の評価を中心に 弁護士 松田俊治 Matsuda Shunji 均等論 I. 均等論の意義 柔軟に認めれば , 第三者の予見可能性が大きく 求の範囲の記載よりも広い範囲への権利行使を一一一 から , 文言侵害不成立にもかかわらず , 特許請 の記載を検討して , その技術的範囲を把握する 損なわれる。他方 , 第三者は , 特許請求の範囲 り , 特許権者の特許取得へのインセンテイプが き換えることで容易に侵害を免れうることにな が特許請求の範囲に記載された構成の一部を置 技術的範囲を厳しく限定してしまうと , 競業者 求の範囲に用いられた文言によって特許発明の ことは非現実的ですらある。このため , 特許請 侵害態様を想定して特許請求の範囲を記載する り , また , 出願までの限られた時間であらゆる 範囲を文章で完全に表現することは困難であ しかし , 特許発明という無体の技術的思想の 侵害 ) 否かが検討される。 特許発明の構成要件をすべて充足するか ( 文言 し , 被告製品 / 方法の構成が問題となっている 方法の構成のそれぞれを分説して文言を対比 許請求の範囲に記載された構成と , 被告製品 / られる ( 特許 70 条 1 項 ) 。訴訟実務的には , 特 範囲は , 特許請求の範囲の記載に基づいて定め 否かが主たる争点となるが , 特許発明の技術的 が特許権者の特許発明の技術的範囲に属するか 特許侵害訴訟では , 被疑侵害者の製品 / 方法 害される。 いても , 根本的な論点について対立する考え方 定することが多かったが 2 ) , いずれの要件につ 第 1 要件 , 次いで第 5 要件により均等侵害を否 た。とりわけ , 従前の下級審裁判例の多くは , されており , 学説上 , 様々な議論がなされてき では明らかとならなかった問題が少なからず残 適用については , ポールスプライン最高裁判決 積み重ねられてきたものの , 均等論の具体的な が確立した。以後 , その枠組みの下で裁判例が 推考 , ⑤意識的除外等の特段の事情の不存在 ) 到性〔置換容易性〕 , ④公知技術からの非容易 件 ( ①非本質的部分 , ②置換可能性 , ③容易想 ことが明らかとなり , その適用についての 5 要 ン最高裁判決 1) によって , 均等論の適用がある わが国の特許法においては , ポールスプライ 本大合議判決の意義 圧均等論の適用をめぐる状況と スという視点が重要となる。 益の保護と第三者の予見可能性の保護のバラン 用にあたっては , 上記のように , 特許権者の利 認めようというのが均等論である。均等論の適 ( 均等 ) と評価できる場合に限り , 権利行使を 定の要件を満たし , 文言侵害と実質的に同一 は一部異なる対象製品 / 方法等に対しても , そこで , 特許請求の範囲に記載された構成と [ Jurist ] November 2016 / Number 1499 49

8. ジュリスト 2016年11月号

特集 / 知財システムの次なる方向性 なく・・・・・・特許発明の本質的部分を対象製品等が と考えられる。 共通に備えているかどうかを判断し , これを備 3. 「本質的部分」の認定の際に斟酌できる えていると認められる場合には , 相違部分は本 資料の範囲について 質的部分ではないと判断すべき」と述べ , 構成 「本質的部分」を認定する際に斟酌できる資 要件区分説を採用せず , 解決原理同一説による 料の範囲について , 従前の学説及び裁判例で ことを明らかにした。構成要件区分説には , 本 質的部分に当たるとされた構成要件に , わずか は , 明細書の記載のみから認定すべきとする見 解 ( 明細書記載限定説 ) 7 ) と , それらに限らず , な差異があっても均等侵害が成立しなくなると いう問題があるから , 本大合議判決が解決原理 特許出願時における公知技術を広く考慮しうる 同一説を採用したのは正当である。 とする見解 ( 総合考慮説 ) 8 ) とが対立していた。 本大合議判決は , 「特許発明の実質的価値は , 2. 