たけど、それでも変化の多い春を好きになることはで 春は嫌いだ。冬の間死んだように静かだった草木が きなかった。私にとって春というのは、煩わしい出来 芽吹く様も、新年度になって生活に変化が訪れるのも、 出会いと別れが目まぐるしくやってくることも、私に事を次々持ってくる疫病神みたいな存在だった。 「春乃、聞いてる ? 」 とっては苦痛だった。自分の亠呈とは関係なしに、あ と、ここまでつらつら述べてきた私の名前が春乃と らゆる物が変わっていく。それはまるで、己の無力さ を突き付けられているように思えた。 いうのは何のギャグかって話なのだけれど、こればっ かりは仕方がない両親も娘が春嫌いになるなんて思 春を知らせるものは全部嫌いだったが、中でも特に いもしなかっただろうし。 贈悪していたのは梅の木だ。まだ寒いうちからつぼみ 耳てますよ」と紙パックのミルクティ を付け、ほかのどの植物よりも早く春の訪れを告げて ーを飲みながら返事をする。昼休みの教室は賑やかだ。 くる。その静かな圧力は、私には恐ろしすぎた。だか ら幼い頃の私は現実から目を背けるように、梅の花を各々仲の良い人達と集まって談笑に花を咲かせている 私たちのグループも例外ではない 見る度に逃けだして大人たちを困らせていた。 「もー、春乃ってば本当こういう話ノリ悪いんだから」 そんな時、迎えに来るのはいつも修也 ( しゅうや ) の 「いつものことでしょ ? 仕方ないよ」 役目だった。修也は隣の家に住む、所謂幼馴染という いつもと同じ四人組。いつも通りの他愛無い会 やつだった。私は毎回いろんな場所に隠れたが、似た ような環境で育ったから発想が似るのか、修也は一番単調といえばそれまでだけれど、私はそれが心地よか った。 に私のもとへやってきた。それでいて大人たちに知ら 「いやちゃんと聞いてたって , せることはせずに、黙って側にいてくれた。 聞いてないものと決めにかかる一一人に向かって反論 さすがに勢いにまかせて逃走するのは小学校で止め はる 6
えーさんを最後に見たのは駅の改札前だ。励ますっ もりも、慰めるつもりもなかったが、言葉が口から洩 れた。「自分のことは自分で何とかするしかない」それ を聞いた彼女は神妙な面持ちになって、そっかとだけ 呟いた。電車がもうすぐ来てしまうなと思い、彼女を 見送らずにそのまま改札をくぐった。この二一一口が適切 ではないことくらい分かっていた。人に頼ることさえ できない僕が偉そうに一一一一口えたことじゃない。彼女は僕 を強いと言ったが、弱さでしかないんだ。僕はさっき の一一一一一口を後悔しながら、電車を待っていた。 △ 今、僕はえーさんとの待ち合わせ場所にいる。彼女 の炬疋してきた待ち合わせ場所は皮肉なことに最後に 分かれた駅の改札前だ。彼女には話したいことが山ほ どあるという。どんな話であっても、僕はそれを聞く しかないだろう。いっそ事情を知りながら適当なこと しかしなかった僕を限んでなじってくれればいい。そ んな風に思っていると、駅のホームからぞろぞろと人 が来た。人ごみの中に彼女を見つける。こちらにやっ てくる彼女は心なしか晴れやかなように見えた。 〈了〉
けを求める相手などいくらでもいるだろうに。何故わ しか関わらない彼を他の人は変人として扱った。しか し、周りからどう思われようと我を貫き通すあーくんざわざ僕に。これは何かの罠では。怪しさもあったが、 はきっと強い人だろう。私なんかよりもずっと。 彼女から僕に助けを求めたことから余程切羽詰まった 状況であることが予想できた。父と母を説得し、車を △ 出してもらい、彼女を迎えに行った。メッセージで指 結局えーさんとは時々話す程度のまま、高校を卒業定してきた場所 ( ( こま、少し疲れたようなえーさんが立 っていた。僕の家へ向かう車中、彼女から事情を聴い した。卒業式の日に彼女を探して声をかけてみたが「ゴ てみた。えーさんは車を運転している僕の父親をちら メン。これからク一フスのパーテイやから」と返されて しまい彼女はそそくさとその場を離れた。最後に話し りと見やったあと、抑えめな声で言った。 「お父さんとケンカしてな、しばらく帰ってない。