特許発明の実質的価値 ( 貢献の程度 ) と その技術分野における従来技術と比較した貢献 「本質的部分」の範囲について の程度に応じて定められることからすれば , 特 本大合議判決の第 1 要件に関する判示のう 許発明の本質的部分は , 特許請求の範囲及び明 ち , 注目すべきは , 「特許発明の実質的価値は , 細書の記載 , 特に明細書記載の従来技術との比 その技術分野における従来技術と比較した貢献 較から認定されるべき」と述べた上で , 例外と の程度に応じて定められる」と述べた上で , して , 「ただし , 明細書に従来技術が解決でき 「特許発明の本質的部分は , ・・・・・・①従来技術と なかった課題として記載されているところが , 比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価 出願時・・・・・・の従来技術に照らして客観的に見て される場合には , 特許請求の範囲の記載の一部 不十分な場合には , 明細書に記載されていない について , これを上位概念化したものとして認 従来技術も参酌して , 当該特許発明の従来技術 定され・・・・・・ , ②従来技術と比較して特許発明の に見られない特有の技術的思想を構成する特黴 貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場 的部分が認定されるべきである。そのような場 合には , 特許請求の範囲の記載とほば同義のも 合には , 特許発明の本質的部分は , 特許請求の 範囲及び明細書の記載のみから認定される場合 のとして認定される」とした点である。 特許請求の範囲の記載の一部を上位概念化 に比べ , より特許請求の範囲の記載に近接した ( 抽象化 ) して本質的部分を認定する場合 , 元 ものとなり , 均等が認められる範囲がより狭い の文言より広く包括できるようになる ( 本質的 ものとなる」と判示した。 部分を「共通に備えている」と認められる範囲 本大合議判決によれば , 開示された明細書の が広がる ) ので , 均等侵害が認められる範囲も 己載により本質的部分の範囲の上限は画され , 広がる。すなわち , 本大合議判決は , 従来技術 均等成立範囲を広げるために , 明細書外の従来 と比較して貢献の程度 ( 実質的価値 ) が大きい 技術を積極的かっ直接に利用して , 本質的部分 特許発明 ( いわゆる , パイオニア発明 ) には広 を認定することはできないことになろう 9 ) 。た い範囲で均等侵害を認めるが , 貢献の程度が小 だし , 明細書の記載のみに常に依拠しなければ さい特許発明の場合 , 均等侵害が認められる範 ならないとすると , 従来技術の記載が不十分で 囲が厳しく限定されるべきことを明示したもの ある場合には発明の貢献の程度の評価を誤り上 一三ロ 9 ) もっとも , あくまで「明細書の記載内容」自体を理 解するためであれば , 明細書に記載されていない従来技術な どもその限度内で斟酌できるであろう。 7 ) 田村善之「均等論における本質的部分の要件の意義 ( 2 ・完 ) 」知的財産法政策学研究 22 号 ( 2 開 9 年 ) 75 頁参照。 8 ) 飯田・前掲注 2 ) 181 頁。 [ Jurist ] November 2016 / Number 1499

9. ジュリスト 2016年11月号

に伴い整備されるべき , 商標法及び著作権法各 改正案ですら , 判例 27 ) 上 , 制裁・抑止を目的 とせず , 瞋補賠償を目的とするものとされ , ま た , 判例 28 ) 上 , 加害行為がなかった場合に想 定できる利益状態と加害行為によって現実に発 生した不利益状態とを金銭的に評価して得られ る差額を損害として把握すべきもの ( 差額説・ 現実損害説 ) とされる , 不法行為による損害賠 償制度 ( 民 709 条 ) に係る , 「民法の原則を踏 まえた・・・・・制度整備」 29 ) のために , 限定的な法 定賠償制度を導入したにとどまる 30 ) ことに鑑 みると , 現実問題として特許権侵害の不法行為 ( 民 709 条 ) による損害賠償につき追加的賠償 制度を導入することはにわかに肯認され難いの ではないかと思われる。 ②次に , 「 (b) 損害賠償とは別の形での 救済の充実」につき , 「 ( bl ) 付加金制度」は , 「労働基準法第 114 条等」とは「同列には論じ られない」とされたが , 異論は少かろう。 ( 3 ) また , 「 (b2) 不当利得返還請求の特 例」は , 「知的財産 , 特に特許権の領域におい て , 不当利得返還請求の特例として , 侵害者が 得た利益の吐き出しをさせ , 特にその利益を権 利者に引き渡すことについて , それを正当化す る根拠 , 要件などをどのように考え得るか , 引 き続き検討することが適当である」とされた。 この点 , 知的財産 , 特に特許権の侵害の救済 内容に係る立法論として , 不法行為による損害 賠償制度 ( 民 709 条 ) , 不当利得の返還制度 ( 民 703 条 ) , 事務管理制度 ( 民 697 条 ) に係る 「民法の原則」に過度にとらわれる必要はなく , 性質上及び競争上侵害されやすい特許権の侵害 を抑止し , その価値を向上させ , 産業競争力を 27 ) 最大判平成 5 ・ 3 ・ 24 民集 47 巻 4 号 3039 頁 , 前掲注 26 ) 最判平成 9 ・ 7 ・ 11 等。 28 ) 最判昭和 39 ・ 1 ・ 28 民集 18 巻 1 号 136 頁 , 最判昭和 42 ・ 11 ・ 10 民集 21 巻 9 号 2352 頁。 29 ) TPP 総合対策本部決定「総合的な TPP 関連政策大 綱」 ( 平成 27 年Ⅱ月 25 日 ) 15 頁。 30 ) 内閣官房「環太平洋パートナーシップ協定の締結に 特集 / 知財システムの次なる方向性 強化することを目的に , 不真正事務管理・準事 務管理の理論の導入ないし不当利得返還請求の 特例により , 悪意・重過失の侵害者に自らの侵 害により得た利得を吐き出させ , 当該利益を特 許発明公開での貢献の代償として付与された特 許権に係る権利者に最も深い利害関係者として 帰属させ , かかる権利者による特許権の行使を 通じて「『侵害し得』の社会からの脱却を目指 す」 (1) ことは , 十分に検討に値しよう 32 ) 。 2. 「国家による侵害者に対する金銭徴収」 (I) また , 報告書では , 「国家による侵害者 に対する金銭徴収」のうち , まず , 「 (a) 課徴 金等」は , 「独占禁止法 , 金融商品取引法など の・・・・・・法が規定している公の秩序の維持 ( 公法 上の義務 ) を担保するために , 行政上の措置と して , 違反行為に対して金銭的負担を課すもの とされており , 特許権を侵害しないことを公法 上の義務であるとすることには疑問があるとの 指摘があったことから , 法の性格から検討しな ければならない問題となる」とされた。 この点 , 違反行為の抑止を目的とし違反があ れば原則として必ず課されるべき行政上の措置 である 33 ) 「 ( a ) 課徴金等」は , 上記「疑問があ る」特許権侵害にはなじみ難いという点につ き , 異論は少なかろう。 ②次に , 「 (b) 侵害者が得た利益の没収」 は , 「刑事罰の一つであり , 特許権侵害の場合 は , 現行の刑事罰と同様に機能しないおそれが ある」とされた。 この点 , 抑止力向上のため , 平成 27 年不正 競争防止法改正により , 営業秘密侵害罪により 生じた犯罪収益の裁量的没収規定 ( 不正競争 伴う関係法律の整備に関する法律案の概要」 ( 平成年 3 月 ) 4 頁。 (1) 知的財産戦略会議「知的財産戦略大綱」 ( 2 開 2 年 7 月 3 日 ) 28 頁。 32 ) 吉田・前掲注 9 ) 2 頁 ~ 208 頁。 33 ) 最大判昭和 33 ・ 4 、 30 民集 12 巻 6 号 938 頁。 [ Jurist ] November 2016 / Number 1499 47

10. ジュリスト 2016年11月号