ば た時、彼女は父親から離れるために遠くの寮がある看 護学校を目指すと言っていた。きっと受験に成功して ーちゃんも入院しちゃったし行くとこなくて」 どこかで頑張っているのだろうと思い、そのまま彼女 そこからえーさんは強引に話題を変えて、高校の同 とは連絡を取らずにいた。大学が忙しかったとか自分級生がどこへ進学したか話し始めた。しかし、出てく から話しかけるような話題もなかったとか言い訳はい る名前はどれも聞いたことがなかった。彼女日く僕と くらでも浮かんだが、今にして思えばきっと、僕は真その人たちが話しているところを見たことがあるらし そういえばえーさんのことを聞いてなかったなと 相を知るのが怖かったのだろう。えーさんのことだか らきっとどこかで一兀気にやっている。そういうハッピ 思い「結局お前はどこ行ったん ? てつきり遠くでエ佰 してるもんやと思ったけど」と聞いてみると「あー今 ーエンドのようなものを思い浮かべて彼女の現実を知 なあ浪人しててなあ。やから家におる」と答えた。ど ろうとはしなかった。彼女から ~ さかろうとしたのだ。 そんな折、夜遅く携帯電話に彼から一通のメッセー こかで幸せにやっているだろうという考えは、所詮た ジが届いた。泊めてほしい、 とだけ書かれていた。助だの想像でしかなかった。そのやりとりを終えるとち
つか持つが、至極軽度なものである。等級が付くほどでのもあれば、それ以外のものも多い気味、ぼっち、 はない。あゑ日では悲劇的と一一「えなくもないが、私はずぼら、捻くれ煮自分に甘い、話を聞かない、ミスが コミュ障、人見知り、にぶい、、嶼 障生暑にもなれず凡人にもなれなかったのだ。しかし、多い、要領が悪い、 私は多くのことに凡人として挑まなければならないのだ。マイナス思考、臆頑固、単純、神経質、脆弱、馬鹿、 このように知的障害の大多数を克服したことは私のア短気、地味、高所恐怖症、対人恐怖症、他人を覚えられ イデンティティに影響を与えた。そこから知的障生暑へない、エトセトラ。他人の短所はきっと、私の持ってい の優越感 A 」、障害のない一般人への劣等感が心のどこかる短所から知的障害の影響を受けているものを除いたも に存在するようになったのだろう。そしてどちらにも属のの数ぐらいなのだろうか。査私はそれより少ないに 一票を投じる。 せないという事実は私を苦しめた。 この「知的障害を克服した特別な存在」という事実は疎外感は私をより孤独な存在にしていった。孤独を積 自身の持っ劣等感をより強固にした。それと同時に、同極的に受け入れて他者と付去入口わないことで、疎外感を 析類はいないという疎外感も生み出した。そういった音竓正当化した。それだけが豆腐以下のメンタルを守る唯一 の方法だった。しかしそのような行為を世間は許さない。 分では彼らと私は次一兀が違う存在だった。彼らが = 一次一兀に いるのなら、私は零次元にいるのである。だからといっ私は嫌でも人と触れ合うようになった。その結果、疎外 感は更に強まり、それの正当化も出来なくなってしまっ のて割り切ることは生来持った石頭が許さなかった。 者劣等感により、私が出来ることは知的障生暑ではない 害全ての人ができることであると私は考えてしまう。そし 人と触れ合ってみて分かったことがある。他人からす て、私に長所があるとすれば、それは全ての一般人の長れば私はどうでもいい存在であることだ。向こうから誘 的 う理由はあるようでない。それなのに誘ってきて、私を 所になりうるものである。なら、それを自分の長所とし 無視して盛り上がる。それ故、私は社交辞令や用事以外 るて一一一一〔えるであろうか あ短所はいくらでもいえる。それは知的障害から来るもの人付六入口いをほとんどしなくなった。下手に参加して
ったんだ。だって、いくらずっと一緒に居たっていっ 恋愛の話は苦手だ。周りの女子のように盛り上がれ ても、私と修也は単なる幼馴染で、それ以上でもそれ ないから。一一「うことを考えているうちに、温度差がど 以下でもない他人なんだから。当たり前のことなのに、 んどん開いていくから。いつもいつも聞かなければよ かったと思うようなことを聞いてしまうから。唖然と改めてその事実を突きつけられると、何故かさっきの 不快感が蘇ってくるようだった。 する私を見た一人が、ニャニヤ笑いで聞いてくる。 「ん ? 」 「何 ? 春乃、やつばり未練が出てきた ? 」 歩いているうちにあることに気が付いて廊下の真ん 「違うよ、違うけどさ」 中で足を止める。そういえば私、修也の志望校知らな 修也と離れてしまうことよりも、自分がそれにひど 可 ? 私は、 く動揺していることのほうが衝撃だった。イ なんでこんなに驚いてるの ? 修也には修也の人生が あるのだし、家が近いのなんてただの偶然で、いっ離 自販機の前で烏龍茶にしようか緑茶にしようか悩ん でいると、後ろから声をかけられた。 れても全く不思議ではなかったのに。そう思っても、 「あれつ、春乃じゃん」 何故だか胸の奥から得体の知れない不快感のようなも 振り返ると、財布を手にした修也が立っていた。同 のが込み上げてきて、私は顔をしかめた。口に残った じく飲み物を買いに来たらしい 甘ったるい後味がなんだか気持ち悪かった。 「春乃もジュース ? 」 「ちょっと飲み物買ってくる」 「ううん、今日はお茶」 自販機へ向かう道すがら、私は考えていた。修也は 言いつつも修也は小銭を突っ込んてボタンを押して 引っ越してしまうのか。そしたらもう、滅多なことで いる。私が先に見てたんだけど。まあ悩んでいたから は会えなくなってしまうのか。でも、そりやそうだよ 、さっきの疑問を解い 別に構わないが。ちょうどいし 行ね。これまで仲良くしてきたのは、単に家が近かった てしまおう。 からで、いっ離れ離れになっても何もおかしくはなか 逃
強さがきらめいている。私の言っことに間違いはなかっ 心底おかしそうに姉は一一一一口う。「そういうことってどう 5 たでしよう ? 自信に満ち溢れた色に、すう、と胸の奥 いうことなんだろう。浮かんだ疑問を強引に押し沈めて、 がひんやりした。 私は一一人と同じような笑顔を作った。これがきっと、姉 姉はいつも、間違ったことは一 = ロわない。完璧で正しい にとっての正解だ。 答えしか、返さない 姉は昔から、ある音での宀礪主義者だった。姉には、 大きく酸素を吸いこんで、震えた息を吐きだした。か彼女の周辺で起こることすべてが、彼女の理想どおりで たん、と皿に置いたフォークが硬い音を立てる。 あることを求める癖があった。逆に、理想どおりでない 「あのね、姉さん、陽介」 ものは彼女の中で、理解できないものとして排除される。 なあに、と姉が小首をかしげる動作で応えたのを見て、姉自身すら無意識のうちに。 私はありったけの茶目っ気を表情に乗せた。表情筋のぎ 私は、最初から姉の『妹』であった。『妹』であり続け こちない動六芳を無視して、私は笑う。 るために尽力した。でも、それももう必要ないらしい 「実は私ね、コーヒー嫌いなんだ」 ふわっいたおかしな空気の中で、作った顔でヘらへら コンマ何秒間か、一一人は同じようにきよとんとした。 しながら、私はカップの中身を飲み干した。相変わらず そして、どこかで見たやり方で顔を見合わせる。ついに 苦いし酸つばいし、その上冷めていたけれど、私は初め は、そこから同時に笑い出した。「ふふつ」という忍び笑て、コーヒーというものを美味しいと思った。 いから、だんだん「くすくす」に進化していく過程は、 私のカップが空になったのを見て、陽介がさっと片手 まるで鏡合わせみたいだった。 をあげた。テープルの上を見ると、いつの間にか一一人の 「そんなこと知ってるよ。とっくの昔から」 コーヒーも無くなっていた。礼儀正しい店主が、注文を 笑いをこらえながら言ったのは、陽介だった。 取るべく颯爽とやってくる。 「ええ。ふふ、克服しようと頑張ってるのかと思ったら、 「コーヒーのおかわり、お願いします」 そういうことだったのね」 「ああ、私もお願いします」