2. 書類提出命令の容易化・効率化について まず , 書類提出命令発令の容易化について , 機能強化提言は , 具体的態様の明示義務が十分 に履行されなかった場合に同命令が発令されや すくする方策を提言している。この点に関し て , 機能強化提言は , 「理論的にも , 具体的態 様の明示義務が十分に履行されなかったため に , 争点整理が十分に深まらない結果として権 利者側が十分に書類を特定できない場合に , 義 務を十分に履行していない被疑侵害者側が不特 定を根拠に提出を拒否することは訴訟上の信義 則から認められないという考え方はあり得ると の指摘があった。」と記載している。しかし , 訴訟実務上は , 被疑侵害者が自己の製造する製 品の構造や自己の使用する方法の内容を具体的 に明らかにしないからといって , 権利者が書類 提出命令を申し立てるに際して同命令の対象を 特定することが困難となるものではない。特許 権侵害訴訟においては , 被疑侵害者が自己の製 品や方法の具体的態様を明らかにしないまま , 自己の製品や方法は権利者の特許発明の技術的 範囲に属さない独自のものであり , 営業秘密に 該当するから具体的態様を明らかにしないこと につき相当の理由があると主張するのは , しば しばみられる光景である。このような場合 , 裁 判所としては , 訴訟指揮により , 被疑侵害者の 製品ないし方法の具体的態様を明らかにするこ とを求め , 多くの場合 , このような訴訟指揮を 受けて , 被疑侵害者は , 自己の製品ないし方法 の一部 ( 特許発明の技術的範囲に属さないこと を示す部分 ) を明らかにするが , 訴訟指揮に応 じず , 一切の開示をしない ( あるいは技術的範 囲への属否判断に足りる範囲の開示をしない ) 事案も少なくない。この場合に , 権利者の申立 てに係る書類提出命令の発令の可否を判断する ために常にインカメラ手続によらねばならない 現行法の手続は , 裁判所にとって負担であり , 慎重にすぎるように思われる。機能強化提言の 提言するような法改正が実現したとしても , 訴 訟実務においては , 具体的態様の明示義務を十 40 [ Jurist ] November 2016 / Number 1499 分に果たしていないという理由だけで直ちに書 類提出命令が発令されることにはならないであ ろうが , 書類提出命令の発令を容易にするよう な規定が設けられれば , 裁判所にとっては被疑 侵害者に対して具体的態様を十分に明示するよ うに求める訴訟指揮を行うことが容易となるも のであり , 有用な法改正となると思われる。 3. 提訴後査察について 次に , 提訴後査察について , 解説ないし検討 する。 機能強化提言は , 提訴後査察に関して , 「本 制度の具体的な制度設計に当たっては , 提訴前 査察の手続の場合と同様に , 査察を行う第三 者 , 査察の実施手続 , 査察結果の取扱い , 濫用 防止の手段の 4 つの点について課題があると考 えられる。」とするが , それに続けて , 「ただ し , 査察結果の取扱いについては , 提訴後であ るため , 提訴前と比べ , 両当事者の主張立証を 踏まえた十分な根拠を持った判断が期待できる と考えられる。また , 第三者による査察である ため , 査察結果の取扱いが慎重になされる限 り , 営業秘密が相手方へ漏えいするリスクは低 く , 現行の書類提出命令と比べて発令要件を緩 和することが可能であると考えられる。」と述 べている。そして最後に , 機能強化提言は , 「なお , 国際的視点からも , ドイツなどで導入 されている査察制度は優れた制度であるとの指 摘もあったところであり , 日本法とドイツ法に おける実体法上の権利の内容の差異を考慮しっ つ , これらの制度の運用上の効果や課題も十分 に踏まえる必要があると考えられる。」と締め くくっている。 機能強化提言の指摘するように , ドイツにお いては , 査察制度が存在し , 特許権侵害訴訟を 通じての権利者保護に寄与するものとして積極 的な評価を受けている。同査察制度は , 民事訴 訟法ではなく , 特許法に規定された制度であ り , 訴えの提起の前後を問わずに , 仮処分の形 式により実施される。査察の申立てが認められ るためには , 権利侵害の十分な疑いが存在し ,