やかな抵抗だった。いざ文芸部に入部してみるとそこ くに。部活か ? 」 「あー、今日は違うよ。何にもない。ただ単純に家に には教室で一人本を読んでいた彼もいて、仲良くなる 絶好のチャンスだと思った。そうしてあーくんと友達 帰りたくないだけ」 になったんだ。本にアニメや漫画、ソシャゲなどクラ 決まりが悪いようにはにかんだあと、彼女はうつむ スの友達とは違う話ができた。私が話しかけるととき いた。先ほどのような重い雰囲気をまとわせ、えーさ どき煩わしいような顔をしたけれど、オタク話をできんはポツリポツリと話し始めた。部屋に監視カメラが る貴重な存在だった。 ついている。どこで何をしていたのか報告しなければ よ、らよ、。 娯楽品を勝手に捨てられる。携帯電話すら △ 持たせてもらえなくて、小型のタブレット端末でなん えーさんの秘密を知ったのは一年生の秋ごろだった。 とか友人と連絡を取っている。あの人 ( えーさんは父 ある日、忘れ物を取りに僕は学校へと戻った。タぐれ親のことをあの人と呼んだ ) に逆らえばー・ー・ー逼らわな のオレンジがかった教室で、えーさんはたった独り机くともただ八つ当たり「、ー・・・・・・ - ー・・暴力を振るわれる。別居 に座って外を眺めていた。表情こそ分からなかったが、 している祖母しか頼る場所がない 普段の姿とは対照的に暗くて重いように見えた。僕は 「だからこうして出来る限り学校に残っとる。部活だ 教室に入るのを一瞬ためら 0 た。そのまま気づかれな とか残って勉強してたとか、そういえばあの人は納得 ついようにしようと慎重に教室に入ろうとしたが、一歩するから」 に足を踏み入れただけで床はミシッと音を立てた。えー 父親に虐待まがいの事をされているなどドラマや小 さ さんはゆらりとこちらを見やった。そうしていつもと説ではそう珍しくもないが、こうして現実にそういう ことがあるのだと告げられても僕にはうまく呑み込め の変わらないような笑顔を作った。 「なーんや、あーくんか。何でここに ? 」 なかった。本人が飄々と振る舞っていたためにいまい 私 と 「忘れ物を取りに来てな。えーさんこそ何でこんな遅ち実感が持てなかったのだ。僕はただ、それを聞いて 僕
妙に月の濃い夜であった。 のかもしれない。卑屈で咸的なこころの内が、この顔 その日は秋晴れで、空には羊雲が脈々とうねり、風がに滲み出ているからかもしれない女は思う。しかしこ さらさらと枯葉を散らす日であった。そういう秋の日ののつまらない顔は、赤子の時の写真を見る限り、どうや 終わり、秋月の濃くて、静かな夜であった。古ぼけた街ら生まれたときからであるし、どうしようもない、変え 路灯が一定の距離を保って並ぶ高架沿いを歩く女が一人ようのない、仕方のない、知らず知らずのうちに蟻を踏 いた。歳は一一十八で髪は長く、身体は痩せ、とにかくつんづけて殺してしまうくらいのものなのかもしれない、 まらない顔をしていた。 とも思った。 : : : そんなのは嫌。ぼんやりとした霧のよ このつまらない顔は生まれた時分からずっと女の顔にうな何かが、思考の中に漂い始めた。結局、女はこのつ こべりついている。母が腹を痛め、父が病院の階段を踏まらない顔について考えることを放棄して、妙に濃い例 み外した時も、ずっとそうであった。つまらないというの月を見上げることにした。秋の月というのは良い。シ のは、顔に突起という突起さえ見当たらず無個性だとか、 ールのようでもあった。こうして指でつまんで。へり。へり そういう音葉ではない。ただ、どうにもつまらないのだ。 と剥がしてしまえるよう。女は月を摘まんで、ひょいと どうして私はこんなにつまらない顔なのかしらん。女は剥がすふりをした。 常々そういう言葉を頭に浮かべては消し、浮かべては消女は小さなアパートに住んでいる。女は給食を作る仕 し、今夜に至っては、妙に濃い月を肴に、とぼとぼと水事をしている。給料は三色団子の残り一つくらいのささ 深十メートルのに浸っていた。 やかなものであったが、少なくともこんな小さいアハ 女が歩くと、このつまらない顔に興が冷めたとばかり トから抜け出すくらいの金はあるはずであった。しかし、 に虫も息をひそめた。少なくとも女にはそう思えた。高女にとってそんなことはどうでも良かった。今よりも、 架を電車が駆ける。その音さえもくぐもって息を殺すよやがてやってくるであろう未来に関心があった。血の流 うだ、とも思っていた。 れる生きた人間らしく、女には未来に対して根拠のない ひとえに、このつまらない顔は私の心からくるものな期待があった。卑屈と咸の中にも、期待があった。な
幼く、小さな声が響く。子供たちが段々と声を合わせままで宙に浮き、起き上がる。 て、大きな声へと変わっていく。 周りから歓喜の声が上がる。その姿はスマホやテレビ それが大人たちの心を震わせたのか、大人たちも声援カメラによって全国に届けられ、より多くの希望を人に を送る。その声援は巨人のいる場所だけでなく、様々なもたらした。 場所で起こった。 怪獣はというと、蘇った巨人を静かに見ている。 一方で巨人の方には光が集まっている。やがて巨人は その声を男は聞いていた。そうだ、あの巨人は俺であ光に包まれ、閃光を放った。 って俺でない。人の夢であり、希望なんだ。 閃光が収まり、人々が目にしたのは光り輝く巨人であ ふむ、ならば私も力を貸そう。こんな状況で戦うのはった。全身が黄金に輝いており、見る者を魅了した。 何百年ぶりだ。前の変身者も、人々の願いをパワーに変 それに対し、怪獣は一変して全身が真っ黒になってい えていたよ。 た。さっきまで天使の様な外見をしていたのが、亜の 今回はそれよりも、凄いパワーを感じるよ。これならような外見になっていた。 ばアイツを倒せるだろうよ 今度は怪獣の方から攻勢に掛かってきた。光の巨人は “フンツー それを難なく受け流し、攻撃に移る。立場は完全に逆転 暖かく、そして安心できる、そんな何かが体に流れ込した。 んできた。 「す、凄い。あれが巨人の力なのか : : : 」 いける、これならアイツを倒せる ! 周辺にいた人たちが口を開けて、巨人の動向を見守っ すでに日は落ち、闇が空を支配していた。電気はつい 「いや、違うな。あれは、あれこそが人の力だよ」 ておらず、大きな明かりは月の光だけだった。 帽子をかぶった老人がいつの間にか隣に佇んでいた。 巨人の目に光が戻った。そして仰向けに倒れた態勢の 「あれは誰かであり誰でもない。ほら、もう決着がっき 0
くて、私はいつも聞かなければよかったと思うのだっ ルに突っ伏した。さっき食べたパンケーキが、内側か ら自分をじわじわ苦しめているようだった。 「それって、極端に言っと、ある音裏切りみたいだ 「友達だと好きになったら駄目なの ? 」 「駄目だよー」くぐもった声で返事をする。 なって考えちゃうんだ」 「よっぽど嫌いな奴じゃなきや、他人に好きになられ それを聞くと今度は美紀が唸った。思い切り首をか しげている。 るのは悪い気はしないと思うけど」 美紀の言い分も分からなくはないが、私は釈然とし 「そんなに探刻に考えなくてもいいと思うけど」 なかった。うんうん唸ってうまい言葉を探す。一方彼 「深刻かなあ」。 女は切り分けられたパンケーキをひょいひょい口へ運 「そういう恋愛観 ? みたいなのがあるのも良いと思 んでいた。 うけど、それで春乃が自分の思うように動けないんだ 「別に人を好きになるのは悪いことじゃないと思うけ ったらもったいないと思うな」 どさ」 「私の、思うように ? 」 「うん、大事なのは春乃がどうしたいかだと思うよ、 なんとか言葉をまとめて、ぼつりぼつりとつぶやく ように話す。喋りながら今まで聞いてきた告白や噂の 美紀は最後の一切れを口に含んで頷いた。私が手こ ずっていたパンケーキはもう跡形もなかった。甘い匂 数々を思い返していた。他人の話はすぐ忘れるけれど、 しー消えたはずなのに、胸が詰まって苦しかった。私 友達が主体の話は、頭によく残るのだ。 「大事な友達を好きになっちゃったら、そこにあった は何も一一一一口えないまま、ただ汗ばんだレモンティーのグ ラスを見つめていた。 友情はどうなるんだろうって」 あの後も結局勉強は手つかずのまま、しばらくして 誰それが好きと語る彼女たちは皆一様に輝いていた 行けれど、自分が友情だと思っていた関係が、実は違う店を出た。家に帰った私はなぜだかどっと疲れていて、 種類のものだったと知るのは気分が良いとは言いがた べッドに突っ伏して眠り込んでしまった。 逃